基本的にデジモンと戦うならデジモンで対抗するべき、人間が突っ込むのは無茶がありすぎる。こんな破天荒な「卵」に出会ったことはない。そしてデジモンがキャプチャーを介さず手に入り、まして懐くなどということは稀。
つまり総合すると、あまりにもアミはイレギュラーである。そういうことらしかった。
ユーゴと名乗ったあの幽霊そっくりの少年は、最後に意味深な言い方をしてアラタの居場所をアミに教えてくれた。
まあ、全く以て現状の訳の分からなさは変わらないのだが。
「連れがいるのなら迎えに行くのが妥当だろう」
との最大のイレギュラーのお言葉によって、ようやくノキアを迎えに行くことに思い至れた。
まあしかし、まさかすぎると言えばまさかのまさかだ。
「えっと、B、さん?」
「何だ」
アミの後ろを歩くテリアモンの更に後ろを歩くその相手を、アミはそろーっと顧みる。その相手は銀のアームガードを着けた腕を組んで、至って泰然自若としていた。三つの紅い眼がとりあえず、といった雰囲気でアミを見る。
「ほんとにアミはさー、Bがデジモンって知らなかったの?」
てててっ、と後ろを歩くテリアモンがアミを見上げてくる。目が少し悪戯な色を灯している、可愛い。
「うん。本当に、全然知らなかった」
「じゃあ、どうしてBはアミに正体言わなかったの?」
そしてアミが聞きたい、言いたいことを察してくれている。テリアモンは今度はBに向かって、長い耳をひらひらさせている。対するBは至って平静に口を開く。
「言う必要が無かったからな」
「そういう問題なの?」
「俺がデジモンだと知ろうが、こいつにはメリットもデメリットも無いし、利用も悪用も出来ない」
いたくばっさりと切られてしまった。実際デジモンというものを知らない時に打ち明けられたとて意味不明なだけだし、事実と言えばそうなのだが。テリアモンはめいっぱい頭を傾けBを見上げて、三角に開いた口に手を当てる。
「実はアミを引っかけようとか、そういう魂胆だったりしなかったの?」
テリアモンが思い切ったことを言い放った。アミは少しどきりとしたが、聞いておきたいことでもあったのでテリアモンの発言に便乗することに決めた。
「こいつを騙して俺に何の得があるんだ」
そして返ってきたのはあまりにも取り付く島もない言葉だった。アミは肩をがっくり落とした。
「……ま、思わぬ収穫はあったがな」
小さく聞こえた言葉に、アミは振り向いた。だがBは何も口にしていないかのように振る舞っていた。
「結局アミを利用してるじゃん」
大きい分よく聞こえていたのか、テリアモンがBの足へぺちんと手を当てた。ツッコミのようだった。
「その件については弁解しない。……早く迎えに行かなくていいのか」
Bは鉤爪状になった指を道の先へ向けた。そこでアミもはたと気付く。
すぐ戻ると言い残していたのに、こんなに時間をかけてしまっている。もしかしたらノキアがしびれを切らして怒っているかもしれない。
「そうだった! 行こう、二人共!」
アミは急いで走り出す。それにテリアモンがジャンプしながら、Bは大股で歩きながらついていく。
「うまいこと有耶無耶にしたねー」
「実際急ぐべきだろう」
後ろの二人の密かな会話にアミは気付かないまま、通路を逆行していく。長い一本道を抜けた、そこでだった。
「きゃぁああああああ!?」
悲鳴が響きわたった。声の主は判別するまでもなく、ノキアだった。
「ノキア!」
アミは速度を上げて通路を駆け抜ける。後方がついてきていてくれるかが些か思案の外であったが、気にかける余裕はなかった。アーチのあった場所まで一気に戻って、そこで、見つけた。
ノキアが二体のデジモンに囲まれていた。
「あ、あれは」
「もー、急にそんな走らないで……あれ」
追いついてきたテリアモンがきょとんとしていた。
「あの人もハッカー?」
「まだ違うけど……って、そんな場合じゃなくて!」
「うーん、珍しい光景だね。ボクが言えた義理じゃないけど」
あくまで暢気なテリアモンの様子で、アミは妙な点に気がついた。
「きゃあ、きゃあ! なに、なになに君たち!」
