第十六弾『報酬イコール寝床』
事件から、平和に刻々と過ぎていく日々。
そんなとある日の夕刻、コルネリエは装備科の生徒である平賀文の呼び出しでグラウンドへやってきていた。
平賀文は高額ながら、どんな無茶にも応えるガンスミスとして武偵高では有名だ。しかしパーツ組みがいい加減な所がある、というのは致命的。
「おー! フェルトマイアーちゃん、お待たせしましたのだ!」
「いや、寝てたからいいよ。むしろもっと遅刻して」
コルネリエが居たのはグラウンドのど真ん中なのだが彼女は堂々と不用心にも、そこで大の字に身体を横たわらせ寝ていた。
目覚めたのは文が来る数分前で、制服から土を払い落としながらコルネリエは文へはにかむ。
「寝てた……? と、今はそうじゃないのだ。これを使って欲しいのだ!」
にぱ、と子供のような笑顔を浮かべて文が差し出したのは『M&P9L C.O.R.E.』と呼ばれる拳銃。
実際子供にしか見えない外観の文から、ダットサイトを装着した厳つい拳銃が差し出されるというのは些か恐ろしいものがある。
「
コルネリエが巻き込まれたカーチェイスで、彼女が仕方なく乗り込んだRWB仕様の930型ポルシェカレラ911。元の持ち主であるミーツェの『吹き飛ばされたサバンナの代わりに使ってほしい』という意向によって、現在修復中の車だ。
エアロパーツ代はそこそこにしろ、車が旧いので何しろ金が掛かる。寝てさえいれば空腹は誤魔化せるが、武器はそうもいかない。
銃弾の費用を抑えるために、刀と双頭鎌メインの戦い方にシフトしたところでもあった。
そこに拳銃を売り付けられては、流石のコルネリエも堪らない。
「今回も特別なのだ! ただし、中にある銃弾のテストをしてくれたら――の話なのだ」
「はあ? 中?」
しゃこ、と馴れた手付きでマガジンを抜き出し、弾薬を確かめる。弾頭には小さな孔が空けられており、ホロウポイント弾のような印象を与える。
しかし、ホロウポイントの大半にはある弾頭の切り込みは見当たらない。流体で膨らむタイプなのかは判らないが、コルネリエの目の前に居る文は自信たっぷりな顔をしている。
彼女は007でいうなら、Qだ。キンジ達にも様々なガジェットを製作しては渡しているという。この弾丸も、中途半端な既存品ではないのかもしれなかった。
「わかったよ。で、何撃てばいいの?」
「ここに、レンガを幾つか用意したのだ。それをこうして並べて――」
長方形の赤レンガを立て、四つほどぴったりとくっつけて並べた文。
「――これを、ぶっ壊すのだ!」
「マジで言ってる? レンガなんて殆どの銃弾で良いとこ欠けるだけだよ? 特にコイツ、9mmだし」
「良いから撃つのだ! 文の理論に間違いがなければ、今からブッ飛ぶような事が起こるのだ」
「ドクか、アンタは。――あー、はいはい撃てばいいのね撃てば」
滑らかなフォームで銃を構えたコルネリエ。サイトを覗くため、左目にかかった前髪を払い、レンガへダットサイトの光点を向ける。
距離は50メートルほど。拳銃の最大射程ギリギリだ。弾道の落下計算を素早く終え、銃の位置を調整、風が吹き抜けていくと同時にコルネリエはトリガーを絞った。
放たれた銃弾は、爆竹のそれを少し大きくしたような爆発音と共に炸裂する。赤レンガは四つ、全てが粉微塵に吹き飛んでいた。
「なにこれ」
唖然とするコルネリエ。そこへ、文が得意気に解説を入れた。
「超小型ライナーを内蔵した、メタルジェット弾なのだ! 爆発と共に流体金属を発生させて、対象を融かして貫通する弾なのだ」
「それ、
「まあ、良いところ安全距離からのドアブリーチ位なのだ」
「だったらヒンジを撃てばいいだろ!」
思わず声を荒げるコルネリエだったが、銃弾の意味はともかく本体は気に入っていた。
彼女は意外と派手好きで、本人の外観もそうだが車、銃。その全てで、人の目を引くような物を選ぶ。
今回使ったM&P9Lもコルネリエのお気に入りになったようで、検証実験終了時には彼女もほくほく顔だった。
メタルジェット弾まで押し付けられてしまったが、それは全て安全な金庫に押し込んだ。武偵特有の、“防弾”金庫というものだ。更に言うならば、防爆でもある。戦車砲でも持ち出されない限りは、中のものに傷一つ付かない。
「あー、疲れた」
寮へ帰宅したコルネリエはカバンを放ると、真っ先にベッドへ身を投げる。ルームメイトは居らず、今は自由に部屋を使える。それが彼女にとって素晴らしい事だった。
しかし、グラウンドで存分に休んだコルネリエに眠気という天使は降りてこなかった。いつもならば数十秒で寝息を立てているが、今回ばかりは違うようだ。
「車、やってみるか」
一人暮らし用の小さな丸テーブルに置かれている、専用のカバーが付いたポルシェのキーを取り上げたコルネリエは部屋を出ていく。
