AとBの電脳探偵   作:高野景

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前半を大きく削っています。ご注意下さい。


Prologue:E・D・E・N
0-1


 遅れないように、との注意があったのに、どうやらだいぶ遅れてしまったらしい。クーロンへ着いて見つけた相手——アッキーノこと白峰ノキアにこっぴどく叱られてしまった。……半分程は、どうも八つ当たりの空気が漂っていたが。

 そしてあの昼休みのチャット相手が指摘した怪しさは、半分近く当たっていたようでもあった。

「デジモン・キャプチャーねぇ……」

 アミの斜め前でデジヴァイスをいじりながら、整った顔つきの黒髪の青年——ブルーボックスこと真田アラタが興味深そうに呟く。青いラインの入った白のコートを纏った姿は、クーロンはガラクタ広場という空間の中でも全く慌てた様子を見せない。

 何しろ入り口からして退廃的だ。かつては子供達の為に設えられたのか、酷く劣化した数々の遊具、巨大な人形が円形の広場を取り囲んでおり、そこかしこにデータの残骸などが漂っている。

 ある種ノスタルジーを感じさせる物品のせいだろうか。アミはここに不気味さと共に不思議な懐かしさを覚える。

「ちょ、……こ、こんなもの、どうしたらいいの?! あ、アタシは、ハッカーなんて!」

 尤も、現在青ざめた顔であわあわ両手をばたつかせ、二つ結びにした髪を揺らすノキアには、この空間を気にする余裕は無いようであるが。青のミニワンピースの上に羽織ったピンクの上着が崩れて、際どい側面が見えそうになっている。

 一応アミもアラタに倣い、自身のデジヴァイスに強制インストールされたプログラム……「デジモン・キャプチャー」を開き、確かめてみる。

 取り扱い説明などという軟弱なものは当然のように附属していない。いくつかの数値や計測値が表示されるが、それだけだ。何かに反応し発見するといったことは無いし、まして人間を捉えてみても何も起こらない。

 多分、デジモン——デジタルモンスターがいれば、それに反応して機能するのだろう。デジモンというものは、ともかくハッカーの使うハッキングプログラムということしか分からないので、果たしてどう機能するのかも想像できないが。

「あ、アミも、なんでそんな平気そうにしてんの!? このまんまじゃアタシたち、ハッカーに間違われるかもだよ!?」

 と、ノキアの怖がった目がアミへと向いた。その様子はありありと同意や同じ感情を求めている。ところがその横で、プログラムを検査していたアラタがウィンドウを閉じてにやりと笑う。

「手に入れた時点でもうハッカー名乗ってるようなもんじゃねーのか」

「そういうこと言わないでよアラタ!」

「ったく、視野の狭い奴だな。ハッカーだって一概に悪い奴ばっかじゃねーって話もあんだろ」

「そういう問題じゃないの!!」

 片や肩をいからせて噛みつき、片や平然として受け流す。全く対照的な二人にアミは、仲良しだな、なんて感想を抱いていた。とはいえこのままでは喧嘩に発展してしまいそうだ、ノキアを宥めた方が良いだろうか。