囲まれたノキアは戸惑うというより嬉しそうにしていて、またデジモンたちも襲うなどせずノキアの周りを楽しそうに回っているのだ。
「ん、あれは……はぁあ?」
どすり、とアミの肩に重みがのし掛かってきた。恐らくBだろうと目線をやって、更に度肝を抜かれた。
あのBの姿は無く、代わりに一人の青年がいた。それも髪色、目の色、肌の色、服のレイアウトなどが非常にアミと似通った、まるで双子か兄弟のような姿だった。
「……B、さん?」
「そうか、ああいう現象が本来なら起きるんだな。……だが、あれは……」
態度と口調からして恐らくBだろう人物は、アミの目の前で起きているデジモン二体とノキアの至って仲良しそうな光景を、信じ難いといった様子で眺めていた。
「あたたたたた、あた、あたしノキア♡ きみの名前は?」
「ボク、『アグモン』っていうんだ!」
「オ……オレは、『ガブモン』……」
あっさりと自己紹介が始まった。それぞれがそれぞれの個性を隠すことなく仲睦まじい。
「アグモンくんに、ガブモンくんかぁ~
ふふ、へんてこな名前だね~♡」
「へ、ヘンじゃないもん……!」
「キミこそ、ヘンな名前だ!」
「ふ~んだ、ヘンじゃないも~ん! ふふ♡」
ノキアが頬を染めて二体、アグモンとガブモンに目線を合わせるように屈む。それぞれの距離が近くなる。
「……あれ?」
「……」
すると、アグモンとガブモンが不思議そうな顔になった。
「ん? どしたのかな~?」
ノキアがよく分からない可愛いアピールをする間も、二体はじっとノキアと向き合っていた。
「……なんだか、なつかしい“ニオイ”がする」
アグモンが突如言い出したことに、ノキアはきょとりとした。
「……え、あ、あたし?」
「うん……それに、あんしんする“ニオイ”だ……」
「え……ええ~? な、なんか照れちゃうなぁ~」
あたしのえろかわふぇろもんが仕事しまくちゃってごめんね~? などと満更でもなさそうに言い出したノキアに、今度はアグモンたちが笑い出す。
「アハハ! やっぱりキミ、ヘンだ!」
「え~? そんなことないってば! でもあたしのえろかわは変わらないんだよね~」
「エロカワってなんなの?」
「……」
そんな人によっては大変に心和まされる雰囲気に、何故か青年、恐らくBは額を押さえていた。なんというか、信じたくないという空気が醸し出されている。
「あのー、あれ、どうします?」
「あの二体は害もなさそうだし、ボクとアミみたいになるまで待ってみたらー?」
「それもそうだね」
テリアモンがアミの肩へよじ登ってくる。その可愛さに和みつつ納得していると、「いや」と一声あった。Bのものだった。
「行ってこい、アミ」
「え?」
「あれは放置していいものじゃない」
「どうしてですか?」
「いいから行け」
肩に乗っていたBの腕が解け、そのままアミの背中を遠慮なしに押した。
「わぁっ! ちょ、っと、っと……あ」
けんけんをするように飛び出したアミへ、三人が一斉に顔を向けた。
「あれ? あ、アミ! もー、どこ行ってたの!?」
「えっと、いやーその」
「わぁ!? ま、また、こわいひと!?」
と、突然ガブモンとアグモンが血相を変えて後ずさりした。急なことにアミもぽかんとするのを隠せなかった。
「追いかけまわされるのはこりごりだ……逃げろー!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! このコ、友ダチだから……!」
ノキアの慌てた制止も耳に届かなかったのか、アグモンとガブモンは一目散に何処かへ逃げていってしまった。
「あ~あ、行っちゃった……」
そして可愛かったのに、と残念そうなノキアと、テリアモンを乗っけたアミが残された。
「もー、Bったらなんでこんなことしたのかなぁ」
テリアモンが小さな頬杖をつく。そこでようやく気がついたのか、ノキアがテリアモンへ目を向ける。
「……ていうか、あれ? きみが連れてる、その……」
「うん。デジモンだよ。さっきのアグモンとガブモンと一緒の、ね」
