緋弾のアリア スリーピング・ドッグ   作:鞍月しめじ

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第十七弾『永い眠りの向こうから』

「おはよう、コルネリエ」

 

 アイドリング状態の戦車すら思い浮かべそうな程に喧しいエンジン音を奏でながら桃子の前へ滑り込んだポルシェ。

 それを無表情の挨拶と共に迎え、彼女はコルネリエが開けたドアから車内へ滑り込んでバケットシートに細い身体を納めた。

 

「で? 何処に行くわけ?」

「そうね。最近、画材も少ないし――引き出しも開けきったから、資料探しにでも秋葉原へ」

 

 タクシー扱いされるオールドポルシェ。マフラーから盛大にバックファイアを吹き上げたポルシェは、コルネリエ達を乗せて学園島を後にする。

 

 

 秋葉原の電気街は休日という事も合わさって、賑やかで道路は少し窮屈に混み合っていた。

 特に桃子に明確な目的があるわけでもなく、とりあえず画材屋だけを捜して車を走らせるコルネリエだが、気にしたことの無かったステアリングの重さが今になって怠さとして彼女に襲いかかる。ちょっとした微調整すら気だるいほどに。

 

「あぁ、少しここで停めて頂戴。この辺りからは足で見て歩くから」

「じゃあ帰っていいの?」

 

 車を降りようとする桃子へ、『やっと解放される』といった期待を大いに籠めて問うコルネリエだが、場所は秋葉原。

 桃子からの答えは無論、否だった。それどころか、近くを適当に走り回っていろという有り様。

 

「貴女が帰ったら、私はどうやって帰るのよ。任務の放棄は認めないわよ」

「ちっ……。じゃあゆっくり捜してよー。あたしゃその辺の駐車場に車停めて、昼寝してるから」

 

 明らかな職務怠慢を依頼主へ明かすコルネリエだが、桃子はそれを片手を振り上げるような形で往なし、街中へと消えていく。

 しなやかにシフトノブを動かし、滑らかに発進したポルシェはコルネリエと共に昼寝というサボタージュにぴったりな場所を探すべく、走り出す。

 

「それにしてもやけに混んでるなー。――いや、違う」

 

 走り出して五分もしない内に、コルネリエとポルシェは大規模な渋滞に捕まってしまった。

 だがコルネリエはその渋滞の異変を目敏く見付けた。明らかに混みすぎでキャパシティオーバーの道の先は、意外にも一定の距離を置いて空いている。

 ただの渋滞なら、そんな事態にはならない。道路一杯に車が溢れかえる。しかし今回は、とある建物を一般車が避けている。

 その先にあったのは――

 

「銀行かよ。またか……」

 

 ――コルネリエの見た通り、建物には大手銀行の看板が掲げられている。それと同時に、彼女のスマートフォンが武偵への情報メール『周知メール』を受信した。

 しかし、先日も別所ではあるが銀行が襲われている。明らかに運が悪いとしか言いようがないが、どういう訳か現場の警官も武偵達も、単なる強盗相手に苦戦しているらしい。

 コルネリエが車から降り、屋根に上がって確認した限りではそうとしか見えなかった。そうと見るや、彼女はポルシェのエンジンを切り、鍵を掛けて銀行へ駆け出す。

 腰には刀、背中には双頭鎌、拳銃としてゴールドカスタムとM&P9Lも太股のホルスターに収めている。武偵としては少々重装備ではあるが、あって困る物でもない。特に、コルネリエの身体能力があればこれらは無いのと然して変わりはない。

 

「よっ――と」

 

 一台のセダンを跳び箱のように使って現場へ滑り込んだコルネリエ。入口のシャッターは閉まっていないが、比較的新鋭のライフルで武装した強盗が一人、警官達をバラクラバの向こうから睨み付けていた。

 

「状況は?」

 

 パトカーの一台へ隠れた警官へ駆け寄り、腰を落としながらコルネリエは問う。

 武偵章も忘れずに提示した。

 

「今回はかなり厄介だ。相手は新鋭のライフルで武装している――軍用だ。下手に出れば、連射で蜂の巣になる」

「なるほど……ね」

 

 鎌を組み立て、用意しつつコルネリエは入り口に立ちはだかる重装備の強盗へ目を向ける。

 近距離に対応したフロントマウント気味のダットサイトに、ヴァーティカルフォアグリップといった装備を備えたライフルは、警官の語る通り“かなり厄介”だ。豪華で、その辺りの強盗が揃えられるような代物でもない。

 

「わかった。あたしが先行するから、隙が見えたら表と裏から突入。今から開始ッ!」

 

 鎌を鳴らし、パトカーから飛び出して銀行へ駆け出したコルネリエ。強盗が銃を向けるよりも早く鎌を投げ、連射される銃弾を弾きつつ押し戻される鎌をキャッチ。脚に力を込め、思い切り跳躍してからのドロップキックを敵の顔面へ叩き込みながら、吹き飛ぶ強盗と共に、ガラスを割りつつの盛大なダイナミックエントリーを彼女は決めた。

