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先程の奇々怪々な何かについて、一部の野次馬や報道が聞いてくるのが伊達真希子には鬱陶しくてかなわなかった。そりゃ警察に見えないのやも分からないが、本職の警察は暇ではないのだ、その所を弁えてもらいたい。
全く、だからパパラッチやらが問題になるのだろうが。若干怒りながら伊達は人を散らした。白昼の大通りのど真ん中にいつまでもひとがいて良いものではない。
「ったく、交通整理なんぞやらせやがって……あいつ、見つけたら逮捕だ」
誰が聞いている訳でもないが、あちこち動き回り手振りで交通を整理し直す伊達は苛立ちが募って、口から自然とこぼれていた。
勿論あの現象が何だったのか、あれは果たして本当に人だったかも定かには分からない。人のような姿をした謎の青い半透明の存在、そうとしか伊達には分からなかったし、説明しようがない。上に報告した所で「意味不明」と握り潰されるのがオチだろうから、どうせ報告する必要もない。
もしかしたらあの人が抱えている「隠し玉」にでも聞けば、何ぞ判明するかもしれない。だがあんな胡散臭いものを頼るつもりには、かなりのことなれない。
全く、現実と電脳が日に日に曖昧になる感覚だ。伊達は誘導警棒を肩に担いで、ふんと鼻を鳴らした。
そろそろ終わりそうだ、終わったら万引き犯の一人でもしょっぴいてやろうか。などと考え、伊達は道路を見渡した。
そこで、クラクションの音を遠くから聞き取った。
「ん?」
よく見ると、交通の流れを完璧に無視した小型車両が一台、こちらへ向かってきている。あれは、かなり大きなバイクだ。
「こら、そこのバイク!! 何してんだ交通の邪魔だぁ!!」
大きく声を張り上げ、注意勧告をする。だがバイクは止まりもしなければ引き返しもせず、どんどん伊達の方へ走ってくる。
「バイク! 聞いてんのか早くやめろ!! じゃねーと逮捕だこらぁ!!」
伊達が叫ぶと、前方の車が驚いたのか怪しい挙動を見せた。その目前には件のバイクが迫っていた。
「あ、」
まずい。伊達は衝突の瞬間を想定してしまった。
だがバイクは驚異的な反応速度で横へ倒れ、衝突を回避した。そのまま速度を落とさず伊達の方へと走ってきて——
「う、ぉ!?」
見事にハンドルを切ってドリフト走行を決め、伊達の目前で壮絶な音を立てて止まった。車輪というよりは地面が擦れて煙を上げていた。
「……」
若干スタントのような技を決めたバイクは、赤と銀に統一された色合いだった。近未来的でごつくもスタイリッシュな風合いがかなりかっこいい。
が、今は感心している場合ではない。
「て、てめ、」
「一つ質問がある」
「はあ!?」
ようやく注意出来そうだった伊達の出鼻をくじいたそいつは、赤い髪に端正な顔立ちをした青年だった。黒地に黄色の模様が描かれたシャツを纏った体もなかなかの出で立ちで、取り押さえることになったら苦労しそうだ。
「というかお前、ノーヘルかよ! アホか、逮捕だ!」
「のー……? それはいい。質問に答えれば気にしない」
「こっちは良くねーんだよ!!」
ゴーグル一つ、しかも頭に装着しただけのそいつは、伊達の張り上げる声など意に介した風もなく言った。
「このあたりでおかしなものを見なかったか」
「は……?」
「或いは、俺と似た姿の何かでもいい」
質問が理解不能すぎた。一体何があってこの男は、そんなことを聞いている。おかしなもの、なんてこんな仕事をしていれば幾らだって見かける、曖昧にも程がある。更に付け足しで自らに似たものでも良いときた。
あまりに取り留めがない質問に頭痛がしそうだったが、はたと気がついた。
「んだよ、おめーも野次馬みてーなもんか?」
「何かあったのか」
「あったも何も、おめーも気になって見に来たんだろ? 半透明の青いおかしなキモい奴のこと」
