東京武偵高
昨日の少女との関係などは情報を集めていたが、実際に当人に会うのは初めてだ。髪型はキンジと大差無いが、持っている武器が明らかにちがう。腰に差した古式リボルバーに、脇は二挺分のホルスターで膨らんでいる。見える武器だけなら、さながら西部のカウボーイのよう。
「安中寛仁、だっけ。昨日の任務でルーツィアって女子に助けられたよ」
「あぁ、じゃあアイツが言ってた俺のライバルってアンタか……。妙なことされなかったか? 『兄さんに近付くヤツは死ねー』とか」
「いや? 特には。ヘリだったしね」
コルネリエが言うと、寛仁という男子は『それもそうか』と軽く笑って返す。
「アンタはコルネリエだろ。母さんの件じゃ、アンタが上手く引っ掻き回さなかったら救出も上手くいかなかったよ。ありがとな」
「いやぁ、礼を言うのはあたしだよ。アデルとアイラも知り合いなんだろ?」
「いや、アデルは彼女だな」
しれっと答える寛仁へ、コルネリエは『あぁアツいアツい』と大袈裟に手で顔を扇ぐ。
しかし、アデルは半吸血鬼でアイラはパイロキネシス持ちの超能力者でアイドル。コルネリエが少し考えただけで、寛仁の交遊関係の凄まじさが伝わった。
更に家族関係も、少なくとも母親はRランクの武偵で顔が利きやすいと来る。コルネリエの無関心さには、自分自身ですら驚くしかなかった。そんな大物に今まで見向きもしなかったとは、と。
「安中、所属は?」
「寛仁でいいよ。車輌科だ、最近は強襲科に出ずっぱりだけどな――蘭豹のヤツめ」
更に頭を抱えるコルネリエ。ここまで近い位置にいたのに本当に今の今まで興味がなかったせいで、記憶の片隅にもなかった。漫画で例えるとするなら“
もっと話を聞いてみたかったところではあったが、あいにく始業チャイムには逆らえない。名残惜しくも、コルネリエは軽く挨拶して自分の席で顔を伏せた。もちろん寝るために。
◇
昼には珍しく食堂にやってきたコルネリエ。というのも、今日はリータがクラスの友人と弁当の交換会という充実した学園生活の模範のようなイベントに参加する、という事で一人寂しく醤油ラーメンと洒落込むことにしたという理由。
ちゅるり、と寂しくコシのある麺を啜っているとポケットに収めていたスマートフォンが着信を告げた。
「ん……。誰だ、現実忘れて飯と洒落込んでいたのに」
箸を置いてスマートフォンを取りだし、着信の相手を確かめる。だが非通知ではないにしろ、知らない番号が画面に表示されているだけだった。頭の番号から察すれば、携帯電話番号なのは確定だったが。
イタズラだとすれば置いておくと後が面倒くさい。コルネリエは仕方なく、スマートフォンの受話ボタンをスライドさせた。
「イタズラならお断りしてるんだけど――」
『あ、合ってた。悪いなコルネリエ、平賀さんから番号聞いたんだ。今日放課後空いてるか?』
電話の相手は寛仁だった。装備科の平賀文から連絡先を聞いたらしい。コルネリエのゴールドカスタムにも文が関わったらしいという話を耳にしたこともあり、M&Pを提供した人物でもある。無論だが、知り合いも知り合いだ。
「なにさ、ナンパで浮気かー?」
『しねぇよ。アンタの話色々きいて銃の状態がみてみたくてな』
「あー、そういえば買い換え考えてたっけなぁ。放課後、どこだって?」
『装備科に来てくれ。紹介したい奴等も連れてく。妹含めて』
「りょーかい。んじゃね」
話を切り上げて通話を切ったコルネリエだったが、再び昼食に向き合うとそこにはスープを吸って伸びきったラーメンがある。
「ま、当たり前かぁ……。ぬるい」
もさもさと昼食に手を付けるコルネリエ。放課後へ向けて、時間は進んでいった。
◇