 

「そらッ!」

 

 体勢を立て直すより、コルネリエはM&P9Lでの牽制を優先。目にも留まらぬ早さでドロゥし、視界に入った数人の強盗達へ制圧射撃を加える。

 銃口から噴き上げる火炎。がつん、と腕を突き抜けるようなリコイルも、記憶を取り戻したコルネリエにしてみれば無いに等しい。

 

『後ろだ! カウンターに逃げろ!』

 

 今度の強盗達はかなりの場数を踏んでいるようで、相談窓口を利用してカウンターの裏へ隠れてしまった。

 拳銃のマガジンを素早く差し替えて、コルネリエは相手の出方を見る。銀行は遮蔽物が圧倒的に少ない、来客ロビー側が不利だ。

 椅子を利用しても銃弾は容赦無く貫通するし、かといって人質となった客達の後ろに位置を取るわけには、勿論いかない。

 

(どうする。あたしも後ろに回って、まとめて片付けるか? とにかく、棒立ちになってる状況だけはなんとかしなきゃね)

 

 客達へ静かに、出口へ向かうように指示したコルネリエだったが、それを悟られてか敵からの銃撃を受ける。

 

「……ッ! ほら、そこガラ空きッ!」

 

 敵が射撃に使った、窓口を防御する意味も含めた透明な仕切り板。そこに空けられている、客とのやり取りの為のくり貫きを正確に、敵の銃口だけを狙ってコルネリエは射撃する。

 銃弾は微かに逸れたが、銃口の端にヒット。射撃不能に追い込む事は出来た。客達は叫び、パニックに陥りながらも脱出していく。

 そして場が静かになった頃、コルネリエから見える裏口の扉がきぃ、と音を響かせ開いた。

 

「……ん?」

 

 扉の作る影から見えたのは、綺麗な朱色を毛先に向けて黒くグラデーションさせたショートカットの少女だった。

 もみ上げだけを鎖骨の辺りまで伸ばした特徴的な見た目、背中に背負うのは巨大な刀。否、肉厚の刀身を持ったそれは最早、片刃の大剣だ。右手には、巨大なツートーンフィニッシュのM460XVRボーンコレクターも握られている。

 コルネリエが今持つ、M&P9Lと同社でカスタムされた狩猟用マグナムリボルバーだ。

 

「同業者……じゃ無さそうだなー。制服も着てない――」

 

 拳銃を構え、牽制していたコルネリエだったが、不意に胸を強烈な衝撃が襲った。

 銀行内を雷の様な銃声が駆け回り、コルネリエが視線を向けた先にはいつの間にかM460を構えた少女の姿があった。

 

「かッ――!?」

 

 身体を吹き飛ばされるほどの衝撃に、多少の強化がある身体とはいえ、肋骨の折れる音を聴きながらコルネリエは背中を盛大に壁へ叩きつけた。

 まともな人間なら、照準しようと出てきた瞬間コルネリエに撃たれるだろう。彼女はそれだけの身体能力も動体視力も持っている。『ヒステリア・サヴァン・シンドロームの再現』とリューディアが語り、身体能力を強引に上げられ、最強の兵士を作る実験を耐えた彼女は、それらの強力な力についていくだけの強化がある。

 それを更に上回り、命中弾を作るなどそれこそ“人外”とすら言える域になる。もしくは、全く同レベルの人間。即ち、彼女と全く同じ強化をされた人間。

 

「――!」

 

 壁からずり落ちるまでの間に、さらに立て続けに四発の銃弾がコルネリエを殴り付ける。.46口径のマグナム弾を立て続けに受けるのは、いくら弱装7.62mmNATO弾を至近距離で受けても無事、という実績のある防弾制服とはいえ、危険極まりない。

 動けなくなったコルネリエを嘲るように、リボルバーをくるくると回す少女は左手に五発、銃弾を握った。コルネリエへ見えるように。

 

「ふふん」

 

 可愛いげのある幼めの声で、得意気に笑った少女はリボルバーを回転させたまま空薬莢を落とし、スイングして開いたシリンダーへ一発ずつ、親指で弾薬を弾いて収めていく。

 こんな技を実際に為せるのはゲームかフィクション映画の世界だけだ。だが少女は、まるで当たり前のことをこなすようだった。

 横回転で二発。最後の一発を背後の壁へ飛ばし、回転を止めたリボルバーへ壁で反射させた最後の弾丸を収める。

 

「そろそろ後進に道を譲ってもらうわよ。セ・ン・パ・イ。ふふっ!」

 

