AとBの電脳探偵   作:高野景

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『ふむ、見た目だけは正常に戻ったようだな……』

「うん……やっとボクの知ってるアミって感じ……」

「これでまともな姿になったか」

 とまあ、大体元の姿を取り戻したアミへそんなお言葉が並べられた。アミも大方戻った自分の姿を眺めて、安心した。

「戦闘の作法も分かったか」

「はい。ありがとうございました、Bさん」

「……Bって、いつも……こんなの、してんの……?」

 戻った表情をにこやかに動かすアミの横で、テリアモンが疲れ切った顔でぺちゃりと倒れ込んだ。

「て、テリアモン!?」

「量としてはこれくらいは普通だが」

『全く、訓練は無理をしないのが基本ではないか?』

 承諾もしていたはずの杏子の声が、少し呆れを含んでいた。

 今回のアバターパーツ探しは、Bによるアミへの戦闘心得指南とテリアモンの特訓も組み込まれることとなった。「いつまでも弱いままでいられては困る」との言い分で、探すついでにいくらか戦闘もあるだろうから積んでおけ、とのB直々のお達しだった。

 アミもテリアモンもすぐに乗った。あの謎の存在に勝てなかった悔しさも、心残りもたっぷりとある。強くなって今後そんなことが起きなくなるなら、これ以上ないことだった。

 はず、なのだが。

「……なんで、あんなに戦わせるのさ……」

「テリアモンは実際に戦う側だったもんね。その、上手く指示とか出来なくって……ごめん」

 へろへろになって地面に突っ伏すテリアモンを、アミは謝罪の気持ちを込めて抱き上げた。やはりもふもふとして可愛いが、その大きくつぶらな瞳が怪訝そうに細められている。

「アミはいいけど……そっちも疲れて……というか心折れてないの……?」

「? どうして? 凄く勉強になって有意義だったよ」

「……アミとBって、もしかするとある意味相性良いのかも」

「え? え?」

 くたりと頭を垂れてしまったテリアモンに慌てて、アミは画面内の杏子に目をやった。杏子も僅かに眉を寄せていた。

『……タクミ、一体どういうプログラムを行ったんだ』

「実戦経験を積ませただけだが。多少の補足は入れた」

 Bは至って平静に口にした。事実ではある。アミとテリアモンは遭遇する相手と、片っ端から戦って戦って戦ったのだ。

 それはもう、中途から何をしに来たのか忘れそうになるくらいだった。

『それはもしかして、キミが普段行う程度の、か……?

 ……テリアモン、本当に疲れたろう』

 何やら知っている風な言い方を杏子はする。しかしBもまたアミと同じく何を言われているか分からない、という様相だった。

「もう、動けない……」

『アミが平気なのはかなり驚きだが』

 へろへろな声でもたれかかるテリアモンを撫でつつ、アミは額に手を当てる杏子にきょとんとした。確かに一度二度ですぐ覚えられて実践出来るものではなかったが、覚えるまできちんとやらせてくれたではないか。テリアモンと一緒の実践で、だ。