「えっと、ノキア。ちょっと」

 声をかけようとしたその時だった。背後で何かの気配が、素早く動いていくのを感じ取った。

「!」

 言葉を止めて瞬時に振り向いたアミの目に、フード姿の何者かの姿が映った。

「あれって」

 アミの声にノキアとアラタも彼女の目線を辿る。だが人影はとんでもない速度で奥へと続く道を突っ走り、あっという間に姿が見えなくなってしまった。

「今のが『ナビットくん』!?」

 咄嗟にアミが口にした言葉に、アラタが表情を険しくして地面を蹴った。

「逃がすかよっ!」

「ちょ、アラタ!? な、なんで追いかけるの!?」

 驚くノキアを置き去りに、アラタもクーロンの奥へと消えていった。

「……」

 ぽかんとしながら、アミはノキアへ向き直った。するとノキアはぶんぶん頭を振った。

「あ、あたし……帰るから!! もう帰るからねっ!?」

 反対の方向へ走り出そうとしたノキアだが、すぐに足が止まった。その驚愕した顔の向いた方を辿ると、そこには道全部を塞ぐ大きな壁があった。

 どうやらセキュリティデータの集合体のようだった。大きな鍵穴のマークがあるのが示している通り、ロックがかかっているらしい。

「な、なに、これ……? さっきまでなかったじゃん……

 どうして……こんなのが……」

 呆然とノキアが呟く。確かにこんなものは見当たらなかったはずだ。だが意図のようなものは最早明白だ。

 これを仕掛けた相手は、アミたちを逃がさないつもりである。

「これも、ハッカーのしわざ……?」

「だと思う」

「……さ、先へ進めってこと……? あたしたちを……帰さないつもりなの……?」

 ノキアも至った結論に肯定を込めて、アミは頷いた。努めて冷静になろうとしていたが、彼女自身表情に戸惑いがありありと表れていた。

 どうするべきか。ハッカーのツールを手にしたとて、結局はアミたちは一般人だ。ここを突破するなど夢のまた夢だし、救助なんてものもクーロンでは望むべくもない。はっきり言って、孤立無援だ。

 だがこんなことを仕掛けた相手は、どうやってここから出るつもりなのだろうか? ここにアミたちがいては逃げられないではないか。

 もしかして。

「奥に出口があるかも……探しにいこう」

 アミは必死に働かせた頭から弾き出した推測をノキアへ伝える。だが暗い表情をしたノキアは頭を振って、行かないと意思表示した。更に説得も許さないといった雰囲気でアミへ背を向けてしまう。

 このままで状況が変わるとも思えないし、アラタが心配だ。

 アミはそう思ったが、口に出したとてノキアに重圧をかけてしまうだけだとも感じていた。だから頬をかきつつも、言葉に出せなかった。

 では、どうするか。ほぼ答えは一つしかないようなものだった。

「じゃあ、ノキアはここにいて」

「え?」

「私は向こうに出口がないか、アラタもいないか探してくる」

「!!」

 信じられない、といった顔でノキアが振り向く。アミは「大丈夫!」とガッツポーズをして、クーロンの奥へと足を向ける。

「ち、ちょっと! 待って、そんな」

「危なかったら戻ってくるし、時間もすごくかけたりしないから。ちゃんと戻ってくるよ!」

 じゃあ! 明るく挨拶をして、アミは走り出す。目指す所は……まだ、決まっていない。

 

 

 廃れたゲートを抜けて、彼女はその奥へ足を踏み入れた。すると中は、思っていたより広かった。様々なデータの残骸が山積しており、元は更に広かったのだろうとも予想できた。

 他のEDENのエリアとは雰囲気が全く違う。それがアミの抱いた第一印象だった。

 軽く辺りを見回してみたが、人影などは何処にもない。アラタは既に奥へ進んでしまったようだった。

(……どこにいるのかな)

 思った矢先、目の前のデータの残骸がブレて崩れかけ音を立てた。半歩ほど後ずさった所で、どうにか止まってくれた。

(気をつけて進もう……)

 ノキアの為でもある、ここで引く訳にもいくまい。アミはなるべく壁から離れて歩き出す。

 アーチを抜けて道なりに進む。高い壁と積もったデータのせいで歩く場所が制限されていて、見落としそうな所はない。アラタやハッカーでも飛び越えたり隠れたりは不可能だろう。

 自分の足音以外何も聞こえない空間をアミは見回しながら、通路の分かれ道へと辿り着く。やはり誰の姿も見つからない。

 片方は行き止まりのようだった。ならばここでは続く道の方へ行くしかないか。

 一応のこと誰かいないか確認しようとした所で、そこでふと何かが目に映った。

「? ……!」

 妙にデータがぼやけているが、それは人だった。何故か行き止まりで佇んで、

 と思った瞬間には、姿が消えていた。

「!」

 はっとして続いている通路へ顔を向ける。するとそこにやはりぼやけた人の姿が、

 途端、アミの全身へノイズが走った。脳天まで駆け抜ける痺れのようなもので身体から力が抜け、彼女は膝をついた。

 辛うじて視線を前方へ送る。だが視界が揺らいで、

 ——色が変わっている。人影が近いような、遠いような、分からない——

 倒れてしまったかのように視界が傾ぎ、

 暗転。頭が動かない。

 戻ってきたその瞬間、目の前に、

 人。

 黒のような白のような髪の、少年——?