「そうなんだ……! そのデジモンも、あのコたちも……悪そうなプログラムには見えないよね……?」
あのコたちと一緒にいられるならいいかも……なんて言い出すノキアは、先程とは打って変わって楽しそうだった。
「途中で凶暴な大きいのにも襲われたけどね」
「え、ウソ!? 何それ!!」
「プログラム、な。そうか、ここではそういう捉え方なのか」
と、そこに更に声が混じって、一人の青年が加わってきた。
「あれ? 誰この人」
「うーんと……」
聞かれてなんと答えるべきか、アミは非常に迷った。こんなに似た外見の相手をチャット仲間と形容するのもおかしいし、まして本性はデジモンなどと言うのも奇妙すぎる。
「こいつの、アミの親戚みたいなものだ」
ところが悩むアミそっちのけで、Bがあっさりでっち上げてしまった。ノキアが不思議そうに首を傾げる。
「え? じゃあキミももしかして、『ナビットくん』とかに誘われて?」
「いや、アミに会おうかと思っていた。そこでクーロンに行くと事前に聞いていて、先に入っていた」
「そーなんだ! こんな所来るなんて勇気あるんだね」
疑いを持たせない程の流れるような言い訳に、あっさりノキアは乗ってしまった。苦労しなかったのはよかったが、そこはかとない脱力感がアミを襲った。
「へぇ~、それにしても似てるっていうか……てか、結構イケてるじゃん! アラタに負けてないカンジ!」
「ああ、見た目はどうも悪くない」
「あたし白峰ノキア! よろしくぅ!」
ノキアが改めて自己紹介をしながら、Bを機嫌が良さそうに見詰める。確かに今のBの外見は、アミをベースにしつつも幾らか年上っぽく、おまけに顔立ちがかなり端正で、背丈もあり、体つきも程良く引き締まっている。
そんなBが、ちらと目線をアミへ送ってきた。だが意図が分からずアミは首を傾げかける。
「あの、あなたの名前は?」
ノキアの質問でようやくBの目線の意味を理解した。アミは慌てて頭を回転させる。
「えっと、た、タクミ! タクミさん」
「そっか~! じゃあタクミんでいい?」
ノキアが胸を張るように腰に手を当てる。怪しまれるぎりぎりのラインだったことが気にくわなかったらしい、Bは一瞬鋭い眼光をアミへ放ってきた。
その威圧感が半端ではなかった。アミの背筋に冷たいものが走った。
「……それでいい。よろしく、ノキア。
そういえばこの先にアラタ、というのがいるらしいが」
「えっ!? アラタのヤツどこまで行ってんの!?」
何事もなかったかのようなBの話から、ノキアがアミへ真剣な顔を向ける。やはりノキアもアラタのことが心配だったようだ。
「奥に古いログアウト場所があるらしくて、そこにいるんじゃないかって。ついでにそこから帰れるかもしれないんだ」
「うそっ!? じゃ、じゃあ早く行こ!? タクミんも!」
「? この先から帰れるのだから、呼ぶだけで」
「それが、ハッカーに入り口封鎖されてて……だからあっちから帰るしかないの」
「えー、そうなの?」
「作為を感じるな」
テリアモンが入り口の方を見やり、Bは少し口元を引き締めた。かなり思う所があるようだ。
「そうだな、それならアラタの方へ行くのが妥当だ。行くぞ」
「おーっ!!」
「ああそうだ、アミ」
元気に握った片腕を突き上げるノキアの前で、Bがアミへ向く。
「俺もデジモンは持っていないからな。もしこの先デジモンが襲ってくることがあれば……お前が何とかしてくれ」
「へっ!?」
「生身の人間がデジモンに肉弾戦を挑むのは無謀だと、誰かが言っていただろう」
Bは多分に含むもののある微笑を浮かべた。綺麗な顔だと映えるが、もしかして。
「私が頑張るってことです?」
「そだねー。こうなっちゃったらやるっきゃないよ」
テリアモンの言葉で更に思考が至る。今人間として振る舞っているBが、戦って良い道理がない。そうすれば怪しいことこの上なく、疑われること請け合いだ。
「……」
「あの時は例外だ。俺は格下と戦うつもりはないんでな」
横暴とはこのことを言うのではないだろうか。アミはまたしてもがっくりと肩と頭を落とした。
「へ? どーかしたのアミ」
