「紅茶はいかがですかな?」
「あ、はい、いただきます…」
俺はフェンデ家豪邸の賓客室にいる。
一旦そこで待たされる事になり、フェンデ家の執事さんらしき人から紅茶を勧められていた。
はい、というか落ち着けません。
こういう場合はコーヒーが一番良かったんだが、生憎この世界にコーヒーはない。
普段飲まない紅茶だが、これでなんとか緊張を抑え込んでいた。
「……でかい屋敷だな」
ついでに部屋を見回してみる。この屋敷に来る前にガルディオス家の屋敷も見たが、こちらの屋敷の土地坪はそれよりやや小さい――とはいってもかなりの広さだ。
貴族としての威厳を示すように2000年もの間で少しづつ大きくしていった結果、この屋敷の形となったのだろう。
物珍しそうにじろじろと屋敷内を見ていると、徐々に足音が聞こえてくる。
「――ッ!?」
扉が開いた。そこには二人の人物が佇んでいた。
一人は威厳に満ちたような男性――恐らくここフェンデ家当主。
んでもう一人――って、少年じゃないかっ!?
あの時のおどおどした態度はどこへやら、子息としての見事な立ち振る舞いを以て当主と同伴していた。
「待たせて申し訳ない、暇を余らせてしまったかな?」
「いえ、そんなことはありません! むしろ俺……いや私みたいな者をこのような所にご招待していただき感謝しきれません!」
「ハハハ! そう謙遜なさらなくてもいいのだよ? 普通に君として何時も通りの口調で話してもらっても構わない」
「はぁ……」
器の大きい立派な志を持った人だと印象からも分かる。
きっとこの人は屋敷中の人達に慕われてるのだろう。
先ほどの執事も穏やかな顔をさせていたな。
恐怖等で従わせているような場合ならあんな表情は出来ない筈だ。
「詳しい事は私の息子から伺っている。改めて礼を言わせてもらおう。……そして、申し訳ない」
「……どういう意味ですか」
「ヴァンデスデルカ、お前は無断で一人になり、己の立場を弁えずして剣を振って命を危険に晒し、更には何の関係もない人にまで迷惑をかけた。何か申し上げる事はあるか?」
「……申し訳ありません、父上、それと――」
「ハイルだ、ハイル・シュヴェール」
「ハイルさん、ご迷惑をかけたばかりか、更には助けてもらい、本当にありがとうございました」
「いや、まぁ……偶然っちゃあ偶然……だからねぇ……」
厳格な人だ。どうやら話を聞くにこの子は屋敷の外を自分の母と護衛達で出かけてたのだが、少し退屈になったらしくて自分でどこか行ってしまったそうだ。
そこで偶然にもあの現場に遭遇して俺に会ったという事だな。
やれやれ、母親も心配しただろうなぁ。突如いなくなってたんだから。
この人もそうだ、怒りの顔でこの子を今でも睨んでいるが、内心は知らせを聞いて慌てていたんだろう。
「このように息子も十分に反省してる模様。どうか許してはもらえないだろうか」
「大丈夫です。俺が手を出したのはこの子と同じように男達がやってた事が気に入らなかっただけですから」
「そういえばハイルさんって誰からあんな武術習ったんですか! すごかったですよ! 大きな人でも軽々と投げてて――」
「軽々しく口をはさむなヴァンデスデルカ! 私はまだ許した訳ではないぞ」
「……はぁい」
いきなり怒鳴られて少年――ヴァンデスデルカはシュンとしてしまった。
まだ自分は叱られてる最中だと意識したのだろう。
「さて、そろそろ主題の方へ移らせてもらいたい。ペルスラン!」
そう誰かの名を呼ぶと、扉の奥から先ほどの執事が少し大き目の袋を持ってこちらにやって来た。
そして袋を間にあるテーブルに置く。
「ここに20万G(ガルド)ある。感謝と謝礼を一緒にしてこれを送らせてもらいたい。受け取ってくれぬか」
「に、20万ッ!?」
この世界における通貨はG(ガルド)と呼ばれる物で流れている。
円と比べて計算すれば1Gが約10円と換算できる。
つまり、ここにあるのは円にして約200万円。
一般の市民が一括してもらえるような金額ではない。
一家族三人が普通に10年程暮らせる程だ。
だけど――。
「……申し訳ないのですが、これは受け取れません」
「なぜかね? もし良ければ理由を聞かせてもらいたいのだが」
少し驚いたような顔をしてフェンデ家当主はそう問いかけてくる。
「対価としてこれほど貰うのは割り合わない。それに、俺はこういうのを貰いたいためにその子を助けた訳ではありません。遠慮とかを入れずに言わせてもらえばそう言う事になります」
これは昔からある性分。医師として手術代は常に対等な料金で支払われた場合でなくてはいけない。
俺にはよく勤めていた病院よりも大手の場所からの勧誘や引き抜きのメールや紹介書といった物を散々送られて来た事もあった。
時には米国や英国のとある有名な一流大学病院からもだ。
けど、俺はそれをすべて断ってきた。
たしかに、普通ではない設備や場所は俺にとっても憧れてる所もあるが……ただ『それだけ』だ。
自分の研鑽に利用した事はあれど、患者を生かそうとただ治療していくだけの奴にはなりたくなかった。
俺は患者に生きたいと考えてくれるようにする奴になりたかったんだ。
だから、『ご褒美』を貰う為に得にしかならない事だけをやり続けるような人生は送りたくない。
「ですから、それは頂く訳にはいかないんです」
「……そうか、君がそう決めるのなら私はそれを受け入れなければならないな」
「すみません、折角の御好意を無駄にさせてしまって……」
「いやいや、このようにするのを決めたのは私自身だ。君には何の不義もない。だが困った、それでは私が納得する事は出来ぬのだよ。恩人に最大限の礼儀を尽くさぬのは我が家の沽券に関わるのでな」
「父上、ではこういうのは――」
ヴァンデスデルカは耳元で何か囁いていた。
聞き終わった途端、フェンデ当主は微笑をしながらまた話かけてきた。
「ではこうしよう、何時でもこの屋敷へ遊びに訪れると良い。私達は君の事を歓迎させてもらおう」
「え、えぇ!? いいんですか?」
これ以上もない特別待遇とも言える。
下級貴族であろうとその当主に会うためには一々アポイントを取らなければならないのに、顔パスで十分だと言っているような物だ。
「その時には私の息子ともぜひ話し相手としてあって欲しい。何ゆえ同世代の友達を持つ機会があまり訪れにくい立場なのでな……」
「それで良ければ幾らでも。ただ、俺はフェレス島に住んでますから、それはホドへまた訪れる都合によりますけど?」
「ハイルさんはフェレス島出身なんですか?」
「あぁ、もしよかったら一度いらしてください! そこの高台から見る海の絶景は絶賛物ですから!」
その後、俺は屋敷を出て宿屋に戻った。
待っていた物は両親の雷でした。
めちゃくちゃ恐ろしかったです。
親という存在に怒鳴られるのは歳を取っても慣れるものでないね。
面と向かって怒られるのは子供に戻ってもやはり辛いよ、トホホ……。
かくして、俺の貴重な時間は終わりを迎えたのだった。
あれ、なんか忘れてるような?
「……あ、やべ、図書館結局行ってなかった」
それに気づいたのは島に戻る直前だった。無念!