 おかげでテリアモンの動きも、戦闘の初歩的な心得もよく分かった気がする。

 しかしBは訓練中も今もずっと人の姿でやっていた。果たして杏子は何を感じ取っているのだろうか。

『……まあいい。とにかく大きな前進だ、目的は達したのだから一度事務所に戻ってきたまえ』

「はい。……あれ、でもどうやって?」

「うん? ふむ……ひとまず、いつも通りログアウトしてみなさい」

「入った端末に戻ってこられると思うが。アミが余程突飛な道の脱線をしなければな」

『正直な所、キミの場合は何が起こるかやってみないとわからないがね。

 仮にデータがネットワーク中に散っても、可能な限りサルベージしてあげよう』

「えっ!?」

 びくんとしたアミに、うっすらと杏子が笑った。

『ふふ、冗談だよ。……半分程は』

「半分だけ!? ちょ、杏子さ」

 アミが呼び終わる前に通信は切れてしまった。アミは大きな溜息を吐いた。

「ばらけたらどうなるか興味があるな」

「Bさぁん!?」

「だが今の方がデータが落ち着いてるんだろう。より不安定で渡り切れたのだから心配いらないはずだ……っち」

「なんで舌打ちするんです!? というか、戻るって」

 アミは目の前のログアウト場所へ目をやるが、どう見ても機能していない。前回のアミの無理なログアウトなどが響いたのかも知れない。

 となれば道を遡って、入ってきた場所へ戻る訳なのだが。

「……無理……ごめん……」

 寄りかかっているテリアモンの手はあまりに弱々しかった。アミは片手で頬を掻く。

「Bさんは手伝ってくれませんよね」

「この辺りに出る奴は絶対に御免だ」

 きっぱりと断ってくるBだが、となるともしやアミは、このまま強行突破するしかないのだろうか。今のテリアモンに無理をさせるのは心が痛むを通り越す。

「ミレイ、とか言う奴は使えないのか」

「あの人はこういうことは手伝ってくれないみたいなんで……うーん」

 杏子からの通信をきっかけとして、Bやテリアモンにもデジラボとミレイという人物について話してある。二人共疑うことはせず、真面目に聞いてくれた。

 だがミレイがよしんば手を貸してくれるにしても、出口の方にある接続場所に行かねばどうにしろ会えない。結局はここを抜けるしかないのである。

「……とりあえず、戻れる所まで行こう」

 残念なことにBは逃走の心得は教えてくれなかった。どうやらBという存在に後退の二文字は無いようである。

「アミぃ……危険だよ~……」

「でも帰らない訳にもいかないし、ここじゃ休めないし…」

「さっさと行くぞ」

 無慈悲にも道を戻りだすBを、テリアモンを抱えてアミは追いかける。はぐれたらそれこそまずい、ギリギリ守ってくれるかも知れない相手を見逃すのは無茶だ。

「……もし、もし」

 だが不意に声がかかった。アミが足を止めて振り向くと、……何もいない。

「申し訳ない、足下を注意して欲しい」

 更に聞こえる声を追って彼女が足下を見ると、白い半透明の存在がちょこんと靴の上に乗っかっていた。

「……ポヨモンじゃん」

「うむ、ポヨモンだ。現在は」

「な、なんだか凄くきちんとした喋り方してる!?」

 アミをかなりの衝撃が襲った。これまでに遭遇したポヨモン、または幼年期のデジモンはもっと、幼いか若しくは拙い喋り方をしていたのだ。

 だがそのポヨモンは「まあこれは理由がだ」などと更にはっきりとした口調をして、ぽよんと跳ねた。アミの目の前に小さな顔が現れる。

「貴方のテリアモンはだいぶ疲れているように見える」

「あ、えっとこれは」

「ああいや、貴方がさせたのではないとは何となく分かる。それから貴方には、他に連れているデジモンがいないこともだ」

「う」

 痛い点を突かれ、アミは言葉が出なかった。ミレイの用意してくれた機能を使っていればこうはならなかったはずなのだ。

 テリアモンがアミとはまた違って、じとっとした目線をポヨモンに送る。

「もしかして、今からボクたちを襲おうとか考えてないよね?」

「それならばとっくの昔に奇襲を仕掛けているよ。決して私は貴方がたに害を与えに来たのではない」

「は、はあ。それじゃ、どうして?」

 アミは片手でポヨモンをキャッチして、乗せた状態で向き合った。やはり襲ってくる気配はない。

「うむ、大変に個人的且つ勝手な内容で申し訳ないのだが……あそこにあるデジヴァイスを、持って行ってくれないだろうか」

 ポヨモンが小さくアワを飛ばす。アワが漂っていくその先は行き止まりだ。

 だが目を凝らしてみると、壊れかけの携帯とおぼしき形状の機械がガラクタの中に混じっているのが見えた。黒ずみ、液晶にも罅が入りぼろぼろだが、辛うじて画面が光っている。