 ……「——」?

 

 

 覆ってくる手を振り払うことは、叶わなかった。

 

 「       」が刻まれた……

 

 

 

 気がつくと、誰もいない道が目の前に広がっていた。アミは確りとその場に立ち尽くしていた。

「今、のは……???」

 アミは考え込むが、今の現象を説明できる言語を持っていなかった。

 いやそもそも、あれは実際に起きたことだったのか。その実感さえ無かった。

(夢……じゃなくて、何かのバグ? でも……)

 何だろう、今のを無視してはいけないような、でも実際にあったと確信が持てない。訳が分からなかった。

 ともかく、この場所は噂通りに危険だ。何が起こるのか分からない。早くアラタを見つけなければ。

 だが顔を上げて通路を見た瞬間。アミはまたしても驚愕した。

 通路の奥から、人がやってくる。だがその人の姿は、

 ……たった今見たような、あの光景の少年とそっくりだった。

 

 

 

 その幽霊は僕自身かもしれないね。などとアミの説明に軽く言ってくれるその少年もまた、どこか謎めいていた。

「僕を“クーロンに棲みついた幽鬼”と呼ぶ者もいるからね。この世のものではない、と」

「えっと……???」

 真相はただ自身が神出鬼没なだけ、ともその少年は語った。意味もよく分からないが、ただアミにはその少年と幽霊がどこか違っているような気がして、首を傾げた。事実、少年は実在しているとも明言してくれた。

「……君のような“迷い子”を導くためにね」

 少年は考え込むように手を組み、アミのデジヴァイスへ目をやる。

「君は言わば、『ハッカーの雛鳥』だ」

 どうしてこの少年は、アミが「デジモン・キャプチャー」を持っていると知っているのだろう。アミはまた驚くしかなかった。だがそんな彼女を意に介さず、少年は滔々とハッカーについて語っていく。

 或いは、義賊的な者。或いは簒奪者。また或いは、単に力を試したい者。その中でどれになりたいか。少年は、アミへ問いかけてきた。

「……」

 だが幾らも疑問が解決していない上、ハッカーとしての自覚さえ無い中のアミに、答えられるはずもなかった。

「その様子だと……雛鳥どころかまだ卵から孵ってもいないようだ」

 そして少年も惑うアミをあっさりと見抜いてくれた。アミは困るしかなく表情を曇らせる。

「ハッカーを目指すか、他の何者かになるか……それは、君の自由さ」

 ただ、経緯はどうあれハッカーに興味を持ち、結果として「デジモン・キャプチャー」を手にした。ということだろうと、少年は分かり切っている様子だった。

 そして「デジモン」と呼ばれるプログラムの、驚くべき力を試せばいい、とも口にした。

 試す、とはどういうことなんだろう。アミは戸惑いから抜け出せないままだったが、デジモンというものに興味は一応ある。教えてくれるのだろうかと期待を込めて、頷いた。

「……それでいい。

 では、未来の“仲間(ハッカー)”の誕生を祝して——君に、記念すべき一体目のデジモンを進呈しよう。

 ほら、君の後ろにいる……あれが、デジモン・プログラムだ」

 アミは言われるままに振り向いた。すると浮遊する箱の隙間から、小さく何かが覗いた。

 ひょこり、と現れたのは、三体の不思議な何かだった。一体は白と緑の動物のような姿、一体は植物が歩き出したかのような姿、一体は正しく歯車と機械のような姿だった。

 動物とも、植物とも、機械とも違う。全く未知の存在が、そこにいた。

「あの内のどれか一つを選ぶんだ。どのデジモンを選ぶ?」

 流石に全部大盤振る舞いとはいってくれないようだ。それもそうか、とは納得しつつ、アミの気持ちは高鳴っていた。未知との遭遇がこれ程に高揚を運ぶなんて、知りもしなかった。

