緋弾のアリア スリーピング・ドッグ   作:鞍月しめじ

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第十四弾『不休の逃走者』

『イヤだッ! やだやだやだやだぁッ!』

 

 モノクロの手術室に響く、少女の悲痛な叫び。その場にいるコルネリエが助けようと手を差し伸べても、その手は無情にすり抜けた。

 少女は渾身の力で白衣の男達を振り払い、出口へ向けて駆け出す。だが、開いた扉から長髪の女が拳銃を向けて入ってきたのを目の当たりにして、少女は一転して押し戻されるように後退りを始めた。

 

『手間を掛けさせないで。実験には貴女が一番の適性があると判断された。出来るなら撃ちたくはないのよ』

 

 女はそう語ると、白衣の男達へ少女を捕まえるよう指示を出す。

 あっさりと捕まった少女は最後の抵抗とばかりに暴れるが、手術台に四肢を拘束され、ばたつく事すら儘ならなくなった。

 男三人がかりで押さえ付けられた少女の腕に、注射の針が刺さる。それから少女はぴくりともしなくなってしまう。

 

(鎮静剤か)

 

 少女の行く末を見守るしかないコルネリエはただ今起きている事態を推理していく以外に方法がない。

 少女の腕に点滴の注射針が刺さり、全身麻酔が掛けられた。

 それからコルネリエが見たのは、少女の頭を切開したり、得体の知れない薬剤を腕へ注射する等と、見るに耐えない惨状であった。

 

「……」

 

 思わず自身の頭部を触るコルネリエ。長い髪を掻き分けて頭皮に触れると、明らかな違和感が触覚に伝わる。

 これでコルネリエは嫌でも理解しなくてはならなくなった。ベッドで人体実験を受ける少女が、紛れもなく“六年前の自分”であるということを。

 

 

 場面が切り替わり、コルネリエは気付けば手術室から牢屋のような場所にいた。まるで古びた監獄のようなそこは、六年前のコルネリエと同じくらいの少年少女が鎖に繋がれ囚われている。

 息絶えてしまったのか、俯せになったまま身動ぎ一つしない者もいれば、コルネリエに打たれた物と同様の注射の副作用か否か、気味の悪い高笑いを上げて転げ回る者もいる。吐き気すら催すような惨状だ。

 その一方で、六年前のコルネリエは光を失った虚ろな瞳で埃だらけの地面をじっと見つめるだけ。身動きなど、滅多にしなかった。

 

『……わたしは――なに』

「あたしは……」

 

 昔のコルネリエに聴こえるは無いというのに、コルネリエは気付かぬ内に彼女の問いに答えようとしていた。

 監獄から更に舞台が変わり、周囲に血塗れの研究員達が横たわった広場へと出た。リューディアとおぼしき長髪の女が発砲し、少女を止めようとする。だが、放たれた弾丸はあろうことか発砲後にかわされた。

 

「あれが……あたし。あたしは――あたしは……」

『あたしは化物だ。お前達が作り出した、化物だ!』

 

 コルネリエが言葉に詰まると、まるで六年前のコルネリエが代わりに答えるかのようにしてリューディアへ言い放った。

 それからコルネリエに再び走る痛み。目を醒ました時、助手席でステアリングを支えるアイラが必死にコルネリエの助けを求めていた。

 

「コルネリエ! 早くハンドル……! リューディアが来てるよッ!」

 

 完全に意識を取り戻したコルネリエはステアリングを握り直し、バックミラーを確認する。追ってくるのはダッヂチャージャーヘルキャット。

 見た目は精巧に、かつ戦闘的に変更されていてもコルネリエが操るポルシェと最新でハイパワー型のチャージャーではポルシェの分が悪すぎる。

 

「……しつッこい! アイラ、これ! 通話履歴から『アリア』ってのを探して、ハンズフリーで繋げたままにして」

 

 持っていたスマートフォンを助手席のアイラへ投げ渡し、大通りへ出る交差点へ派手にドリフトしながら飛び出す。

 タイヤが巻き上げる濃い白煙は、少なからずリューディアへの妨害になっただろう。暴れまわる車体を左右へ振り回しているのか、白煙の向こうに大きく振れるヘッドライトの灯りが見えた。

 

「コルネリエ、繋がった!」

『あんた何やってんのよ!? GPSにあった屋敷でアデライードを保護したけど、あんたは今どこほっつき歩いてんの!?』

 

 通話状態になるなり、響いたアリアの甲高い怒鳴り声。しかしそんなアリアの声も、絶えず鳴り響くスキール音の甲高さには敵うわけもない。

 

「ちょっとしつこい――昔馴染みが居てさぁっとぉ!」

 