「……きみ、あそこに入ってたの?」

「正確にはまだ入っている、という所だな。今の私は限界まで圧縮したデータが限定的に外に出ているに過ぎないのだよ」

「あれの持ち主は?」

「他のハッカーに襲われてアカウントを取られかけ、抵抗の結果破壊されてしまった。少し前のことだ」

 ポヨモンは悲しげに頭、もとい全身を振った。そんなことがあるのかと、現在半電脳体となっているアミは酷くぞっとした。

「そしてデータの残骸に私は残されたまま、出られないということなのだ。

 だから頼む、少女。どうにかデータの復旧か何かが出来る所まで私を連れていってくれ。代わりに戦闘があるなら戦う」

 ポヨモンが頭というより全身を倒した。そうきたならば断る理由はアミにはない。

「んー……ま、嘘っぽい感じもしないし、良いと思うよ」

 テリアモンも賛同してくれた。罠だとしても、最悪杏子に救援要請を出来なくもない。解決策くらいは教えてくれるだろう。

「分かった。直せる場所にも心当たりがあるし、やってみるよ」

「ああ、ありがたい。頼んだよ、少女」

 ポヨモンがアミの肩へと乗ってきた。彼女は嬉しくなりながら、周囲に襲ってきそうなデジモンがいないかを確認して、デジヴァイスへと近づき拾い上げた。本当にボロボロだ。内部のデータは大丈夫なのだろうか。

「うわぁ、壊さないように運ばないと」

 大事に胸へと抱えるアミの代わりのように、テリアモンが周囲を確認する。だがその丸い目が、またもじとりと半眼になる。

「……というかさ、Bいないよね」

「えっ?」

 言われてアミも辺りを見回す。確かにあのでかい図体が影も形もない。

 置いて行かれた。

「……」

「……」

「……追いかけよう!」

 せめて何も襲ってきませんように、とアミは心の中で願掛けし、ダッシュした。

 アーチを抜けた先にも既にBの姿はなかった。行動が早すぎるのではないか、どういうことだ。アミは戻ってきた足音を潜めつつ足は素早く動かし、急いで道を抜けていく。

「アミ、ボク歩ける」

「ダーメ!」

 テリアモンの申し出は却下だ。こんなに弱った姿を見て尚走らせるなど、そんな血も涙も無い所行はアミには出来ない。

「私はこの状態だ、降りては逆に足手まといになってしまうな。申し訳ない」

「いいよ、気にしないで!

 ……でも、ポヨモンがいるデジヴァイスの持ち主は、どうしちゃったの?」

 アミは純粋に気になって、走りながら口にした。するとポヨモンが少し苦い面持ちになった。

「簡単に言えば商売敵に負けたのだ。それなりの数我々を連れていたのだがね、皆……その相手が何処からか仕入れた強力なデジモンに、蹴散らされてしまったのだよ」

「え……」

「これでも私はあの人間の切り札だったのだがね。それでも相性が最悪な相手に立ち向かうのは土台無理だったということだ」

「うわー、つらいね……」

「ああ、善戦はした方だったと思いたいよ」

 ポヨモンの語り口は淡々としているようだったが、そこはかとなく後悔が見え隠れしているようにアミには思えた。

「元からあの商売敵とは犬猿の仲というものだったからね。襲った当時から復帰も出来ない程にするつもりだったのだろう。巻き込まれた我々はたまったものではなかったがね」

「……」

 アミは壊れかけのデジヴァイスを握る。

「ポヨモン。私、絶対に助ける」

「む、? どうした少女」

「こんな所で終わらせられないよ。ここから出て、すっきりしなきゃ」

 絶対にこれをミレイの元へきちんと届けて、復旧させよう。こんな、苦しい想いをさせたままに放置しておけない。助けるなんて大仰なことは言えないけれど、皆に出来うることを果たそう。

