「あれ、コルネリエどうしたの? 顔青いよ?」
見回りと嘘をついて部屋を出たコルネリエは、その先の給湯室で水を飲むアイラと鉢合わせる。
「……アイラはリューディアについて何か知らない? 昔話とか聞いてないの?」
「……? どしたの、急に。私は何も知らないよ?」
くい、とコップ一杯の水を飲み込んでアイラは言う。
彼女の表情から、嘘は感じられなかった。コルネリエ自身、何故それが判るのか理解できていない。彼女が、『超偵』と言われる故なのかもしれない。今は、コルネリエもそうと納得するしかなかった。
「嫌な予感がするな。アイラって、銃撃てるんだよね」
「一応ねー。あんまりやりたくはないけど」
アイラは隠し持っていたパルディーニGT9をちらりと見せて、隠す。
「そっか。ところで、アデルは?」
「アデルなら今、ご主人様のとこ。なんか用あるって」
アイラから話を聞いて、給湯室を立ち去ろうと踵を返すコルネリエだったが、柔らかい壁のようなものに行く手を遮られた。
緑色の特徴的なメイド服は、忘れようにも忘れられない。
「妙な動きをすると、悟られるわよ。知りたいんでしょう? ――真実を」
――リューディアが、音もなく背後に立っていた。
それからちゃきりと微かな音だが、コルネリエへ向けられたのは大きな拳銃。ハッキリと頭部へ銃口を向け、切れ長の眼を細めてリューディアはコルネリエを威嚇する。
「――なんであんたがあたしに銃を向けんのさ。あんた、武偵……」
不意を突いて、コルネリエの頭を映画のカットのようにモノクロの映像が過っていく。
泣き叫ぶ少女。少女へ銃口を突きつける女性。女性は長い白衣に、膝裏まで来るほどのロングヘアーだ。
過った女性の銃を向ける仕草と癖、髪の長さがコルネリエの中で、リューディアと一致する。
「――まさかお前、偽者かッ!?」
リューディアとの出逢いはストリートレースからだった。だが、彼女の素性を知った状態で任務に挑んだわけではない。
コルネリエに与えられた事前情報は『東京武偵局所属のRランク武偵』ということだけ。リューディアが先に情報を掴んでいたなら、すり替わる事など容易い。
「事前情報が少ないお陰で、取り込みやすかったわ。貴重な“生存者”であるお前を、野放しにはしておけない。アデライードが裏切るとは思わなかったけど――ねぇ?」
がちゃりと不気味に聴こえる音を上げて給湯室の扉が開く。入ってきたのは、双頭剣に血を吸わせたアデライード。
「待って待って! 意味わかんない! 私置き去りだよ!」
「今は動かないで待ってろ。でないと殺される」
双頭剣を、双頭鎌へ変形させ歩み寄るアデライードへ目を配らせ、リューディアは笑った。
「随分とお利口ね。六年前とはエラい違い」
「コルネリエさん。彼女は本来貴女と合流する筈だった武偵と入れ替わってます。全ての真相はこのUSBメモリと、その武偵が握っている」
USBデバイスを取り出して見せ、しまってから鎌を構えるアデライード。だが、リューディアはあくまでも詰め寄る二人を笑い飛ばす。
「くふふ! アッハッハッハ! 殊勝なことね。アデライードを殺す用意はあるし、コルネリエは敵じゃない。入れ替わったRランクの女なら、もう死んでるんじゃないかしらねぇ?」
部屋の照明が突然明滅し始める。まるでこれから始まる嵐を告げるかのように。
部屋にはリューディアの高笑いが響いていたが、アデライードがそれを引き裂いた。
「彼女は生きています。“ゼロ”――貴女が姓を奪っていった、ミーツェ=アヴェイルは生きている! 聴きなさい、これを」
スマートフォンを床へ放るアデライード。全員の聴覚が床を鳴らすスマートフォンへ向けられても、注意だけは目の前の敵から逸らさない。
投げられたスマートフォンからは、微かだが声がした。
『……って……よく……よくもやってくれたわね、偽者さん。お陰で大変な目に遭った。――味方は少ないより、多い方がいい。けどね、質も大事よ?』
「だからなんだ! 要するに全員生きて帰さなきゃいい。コルネリエも、本国へ連れ帰れば蘇生できるしね」
リューディアの握るUSPエリートの引き金に指がかかる。ゆっくりと力が籠められていくのが、その場にいる三人に伝わった。
「ふッ!」
コルネリエの背後にいたアイラが声を上げると、リューディアの手から一瞬大きな炎が上がる。
あまりの熱さに拳銃を手放し、悶えるリューディア。しかし、すぐに体勢を立て直した彼女は新たにUSPコンパクトを抜き取って構え直す。