事情の分かっていないノキアばかりが暢気であった。
「う~ん……なんかフシギなカンジだなぁ。
子供の頃に、こんなことがあった気がするんだよね……」
いくらかのデジモンとの遭遇を終え、ようやく辿り着いた最深部あたりでのノキアの一言だった。それまでは小さなデジモンを見ては「きゃわぅいい~!!」なんて騒いでいたのが嘘のように、深く悩んでいる顔つきだった。
きみとアラタとも、会ったことがあるような。
その一言が、不思議なことにアミに染み渡った。
「……そう? チャットもよくやってるしね」
何となく濁す発言をアミがすると、ノキアは頭を横に振って否定する。だがすぐにそうかも、と自信なさげに悩み出す。全くまとまりがなかった。
「そんなにチャットとか、やってるの? 二人」
「あ~、そうだねぇ。昨日なんかもこのクーロン行くとかの話で盛り上がったりね」
「へぇー、おもしろそうだね」
戦闘で少し疲れたのか、アミの頭にくっついたテリアモンがご機嫌に耳をぱたぱたさせる。そういえばBは出来ていたのだから、デジモンも出来たりするのだろう。少しやってみたい。
「……なんか、ヘン」
ノキアはやはり浮かない顔だった。どうしたものかと少し考えようとして、
突如、視界にノイズが走った。そして、
小さな子供の姿が、見えた。
「な、なな、なに今の……!? き、きみも……タクミさんも、見た!?」
ノキアが仰け反って慌て出す。アミもまた、今の不可解な現象に驚きを隠せず頷くしかなかった。
「ボクはなにもー?」
「……」
テリアモンは顎を押さえているが、どういうことかBも難しそうな顔をしていた。まさか、何かを見たというのだろうか。
デジモンも見るというこれは、一体なんなのか。
またハッキングなのか、と不安げに胸のあたりを押さえるノキア。それから早くアラタと合流しようと提案してくる。
「……そうだね、早くしよう」
アミが頷くと、おっけー! と険しい顔でノキアは先へと歩き出す。この先に進んで大丈夫なのか、彼女は少し心配になってきていた。
「——進むしかないんじゃない?」
乗っかっているテリアモンが、茶化しのない口振りで言った。確かに、後戻りするという選択は無い。この先に進まなければ、どうすることも出来ない。
「よし、二人とも。行こう」
「連れてってー」
「テリアモン……あれ?」
呆れかけながらBの方へ目をやると、Bは道の外へ鋭い目線を向けていた。
「どうかしたの」
「、……いや」
だがBは小さく頭を振って、さっさと先へ進み始める。アミは気になって、Bの見ていた方を見やった。
だがそこには既に何もなかった。アミは奇妙に感じつつも、Bの後へ続いた。
結局の所、どうやらログアウトのポイントらしき場所にアラタはいた。見つけた途端ノキアが大声で呼びかけて顔を上げたが、その顔色が少し悪いようにアミには見えた。
「ひとりで勝手にいくとか!? どんだけジコチューカマせばよかですか——」
ノキアが歩み寄りながらアラタをつつく。アラタは「あー」など困った様子を見せつつも、一応逃げなかった。
「あれが、アラタ……アラタ……、?」
アミも近づこうとした所で、Bがアラタをじっと睨んでいるのに気がついた。
「どうかしたのー?」
「いや」
テリアモンの問いにもどことなく上の空な返事をして、Bは歩き出す。そのBを見て、アラタが妙なものを見た顔をした。
「何だ? おいアミ、そいつ誰だ。あとお前の頭の上のそれも何だ」
「ちゃ——じゃなくて、親戚のタクミさんだよ。こっちはテリアモン、デジモンなの」
「こんにちはー、ボクテリアモン」
テリアモンが小さな手を振ると、アラタは非常に複雑そうな顔をした。そして詳細が長くなると判断したのか、Bの方へ目を固定した。
「親戚なんて、どうしてそんな奴がここにいるんだよ。おまけに服装まで揃えやがって、仲良しか」
「少々理由があるんだ。同じく戻れなくなった輩というだけだ、気にするな」
適当なBの言い分にアラタは顔を顰めるが、追求しても良いことなどないと分かるのか溜息を吐くにとどまった。