途端につまらなくなった伊達が吐き出した言葉に、その男は僅かに目を見開いた。
「珍しい現象だ。人間だとそんなことが起きるのか」
「つかお前! 交通違反の上ノーヘルで重犯だ! 逮捕だ、逮捕!!」
「ちなみにその青いのは何処へ行った」
「知らねーよ! 急に銀色っぽい高級車が連れ去っていっちまって、逮捕しそびれだ!」
代わりに逮捕してやろうと伊達は近づいた。するとエンジン音が鳴り響き、バイクが滑らかに動き出す。思わず巻き込まれないように距離を取ってしまった。
「生きていたなら上々か。何がどういう目的で連れて行ったんだか」
「あ、ちょ、待て!」
それだけ残し、バイクは急激に速度を上げて去っていった。伊達は走ってみたが追いつけるはずもなく、すぐ見失った。
「~~お前ら、今度見つけたら全員逮捕だからなぁあ!?」
伊達の雄叫びが昼間の新宿に響きわたった。
「……なるほど、経緯は把握した」
『はい。ログアウトまでにそのよく分からないものに捕まってしまって』
喋っているはずの自身の声が機械音声のようで、アミは微妙な気分だった。声帯も一緒におかしくなってしまったのだろうか。
「ログアウトした場所は、ログインした場所と同じか、その付近なのかな?」
『いいえ、違います』
アミが頭を振ると、長い金髪の美しい女性は手を組んで興味深げにアミを見てくる。それから考察を、今話しているアミと別の肉体が存在している可能性を示唆してくれた。
だが、それには驚くしかなかった。
「肉体から精神データが分離してしまい、個別の存在として現実世界に現れた……?」
それとも何らかの理由で肉体が「壊れたデータの怪人」に……? などなど、女性——暮海杏子は次々に推論を立てていく。
「いずれにしろ奇妙奇天烈な話ではあるが……目の前にまさしく、摩訶不思議な姿をしたキミがいる」
だが現段階では状況証拠による単純な推理しか出来ない、とも難しい言い回しで告げられた。
「早速、情報収集を進めよう。まず、キミは何処でログインしたんだ?」
『……どうして助けてくれるんです?』
アミは純粋な疑問から機械音声で口にした。すると杏子は美しい動作で髪を払い、微笑んだ。
「ここは電脳犯罪事件をはじめ、多種多様な超常現象事件の解決に確かな実績を誇る、『暮海探偵事務所』だ。キミの身に起こった怪異現象の謎を解明するのに、これほど頼もしい場所はないだろう?」
そして今アミが腰掛けているのは依頼人のソファだと、杏子は指し示す。依頼報酬は今のアミの存在そのものとも語ってくれた。メアリー・セレストという船はよくわからないが、ともかく大船に乗ったつもりでいて良いとのことだ。
「さて、話を戻すとしよう……と言いたい所だが」
杏子はちら、とアミの方へ目をやった。
「それよりも何よりも前に、キミの姿をどうにかしなければいけないな……」
『……ですよね』
この姿では人に驚かれるのは既に証明されている。それに杏子はとても不安定に見える、とも指摘する。
でも、どうすればいいというのだろう。アミはがっくりと肩を落とした。
そこで突如、扉が若干乱暴に大きく開かれる音がした。
「む? ノックをしてもらいたい所なのだが」
『……!?』
のんびりと語る杏子とは反対に、アミは驚愕していた。
「ふん。これは確かに奇怪だな」
そう言いながら扉の奥に立っていたのは、まるでアミを性転換させて姿形を整えたような青年だった。アミはつい立ち上がっていた。
『Bさん!?』
「ああ、やはりアミか。もしかしなくてもあれから逃げそびれたか、仕方のない」
青年——Bは呆れたというより少し安心しているようにも見えた。
「B? それがキミの名前なのかい、青年」
「チャットで名乗っていたものだ。今は……タクミ、だな」
「ふむ」
杏子は至って冷静にBを眺める。だがそういえば、どうしてBは外へ出られたのだろう?