「……不思議だな、貴方は」

 ふ、とポヨモンが微笑む。他のポヨモンでは見られない柔らかな雰囲気だ。

「まー……アミはね。不思議天然ドジっ子だから」

「え、テリアモンいつの間にそんな判断を私に?」

「まだ付き合いが浅いボクにも分かるくらいだって自覚しなよ」

「そう、なの? え、え、誇張だよね?」

「自覚のない相手程こういうこと言うよねー」

「ちょっと!?」

 もーやだやだなどと、テリアモンが小さな手で頬をぺちぺち叩いてくる。全く自覚症状がないのだが、マジか。どうしよう、Bにも聞いて真偽のほどを確かめねば。

「ま、そこもプライスレスに優しい所もまだ好きだけど」

「えっ、て、テリアモン……。

 って、まだって何?」

「てーんねーん」

「もしもしー?」

「ふ、ふふ」

 と、走りながらぐだぐだ続く会話の合間に、ポヨモンの笑い声が挟まった。

「……いや、済まないな。こんなに仲の良い人間とデジモンは、初めて見たもので」

 肩に目を向けると、心底楽しそうに笑うポヨモンがいた。馬鹿にした雰囲気ではなく、珍しく面白いものを見ている、という風情だった。

「なんというのか、個人的には好きだな。貴方がたの関係は」

 ふう、と一息吐きがてらポヨモンがアワを吐き出す。誰の姿も見えない通路へ、ふわふわ流れていく。

「……?」

 誰もいない。これまで野良のデジモンと幾らも出会っていたはずなのに、今になって一度も出会っていない。

「……なんか、やーな感じしない?」

 テリアモンの声が低くなっていた。アミは走る速度を上げながら、ひたひたと忍び寄ってくる予感にこくりと頷いた。

 既にアミたちの背後に、黒い影が落ちていた。

「——はっ!」

 ポヨモンが大きく息を吸って、大量のアワを吐き出した。大きな呻き声の後、アミの目の前に巨大な機械の腕が突き刺さった。

「っ!!」

「こーなるよね」

 アミは跳びすさりながら振り向き、相手を確認した。影の主は、発達した青い上半身を持つドラゴンと機械の混合体だった。

「まさかこのタイミングで来られるとはな」

 ポヨモンが苦しげにこぼした。アミは急いでキャプチャーを起動して確かめるが、

「余程このデジヴァイスにご執心か、ギガドラモン」

「……完、全体?」

 キャプチャーが解析したデジモンの名前の横に、そうあった。Bの指南で学んだ知識によればテリアモンが属する成長期の二段階上。

 すなわち、もの凄い格上。

「無理!!」

 アミがダッシュした瞬間、空間を咆哮が揺るがせた。それだけで吹き飛ばされそうな威力を前に、多少訓練を積んだ程度のアミたちが敵う道理は無かった。

「しばし見かけないから大丈夫だと思っていたが、これ程引き寄せるとは想定外だった。まずい、まずいぞ!」

「あのさ、ポヨモン。これ全体的にきみのせいじゃない?」

「うむ、大変申し訳ない」

 三人の背後で巨大な落雷の音と閃光が走った。アミは全身全霊を込めてダッシュの速度を維持し続ける。

「まだここに収納されているデータが恋しいのか……仕方のない」

「う、わぁ!!」

 アミのすぐ横で巨大な爆発が発生し、熱風が吹き付けてきた。足を掬われ、アミたちは斜め前へ吹っ飛ばされた。

「あっつ! あち、あちちち!!」

「アミ、ボクたちをかばっちゃダメ!!」

 しかし咄嗟に体が動いてしまうのだから仕方ない。アミは胸にテリアモンとポヨモンを抱え、焼け付く痛みの走る背中もそのままに走る。

「少女、デジヴァイスを捨てるのだ! そうすれば少なくともしばらくはそちらへ気を取られるはずだ!!」

 ポヨモンが声を張り上げる。実際こんな格上の相手に襲われているのなら、そうして然るべきなのだろう。

 何より、アミは今半電脳体であるこの姿が本体なのだ。ここでやられれば、まさしくゲームオーバーだ。一巻の終わりだ。

 生命の危機というものが、あまりにも生々しくアミへとのしかかる。どこまでも純粋な恐怖が彼女の中に生まれていた。

 だが、アミはデジヴァイスを手放すことなく全力で走る。

「少女!!」

 浮遊する相手には分が悪く、すぐさま再び大きな影が被さってくる。

「っだぁ!!」

 アミは思い切り横へ跳ねた。直後、間近を鱗と機械に覆われた巨大な腕が削り抉った。足が変に曲がりそうになって、痛みが走る。

「ぽ、ポヨモン、さんっ……!」

「これ以上貴方がたを巻き込むわけにはいかない、早く!」

「引きつけておきます、だからテリアモンと一緒に、Bさんを呼んできて下さい!!」

