ホド島の一件以来、ここでの身を守る方法における認識を改めた。
他人からの庇護で出来る防衛では安心できる要素はほんの僅かでしかない。
自分の身は自分で守らねばならないのだ、結局のところ。
でなければ、近しい者さえも守る事ができない。
力が必要だった。何者をも退ける直接的な力が今の俺には必要だった。
「荒れ狂いし濁流よ、≪スプラッシュ≫!!」
俺は島の端にある更地で譜術の練習をしていた。
街中で派手にかますのはご法度だからこんな所でやるしかないのは当たり前だが、制御の暴走で二次被害を及ぼさないようにする配慮でもあった。
地上の真上に発生した譜陣から、激しい水流が降り注ぐ。
唯の水流とは侮れず、その威力は辺りの地面を抉り、岩の一部を削り取る代物。
俺は色々、自分の持つ譜術の才能を実践で調べていた。
譜術の才能はフォンスロットの数と大きさ、詠唱に必要な流暢な舌と口使い、精密な演算処理、他にも要素は様々だが、簡潔に述べれば持ち前の資質を練習の積み重ねで成長させていく。
一通りの調査で、俺には第四音素(水)、第六音素(光)が適正で、他にはローレライが授けた第七音素(音)の素養を携えている事が判明した。
それ以外は使える資質が全くなかった。無理に使おうとしても、身体の馴染みが悪いのか、音素が上手く集束できなかった。
そもそも、譜術とは音素をフォンスロットという別名『ツボ』を通して取り込み、干渉する事で魔術的奇跡を起こす技術を言う。
音素の適正を簡単に言えば、食べ物の好き嫌いみたいなもんだな。
「ふぅ……中級譜術は良くて5、6回までか」
俺が譜術を使えるように目指した主な理由は、遠距離・先行性の攻撃方法を求めたからだった。
合気や柔術だけでは人間相手ならまだしも、魔物相手では通用しない。
そう、この世界では前世みたいな肉食動物より凶暴、草食動物より巨躯な生物なんざ五万といる。
さすがの俺でも3mも背丈があるような魔物とかに、技術だけで立ち向かえる訳ない。
むしろ、「それなんてムリゲーッ!?」と悲観する自信がある。
それを解決させたのが譜術。だが、まだまだ改める点が多く顕在していた。
「やっぱり使う時に静止しないといけないのが欠点だな」
例えば、動けないという点。
譜術は詠唱に伴い、フォンスロットで音素を取り込み、それを体内で練り上げ、脳で具体的なイメージを構成してようやく発動するという多大な集中力を要する。
故に、別の行動をしながら詠唱するなどもっての外。音素を暴走させて却って身に危険を起こしてしまう諸刃の剣でもあった。
それに単身で戦いを挑むものなら危険度は飛躍的に上がる。
譜術を使おうにも防御もできないまま攻撃されるのがオチ。
だから譜術を専門的に扱う譜術士は前衛と後衛というダッグを組むのが中心なんだ。
いわば譜術士は後方支援者としての役割を持つ者として認識されている。
「……あとは武器だな」
だから俺は考えた。
臨機応変に富むスタイルを作るなら、武器の扱いぐらい覚えていても損はないと。
そうと決まればと、さっそく武器屋へ直行する。
橋を渡り、梯子を上り下り、階段を駆け上がり。
横へ広げて住宅を多くする構造もあれば、塔の如し高層住宅で島という立地条件を最大限に有効活用した建造技術。
それらを支えるのは肉厚で堅固な支柱の数々。より頑丈にするべく埋め立てを施した大地。
フェレス島を闊歩する人々の背景には青々とした晴天に磯の香が目立つ潮風、そしてバンエルティアカモメの鳴き声がBGMとして響いてくる。
辿り着いたのは四階建ての建物。
雑貨屋から本屋と階毎に店舗を構える種類の建物の一つであり、俺はその二階に用があった。
少々埃がかった扉の前に立つや、勢いよく開扉。
店の名前は『カスパール』。
「よぉ、シェリーおばさん元気か」
「あぁん、ハイルの坊主じゃないか。あんた家の店に何しに来たんだい?」
「おいおい、武器屋に来たらやる事は一つと決まってるだろ」
「冗談は止してくれよ。おまえさんのような本の虫が武器を扱う? はんッ! 十年早いね」
「客への一言がそれかよ。後齢で店始めたから追いつけなくて頭呆けたか?」