 反対車線を走るコルネリエのポルシェが、前方から迫る一般車を照らし出す。泡を食ったかのように、素早くステアリングを切って反応すると、ポルシェはリアタイヤを一気に振り回すようにスリップさせて進行車線を走るリューディアの白いチャージャーへ体当たりを食らわせた。

 

「失礼……ッ!」

 

 恨めしそうに運転席からコルネリエを睨むリューディア。それを目の当たりにしたコルネリエは、皮肉めいた言葉を意地の悪い笑みと共に口走らせていた。

 

「どうすんの!? このままじゃ追い付かれるって!」

 

 アイラが助手席で喚く。

 

「大丈夫大丈夫。一旦体勢を立て直すために離脱するよ。リューディアは多分、あたしを殺すまで逃げやしないから」

 

 くい、とステアリングを右へ切ったコルネリエ。フロントウィンドウの向こうには、ガラスの回転扉を停止させ、閉店した大型スーパーの入り口が見える。

 ぞっと寒気を感じたアイラはかたかたと赤べこの置物のように揺れながら、コルネリエへ問うた。

 

「ウソだよね」

「ウソなモンか。全部思い出した。あたしには見える……いくぞぉぉッ!」

 

 ギアを落とし、一気に回転を上げたポルシェ。タコメーターの針は限界まで回り、すぐにギアを上げてやると、リアタイヤを小さく鳴かせて加速し始める。

 

「やめろ! 降ろせッ! これなら私一人のがマシだった! あぁぁぁぁぁッ!」

「Yeahhhh! 付いてきてみやがれ、性悪女ァッ!」

 

 アイラの素すら上回る勢いのコルネリエが止まる筈もなく、ポルシェは回転扉を容易く突き破ってスーパーへ突入。

 店内に置かれた幟や、ガチャマシーンを倒しながら反対側出口までフルスロットルで駆け抜ける。

 

『コルネリエ! あんたムチャクチャよ! 今そっちに車輌科のヘリを回したから、合流したら車内でフックを繋いで! そのまま吊り上げて学園島まで逃げるわ!』

「ナイスアリア! Vielen Dank! アイラ、そっちの窓開けて!」

 

 手回しでウィンドウを開けながら車を走らせるコルネリエ。アイラもウィンドウを同じように開けた。

 

「イカれてる! こんな馬鹿げた作戦聞いたことねェぞッ!」

「イカれてるのは六年前からそうだよッ! そら、ヘリが来たッ!」

 

 出口の向こうを照らしたライト。それは紛れもなく、大型貨物ヘリのもの。フックを下ろしホバリングするそのヘリの下へ、ポルシェとコルネリエ達は再びガラス扉を突き破って飛び込む。

 

『繋いでッ!』

 

 車体両脇で揺れるワイヤーを二人で引き入れ、天井で繋ぐ。

 アイラはそれが終わるなり、自分を縛る四点式シートベルトのベルトを握りしめて固まった。

 

「上がれェェェェッ!」

 

 コルネリエの叫びと共に、車内で繋がったフックが引かれ合い、がちゃりと不安を煽る音を立てた。

 そして、ポルシェはゆっくりと地面を離れる。少し後ろにバランスが寄ったが、ワイヤーが切れる様子は無い。 

 

「よっしゃあ! 最高だ武偵ッ!」

「チクショウッ! めちゃくちゃだ武偵ッ!」

 

 揺れる車内で、二人は正反対の興奮に叫び続けていた。

 学園島へ向かうヘリ。リューディアは車を停め、舌を打つ。

 彼女にとってコルネリエとは、消すことが容易な存在であり、尤も畏怖すべき存在という相反するものだ。

 記憶さえなければ殺せるが、下手に刺激を受けたせいでコルネリエの記憶が戻れば、彼女はもうリューディアの手には負えない。

 今回コルネリエを逃がした事で、リューディアは彼女に準備期間を与えたことになる。飛び去るヘリに踵を返し、チャージャーに乗り込んだリューディアは夜の闇へ消えていく。

 向こうが体勢を整えるのなら、リューディアはそれを迎え撃ってやれば良いのだ。その準備の為に、リューディアは車を走らせた。




メカ解説

Dodge/Charger SRT Hellcat

 ダッヂ社のチューニング部門が製造するチャージャーの特別モデル。
 707馬力を発揮する『ヘルキャット』V8エンジンは、同社の『チャレンジャー』にも搭載され、兄弟車として販売される。
 圧倒的なハイパワーは、あらゆるものを寄せ付けない。

 余談ではあるが、このクルマに積まれるヘルキャットエンジンは米国でのガソリン価格下落を受け、増産されている。
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