『そういえば、Bさんはどうしてここへ』
「お前、そろそろ呼び方変えろ。俺が怪しまれる」
『あっ……ええと、タクミさんももしかして、同じような……? あれ、でも』
Bは元々はデジモンのはずだ。デジモンが外へ出たなんて話は聞いたことがないのだが。そんな疑問を込めたアミに、Bは苦々しい顔をした。
「俺は少々特別製なんだ。望んだ訳じゃないがな」
「ほう、もしやキミも彼女のこの状態に似たものであると?」
「似ていると言えばそうだ。だが違うとも言える」
「ふふ、難しいロジックだな」
不敵に笑って腕を組む杏子に、Bもとにかく冷徹な眼差しを送る。それからアミの座るソファへと近づき、背もたれに寄りかかった。
「何にせよ、彼女をこのままにしておく訳にはいかない。タクミ、キミも彼女を手伝ってやってはどうだろう」
『……手伝ってくれませんよね』
アミはそっぽを向いた。あの謎の存在に襲われた時、あっさりノキアを見捨てようとしたBの冷酷さを忘れてはいない。
「手伝う義理はないな。俺はお前のその状態に関しては何の責任もない」
やはりそう言われるか。アミは分かり切っていたが、寂しさが拭えなかった。
「だが」
と、Bは続けた。
「何の関わりもない、とも言い切れないのも確かだ」
Bがしかと目をアミへ合わせてくる。元々がデジモンだから感覚が違うのか、見ていて気持ちが悪いなどは言わない。
「それに、少々やるべき……というか、押しつけられたこともある」
その為にはアミが役立つかも知れない。Bはそうとも付け足した。もの凄く事務的で些か以上自己中心的な話になっているが、捨てずにいてくれるというだけでアミは嬉しくなってしまった。
『……ありがとうございます、び……じゃなくてタクミさん』
アミは一応のこと気持ちを込めて、Bへ礼をした。するとBは目を丸くして、「あぁ」と曖昧に濁して顔を背けた。
「ふふ、人に感謝されるのはあまり慣れていないのかな」
「……」
Bは顔を逸らしたまま、目線を杏子へ送る。
「お前とは違うからな」
不思議な言い方だった。今度は杏子が少し驚いた様子を見せて、すぐに戻った。
「さて、観察して確信したが、アミはまさにデータの塊……『電脳体』そのものだ。だが私の声を聴き、ソファに腰掛け、会話している。現実の物理法則に従っている証拠だ」
つまりリアルの特性を備えたデジタル体——「半電脳体」と名付ける。杏子は笑った。
「……」
「よく分からんみたいな顔をするな、おい」
Bは杏子の言葉がきちんと分かったようで、地味にツッコんできた。
「キミのカラダがデータで構成されているならば、見た目をどうにかする事自体は、さほど難しくないだろう——」
「元の姿と合うデータを取り込んで治せばいいんだろう」
「ふむ、その通りだ。冴えている……いや、キミは分かっている、という方が正しいのかな」
杏子がまた面白そうに笑い、Bは冷えた表情を崩さない。一体この二人はどういうことなのだろう。
「EDEN内で使用されているアバターと構造を同じくしているはず。クーロンの放置データの中に、アバターパーツのデータが見つかれば上々なわけだが……
……問題は、その状態でログインできるかどうかだな」
杏子がやや難しそうな顔をした。長く真っ直ぐな金色の髪が、大胆に開いた上衣の胸元へ垂れて、女性同士であれども若干目に毒だ。視線をずらしがてらアミも考察する。
『え、ああそっか』
正式なアバターではないし、アカウントが正常に機能してくれるとは限らない。もし弾かれてしまえばそれでアウトだ。
どうすればいいのだろう。悩みかけて、そこでふとテレビがアミの視覚に入った。
『あれ?』
そのテレビに誘われるような、何かがあるような感覚がしていた。アミは立ち上がり、テレビへ近づく。
「ん、何だ? 端末(テレビ)が……どうかしたか?」
「何だ、どうした」
ついでにBが近づいてくる中、アミはテレビを見つめた。
