「君達の部屋は、ここだ。限定契約だが、良い働きを期待する。細かい話は、メイド長から聞いてくれ」
初老の男は四人を広い客室へ案内すると、そう告げる。
単なるメイドを扱うには些か豪華な部屋ではあったが、相手も武偵。手の出しように困ったのだろう。
「『メイド長』なんて言葉、現実で初めて聴いたかも。んー、寝たい……」
男が去ったのを見送るなり、コルネリエはふかふかのベッドへ直行だ。
ぽすん、と身体をバウンドさせながらダイブするコルネリエへ、グループリーダーであるリューディアは顎に指を当てて語る。
「そんな暇無いわよ。これから仕事をこなしながら、屋敷の構造を見て回らなきゃならないんだから」
「そうですね。期間は一週間、との事ですしモタモタしては居られません」
リューディアの言葉に同意を示したアデライード。アイラはそんな輪の外で、鏡の前でポーズを取ってはは笑っていた。
「さて、偵察にはこれよ。これ」
リューディアは宿泊用のボストンバッグに擬装した武器バッグから、小さな飛行型ドローンを取り出す。
大きさにして、手のひらに載せても若干余るくらいか。そこに小型CCDカメラを搭載し、手元の操作デバイスのモニターに画像をリアルタイムで送信する――といったもの。
しかし四人全員が部屋から出ない訳にはいかない。使用人たちに挨拶をしなくては。
「メイド長さん捜しをしながら、隙を見てドローンを配置するわ。行きましょう」
「うえ、いくのー?」
ベッドで早速惰眠を貪ろうと画策していたコルネリエ。
そんな目論みなど、リューディアの前では子供が考えたものと変わりはない。あっさりと見抜かれて、首根っこを掴まれ引き摺られていくコルネリエの様は、あまりにも哀れであった。
◇
『では、宜しくお願いします』
メイド長捜しを終え、屋敷を案内された四人。
途中、リューディアは隠し持っていたドローンを用具室に置いている。
屋敷の案内については、当たり障り無い程度にしかされていない。立ち入り禁止の場所もあったし、入り口があってもメイドが口を開きすらしない、明らかに怪しい扉さえあった。
「さて、まずは仕事ね。アイラは依頼主――ロガーノのところへ。コルネリエ、アデルは食事の仕込みを手伝いに。私はドローンの様子を見てから、コルネリエ達に合流するわ」
それぞれが広い屋敷の廊下で別れ、赤い絨毯に絢爛豪華な照明の下、残されたコルネリエとアデライードは厨房へ向けて歩き出す。
足音一つしない廊下を歩いていると、不意に並んで歩いていたアデライードが立ち止まった。
「なにやってんのさー。面倒だし、さっさと行こうぜー」
心底気乗りしない、といった雰囲気を辺りへ振り撒きながら、コルネリエはアデライードへ振り返り、呼び掛ける。
「……コルネリエさんは、昔の記憶がないんでしたよね?」
その問いはあまりにもコルネリエにとって唐突だった。
「そうだけど、それが?」
コルネリエが翻して問うと、アデライードはコルネリエへゆっくりと歩み寄る。
獲物を追い詰めるようにゆっくり、ゆっくりと。コルネリエはアデライードが手を回した背中に、二枚葉のプロペラにも似た双頭剣が煌めくのを見た。
「……!」
武偵の――否、闘う者としての本能が咄嗟にコルネリエの右手を、スカートに隠れた太股のホルスターへ導いていた。
だが、彼女が銃を引き抜いた瞬間コルネリエはアデライードに顔面を鷲掴みにされる。
「……私は、嘘を吐きたくありません。これ以上は。――もしかすると、今日中にはボロが出るかもしれませんね。少し早いですが」
「な……んの話――」
アデライードが吸血鬼だ、と自称したのは戯れ言ではないとコルネリエは知る。
なにしろ彼女は、170cm近い身長の身体とほぼ同じ長さの双頭剣を右手に、左手では軽くコルネリエを持ち上げているのだから。
「時間がありません。少しだけ、お見せします」
「……え?」
コルネリエが次の瞬間感じたのは、びりっと電気が走り抜けるような鋭い痛み。意識は一瞬の内に刈り取られた。