「!?」

 テリアモンとポヨモンが同時に息をのんだ。アミは前方の階段をジャンプで飛び越える。

「テリアモンが姿を知ってますから! あのデジモンなら、少しは張り合える、かも! 頼みます!!」

「ちょっと、アミ」

 アミはテリアモンの不平を押しとどめるように二体を抱き込み、地面を強く蹴った。背後で暴風が吹き荒れアミたちを押し流す。

「もうすぐ、追いつかれるから……っ!」

「……」

 アミはテリアモンとポヨモンを手放そうとする。だがポヨモンが彼女の腕を使ってまた肩へ乗ってきてしまう。

「ちょ、だから」

「——ひとつ、賭けをするとしよう」

 ポヨモンがそう言って、目前の分かれ道を睨む。背後からは巨大な圧迫感が追ってきている。

「贖罪にもならないが、どうか一度だけ。私を信じてくれ」

 アミを、ポヨモンが真剣な眼差しで捉えていた。

 ……彼女がそれを無視出来るはずがなかった。

「私を下に構えてくれ。そして壁際で思い切り、」

 アミは言われるがままポヨモンを掴み、下へ向ける。テリアモンがアミの背中へ守るようにしがみつく。

「跳んでくれ!」

 アミは壁を飛び越える勢いで、ジャンプした。

「『ハイドロウォーターⅢ』」

 その瞬間、猛烈な圧が下からアミの体を急速に押し上げた。

 高く、高く飛んで、ブロックの山を越えて——その奥、入り口まで。その瞬間、壁を突き崩さん衝撃がフロアを揺るがした。

「————!!」

 そして入り口付近に丁度、あの黒い姿が寄りかかっていて、

「Bさぁ——————んっ!?」

 渾身のアミの叫びに黒が顔を上げた。そしてアミたちを三つの赤い眼が見つけた。

 黒が、とんっ、と地面を蹴った。そして自由落下を始めたアミたちを、長い腕が過たず捕まえた。

「……何を遊んでるんだ、お前ら」

 いたく呆れた声と共に、元の姿のBは軽やかに着地した。うつ伏せに拾われたアミには少しも負担が無かった。

「遊んでないです……あ、」

 否定した直後、咆哮と共にギガドラモンが壁の向こうから姿を現す。そこでポヨモンがアミの脇より抜け出て肩へ乗り、Bへと向き合う。

「貴方がB、か」

「便宜上は」

「……あれをどうにかして頂きたい。何より、貴方の為に」

「俺の、だと?」

 ポヨモンの言葉にBは怪訝な表情になる。しかしポヨモンは退く様子を全く見せない。

「あれは相当な強欲だ。放置すれば珍しい貴方をいつまでもつけ回すだろう」

「そうか。ふん」

 Bはアミ諸共全員を下ろし、スタスタとギガドラモンへと歩いていく。

 そして後ろ姿をアミ達へ見せたまま、ギガドラモンへと顔を上げた。

 瞬間、ギガドラモンが硬直した。

「……お前は何も見なかった。そうだな」

 Bの一言に、小さく震えながらギガドラモンが頷いた。明らかな恐怖が現れていた。

「なら、行け。そして此処へは二度と来るな」

 凍り付きそうな程の声音が空間を沈黙させた。それからギガドラモンが、静かに壁の奥へと逃げていった。

「……」

 ゆらり、とBの長く硬質な尻尾が不機嫌に揺れていた。

 

 

 

「中のデータが劣化し過ぎているわ。これではもう駄目ね」

 デジラボに持ち込んだデジヴァイスを確かめての、ミレイの発言だった。あまりのことにアミは絶句してしまった。

「そ、そんな……じゃあ、その中のデジモンは」

「出すどころか、少しいじるのさえ危険よ。残念だけれど」

「でも、ミレイさんなら!」

「ええ、私もこんな痛ましいことがあるだなんて信じられない…出来ることなら助けたいけれど」

 ミレイの眼鏡の奥で切れ長の眼が眇められる。

「もう、どうしようも無いんですか?」

「どうにかデータをかき集めれば、デジタマくらいには出来るかも知れないけれど。でもそれだって怪しいし、きちんとした子になるとも分からないわ。それ以上は私でも無理」

 それではポヨモンにも申し訳が立たない。中の誰もを救い出せなかった、なんて、どんな顔で言えばいいというのだろう。

 一度生命の危機に晒されてしまったせいだろうか。アミの中でデジモン達の命が潰えるという事実が、重すぎた。

「本当に悲しいわ……このデジモン。いくら何でも中心のデータが抜け落ちていては」

「はあ……え?」

「他には誰もいないのが救いと言えば救いかしら。でも」

「え、? え、え、えええ?」

 アミは思わずミレイの方へ身を乗り出していた。ミレイがきょとんとしていた。

「……もしかして、中身が複数だと思っていたの?」

 