「ええっと……」

 どれ、と言われると目移りしてしまいそうだった。そもそもどきどきが収まらなくて仕方がない。全員が魅力的に見えてなんとも言えない。

「デジモンを手に入れるにはいくつか手順を踏む必要があってね。デジモン・プログラムを発見、遭遇したなら——まずは『スキャン』を使い」

 歯車のようなデジモンを見る。するとデジモンは両手に当たるらしい歯車を回し見返してくる。表情が分かりづらいのは機械っぽいゆえだろうか。

 次に、箱の横へ隠れがちなデジモンを見る。頭に大きな花が咲いていて、顔はあるが全体として植物っぽい。その子も恥ずかしそうに見返してきてくれた。

 最後に動物っぽいデジモンを見る。耳らしきものが長く垂れており、対照的に二足歩行ながら手足は短い。やはり屈託無く小首を傾げながら見返してきてくれる。

「……我々ハッカーは研鑽の末、その“術”を生み出したが……“術”の使用については——」

 誰にするか、もう一度見返して

 

「——はその、ドーブツ、っていうのはどんなのが好きなの?」

「聞いてどうすんだよ、————。あんなのか?」

 目の前の二つの姿が指す先に、耳の長い動物のような——

 それに——は笑顔で、

「そうだな、わたし——」

 

「——っ」

 アミの目の前がちかちかしているようだった。

「……聞いていたかい?」

 少年の声が聞こえて、アミの目の前がはっきりとした。あのデジモンたちがきちんと三体いてくれている。

 後ろを顧みると、心配そうな不満そうな面持ちの少年がきちんといた。消えたりしていない。

「どうかしたのかい」

「いえ、なんでも」

 不思議な光景を見たような気がする、とは流石に言いにくかった。

「さて、そろそろどれにするか決めたかい」

「……」

 頭の中でちらついた光景が忘れられない。そしてあの中で交わされた言葉と、見たものは。

 アミの手は、すいと自然に一体へと向けられていた。

「あの、緑の動物っぽい子」

「なるほど、テリアモンにするのか」

「はい」

 示された動物のようなデジモン、テリアモンがじっとアミを見ていた。どこかで見ていたような気がするが、なんだか違うようでもある。ただテリアモンの方も、アミを興味深げな目線を投げかけている。

 こうして見ていると、ただのデータという感じは全くしない。寧ろ何というか、親しみがあるというか、

「かわいい……」

「カワイイ?」

「! しゃべった!」

 少し驚きだった。「そりゃそうだよー?」なんて更に言いながらテリアモンが耳をぱたぱたさせる。

 だが突如、巨大な吼え声が空間を震わせ何かが飛び降りてきた。

「え、」

「あれは」

「ギギ」

 紫の蛹に刃を持つワイヤーが三本ずつ付いたかのような、巨大な何かがそこにいた。

「あれは、成熟期の」

 少年が表情を険しくする間にも巨大な蛹は触手を広げ、三体へと飛びかかった。三体が悲鳴を上げて散り散りに逃げ惑う。

 その内テリアモンが、通路の先へと蛹に追われて消えていく。

「! テリアモン!!」

 アミは考えることすらなく、テリアモンと蛹の後を追って走り出す。

 速い。全力を出さねばすぐに見失ってしまいそうだった。アミは足を限界まで動かし、決して見失わないよう走った。

 道の角へと二体が到達する。その時蛹の触手がテリアモンの走る先へと伸び地面を穿ち、退路を塞いだ。飛び上がった拍子に逆を向いたテリアモンの更に前方へ、もう一本触手が地面へ刺さった。