寮を出て、駐車場へ回ると見た目はほぼ完璧に直されたポルシェが停まっている。エンジンもパーツは揃ったが、組み付けるとイマイチ調子が良くなく、安定しない。
「うーん。やっぱ旧いからなぁ……ミーツェに見てもらえば良かったな」
リアバンパーから突き出す左右、更に中央の三本ある排気管から吐き出される音は途切れ途切れで、調子が良いとはお世辞にも言いがたい。
スロットルワイヤーを引いても、まるで車が咳き込んでしまって、このままでは自走も出来ない。
「真夜中に、寮のど真ん中で改造車を修理なんて、貴方余程の阿呆ね」
不意にコルネリエの背後から聴こえた声。反射的にコルネリエは声のした方向へ、M&P9Lと双頭鎌を向ける。
そこにいたのは毛足の切り揃えられた、人形のような少女。キセルをくわえ、片手には何かの薄い本のようなものを小脇に抱えていた。
「あー、煩かった?」
「まあ、それはね。でも私が来たのはそれだけじゃないわ。――私は鈴木桃子。よろしく」
鈴木桃子と名乗る黒いセーラー服の少女は無表情のまま、スカートの端を摘まんで腰を落とす。どこか上級階流風の挨拶だ。
「あれ、確か一年じゃなかったっけ? 鈴木。間宮辺りと仲良かったような気がしたけど」
「そうね。ところで、貴方は話してる最中でも手を止めないのかしら」
桃子がキセルを口から離し、煙を吐いてからコルネリエの態度を指摘すると、コルネリエはそれに翻して応える。
「アンタは漫画描いてる途中、与太話で手を止める? それとおんなじだよ」
「……あら、意外と見てるのね」
「で? 何の用?」
コルネリエが桃子へ再びスロットルワイヤーを引きながら問う。エンジンに空気を取り込んだポルシェは、先程とは異なり、少しだけ元気になったようなエンジン音を奏で上げた。
「ネタの収集に付き合ってくれないかしら。貴方なら口も固そうだし、私の趣味にも口を出さないでいてくれそうなの。――身の回りのネタにも事欠かないけれど、ロケーションを見て回りたいわ」
「ヤダ。昼寝するね、それなら」
「受けてくれたら、私が住んでるホテルの一室を貸すわよ。ふかふか豪華なベッド付」
桃子が言うと、スロットルワイヤーを引かれたポルシェが代わりに答えたでもしたかのように、完全復活の咆哮を上げる。
「よし乗った。契約成立」
「武偵として、約束は破らないでね。時間は明日の午前十時にここで。ちょうど日曜日だから、空いてるでしょう?」
「もちのろん。ふかふかベッドかぁー! やる気出てきたよ、あたし!」
コルネリエを陥落する方法は簡単だ。素晴らしい昼寝環境を提供してやれば、タダでも仕事を引き受ける。
基本的にどこでも寝られる彼女だが、やはり良いベッド、環境で寝れば幸せなのだ。
そんな交換条件で、何かの『ネタ』収集の足役としての契約をしたコルネリエ。それはある意味、彼女にとっての新境地への扉でもあった。
メカ解説
S&W/M&P9L C.O.R.E.
アメリカはスミスアンドウェッソン社が製造する『ミリタリー&ポリス』オートマチックを、同社のカスタム部門『パフォーマンスセンター』がカスタムした個体。
C.O.R.E.は『Competition Optics Ready Equipment』の略称。スライドが若干延長され、オープンタイプのダットサイトがエジェクションポートより少し後ろに搭載されるのが外観的特徴となる。
9mmパラベラム弾を使用し、マガジンには17発の弾薬を収納できる。ダットサイトは複数社から選べるが、コルネリエに渡されたモデルはデルタポイント社製を使用。
Porsche/911Carrera Turbo(930)“RAUH-Welt Begriff”
リューディアが乗っていた個体――否、正確には彼女に身柄を押さえられていたRランク、ミーツェ=アヴェイルが所有していた一台。
現場から逃走を図り、リューディアとの戦いを終わらせた後、コルネリエはミーツェと一対一で会う機会に恵まれた。
ミーツェは『吹き飛ばされたサバンナの代わりに、貴方に乗って欲しい』との意向をコルネリエへ伝え、所有権を彼女へ譲渡した。
修復には様々なポルシェのパーツが流用されたが、中にはレーシングカーの物もある。
ボディ修復後はこの複合エンジンの不調で悩まされていたが、調整により復活。コルネリエの愛車として、漆黒の車体を走らせる。
最大出力は大幅に増大し、550馬力程となる。
DA HEAT弾
平賀文が実験的に製作した、武偵弾。
炸裂弾が手榴弾の性質を持つのに対し、こちらは丸っきり対戦車榴弾を小型化したようなものである。
弾頭内部に超小型の円錐形パーツである『ライナー』と火薬を設置。発砲され、弾頭が対象に衝突すると火薬が炸裂。ライナーを融かし、流体金属を発生させ、超高速高温の飛翔体となり着弾範囲を融かしながら貫通するという、武偵法9条に中指を立てたような銃弾。
流石のコルネリエも、金庫に仕舞ってしまうほどの代物であった。