「逃げられたって……アイツら、死にかけてたんだよな」
武偵病院。キンジ達は運ばれたコルネリエ達の担当となっていたワトソンに呼ばれてやってきていた。
そこに広がっていたのは、朝日に照らされる無人の病室だった。大きく開け放たれた窓と風を受けてはためくカーテン、残された二人分のモニター類の医療器具が唯一、コルネリエとリータが居た事実を示す。
二人は重傷で運ばれたが、夜が明ける前に人の居ない隙を狙って逃げ出したのだ。その場にいる者達は、当然のように二人の目的を理解している。
「リューディアね。あたし達でも、コルネリエと同じになったリューディアを倒せるかは運。――本当に、アイツはバカね」
「どうするんだい? アリア。時間はかなり経過している、追跡は難しいよ」
ワトソンが言うと、アリアは少しも悩むこと無く返した。
「決まってるじゃない。武偵高総力を上げて“仲間を助ける”の。行くわよ!」
勇ましいアリアの声が、武偵病院にこだまする。
全員のバックアップを待たずして姿を消したコルネリエとリータ。彼女達の戦闘開始はすぐそこに迫っていた。
◇
「これ、あげるわ。貴女に」
リューディアを追跡し、遂に東京にひっそりと作られていた地下施設へと辿り着いたコルネリエ達。
敵の姿が無いのを確認すると、リータは背中に背負った大剣を引き抜いてコルネリエへと差し出した。じゃきりと響く重々しい金属音が、その大剣の素性を表すようだった。
「どういう風の吹き回し? あたしにゃ、良く分かんないんだけど」
「レーナとも戦ったんでしょ? レーナ、言ってるわ。『コルネリエは敵じゃない。戦うべき相手は他に居る』って」
誰も居ない真っ白な壁面へ視線を配らせたリータは、片刃の大剣をずいと突き出す。死んだ筈のレーナは、リータの中に生き続けている。
リータ――否、レーナと名乗る存在と戦ったことでリータにとってレーナが単なる“幻影”ではない事を知ったコルネリエは、大剣を受け取り掲げた。
刃こぼれも、欠けることも知らない、刃渡り自体が170cmに近い巨大な科学剣は地下研究所の小さな灯りを受けて紅く輝く。
「それで、あんたの得物は」
「多分リューディアは研究所を“売る”時に、ウクライナから設備を先に持ち出してる筈。当たりなら、その中にその剣のプロトタイプがあるわ。私はそれを回収して、使う」
「……それって、コイツらが持ってるやつ?」
振り返った二人の前には、不気味なアーマーを纏った性別不詳の兵士達がずらりと待ち構えていた。それぞれにコルネリエへ渡された大剣と似た、青く輝く片刃の剣が握られている。
兵士達の人数はざっと20人近い。全員が150cmほどの巨大な剣を携え、コルネリエ達を狙う。
「違うわ。もっと洗練された、最も完成に近い一本よ。コイツらのは、所詮試作の試製だわ」
「あー、そう。んじゃまあ、とっとと終わらせようぜー。このあとには親玉も控えてるんだしさ」
20対2――その明らかな圧倒的不利に置かれてなお、二人はあくまで余裕だった。
戦闘は一瞬のうちに始まる。次々と倒されていく敵。相手の振りかざす剣をコルネリエはスウェイで回避し、瞬速で剣の峰を使い殴り飛ばす。
敵は決して木偶ではなかった。しかし、たった二人の少女によって20人居た兵達は五分と待たずに床へ転がる人形と化した。
「よーし、身体暖まってきたよー! さっきまで眠かったけど」
「手術の後遺症ね。私も眠かったわ」
広場を後にし、最深部を目指し歩き出した二人。敵同士だった二人が、今こうして共に同じ目的に向かって歩む。
しかし、コルネリエには一つ気になる事があった。リータは確かに日本でコルネリエ抹殺の任を任されたはずだが、試作剣の件を語った彼女は場所を把握するどころか、それが存在するかさえ把握できていないような言葉を選んでいた。
実際に剣がある場所を理解しているのか――それがコルネリエの疑問だ。
「剣の場所って、こっちで合ってる? あたしはここの地理無いから知らないよ?」
「多分――いや、捜す必要なくなったわ。都合が良いわね」
リータが足を止め、コルネリエも合わせて立ち止まる。近代的に作られた通路の先からやってきたのは、リューディアだ。右手にはうっすら蒼みを帯びた光を放つ、片刃の大剣が握られている。
「捜し物はこれかしら? 残念だけど、私が貰うわ。どうせお前達にはもう必要無い“備品”だ」
ひゅん、と剣を振るったリューディアは殺意の込められた瞳で二人を見遣る。ここでリューディアを倒す以外に無い――それを瞬時に理解したリータ、コルネリエの二人は得物を構え臨戦態勢に入った。
◇
「ちッ! であぁぁッ!」
「遅い。遅いわ、コルネリエ」
リータから渡された巨大な剣を軽々と振り回しリューディアへ挑んだコルネリエだったが、子供のチャンバラにしかならなかった。
重たい筈の一撃は引き締まったリューディアの右腕一本で支えられる剣に軽く止められ、彼女は息を上げるコルネリエへ哀れむような視線さえ向けた。
(マジか……! ここまで実力差あるとは思ってなかった。リューディアは手術から時間は経ってない筈――あたしですら身体が馴染むまで年単位掛かったのに)
ギキン!
