Fate/off the Record   作:十字

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大前提として、オリジナルには2つの「呪い」があった。

第三次聖杯戦争の際に召喚されたサーバントによる、大聖杯に染み込んだ「この世全ての悪」という呪い。
衛宮士郎という主人公に衛宮切継から継承された、「正義の味方」という呪い。

そして大前提として、この物語(off the Record)はオリジナルを否定して初めて成立する物語だ。
つまり。

この物語に「この世全ての悪」は存在せず、「正義の味方」も存在しない。


Note. 1 主人公たる者と少女の英霊<Archer>

 魔術工房とはとても言えない窮屈な小屋。

 さりとて、ただの納屋とは思えぬ程度には「魔術」の気配が漂う空間。

 その中で一人の少年が小さく、しかしはっきりと何かを呟いていた。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 呪文の詠唱としか考えられぬ儀式。そして聖杯戦争を知るものならば、誰もが意味を理解する呪文。

 それを、一人の少年が執り行っている。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 やがて儀式の成果は光となって現れる。彼の足元の魔方陣が、陽光とも人工的な明かりとも異なる光を発し、まるで呪文を吸い込んでいくかのように揺らぎ、そして満たされてゆく。

「――告げる。汝の身は我が下に、汝が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 満ち満ちた光は生き物の如く舞い、その形を変え、そして顕れる。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」

 正視していられないほどの輝きが人を形作り、召喚者たる少年は目を見開いたまま固唾を呑み――

 そして、儀式は完遂される。

「……問おう。汝が私のマスターか」

 主従関係の契りを、最後に添えて。

「……ああ。召喚者は俺だ」

 

 

 

「ならば契約は完了した。これより私は貴方の剣となり、盾となろう」

 英霊はそう宣言し、ゆっくりと壁に体を傾けた。

「……ああ。宜しく頼む」

 しかし少年は正直なところ、困惑していた。当初問題だと思われた儀式自体は上手くいってくれた。齧ったばかりの知識で行った詠唱も、英霊の召喚にも成功した。だから何も問題はない。問題はないはずだ。

だが……これは何だ?

 目の前に居るのは、神気を帯びた剣を携え、鎧を纏った長身の青年、などではない。

 目深にローブを被り、異様な圧力を伴う女、という訳でもない。

 剣も鎧もなければ槍も弓も持たず、着ているのはまるで運動着をより実用に耐えうるように改良したかのような衣服と、その上に羽織ったロングコート。そしてそれ以前に、その英霊は……少女だった。

 いや、少女という表現でもまだ足りない。さらに一段階、現代日本の年齢区分に落とし込むとしたら……

「……中学生、か?」

 召喚者たる少年も高校生であり、社会で「子供」として扱われる存在だ。だというのに、そんな彼から見ても保護対象になってしまうような小柄な体躯。短めにして髪留めをつけた白銀の髪と、人形の如く整った、アシンメトリーを微塵も感じさせぬ相貌。その姿は少年にとってむしろ「守りたい誰か」を思い起こさせるものでしかなかった。

 こんな子を「英霊」として自らの剣に、盾にしろというのか? ――そんな疑念に覆われていた彼の脳裏は、少女の一言で完全にリセットされた。

「子供と思って侮蔑するならば、その思いと共に心中してもらう」

「…………」

 ごくごく一般的な高さの幼い声。だがしかし、その一言の、たった一言の威圧感、威厳は年長者であるはずの自分の比ではない。……そして何より、恐ろしいのは少年を睨む彼女の双眸だった。

 もはや年齢に不相応、というレベルの話ではない。小さな電灯一つしか存在しない薄暗い小屋の中でなお、その瞳は今までに見たどんな宝物よりも美しく輝き、かつこの先一生見ることがないと断言できるほど恐ろしく揺らいでいた。

 ……こんな「存在」が普通の子供であるはずがない。召喚時とは一転し、彼の意識はどのようにして彼女に主として認められるかに向いていく。

 しかしそんな彼の心中を察したのか、少女は小さく嘆息して口を開いた。

「……理解してくれたのなら構わない。別に本気で主を殺そうと思ったわけではないし、子供扱いされただけで本気で暴れると思われたならむしろ心外」

「済まなかった。俺が悪かったよ。……これからよろしく頼む」

 誠意の証として頭を下げると、少女はふっと頬を緩ませた。その笑顔はやはり年相応で、少年もつい口元が緩んでしまう。

 それを誤魔化すように少年は話を続けた。

「あー……。こんなところで立ち話を続けるのも何だな。とりあえず我が家を案内するよ」

「……そうか。宜しく頼む」

 

 

 

 納屋の扉を開くと、外もまた帳の落ちた夜の世界だった。

「ここに入ったのは夕方のはずだったんだけどな……いつの間にそんな時間になっていたのか」

「そして、この目の前の屋敷がマスターの拠点なのか?」

「……ん、ああ。この暗闇の中でも見えるのか」

 比較的目の良い少年でさえ輪郭程度しか見えない程、周りは暗い。けれども食い入るように見つめる少女の横顔からは明確に「視えている」という印象を受けたのだ。

 少女は屋敷を見つめたまま返す。

「当然。アーチャーのクラスを舐められては困る」

 そう、弓兵(アーチャー)。少年はマスターであるため、彼女のステータスを多少ではあるが「読む」ことができる。そこで得た情報にも確かに彼女がアーチャーであることは記されていた。

 しかしそうなると、ある当然の疑問が生じる。

 ――得物であるはずの弓はどこだ? 矢は? 

 背負っているわけでもなく、彼の感覚では(彼は弓矢を扱ったこともあったのだが)少女の衣服に仕舞える場所があるとも思えない。コートの内側に隠せるような小型のクロスボウでも扱う英霊なのだろうか。

 直接聞くのは止めにした。何せ、ついさっき疑って後悔したばかりだ。彼女を信頼するなら、そんなことを気に病んではいけない。

「とにかく家に入ろう。そして今日はもう夜も遅いからな。詳細な話や行動を起こすのは明日にして、早いうちに寝てしまおう」

 そう提案すると、少女は少しの間逡巡するように目線を落とし、そして言った。

「それはいいけれど、一つだけ聞かせて。……マスターが聖杯に掛ける願いは、何?」

 聖杯戦争。

 参加する魔術師達は己が願いを聖杯に託すため、ただの一組になるまで殺し合いを続ける。過酷で危険極まりない、ただひたすらに殺伐とした儀式。

 だから。参加する以上、願いというものが存在する。存在しなくてはおかしい。

 ゆえに少年は小さく息をつき、静かに自身の願いを口にした。

「大切な人の、俺にとって一番大切な人の死の運命を、変える。それが、俺の唯一つの願いだ」

 こうして彼の……衛宮士郎の聖杯戦争は始まった。

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