放課後、装備科へ下りたコルネリエ。指定は文の工房だ。コルネリエにとっては未踏の地である。というのも、基本的に文との取引は装備科に寄らず、向こうからの出張に頼っていた。おかげで珍妙な装備もたまに試用させられるが、コルネリエにとって面倒がないのは助かっている。
「ん、ここだ」
ネームプレートを確認してドアを開けると、いきなり彼女を出迎えたのは物の山。安さの殿堂もびっくりな棚配置で、限られたスペースしか無い工房が更に狭い迷路のようにすらなっていた。
「おーい、これ誰かいるー!?」
『フェルトマイヤーさん、こっちなのだー!』
「どこだよ!」
広がるガラクタジャングルを前に、『こっち』とどこからか聴こえる声へコルネリエは怒鳴って応えた。
「ここだ、ここ」
ジャングルを縫って現れた寛仁が、コルネリエへ手を差し伸べる。彼女は迷わずその手をとって、狭いガラクタの山の中へ向かった。
少し歩いて抜ければ、あとは文のデスクがある。狭いことに変わりはないが、そこには寛仁以外に見ない顔が三人。――否、正確には一人は見ている。
長い綺麗なブロンドヘアーに、特徴的な頭頂部のアホ毛。思わずじゃれつきたくなるように揺れているが、それはともかくにしても背が高い。外国の血が強いのか、その表情にはどこかミーツェ=アヴェイルの隙の無さを感じさせる。
「初めまして、先輩。ルーツィア=アヴェイルです。狙撃科所属、一年でランクはB。先日は失礼しました」
ルーツィアは狭苦しい空間にも拘わらず、丁重な仕種で先日の狙撃を詫びる。だがコルネリエは初めから怒ってなどいない。むしろ、瞬間的な判断力と空間認識、弾道修正の技術は称賛に値した。
「いや、逆だって。よくやるよ、あんな不安定な場所から数十センチの的に、味方を誤射しないように当てるなんて」
「い、いえ! あれくらいは日常茶飯事でやってますから……」
ルーツィアがそう語ったあとに、小さく『この人は合格』と呟いたのをコルネリエは聴き逃さなかったが、その意味がわかるわけもなく次へ進む。
「安中君兄妹はパルクールの天才――というか、別次元なのだ。ついたアダ名は『トリッカー』なのだ」
「トリックの進行形というかなんていうか……場を引っ掻き回す意味では、『トリックスター』だよね」
文の後に、静かに語る少女。もみ上げの長いセミロングヘアーがどこか特徴的で、表情はあまり変わりがない。無表情無口が少し緩和したような人物の印象を、コルネリエは受ける。
「ああ、ワルい。そっちは2年B組にいる稲生理佐。戦い方もスゴいけど、武器のカスタムじゃ装備科が欲しがってるくらいだ。相当な業物造るぞ」
「安中君、言い過ぎ。まだまだだよ、私は」
「でも稲生さん、たまーにだけど凄くはっちゃけるのだ!」
「言わないで……お願いだから」
目の前で繰り広げられるコントめいた会話に、コルネリエは少なからず疎外感を感じざるを得ない。
だが、更に疎外感を感じているのかそわそわと身体を揺らす別な少女がいた。一緒に異彩を放つ大きな白いリボンが揺れる。
「お、刀だ」
「ん、オレか?」
ここにいる面子の誰よりも女性らしいアクセサリーを身に付けているはずの少女から飛び出た一人称に、コルネリエは小さく首をかしげた。
「オレ……?」
「なんだよ、オレだろ? 刀持ってるヤツなんて、他にいないしさ。こいつ、気になるか? 先輩」
「いや、うん。気になるけど」
一人称については個性。深く触れるべきでない、とコルネリエも判断した。少女は漆黒の鞘に収まったままの刀を、なんの躊躇いもなくコルネリエへ預ける。
「ほい。多少は頑丈だからな、安心して預けられるんだ」
「ふぅん……にしても、軽いなぁコレ。刀身に重さはありそうだけど、それでも軽い」
自身も刀を操った経験は充分にある。その経験でも、少女に預けられた刀は鞘に収まっていても軽かった。