剣同士は重たい金属音と火花を散らして擦れ合い、リューディアはコルネリエの身体ごと軽々と吹き飛ばして見せた。
だがリューディアの相手は一人ではない。壁に叩きつけられたコルネリエも、危機感は抱いていなかった。
まだ、“レーナ”がいる。彼女の精密な射撃のためにコルネリエはゴールドカスタムを戦闘中に棄てた。彼女はそれを拾い、射撃援護の為に距離を取る――筈だった。
「判ってるわよ、リータ」
右腕でコルネリエを、そして左手でホルスターから大型のリボルバーを引き抜いて一回転させ、ノールックでリータへ向けたリューディア。そのアクションには、二秒も掛かっていない。
ズドン、と通路中を駆け巡る銃声。刹那、比較的小さな爆発が起こった。そこから更に二発目、三発目、四発目と発砲がある度に爆発は起きた。
「きゃあッ!?」
「レーナッ!?」
爆発に巻き込まれたか、レーナの身体は大きく宙を舞い床へ叩き付けられる。同時に、リューディアはコルネリエへ牽制の一振りを放ち距離を取ってリボルバーを片手でブレイクオープンする。
真ん中から折れて排莢されたのは拳銃用弾ではなかった。からころと、軽い音を立てて床で跳ねた薬莢はショットガン用“榴弾”。緑色の薬莢が、真っ白な床で激しく自己主張している。
「12ゲージの片手撃ちにも耐えられるか……。フッ! ハハハハッ! なんだ、簡単だったのね。データが欲しければ、自分が早くこうなれば良かった。――今の私なら、国家転覆も容易いッ!」
「夢見てんなよ、オバサン。あたし達は、単なる化け物だ。――神様にでもなったつもり?」
剣を八の字に回して持ち直し、構えたコルネリエは戦闘不能になったレーナ――リータからリューディアへ焦点を移し、見据えながら語った。
当のリューディアは軽く余裕な笑みを見せるだけ。今の彼女にとって、危険だった筈のコルネリエもリータも単なる『廃棄処分個体』に過ぎなかった。目の前にいるのは、単なるゴミ――その程度の扱いだった。
「化け物でも何でも良いわ。私達は化け物を作る実験をしていたんだもの! 神? そんなモノ、とうに死んだわッ!」
目を見開いて叫ぶリューディア。最早彼女は完全に正気を失い、狂っている。気絶をさせることさえ、難しいかもしれない。
笑い狂うリューディアだったが、不意に彼女の身体が大きくバランスを失った。
(――うッ!? 何? まさか、まだ馴染んでないか……)
激しい目眩を覚えるリューディア。すかさずコルネリエが斬りかかるが、その斬撃にはふらつきながら対応する。腕に走った衝撃が、まるでスイッチにでもなったかのように、今度はどくんとリューディアの心臓が一際大きく跳ねた。
「――ぬぐッ! はあ……まだ、まだまだまだまだァッ!」
一度は膝をついたリューディア。彼女は雄叫びを上げながら、ゆらりと立ち上がってコルネリエを見据えた。
そんなリューディアの背後で、リータが起き上がる。コルネリエはそれに反応し、剣を持ち替えて投擲。リータも拳銃を放り、互いに得物を入れ替えてリューディアへ挑んだ。
「まだ戦うか、ゴミがッ! 小癪な――ァ……」
「――ッ!?」
「何?」
終わりは、あまりにも突然訪れた。剣を構えたリューディアは、吊り糸の切られた人形のように――全身の筋肉が弛緩してしまったかのように、突然崩れ落ちた。あまりにも無様に。
先程からの様子と自身に施したという手術。その負担が、心臓を――そして、脳を壊したのだ。
「……耐えきったなんて、一時の夢だったのかよリューディア。あんたバカだよ……。心の底から、バカだって――」
脈を確かめる為に近付いたコルネリエ。リューディアは突然息を吹き返し、コルネリエの足首を掴んだ。