「パイロキネシス……。まさか単なる子供だと思ったお前に、そんな力があるとはね。アイラ。興味深いわ」
「忌々しいだけだろォが。騙されてた私がアホだったってェのは一万歩譲って認めてやるけど、死体袋入りして屋敷を出るのだけはゴメンだからな」
口調を荒げるアイラ。次いでコルネリエがリューディアの腹部を蹴り飛ばす。壁に叩きつけられた勢いでリューディアの拳銃が暴発するが、放たれた銃弾は天井へ突き刺さり、事なきを得る。
「行きましょう! とにかく逃げないと!」
双頭鎌を持ったアデライードと共に、給湯室を飛び出したコルネリエ達。リューディアは埃を払い落とすと、エプロンから一基のリモコンを取り出す。
赤のランプは緑色に変わり、彼女は迷うことなくリモコンを握り締めた。
◇
玄関を飛び出した三人がサバンナへ近寄ろうとすると、車が突如爆発炎上する。
残されたのは、リューディアが乗ってきていたポルシェしかない。だが当然、キーを持っている訳もない。
手詰まりか、とも思われたその時だった。アデライードが自身の持つ双頭鎌、USBデバイスと共に、無いと思われていたポルシェのキーを、コルネリエへ手渡した。
「コルネリエさん、リューディアの車はミーツェさんから奪ったものです。当然、スペアキーがあります。奪った車はフェアレディZ、サバンナ、そしてこのポルシェ。アイラさんと、ポルシェで現場を離れてください」
炎の明かりを受けて煌めくシルバースライドのクジールMd.98を引き抜いて、アデライードは言う。
「あんたは?」
「大丈夫です。早く逃げてッ!」
「――行こうコルネリエ。こう言うときはさっさと逃げた方がいいから」
玄関を開けて現れるリューディアはアデライードに構うことなく、車へ乗り込もうとするコルネリエ達へ銃を向けて引き金を絞った。
何発かをウィンドウに受けたものの、何とかエンジンを掛け屋敷の扉を破壊して逃げ出したコルネリエ達。
フロントバンパーを少し歪ませたが、走行に支障の無い程度で済んだのは幸いか。今頃はアデライードがリューディアと戦っている筈。無事にリューディアを倒してくれるのを祈るばかりだが、物事が急展開し過ぎてアイラは勿論、当事者な筈のコルネリエさえ事情を分かりきっていない。
「あのさ。私は良く分かんないままあの女に協力してたんだ。武偵権特別行使措置があるのは確かだった。けど、アヴェイルには会ったことなくて……。あんたはあるの? コルネリエ」
「……ッ! ごめ――アイラ、少しハンドル持って……」
頭を押さえ、苦しみ出すコルネリエの様相に、慌てて助手席からステアリングを支えるアイラ。
コルネリエの頭の中で、今まで封印してきた記憶が蘇っていく。リューディアの存在、アデライードの力によって、掛けてきた過去の記憶の鍵は、次々に破壊されていくようだった。
そして彼女は再び、あの手術室へと足を踏み入れる。モノクロだが、今度はハッキリと音のある世界へと。
メカ解説
Pardini/GT9-1
イタリア製の競技用自動拳銃。日本では比較的マニアックな部分に含まれる。
GTはパルディーニPCの改良型。トリガーのフィーリングなどはカスタム1911を上回るとされているが、命中精度は競技用としては然程良くないとのレポートがある。
しかし、それも『競技用』としてのレポートでしかない為、実戦では然程気にならないだろう。
GT9は9mm×21IMI弾を使用し、マガジンには17発の弾薬を収める事が可能。
Cugir/Md.98
ルーマニア製自動拳銃で、イスラエル/アメリカ製『ジェリコ941』のコピー。
アデライードがかつて所属していた『教団』が解散しても、彼女は支給品である本銃を使用している。
シルバースライドにブラックフレームの組み合わせで、シルバー部分は法化銀皮膜処理を施した『対吸血鬼用拳銃』でもある。
9mmパラベラム弾を15発装填可能。
セチェル・ア・ペントル・スパルジェ
アデライードが持っていた双頭鎌。ルーマニア語で『(あらゆる物を)断ち切る鎌』という意味を持つ。
普段は真ん中から分解し、二本に分けた上で刃を畳む。
二本を繋げ、刃を展開すれば双頭剣としても戦うことが出来るが、基本的な運用は鎌状態を想定しており、殺傷力は鎌状態の方が高い。
法化銀皮膜処理を施されてはいるが、最早単なる飾りと化した為アデライードも滅多に使わなかったようだ。