「ふんッ! 未だ小便臭いガキが何言ってんだい。あたしゃまだまだ現役だよ」
「もう『ピ―――――』は固まって引退してんじゃないのか?」
「喧しいよこのクソガキッ!」
「「ぐぬぬぬぬぬ!!!」」
この人は武器屋『カスパール』の店主シェリーさん。
豪快で男勝りな性格をしている事で評判だ。
俺とはちと色々あって会っては言い争っているという関係になってしまっている。
初めて来た時、武器を見るだけの目的だったから嫌味を頂いたから、ついつい反論したんだよな。
本人が言うには『可愛くないガキ』との評価だ。
――余計なお世話だ、ババァめ……。
ゴホンッ、愚痴を零してしまったな。
ちなみに、俺は筋肉を鍛えるとかといった運動はあまりしていない。
だから回りの住人には俺を本ばかり読む奴――つまり、本の虫と渾名されていた。
「ま、このままだとぐだぐだだから武器見せてもらうぞ」
「…客として来たんなら多くは言わないよ。たくっ、とっとと選んでさっさと帰んな?」
「ハイハイ、わぁーったよ」
そんなこんなで陳列された武器の数々を見させてもらう。
剣、槍、杖、手甲――どれもこれも攻撃に特化した武具ばかりだ。
その中で侍の魂と呼ばれた刀まであったのを確認した時はしばし感動したね。
だけど、俺はこれを選べない。
俺は刃物はメスか包丁かナイフといった最低限の物しかこの手に握らないと決めている。
手甲も良いかと思ったが、これを使うためには格闘術を習わなければいけない。
譜術を使いつつ、柔術で防御するという折角のスタイルを大きく変える可能性があった。
ではなにか、良い物が……ん?
陳列台の隅に『それ』は存在した。
「おばさん、これは――ッ!?」
「おや、そんな所にあったのかい。すっかり売れないから忘れかけてたよ。譜銃を見るなんて久しぶりだね」
「…譜銃?」
「そ、フォンスロットから取り込んだ音素を譜銃の中の音素感知型収束装置を稼働させ、それを弾丸として打ち出すものさ。剣より軽いし、女性にも扱える代物だから昔仕入れた物なんだけどね……ふざけた事に欠陥品だった訳だよこれが」
「欠陥?」
「どうやら中の装置を知らず普通より強めに設定して製造したそうでさ、普通より威力が強い音素弾を打ち出す事が出来るんだけど、代わりに連射が利かなくなっちまったんよ。戦場では行動の早さが命取りとなるのにねぇ……2、3秒くらい間隔を開けないと発射されないのさ、これがまた使えないのなんの」
「…………」
聞いた事があるな。
譜銃は確かに遠くの敵を攻撃するのに有利。だが普段は熱の塊に近く、物理攻撃力がない事
が欠点だ。
硬さがないから盾や幅の広い剣で簡単に音素弾を弾かれてしまう。対人戦では不向きとされてたらしい。
だけど、これは使えるかもしれない。
「おばさん、これ買わしてくれ!」
「はぁ? お前さん家の話を聞いてなかったのかい? これは――」
「それを承知で言ってるんだ! 売ってくれ!」
「……酔狂でも起こしたかい? ま、いいか……売れれば良しとしておこうじゃないか」
「ありがとう」
「ふん……言っとくけど、譜銃の整備はあたしゃ専門外だからね。とっとと譜業店にでも行ってまともに撃てるように自分の音素振動数を合わせてもらうよう調節してもらうんだね」
少し安めの代金を支払い、店を出ていった。
次に目指すは譜業店にある工房。
調節のついでにある事をしてもらおう。
ひょっとしたらあれが……もう一度……。
傲慢なのかもしれない。
銃は俺が初めて持った武器だった。馴染みが最も良く使い易かった武器だった。
それとは別に、戒めとして形に表して自分の傍に置いておきたくもあった。
あの光景を忘れぬ事が、あの悲劇の繰り返しを防げるかもしれないという気分の問題。
同時に贖罪になると、勘違いした。いや、勘違いしたかったのかもしれない。
かつて血濡れた牙を再び手に入れる。
因果で業の深い行為だと考えている。
だけど、何が何でも成し遂げねばならない契約の身。
葛藤を捨てろ、確執を拭い落とせ。
使える物なら何でも使え。
いつか来る人間性を捨てねばならぬ決断に備え、早くに心の中に潜む恐怖へと打ち勝つべく。
俺は自分自身に挑むべく、この武器を選ぶことにした。