血の気が失せた青白い顔は、死人そのもの。リータが慌てたように剣を構えたが、それも一瞬だった。すぐに力尽き、強く痕が残るほど足首を掴んだまま彼女は息絶えた。
「……心臓に悪い」
「同感ね。でも、自業自得だわ。そして教えてくれた――私たちもいずれ、こうなるかもしれないってこと」
足首を掴む手を引き剥がし、コルネリエはリューディアが持っていた剣を取り上げる。その剣はリータが持つ完成型と交換し、二人は通路を後にする。
「さて、これからリータはどうすんの?」
「どうしようかしらね。行く場所はもう無いし、好きに――」
好きに飛び回る、リータがそう言い掛けた時、コルネリエに強い印象を与えたキンキンと響く舌足らずな声がそれを遮った。
『残念だけど、リータ=パーシヴォリは逮捕するわ。まあ、あくまで強盗の容疑だけど』
「アリア……? よくここ分かったなー」
20人の兵達は致死ではなく、気絶。全員がアリア率いるいつものチームによって拘束されていた。
その中で、アリアは仁王立ちでコルネリエを待ち構えていた。そして優しく語りかける。
「死にかけだったのに抜け出すなんて、バカなんだから。おかえり、コルネリエ。――リューディアは?」
「死んだよ、勝手に。身体がもたなかったみたいでさ」
後味の悪い事件は、これで終わりを告げた。主犯の暴走、そして自滅。
事件の真相は闇の中。しかし、リューディアが『売った』と語ったウクライナ施設からは何人もの子供達が救出され、治療を終えた後に親元へ帰された。
リータはアリアによって逮捕、東京武偵高にて取り調べを受ける事になり、コルネリエは久し振りの休息を自室で取る事が出来るようになった。
「休むときは休む。リューディアの二の舞はごめんだし」
コルネリエがベッドへ横になったその時、無遠慮なチャイムが休息を妨害する。
例のごとく無視を決め込むと、あろうことか鍵を勝手に開けてチャイムの主が侵入してきた。仕方なくゴールドカスタムを手に寝室で待ち構えていると、リビングから“押し込み強盗”にしては奇妙な話し声が聴こえてくる。
『じゃあリータ、ここがあんたの部屋。コルネリエと上手くやんなさいよ? それと、附属中学の学生証、防弾制服は明日用意するから』
コルネリエは確かに聞いた。リータの名前と、自分の部屋が相部屋になる旨を。
慌ててベッドから飛び起きたコルネリエは、派手に扉を蹴破ってリビングへ躍り出て叫ぶ。
「ちょっと待った! 勝手に決めるな! 折角落ち着ける場所だったのに!」
「あら、寝てなかったのね。ならちょうど良いじゃない。二人とも無理は出来ない身体なんだし、“姉妹”仲良く休みなさい。二人合わせて『スリーピングドッグス』――悪くないわ」
現場にいたのはリータ、そしてアリア。リータは取り調べの後、取引によって武偵高附属中学への編入が決定した。そして住む場所は、言わずもがな女子寮、コルネリエの自室。
「ま、戦友だったんだし宜しくね。センパイ?」
悪戯っぽく笑ったリータ。青く澄んだ昼の空へ響いたのは、コルネリエの悲痛な叫びだった。
メカ解説
科学剣
無骨で巨大な片刃の大剣。リータからコルネリエへ渡ったタイプは一種の完成形であり、柄の先まで緩くカーブした刃を走らせている。刃渡りイコール全長という、凄まじい逸品。
重さはすさまじく、マトモな人間では運用が難しい。それ故、完成した『実験体』用の武装として割り切られていた。
リューディアが使用、リータへ渡ったタイプは改良、試作型で形状は似ているものの刀身の材質変更や肉抜きを行い柄まで伸ばされていた刃は通常の剣と同じように、鍔と分けて組まれている。
どちらにせよ、振るうには人間を辞める必要があるのには変わらない。
なお、どちらのタイプにも決まった名称はなく、同様の科学剣である、遠山かなめの『