◇
コルネリエは歩いていた。等間隔に蝋燭が並べられた、旧い作りの廊下を。
まるで戦時中の塹壕のような廊下は、今まで居たきらびやかな世界とは真逆。不規則に揺れる蝋燭の火を見る度、コルネリエはざわつく心を抑えるのに必死になる。
(なんだこれ……。アデル、あんた何したんだよ、あたしに! 気分が悪い……先に進んじゃダメだ)
コルネリエが足を止めようとしても、身体は勝手に廊下を進んでいく。
行き着いた先には、古ぼけた木製の扉がある。そこで突き当たりだ。
自然と、コルネリエの右手は導かれるように錆びたドアノブへ伸ばされる。やめろ、開けるな、とどれだけ願っても、彼女の右手はドアノブを捻る。
軋む音と共に開いた扉の先には、気味の悪いモノクロの世界が広がっている。コルネリエはその世界でだけ、自由に自分の意思で歩く事が出来た。
部屋にあるのは手術台、ドイツ語で書かれた薬品の瓶が幾つも置かれた棚。モノクロだが、ハッキリ『それ』と判る血痕の数々。
「……ここは」
覚えがない、と言えばコルネリエの中でクエスチョンマークが浮かんだ。記憶にはないが、心が明確な拒否反応を示す。
逃げたい。だが、逃げ場は無い。焦る気持ちで部屋を歩き回っていると、不意にモノクロの扉が音もなく開いた。しかし、その勢いは凄まじい。
何人もの白衣を着た男達が、泣き叫び暴れる一人の少女を抱えて無理矢理手術台に乗せた。音の無い世界だが、悲鳴が聴こえてくるような様相だった。手足をベッドに固定されても、諦めることなく暴れる少女と、コルネリエの目がふと合ってしまう。
涙に濡れるその目を見た瞬間、コルネリエの意識は再び電流のような痛みと共に奪われた。
「――ハッ! ハァ……ハァ……」
気付けば、コルネリエはベッドの上にいた。大方、気絶していたのだろうと自己推理して身体を起こすと、部屋にはドローンを操作するリューディアの姿がある。
「……」
長い、ブロンドの後ろ姿。コルネリエは何かに顔を押さえ付けられたかのように、リューディアを注視し続ける。
「目が醒めたみたいね?」
コルネリエの視線に気付いたか、リューディアは背を向けたまま問うた。
問われたコルネリエは気だるげに、当たり障りないよう返す。
「どのくらい寝てた?」
「一時間かそこらかしら。一人くらいなら、抜けても支障はないわ。それより、面白いものを――」
「屋敷見回ってくる。話は夜、集合してからにしよう」
リューディアの言葉を遮って、コルネリエは部屋から廊下へと出る。
彼女はスマートフォンを取り出し、アリアへと連絡を入れていた。
『今日中に、松濤の豪邸で何かあるかもしれない。GPSデータ付けておくから、もし武偵側で動きがあったら教えて。――それから、何かを見たよ』
そうとだけメールに書き込んで、送信ボタンを押すコルネリエは、屋敷を見回る為に歩き出す。
「……」
コルネリエが凭れていたドアを挟んだ反対側には、リューディアがいた。片手にはUSPエリート.45口径拳銃。
偵察に使われていた筈だったドローンのCCDカメラが残していた画像には、コルネリエが打ったメールの内容が克明に映し出されている。
「……誰の入れ知恵か――」
しゃ……きん。微かな摩擦音と共にUSPのスライドが静かに引かれる。
彼女はそのままスマートフォンでどこかへワンコールを鳴らすと、拳銃を隠して部屋を後にした。
メカ解説
トライロータードローン
リューディアが用意していた、三枚のプロペラにより飛行する無人機。大きさは手より少し大きなくらいで、姿勢変更や移動は各プロペラ固定部ジョイントを動かすことにより行う。
CCDカメラを装備しており、偵察に使用するには持ってこいの装備である。
H&K/USP ELITE
ドイツはH&K社が製造する、USP自動拳銃のバリエーションの一つ。
エリートでは前方に延長された別設計スライドを持ち、シルエットはUSPに比べ大きく変わっている。
口径は.45口径。マガジンには12発の.45ACP弾を装填可能。