 そう呟いた少女は、視界内にいる強盗達の脳天を一つの容赦もなく撃ち抜いていった。

 一人、また一人と撃ち抜いていき、弾丸から逃れた強盗には背負った大剣を振りかぶって襲う。

 返り血に染まる少女は仕切りを切り飛ばし、何事もなかったようにカウンターを軽く飛び越えてコルネリエへ歩みを進める。

 

「なぁんだ、大したこと無いのね。レーナの言っていた程でもない」

「レー……ナ――だァ?」

 

 血の匂いを漂わせ、傍らに立つ少女は大剣の峰で意識も朧気なコルネリエの顎を持ち上げてやると、呆れたようにため息を吐く。

 

「貴女、あの研究所で全員が死んだと思う? ううん、死んでなんかないの。レーナは――」

 

 少女は何かを言おうとした。しかし刹那、彼女の肩を小さなダガーナイフが貫いた。

 ナイフに貫かれながら、それでも少女は眉一つ動かさない。少女が横目にナイフの飛んできた方向を見るとそこには先程まで無かった、桃子の姿がある。

 

「そこの貴女も俗っぽくないわね。ふふっ! まぁいいわ。脱出成功確率はまだ100パーセント。仕事の成功確率は0パーセントだけれど。私はリータ。リータ=レーナ=パーシヴォリ。覚えてね、センパイ」

 

 刀を下ろして背中へ戻した少女は自身をリータと名乗る。

 うなだれるコルネリエを後目に裏口へ駆けていったリータは、そのまま何処かへと去っていった。残されたのは、唖然とする桃子と満身創痍のコルネリエだけ。

 

「……トリカブトではないにしろ、彼女に使った毒は常人ならすぐに身体を麻痺させるだけの力はある。どうして効いてないの?」

「……ッ! アイツが、多分あたしと同じだからだ。でも――あの雰囲気じゃ、良いところ14歳だ……。研究所はあたしが逃げてから解体されたし、施術されるのは16歳から。どーいうことだろね……ッ」

 

 よろめきながら立ち上がろうとするコルネリエを、桃子は静かに座らせる。

 

「派手に折られてるわ。下手に動くと、肋骨が肺を貫く。――」

 

 爪を軽くコルネリエへ引っ掻けた桃子は、警官へ救急車を呼ぶよう伝えてから、コルネリエへ向き直る。

 

「今やったのは痛み止と鎮静剤。毒を扱うなら、解毒も出来なければ意味はない。痛みを知るなら、止める術を知らなければならない。大丈夫……次第に楽になるわ。今回の報酬よ」

「ちょ……それはズルい――」

 

 意識を失うコルネリエ。やがてやってきた救急隊によって、武偵病院へ運ばれて手術を受ける。

 防弾繊維とはいえ薄布一枚。M460専用のマグナム弾を立て続けに受けた彼女は重傷だった。幸いなのは、誰も知らない事実として『彼女が普通とは違う』こと。

 集中治療室で麻酔から醒める頃、コルネリエはなんら普通の怪我人と変わらず、見舞いに来たキンジ達と接していた。

 しかし、多数の人間に目撃されたリータの存在は公表されてしまう。『研究』の隠れた第二の成功例であり、コルネリエよりも遥かに強い彼女の存在を世間に知られてしまった。

 

 ただ一人、アリアだけは深淵を知らなくとも、表層を知っている。キンジ達が帰った後、アリアは一人でコルネリエの元へと戻ってきた。

 彼女から、もっと深い話を聞くために。勿論コルネリエは拒んだが、それでもアリアは引き下がらなかった。

 事態は既に知らぬ振りは出来ないところまで来ている。コルネリエはアリアへ、日を改めてキンジ達2年次の仲間を集めるように告げて話を切り上げた。




メカ解説

S&W Performance Center/Model 460XVR“Bone Collector”

 アメリカはスミスアンドウェッソン社が製造、同社カスタム部門がカスタムしたM460のカスタムモデル。
 7.5インチの長銃身、リボルバーには珍しいブラックとシルバーのデュアルトーンとなっており、厳つい印象を与える。
 M460は本来、同社最強のM500をベースに、同じフレームで口径をスケールダウンしたモデルであるが、本銃の為に作られた.460S&W弾はライフル弾のような尖鋭弾頭とした事で、結果として弾丸初速でM500の.500S&W弾を上回る。
 更に貫通力、遠射時の飛距離も高められており、M500が『世界最強』、M460が『世界最速』の拳銃弾を使用するよう住み分けられているようだ。
 本銃が冠する『XVR』の名は『eXtreme Velocity Revolver』の略称となっている。

 使用したリータ=レーナ=パーシヴォリは、2kgある本銃をガンスピンし、更にシリンダーをサイドスイングしてから、左手親指で弾いた弾丸を収めてリロードするという離れ業を見せ付けた。

 なお、ボーンコレクターの愛称はパフォーマンスセンター公式である。
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