緋弾のアリア スリーピング・ドッグ   作:鞍月しめじ

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第二十二弾『ドッグファイト』

「そらァッ!」

 

 素早い踏み込みから、コルネリエが繰り出した空圧式抜刀鞘からの音速の一閃。リータはそれを大剣で受け流し、逃がしきれなかった衝撃を利用しながら、一気に飛び退いて距離を取る。

 インファイトなら、コルネリエとリータは互角かリータの方が若干優れているか程度の差しか無かった。

 ならば遠距離戦はどうか、と素早く刀を納めたコルネリエがナイツPDWを構え、一息にトリガーを引く。強く肩を叩くバットストックは激しく軋み弾丸を次々に放つが、リータは銃弾をその大剣で切り捨てて目にも留まらぬ早さで、再びコルネリエの懐へ飛び込んだ。

 

「しッ!」

 

 ライフルがリータによって、コルネリエの手の中でバラバラのパーツへ一瞬にして変わり果てる。結局、全てに於いてリータはコルネリエのスピードを上回っていた。

 ライフルを分解し、リータは風を巻き起こしながら広場の何処かへと姿を消す。仕方なく刀を抜き、リータを捜すコルネリエ。

 そんな彼女の背後で、リータは大剣を横に薙いだ。真っ直ぐに、首を切り落とすように。

 

「いッ――つゥッ!」

 

 危うく首を飛ばされるその直前に、コルネリエは刀でリータの攻撃を真正面から受け止めた。

 大剣こそ止まったが、衝撃は刀に強く残る。あらゆる限界を超えてきたコルネリエの刀だったが、リータという強敵の前にあっさりとくだけ散る。コルネリエ自身への衝撃伝播も尋常なものではなく、彼女は痛みに思わず声をあげた。

 半分に折れた刀をリータへ投げ付け、彼女が刀を弾いた一瞬の隙を見逃さずにバック転で距離を取るコルネリエ。残された武器は既に拳銃一挺しかない。まだ勝負が始まって五分も経過していないというのに。

 拳銃以外に残されたのは、レーナの『真実』だけ。ここでコルネリエは、触る程度にレーナの情報をリータへ向けて呟いた。

 

「レーナはもうこの世に居ない。そう聞いたら、あんたはどうする?」

 

 リータはそう問うコルネリエを笑い飛ばした。そんな訳がない、と。レーナは死んでなどいない――と。

 まだ彼女に事実を突き付けても効果が薄いらしい。なにせ、圧倒的不利な立場にあるのはコルネリエに変わりはないのだ。リータには精神的余裕すらある。信じなくて当然だった。

 ゴールドカスタムを抜いたコルネリエはダットサイトにリータを捉えるが、彼女は埃すら巻き上げて距離を取って消えてしまう。

 リータの姿は見えないが、姿を消せた訳ではない。巧妙に隠しているだけだ――そう考えて、コルネリエは拳銃を構えたまま息を潜め感覚を研ぎ澄ませる。

 何処までも、部屋の隅から隅――落ちるコンクリート片一つの音すら聞き逃さないように。

 

「……」

 

 ぱり、と音を響かせてコルネリエが一歩を踏み出す。刹那、一発分の雷鳴のような銃声が響き渡り、一発のライフル弾が肩へ直撃した。

 防弾制服に助けられ弾丸は人体へ侵入こそしなかったが、衝撃だけは逃しきれずコルネリエの身体は容易く宙を舞う。

 だが、昏倒している場合ではない。なんとか意識を繋いで、コルネリエは拳銃を構え直す。

 

「……ッ!」

 

 拳銃の重さが、ずしりと痛む肩へのし掛かる。苦痛に顔を歪めつつ、コルネリエはリータを捜した。決闘場となった広場は、柱を複数立てたシンプルな造りで二階部分に足場が組まれている。

 いくらリータが早くとも、姿を“消せる”訳がない。狙撃銃によるスナイプと予想するのも難しくはない。

 直撃方向から位置を割り出し、射線を切るように柱へ身を隠したコルネリエ。

 

 そんな姿を、リータはウィンチェスターM70に取り付けたレンジファインダー付きスコープに捉えていた。

 

(一発目は駄目ね。やっぱり、頭か――)

 

 グラスファイバーフレーム、チークピース付きの可変ストックというスナイプカスタムを施されたM70を構えるリータだが、その思考は彼女とはまるで別。目付きすら違っていた。

 音を立てる事無く位置を変え、脇の下を通し半回転させてスタイリッシュ且つ素早く背中に背負ったライフルを構えるリータは、再びボルトハンドルを引き薬莢を排出、次弾を装填する。