 

 

「なんと、きちんと説明すれば良かったな。済まなかった、そんなに気苦労をかけていたとは」

「もー、アミってば早とちりさん」

「うー……」

「素直にただの思考欠如と言ってやれ」

「それ逆に胸が痛いのですけど……!!」

 戻って取り敢えず報告をすると、デジモン三体はそれぞれに反応を返してくれた。ポヨモンも、である。

「中身、ポヨモンさんの本体と残骸データだけだったなんて……」

「普通それくらい予想しない? さっすがアミ、天然お人好し」

「いっそ頭の配線がおかしいくらいにな」

「二人とも誉めてませんよねそれ」

 アミは静まりかえっている広場で、膝にテリアモンを乗せてぐったり座っていた。テリアモンの上には更にポヨモンがおり、中央のポールにBが背をもたせかけている。

「うーむ、自己犠牲が常に美徳とは限らないからな。特に少女、君のやり方は自身を顧みないことこの上ないぞ。よろしくない」

「はい……」

 はっきりと言われてしまうと悲しいものがあった。自分ではあの瞬間それが最善に思えていた分、至らなさを痛感する。

「お前は真性の平和すぎる軟体精神だ」

 そしてBのよく分からないお言葉が飛んでくるのだった。頭を垂れるアミに、ポヨモンが頬をすり寄せてくる。

「とはいえ、よくやってくれたよ少女。あそこで私に従わず捨てなかったのは、お手柄でもある」

「あのデジヴァイスの破損しきったデータを拾ってたら、ギガドラモンがバグってたんだもんね」

 とのことを、ミレイは語っていた。そしてバグを起こしていたら、ギガドラモンは理性をなくして暴虐の限りを尽くし、一帯に甚大な被害が出ていただろう、とも。

「元々は私の同僚のようなものだった。その分の執着が生まれてしまったのだろうな」

「……捨てなかったのは認めてやらなくもない」

 一応アミが壊したがらなかったことも考慮してか、Bはそれ以上きついことは言わないでくれた。

「でもポヨモンさん、やっぱり元の姿には戻れないって」

「それくらいなら全く困らないさ、またなりたくなったら鍛えれば良いのだから。幾らでも取り返しはつく」

「技を見る限り、きっちり前のデータ引き継いでるみたいだしね。良いんじゃない?」

「は、はぁ……」

 やはり人間とは生体が違うのだと、大変に思わされる暢気な会話だった。Bもツッコまないあたり、デジモンでは割と共通の意識なのかも知れなかった。

「テリアモン、今度から仲間増やしておくね」

「そうしてよ。ボクもあんなスパルタ二度とゴメンだし」

 アミはBを睨むテリアモンの耳を撫でた。Bは気にした素振りもなく佇んでいる。どうにか全員無事でいてくれた、良かった。

「……アミ、だったかな」

 ふと、ポヨモンが見上げてくる。アミは首肯する。

「良ければ私を、仲間に加えてくれないかな」

「えっ、」

「どうせ私の主はいないのだ。新しい人の元で過ごすのもありだろう」

「そ、そう?」

 でも、ポヨモンにだってかつての主との思い出とかがあるはずだ。そうそう簡単に乗り換えられる訳、

「実の所以前の奴はデジモン使いが非常に荒くてな。正直思い出したくない」

「……あ、そうなんだ」

 問題ないようだった。アミはテリアモンに目線を移す。するとテリアモンは、悪戯な笑顔を浮かべた。

「ちょっと変わった相手だよね。おまけにちょっと詰めが甘いっていうか」

「それは反論出来ないな。嫌かな」

「ぜーんぜん?」

 テリアモンが耳をぱたぱたさせる。案外と仲間が増えるのは嬉しいようだった。

「……テリアモンって、あれかな。ツンデレ?」

「ツンデレって言ったらBじゃん?」

「人を勝手に訳の分からんカテゴリに分類するな」

 Bもポヨモンそのものに文句を付けない。決まりだった。

「じゃあ、よろしくね。ポヨモン」

「ああ、よろしく頼む。アミ」

 ぽよん、と半透明の体が跳ねた。

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