「う、うわ……」

 テリアモンが頭を抱え縮こまる。明確に狙われている。このままでは、

 アミは強く地面を踏み切り、高く跳躍した。

「——たあっ!」

 アミは勢いそのままに蛹の触手を飛び越え、力強い音を立てて着地した。見ればテリアモンと蛹の間に割り込む形になっていた。

「き、キミ……どうして」

「こんなの当たり前だよ」

 アミはきっぱりと言い切り、蛹と向き合う。蛹は闖入者に興を削がれたか触手を引き抜き、距離をとる。

 さて、これもデジモンなのだろうか。あの速さも鑑みれば、ただ鬼ごっこをするのは問題がありすぎる。

「下がってて、テリアモン」

「でも」

「無茶はしないから。ね」

 武道の心得も何もあったものではないが、隙を作ってテリアモンを逃がすくらいならどうにか出来るかもしれない。

 やるしかない。いや、やってみせる。

「しょーがないなぁ」

 と、後ろに庇ったはずのテリアモンが、ひょこりと横へ出てきた。

「だ、ダメだよ出てきたら!」

「ひとりじゃ難しいなら、ふたりでやろうよ」

「!」

 不思議と、テリアモンの一言の意味がよく分かった。見ればテリアモンからも恐怖が失せている。

 アミは強く頷いた。

「……いくよ、テリアモン」

「おっけー」

 蛹が大きく吼え、触手を振り上げた。

「走るよ!」

 駆け出したアミへテリアモンが併走する。二人がほんの一瞬前いた場所を、複数の鋭い刃が貫いた。

「私は触手いく! テリアモンは胴体!」

「よっしゃー」

 アミは再び高く跳び上がり、中空を薙ぐ触手へと手を伸ばす。蛹は驚いたのか触手を退かし、アミの手が宙を掻いた。

「それーっ!」

 その隙を縫いテリアモンが蛹のがら空きの胴体へ頭突きをぶちかます。蛹の体がぐらりと揺れた。

 怒声を上げた蛹の触手が、今度はテリアモンへと刃を向ける。

「させ、ないっ!」

 アミは全身を思い切り蛹の頭へ叩きつける。強かな痛みを無視して蛹の眼を胴で塞ぎ、さまよう触手二本をとうとう片手で鷲掴む。

「っりゃぁあ!」

 そして蛹の顔を押しのけながら飛び降りる。容赦なく前へ引っ張られ蛹の触手はテリアモンを捉え損ね、再び体が隙を見せる。

「『プチツイスター』」

 テリアモンが高速で回転し、蛹の丁度真下で小規模な竜巻を発生させる。暴風と鎌鼬が蛹を切り裂いた。

「ギァアアァアァァアアアア!!!」

 が、蛹が一際大きな声を上げた途端、

「ひゃぁ、わあーっ!?」

 アミの視界が一瞬でブレて、次には地面が真正面にあった。

「危ないっ!」

 アミの目の前に白いものが飛び込み衝突した。衝撃はあったが痛みはない。だが、

「て、テリアモン、なんで……」

「うー、重いねキミ」

「そういうこと言う!? って」

 振り返れば傷だらけの蛹が、触手全部を振りかぶっていた。

 アミは咄嗟にテリアモンを胸に抱き背中で庇った。せめて、せめてテリアモンが助かれば、

 鋭い刃が空気を切り裂く音が聞こえた。

「————っ!」

 同時にアミの背中に何かが回り、浮遊感を味わった。

「え?」

 アミが閉じていた目を開くと、視界がくるりと回った。次には遙か下に触手を地面に突き刺し、呆然としているような蛹が見えた。

 そしてアミのすぐ傍で、爆発に似た音が聞こえた。無意識に体を跳ねさせたその直後、

 蛹がぐら、と揺れた。そのまま重力に引かれるように、地面へと倒れ伏した。

「……」

 急速に地面が近づいて、軽やかな着地音。アミには一切衝撃が無かった。

 アミは精一杯顔を後ろへ向ける。すると目の前には上質そうなジャケットを着込んだ大きな体躯があった。こんな所にいつの間に人が、不審さを覚えて彼女は相手を見上げた。

 が、固まるしかなかった。

「……」

 アミを映しているのは、血のような深紅の三つ目だった。ただのコスプレと思うには、人と同じ場所にある目も、人で言えば額にあるだろう縦に開いた眼も、なんというのか生々しい程のリアルさだった。

 顔の下半分は人に酷似している。だが上半分は目の場所のみを避けて藍色の仮面のようなものに頭まで覆われ、果たして全容は分からない。

 誰——いや、何だ。

「まったく、急に走り出すなんて——?」

 そこで少年の声が聞こえた。道の先から現れた少年の目は、明らかにアミではなく、その後ろの存在を見ていた。

「……デジモン、なのか?」

 少年は迷うように口にした。返事の代わりに、大きな銃のような代物が下ろされた。

「それは、君のデジモン……かい?」

 少年の目に不可解が浮かんでいた。アミは全力で頭を横に振った。

「そう、か。だが、それは一体、」

 全員の不審を受けて、ようやくそれが口を開いた。

「お前は知っているだろう。[AI◎BA]」

 

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