 だが、そんな些細なメカノイズを最大限に集中したコルネリエは聴き逃さなかった。

 

「バレたッ!?」

 

 スコープの向こうに、リータへ向けてゴールドカスタムを構えたコルネリエの姿を捉えるのと同時に、リータは反射的にその場から横へ飛び退き、前転してから再び走り出す。

 その後をコルネリエからの銃撃が追う。絶えずブローバックを繰り返し、明滅を繰り返すマズルフラッシュの中でも目を凝らし、リータを見失うまいとコルネリエはトリガーを引き続けた。

 リータが足場の柵を飛び越え、ふわりと飛んだ。地面へ滑り込んで着地したリータがコルネリエへ視線を配らせると、彼女はリータへ駆け出しストレートを繰り出さんと拳を振りかざす。

 完全に二人は声を出すこともなくなっていた。聴こえるのは息遣いと、足音、空を切る音だけ。

 コルネリエが繰り出した右ストレートをリータは流動的に左手で逸らし、飛び出したリストナイフを横目にダンスを舞うように一回転。その動きの中で同時にコルネリエの後頭部へと右肘によるエルボーアタックを直撃させる。

 

「くッ!?」

 

 バランスを崩してつんのめるコルネリエは右足を踏み出して耐え、素早く転回。

 今度は腰の位置から拳を繰り出し、リストナイフによる刺突を試みる。だが、それもまるで絡み付くような手捌きに翻弄され、あろうことか自分の右腿を突き刺す羽目になった。

 

「あァァッ!?」

 

 カウンターからの不意討ちに対し油断があったコルネリエ。突如として脚を走り抜けた痛みに耐えきれず、彼女は悲痛な叫び声を上げる。

 

「リータは殺させない。“私”が必ず守る」

「ハァ……? どういう……意味だ……?」

 

 リータがふざけている、という印象は不思議と無かった。この時にコルネリエは痛みと戦いながら、『今のリータは“他人”』という考えを持った。

 リータがふざけている訳でも、かといって彼女が“幻影のレーナ”と口車を合わせた訳でもない――と判断した。既に自身を突き刺したリストナイフは抜いたが、足を傷付けてはリータとまともに張り合うのは不可能だ。

 

「なら“誰だ、オマエは”」

「――出てこられたのね。あの子もまだ甘いんだから」

 

 広場に現れたのは柑那。敵から奪ったらしいライフルを提げ、ウルトラコンパクトを構え柑那は言う。

 

「悪いが私を単なる銃工(ガンスミス)と侮られては困る。隙を突いて全員を撃つくらいは簡単だ――。全員無力化してから、敵の無線機で通信科(コネクト)を仲介し、仲間達に連絡を取った。じきにここは抑えられるぞ、投降しろ」

「イヤよ。私はもう、死にたくないの。“妹を置いて”」

 

 リータの発言に、二人の顔色が変わる。彼女は『妹を置いて死ねない』と言う。やはりリータが幻影に惑わされ、発した言葉とは思えない説得力をコルネリエと柑那は感じた。故に、辻褄を合わせるには『レーナの人格が何らかの形でリータに宿り、表に出ている』と考えるしかなかった。

 そうでなくては、大剣を操り力で戦うスタイルであるリータが突如流れるような徒手空拳へと切り替わる理由も説明できない。リータが学んでいたとしても、“まるでスイッチが切り替わった”かのように戦闘スタイルを切り替える事は容易ではない。人には必ず、身に染み付いた『型』がある。その型が邪魔をするような事も、リータの徒手空拳には見られなかった。

 まさに“他人が乗り移った”かのように見事な格闘術だった。

 

「まさか、レーナか……」

 

 地面に倒れていたコルネリエが、上半身を起こしつつリータへ問うと、彼女は視線だけで応えてみせた。

『そうだ』と伝えんばかりに――。

 

「どちらにせよ逮捕するぞ。リータ列びに施設を占拠していた者達全員、抵抗するなら撃つ」

 

 ウルトラコンパクトの照準に、リータ――否、レーナの姿を収め柑那は最終警告を告げた。

 しかし、その警告はまた広場に現れた別な人物によって妨害される。

 

『その必要はないわよ』

 

 USPエリートを片手に、広場に突如として現れたのはコルネリエがよく知る『真の悪役』――リューディアその人だった。

 

「お前……捕まえたハズだろ」

「司法取引して、今は仮出所中よ。まあ、監視は皆“潰した”けど」

「司法取引がどんなモノか分かってるのか。お前ほどの重罪人が――」

「ウクライナの研究所を売ったのよ、政府の子犬達にね。私は新たに、日本で同じ実験をやる――その為なら、ドイツの二の舞だったウクライナの施設に用はない」

 