——こっちよ…… 翔びなさい
『あ、れ。やっぱり』
声が聞こえた気がした。翔ぶ、とはどういうことか不明だが、
『翔ぶ!』
そこでテレビへかつてはグローブをつけていた手を伸ばした。
その瞬間、テレビにデータの流れのようなものが見えた。そして大きなホールのようなものが出来て——
「お、ぉおっ」
アミはその穴へ吸い込まれていった。
視界を無数の情報が流れて過ぎ去っていく。巨大で膨大な情報の流れが、アミを乗せていく。
そうして運ばれた先に、道のようなものと複雑な波を形成する曲線を見通した。
『これって……どういうこと?』
「突然どうしたかと思えば。何なんだこれは」
『え?』
明瞭な低音の声に振り向くと、そこにアミの似姿ではなく本来の姿のBがいた。ちょっとびっくりした。
「一体何があった」
『声が、聞こえたんです』
「声? ……」
Bは笑ったり貶したりするでもなく、鉤爪になっている手を顎に添え考え込む様子を見せた。
「……とりあえず、先に進めるようだが」
『行けば分かりますかね』
「さあな。だが、呼ばれたのだから何者かはいるかもな」
『ですね!』
アミはとりあえず、浮遊するままに進み出した。すると、まるで水流に乗っているかのような自由さで先へと体が動いていく。
『わあ、凄いですよBさん! どうなってるんでしょうこれ』
「さてな、俺はそうもいかないが」
振り返ればBには地面があるように見えるのか、走っていた。どうもBとは勝手が違うらしい。
「それはそれとしてだ。どうやら、迎えが来ているようだ」
『え?』
「お前の存在を感じ取ったか、お前を呼んだ張本人か、当てはないがさまよっていたか。どちらにせよ、この道はEDENに通じているようだ」
Bの指さす方向に、ぽつりと小さな姿が浮かんでいた。白くて大きな耳を持つ、小さな動物のような姿。
『あれって、テリアモン!?』
アミは急く気持ちそのままにそちらを目指した。するとアミの感情を反映したかのように急速で道を通過し、あっという間にその小さな相手の前へ来られた。
「うわっ! え、あれ……もしかして、アミ?」
気付いたテリアモンは驚いた顔をして、それから小首を傾げた。少し悪戯っぽい目といい、間違いない、あのテリアモンだ。アミはほっと息を吐いた。
『良かったぁ……テリアモン、無事だったんだ!』
「それはこっちの台詞だよー。あの状況で本当によく生きてるっぽい感じで助かったね。
……でも、良かった」
テリアモンがにこり、と笑った。アミは思わず抱きしめそうになったが、不安定な状態と表されていたのを思い出して寸でで止まった。そこにBが追いついて来た。
「お前も苦労するな、テリアモン」
「え? あっ、Bじゃん。ボクたちを差し置いて一人で逃げちゃったBじゃん」
「不可抗力だ。あの青い奴は焦りすぎだった、全く……くそ」
Bとしては見捨てたみたいな言い方をされるのがいたく気に入らないのか、口元を若干曲げていた。
「ま、分かってるけどね。それにしてもアミってば急に消えちゃったからさ、びっくりしたよー」
「分かってて言うのか貴様喧嘩売ってるな」
『ご、ごめんねテリアモン……』
「おかげであちこち探し回って、急に開いたからこんな所に来ちゃったよ。もしかしたらこういう所通って逃げたのかと思って」
「このデジタルの流れか。確かにあれもこういったものに乗って現れていた可能性は十分にあったからな」
Bの言葉にテリアモンは「せいかーい」とてをぱちぱちと叩く。突然開いたここが気になり、しばらくこのあたりをうろうろしていたそうだ。そしてやはりこの道はEDENへ通じているという。
「まあ、こいつが来たなら何よりだ。ここにもデジモンがいる、守ってもらえ」
『うん。またよろしくね、テリアモン』
「もうはぐれないでよねー、二人とも」
ようやくの道連れを加えて、アミはネットワークの流れを進み出した。