Fate/off the Record   作:十字

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「マスターとサーヴァントの関係には多種のタイプが存在する」
「もちろんお互い望み通りのパートナーを引けるなら、それに越したことはないんだが。生憎、俺の場合は毒婦に狂人と実に恵まれない」
「この『間桐慎二』の場合、相性は中々にいいようだが。しかし妹の尻に敷かれているような男だ、サーヴァントとの間に主従関係などあったものではあるまい」
「……いや。むしろ逆様の関係なら持ちうるのかもしれんが、な」


Note. 4 有形無価値の主従<with Cherry blossom>

「もうもうもうっ! 本当に兄さんは! 無茶なことはしちゃいけないって何度言えばわかるんですか!?」

「まあそう言わないでくれたまえ、お嬢さん。私のマスターは家族のためなら命も賭けられる、良い男だということがわかっただけじゃないか」

「だ・か・ら。それが駄目なんだって言ってるんじゃないですか!」

 桜の悲鳴を聞いて階下に飛び降りて、桜に唖然とされて、妙な男が現れた五分ほど後。

 3人はリビングに移動しており、そこで慎二は目の前の二人に圧倒され続けていた。桜に叱られるのはいつものことだが、それにしたって突然現れた軍人らしき男を相手に噛み付いていくあたり彼女の胆力は凄まじい。

 きっとこれも自分がみっともないからで、兄が全く別の性格をしていれば、もしかすると桜も弱気な性格になっていたのかもしれない。

「だいたい何で突然飛び降りたんですか? そこがそもそも意味不明です!」

「いや、だって桜の悲鳴が聞こえたから……」

 怒りながらも桜は慎二を椅子に座らせ、足首にテーピングして氷水入りのたらいまで作ってきた。この恐ろしい程の要領の良さと献身を見せられては「うるさい」とか「ほっといてくれ」なんて言えようもない。

「家族の窮地を察知して飛び降り、さらには緊急事態だと強く意識するあまりこの私まで召喚してしまったという訳か、はっはっは! 全く面白いやつだ」

「ああもうっ……! このサーヴァント殴りたいっ……」

 しかし、今重要なのは恐らくそこではない。

 目の前に居る二人。片方は自分の義妹、間桐桜。そしてもう片方は、面識もないのに妙に親しげな軍服のおっさん(というほど老けてはいないが)である。しかも全く事情の把握できない慎二に対し、桜は平然と適応しているのだ。

「えーと……。何が何だかサッパリわからないのは、やっぱり僕が馬鹿だからなのか……?」

 慎二がそう言うと、二人は顔を見合わせ、そして軍人は不思議そうな顔を、桜は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「あのですね、兄さん。簡潔に答えを言うと、兄さんは『聖杯戦争』という争いに巻き込まれてしまったんです」

「聖杯……戦争?」

「……そうです。七人のマスター――召喚者の魔術師と、七騎のサーヴァント。それらがそれぞれペアを組んで、最後の一人になるまで戦い続ける。そして――」

「勝者は何でも願いが叶うとされる、聖杯を手に入れることができる。そういう戦いだ。よもやそんな事も知らずに私を召喚したとはな……」

「え、いや、だってそんな……それに、桜は何で知って――」

 言いかけてから慌てて口を閉じた。間桐の家が「魔術」の家であることは慎二も知っている。そして、桜がかつてそれ故に翻弄されていたことも。だから恐らく、桜がそれについて知っているのは、そうおかしなことではないのだろう。

 それにしても。

「なんで何も知らない僕が、いつの間にかマスターになっているんだ?」

「……マスターは、聖杯によって選ばれる存在です。たぶん兄さんの場合、間桐家の血統を継ぐものだから……だと思います。間桐家は元々、この聖杯戦争を主催する側ですから」

「そうだったのか……。けど、僕が誰かの主だなんて。ましてやその状態で戦争するだなんて……いくらなんでも無茶な話だよ」

 途方もない話に弱弱しい声を上げる慎二に対し、桜は頷いて言う。

「正直、その通りだと思います。例え兄さんじゃなくても、魔術をほとんど知らないマスターが勝ち抜けるほど甘い戦いじゃない。ここは協会に伝えて棄権した方が――」

「おっと早まらないでくれ、お嬢さん。私だって召喚されたからには目的ってもんがある。勝手に棄権されてはたまらん」

 軍人の男に話を途中で切られ、むっとした顔を向ける桜。

「……なら、兄さんの棄権後に他のマスターと契約しなおせばいいじゃないですか。どのみち兄さんなんかと組んで戦ったところで、聖杯には届きっこないですよ」

「本気でそう思っているのかね?」

「っ……」

 軍人の、単調な口調の一言に桜が押し黙る。慎二には桜の言うことの方が正しいとしか思えなかったが、どうやら言った本人は完全にはそう考えていないようだった。

「大体だ。シンジよ、お前には願いがないのか? 聖杯さえ手に入れば、何でも願いが叶う。聖杯戦争について何も知らなかったとしても、それさえ分かれば十分だろう?」

「僕の……願い?」

 確かに、まず勝てないという前提で考えていたから願いなんてものは全く眼中になかった。そしてもし勝てたら、という仮定が頭につくとしても、「なんでも願いが叶う」ことはとんでもない報酬な気がする。