 あまりに身勝手なリューディアの発言に、コルネリエもリータも、そして柑那も怒りより先に戦慄を覚えた。

 ここまで自分を中心に世界を捉える人間が居たのか、と。

 

「だったら、次は殺しても……文句無いね」

 

 拳銃を構え、上半身を起こした辛い姿勢からリューディアへ向けてトリガーへ指を掛けたコルネリエ。武偵は“どんな条件下であろうと”人を殺してはならない。特に、コルネリエは武偵高が手を回したとはいえ武偵局に目を付けられている。

 次に殺人を犯したなら、間違いなく逮捕されたその日の内に死刑が執行される事になる。それを瞬時に理解した柑那は、ウルトラコンパクトを下ろして叫ぶ。

 

「止せ、コルネリエ!」

 

 叫びは無情に響いた一発の銃声によって途切れてしまった。だが柑那が見たのは、リューディアを射殺した現場ではない。

 リューディアがコルネリエの手首を捻り、ナイフを突き刺した右腿へ銃口を向けさせていた一瞬――薬莢が落ち、脚からの出血は先程の比ではなくなる。

 コルネリエがトリガーを引くその刹那に素早く駆け寄ったリューディアが、手首を捻り自分自身を撃たせたシーンを傍に居たレーナは見ていた。次の瞬間、銃口だけを向けられたレーナもリューディアのUSPエリートが放つ凶弾に倒れていた。

 

「何をした――異常な身体能力はコルネリエで見飽きたが、まさか……」

「そうよ。私も“選ばれた”。この力があれば、もう誰も私を罰せられない! 罰しようという愚か者は、私が直接握り潰すまでだ……」

「馬鹿な!? そんな事の為に、お前はコルネリエと同じ――」

 

 リューディアが“選ばれた”と語る理由は、ある程度の事情を知る柑那ならば推測は出来た。

 一瞬にして倒されたコルネリエとレーナ――リータと、全く同じ施術を自身に行った可能性が高いと。開頭手術や大量の投薬を伴う、危険な実験を、自身に行ったのだと。

 

「さぁ、単なる一般人の貴女は私にどう出るかしらね」

「ちッ!」

 

 恐らく銃口を向ければ瞬間的に殺される。柑那は聡明な人物だ。だからこそ、ここで下手に銃を向けられなかった。だが、手放すわけにもいかない。

 仲間が辿り着くまで、あと少し。それまで凌げば、勝機はあった。

 そこへ、突如広場の壁を突き破って飛び込んできた軽装甲車両。理子達が操る、グルカがその外観でリューディアを威嚇する。車内にいる人物達も確認し、流石に数々の不可能を可能にしてきた少年率いるグループ相手には不利と考えたか、リューディアは銃を下ろし走り去った。

 

「逃がした!」

 

 穴を空けた壁から突入してきたアリアがリューディアの逃げた先を確認するも、そこに彼女の姿はない。通信科、情報科、諜報科(レザド)の各三科もリューディアの消息を追うことが出来なかった。

 

「まずはコルネリエとリータに救急車だ! 急げッ!」

 

 柑那の一声で場が一気に動き出す。

 リューディアは司法取引として研究所を“売り”、日本へ実験施設を移そうとしていた。

 司法取引というものを反故にするものであり、許されるものではない。断じて。

 武偵高のヘリに乗せられたコルネリエとリータは、空路にて至急、武偵病院へ運ばれる事となった。

 

 意識は完全に失った二人だが、キャビンに並べて寝かされるコルネリエ達は深い闇の底で誓う。

 

『リューディアを倒す』――そうしなければ、平和は来ないと。リータもまた、意識の暗闇の中で、同じ様に考えていた。




メカ解説

K.A.C./PDW

 ナイツアーマメントカンパニーが2006年に発表した、個人自衛火器(PDW)の名を冠する自動小銃。
 8インチの銃身には軽量化のため特徴的なくぼみが彫られ、リアストックは折り畳み式のスケルトンタイプ。
 専用新型弾である6×35mm弾を30発装填可能。
 非常に優秀な武器であるはずだが、施術されたリータの前には無意味であった。


Winchester/Model 70“Sniper Match”

 アメリカはウィンチェスター社が販売するM70ボルトアクションライフルを、より実戦的な狙撃銃へとカスタムしたリータ(レーナ)の愛銃。
 木製フレームを現代的な調整式チークピースやバットプレート、マッチトリガーを備えたものへ変更し、2~8倍率の測距スコープを備える。
 .30-06スプリングフィールド弾を5発装填可能の強力なスナイパーライフルと変貌している。
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