「しゃーねぇな。ま、定員が一人増えた所で——」
アラタがログアウト地点に向き直る。
だがそこで、
「アミ」
不意にBが緊張した声で呼びかけてきた。アミがそちらを見やる時間もくれず、腕を引っ張られる。
「厄介なのが来る」
その一言のすぐ後、近場に光が生まれた。すぐに広がり、紋章のようなものを描く。
そして中心から、ぬるりと。太く白い触手のようなものが、現れ出た。
「……っ!?」
驚愕する暇もなく触手が伸び、崩れた円のような形の胴が現れ、その中心にある謎の光る部分が出て、全容がアミたちの前に出現した。
オウムガイ、というものに少し近い形状だった。白い全体に黒の線が無数に走り、胴体の中心に発光する器官を持っている。
だが、分かるのはそれだけ。あれが何なのかは分からない。
「……な、なに……こ、これ……」
「何だ、ありゃ……あれもデジモン……?」
ノキアとアラタも呆然としていた。何とかアラタが“EDENの黒い怪物”かと考察を重ねているが、やはり分からない。
「——“イーター”。こんな所にまで現れるとはな」
ところがBが、小さいながら確信を込めて呟いていた。
「Bさん、知って……」
「お前ら、こっちへ走れ!! 何だかわかんねぇが、相当ヤバそうだ……!」
聞こうとしたそこでアラタが叫んだ。するとBが動き出してしまい、それ以上は聞けそうになかった。
「 “ログアウトゾーン”のロックを解除する! ログアウトして、とっとと逃げるぞ!!」
言うが早いか、アラタがウィンドウを呼び出して作業を始める。その手つきはあまりに迷いが無く、素早かった。
「あの白いひとの言ってることが分かったね」
テリアモンが一言こぼしながら、ひらりとアミの肩から降りた。素早く動けるようにしてくれたのだろう、アミもログアウトゾーンへ走る。
だがノキアが、動かない。違う、動けなくなっている。
「おい、走れっつってんだろ!? グズグズしてんじゃねぇ!!」
「……っう……あ……」
作業しながらのアラタの乱暴な叱咤にも、ノキアはおののいた顔すら動かせなくなっている。ただ、目の前にいる脅威に圧倒されている。
「おい!?」
再度のアラタの呼びかけも、ノキアを動かせない。彼女の目の前で巨大な何かが蠢いている。
「テリアモン」
「デジモン使いが荒いなぁ」
硬直してしまったノキアを放っておくわけにはいかない。アミはテリアモンと目線を交わし頷き合った。
だが駆けだそうとした瞬間、横から伸びてきた腕に前方を遮られアミは止まった。
「よせ。あれはお前たちが簡単にどうにか出来るものじゃない」
腕の主は、Bだった。無表情で、酷く無機質な顔をしていた。
「でも、このままじゃノキアがっ」
「巻き込まれたら元も子もない。諦めろ。あれは逃げることも出来ない、それ程でしかないということだ」
Bの言葉の意味を知って、アミの頭がぐわん、と揺れて沸騰した。
どうして、どうしてこの存在は、そんな簡単に人を切り捨てられるというのか。まだ助かる見込みだってあるのに。
「どうして、そんな」
「……お前は俺を買いかぶりすぎだ。どうしようもないお人好しが」
畳みかける言葉に、アミは目の前が赤く染まりそうだった。
「あ、ねえ。あれ」
だがそのほんの寸前、くいとテリアモンが足をくいと引っ張ってきた。テリアモンへ目を移すと、小さな手の小さな指がノキアの方を指し示している。
その先にあったのは、ノキアの前に立つアグモンとガブモンだった。
「き、きみ……たち……!!」
「ボクたちが、ノキアをまもる!」
「に、逃げて……ノキア!」
アグモンとガブモンは、決死の覚悟でノキアの盾になるように立っていた。
「なっ、あいつ、馬鹿か!?」
狼狽したような声を出したBの腕をかいくぐって、アミもノキアの方へ走っていく。
「テリアモン、行こう!」
「がってんしょーち」
「おい! っこの、馬鹿共が!」
そしてBの声を振り切って、アミたちもノキアの前へと立ち塞がり、謎の相手へ対峙する。相手はただひたすらに触手をうねらせていた。
「テリアモン! まずは一発!」
「ほいっ」