「……あのさ。その願いってのは、過去改変も可能なのか?」

「ん? ……過去改変、ねえ。それはどうだかわからん、私は魔法とか魔術にはあまり詳しくないのでな」

「でもさ。もしできるとしたら、桜がこんなところ(間桐家)に来なくても――」

「兄さん!」

 桜の怒声にビクッと肩を竦ませる。恐る恐る彼女の顔色を伺うと、桜は真剣な表情で、けれど少しばかり辛そうな表情で慎二の目を見て言った。

「……それは、誰の願望のつもりですか? 誰のための願望のつもりなんですか?」

「あ……」

 その願いは誰のためのものだろうか。桜が間桐家に来ないで済むならば、あの時の「悪夢」を体験することはなくなる。だからそれは桜のための願い……と言うならば、きっと傲慢もいいところだ。他人の願いを勝手に決め付けて、勝手に叶えようなど。

 そして、それが自分のため、あの「悪夢」を見ないで済むようにするための願いだと言うのならば、それも間違っている。だって、間桐家に桜が来ないということは、間桐慎二にとってマイナスには違いないのだから。

「何のことかはわからんが、せっかく願いが叶うというのだ。もっと豪快なことを願いたまえよ。きっと願いの内容で戦いへの意気込みも変わってくるぞ?」

「……そうだね。けれど……願い、か。じゃあ、その、えーと、軍服のあんたの願いはなんなんだ?」

「軍服の、ではなくライダーと呼びたまえ。私は確かに軍人だが、今はサーヴァントというヤツだ。ならば、それに相応しい呼び方というものがある」

騎手(ライダー)? 騎手で軍人なんて、なんか噛み合わないような気がするけど……」

 もっとも第一次世界戦争で戦車が登場するまでは、よく馬は戦争に用いられたとは聞く。しかし馬に乗った軍人で英雄というイメージがいまいち結びつかない。

「む。確かにそうかもしれんが、そもそも私は騎手などではないからな。馬に乗って戦ってなどいない。だが乗っていたのはきっと、シンジには馴染みのある乗り物だぞ?」

「え? 僕に馴染みのある乗り物?」

「そうだ。ほら、お前は私を召喚したとき、こいつを持っていただろう?」

 そう言うと、ライダーはテーブルに置かれた壊れかけの航空機模型を指差した。

「……え、ええ!? そ、それじゃもしかして、ライダーが生前乗っていたのは『これ』だって言うのか!?」

「ああ。その通りだ」

 何食わぬ顔で答え、そして話を続ける。

「そして話が逸れてしまったが、私の願いは無論、また航空機に乗って戦うことだな。戦争の時とは違い、敵に憎しみはないが敬意は持てよう。そんな戦いもまた想像するだけで心躍るというものだ」

「……それ、聖杯関係なく叶う願いじゃないか」

 慎二が眉を潜めて言うと、ライダーは不思議そうな顔でこちらに目を向ける。

「いいじゃないか、それで。重要なのは報酬(聖杯)だけじゃないということだ。そんなものに託さなくとも、自分で望みを達成できるならそれに越したことはあるまい?」

「そ、そりゃそうだけど……さっき『豪快なことを』って自分で言ったじゃないか」

「ああ、そうだ。豪快な願いだろう?」

 だ、だめだ。価値観が違いすぎる……と頭を抱える慎二。しかし、そこに苛立ちはなかった。

 軍服を身に纏い、屈強な肉体を持ったその姿。

 英雄との戦いを望み、願いは自分で叶えれば良いと語るその魂。

 そして何より、軍用機のパイロットであること。

 それは、慎二にとって紛うことなき理想の存在、憧れの対象そのものだったのだから。

「だったら、僕は――」

 ならば、慎二の願いは決まっている。

「僕は、強くなりたい。ライダーのように、自信を持って生きられるようになりたい。パイロット……は無理だけど、軍人……になる訳でもないけれど」

「桜に守られるだけじゃなくて、桜を守れるような……そんな存在になりたい」

 

 慎二の真っ直ぐな意思表明と、その後に続く僅かな沈黙。

 

「ははははは! そうかそうか!」

 それを破ったのは案の定、ライダーだった。

「いや嬉しいぞ? 願いが私のように生きたい、とはな! これは本当に最高のマスターを引いたものだ!」

 しばし会話に参加せず、沈黙していた桜が続く。

「ううっ、何てこと言ってくれるんですか兄さん……っ! 棄権させるつもりだったのに……邪魔な軍人を『いただきます』してでもマスターなんか辞めてもらうつもりだったのにっ……! そんなこと言われたらっ! ……ダメよ私、欲望に負けちゃダメ!!」

 珍しく桜は頭を抱えてうんうんうなっていた。彼女は彼女で、自分の中の何かと戦っているらしい。

 ……というか「いただきます」って何だろう。

「よし! では話もまとまったことだし、早速出撃といこうではないか!」

「まとまってませんよ! というか兄さんは怪我人なんです、勝手に連れて行こうとしないでください!」

「何を言う? この程度の怪我などどうにでもなるぞ。私だって片足が吹き飛んでしまった時もあったが、別に出撃に支障はなかったからな」

「……いや、確かにこの程度のねんざ、大したことはないんだけどさ。今出撃って言っても何一つ目処が立ってないじゃないか」

「あーもう、いつの間にか兄さんも参戦は確定みたいな気になってる!? 返して、私の兄さんを返してくださいー! 私は別に掛け算シュミの娘じゃないんですー!」

 ライダーが「即出撃だ!」と目を輝かせ、桜が涙目で訴えかけ、慎二は二人をたしなめる。

 それは、それこそ聖杯戦争とは全く異種の空気感。

 けれども。それは、

 

 ピンポーン

 

「あ、あら? 来客ですか? ちょっと出てきますね」

「あ……僕も行くよ」

 その空気と同種のはずの、間の抜けたチャイムの音によって破られた。

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