テリアモンが高くジャンプして飛びかかり、勢いを付けて耳で相手を思い切りはたいた。豪快な音が響き渡る。
「えーっ、なにこれ、かったい!」
ところが、はたいた方のテリアモンが反動を受けて飛ばされ、相手は微動だにしなかった。アミは慌ててテリアモンを空中でキャッチした。
「『プチファイアー』!」
「『ベビーフレイム』!!」
アグモンとガブモンが同時に息を吸い込み、目も眩む炎を口から吐き出した。青と赤の炎はあやまたず相手へと直撃し、火の粉を盛大に散らした。
だが、
「ダメだ……少しも、効いてない!?」
ガブモンの驚愕が示す通りに、炎がぶつかった場所には火傷の一つもついていなかった。相手の一部がちかちかと光を増していっている。
「むーっ、じゃあ『プチツイスター』!!」
テリアモンがアミの腕から飛び降り、急速回転して竜巻を発生させる。風の奔流は相手を飲み込んだが、しかし晴れた後には、やはり無傷の相手がいるだけだった。
相手が触手を蠢かせ、テリアモンたちへ向けた。
「っ防御して!!」
咄嗟のアミの指示に全員が体を縮めた。
<イロードデバイス>
触手があり得ない長さまで伸びて、アグモンへと突き刺さった。
「ぐぁっ!?」
アグモンが苦鳴を上げ、転がった。傷らしい傷は見あたらないのに、起き上がるのがやっとな程に衰弱していた。
「こんな、……」
じわじわとアミの胸の中に冷たいものが流れ込んでくる。それはたった一つの実感だった。
勝てない。今この相手には、絶対に勝てない。
「ど、どうしよう……強すぎるよ……!」
「ボク……なんでこんなに弱いんだ……!
ノキアを……みんなを守りたいのに……ッ!」
ガブモンとアグモンも恐怖をこらえきれず、声が震えていた。アミもまた、恐怖に近いものを覚え始めていた。
「だから言ったろうが、全く」
思わずアミは、Bへ目を向けていた。すると彼も見かね諦めたように動きかける。
「よしッ! ロックを解除した、ログアウトできるぞッ!」
その瞬間、アラタがウィンドウを閉じて声を張り上げた。
そしてまさかのまさか、程近くまで降りて来たBを掴んだ。
「おい、待て」
「待ってられるか! 詰まっても仕方ねぇんだよ、お前まで血迷ったことしようとすんな!!」
「っアミ!!」
突然のことに反応が遅れたか、押し込められるままにBは——消えてしまった。
「おいノキア、次はお前だ! 早くッ!」
「で、でも、あのコたちが、まだ……!?」
それでも動揺しているノキアに、アラタが目を吊り上げて叫ぶ。
「わかんねぇのか、足手まといはお前なんだよッ!
お前が逃げおおせりゃ、あいつらはどうにでもなるんだ……!」
「……っ!!」
アラタの一言に、ノキアが小さく打たれた。そして弾かれたようにログアウトゾーンまで走り、……離脱した。
「アミ! ノキアはログアウトした、俺も続く……! お前も急げッ! いいなッ!?」
そしてアラタもそれだけ言い残し、すぐさまログアウトしていった。
「ごめん、みんな……何も、何も出来なかった……!!」
アミは未知の相手を前に、ただデジモンたちへ懺悔するしかなかった。もし、もっと自分が何か出来ていたなら。こんな、苦しい思いを皆にさせることはなかったのに——
「アミ」
そこで、テリアモンの耳がぽん、とアミの頭を撫でた。
「落ち込んじゃった話は、また次聞くから」
「……!!」
「だから行って。早く!」
アミは踵を返して走った。これ以上皆の気持ちを無駄に出来ない。
背後からおぞましい音が這い寄ってくる。逃げようとして、いつの間にか切れていたスタミナが役に立たなかった。
地面のずれに蹴躓く。跳ねた足を、とうとう触手が掴んできた。
振り返る。覆い被さろうとする相手の向こう、テリアモンたちがこちらへ駆け寄ろうとして、
手を伸ばして、ログアウトが、届————
―警告
相羽アミさんのログアウト処理中に予期せぬエラーが発生しました……
……ログアウト処理を続行できません……
…………ログアウト処理 続行します
ログアウト成功しました……
「カミシロ・エンタープライズ」が運営……
Bの仕事しないっぷりが酷い。