軽く、鞘から抜いてみれば刀身はカーボン地が丸見え。刃には別な金属が使われているのか、ラインのように切っ先へ向けてシルバーが走る。
「いいね。振り回してみたいけど、ここじゃ無理か」
「そうだな、平賀先輩の商売道具がバラバラになるからな。やるとしたら、外か」
ちん、と小さな金属音を立てながら鞘と鍔を当て、納刀したコルネリエ。久々の刀の感触は、やはり好印象だ。
少女へ刀を返すと、隙を見計らったかのように少女は名乗る。
「オレは稲生司。寛仁にも姉ちゃんにも無視されて、ちょっと苛ついてたんだ。『なんでオレは紹介しないんだー』ってさ」
「――というよりは、構って欲しそうに見えたけど?」
「う、うるさいな! 先輩もそうやってからかうのか!?」
司はぶんぶんと腕を振り下ろしながら喚く。ひたすらに喚く。
寛仁は一部始終を確認していたのか、紹介は切り上げて本題へ入った。
「司とも上手くやれそうだな。さて、本題まずその一。母さんから伝言で、ポルシェ993は返してくれって。ドイツの仕事で使いたいんだってさ」
「はい!? あたしから
寛仁の本題でまず出されたのは、車の返還だった。新しく乗り回していたポルシェは実のところミーツェから借りたもの。いずれ返還の話が出るのは間違いないが、あまりに唐突すぎてコルネリエはまだ次に乗り換える車の
「それについてはこっちで探す。東京なら詳しいヤツを一人知ってるからな。日本車好きなんだろ? だったら一台くらい良いのあるさ」
「わかったよ……ただ、しっかりあたしも見るからな」
「はいはい。んじゃ、本題その二。銃のメンテ、した方がいいんじゃないかって話。こればっかりは、本人の意思次第だけどな」
銃は武偵の命だ。人を殺してはならないが、身を守る術にはなるし良いものを持っておくに越したことはない。
任務中、突然銃が弾詰まりを起こすだけで殉死する確率は跳ね上がる。その弾詰まりも、メンテナンスや改良によってはある程度防げるのだから、やらない手はない。これもポルシェと同じく、いずれにせよいつかは出る話だった。
「銃のメンテもいいよ。というか、買い換えとかも考えてたんだけどね」
「メンテナンスするなら、私も装備科を手伝うから。代用なら、これ使って」
ホルスターを外しに掛かっていたコルネリエへ差し出されたのは、一挺のトカレフ。代用にしてはみずぼらしいと思えてしまう物を理佐は差し出したが、ホルスターを外してデスクに置いて、コルネリエがそれを手に取った時、その銃が全く別物とすら言えるカスタムガンであるとハッキリ理解した。
(すっげぇ……なんでトカレフにこんなカスタムしたのか疑問に思う位やってある。間違いなく、モダナイズ程度で済んでない……)
グリップは古めかしいソビエトの星が彫られたものから、ワンピースタイプの握りやすいグリップへ改められている。色合いも、証拠品に良く出てくる使い古されたような褪せたシルバーでなく、しっかり再塗装とパーツの変更調整が行われている。
とにかく手に馴染みやすいトカレフを見せられては、自分の銃がどうなるか楽しみにもなる。コルネリエとしては、メンテナンスだけならず好きにやってくれと言いたくなる程だ。
「よし、じゃあ稲生は早速頼むよ。ルーツィアとコルネリエは俺と一緒に。情報屋に会いに行くぞ」
「ああ、なら待って。リータも連れてくから」
「リータちゃんも来るなら、兄さんの車より置かせてもらってる私のM4の方がいいんじゃない?」
「だな。よし、じゃあコルネリエのツレも待ってルーツィアので行こう」
時間は進んでいく。新たな出会いと、更なる出会いへ向けて。
リータが合流し、車輌科へ向かう間コルネリエは不思議と眠くはならなかった。退屈しないメンバーが身内に増えたからなのか――まだ運転が出来ないルーツィアに代わり、BMW M4のステアリングを握る寛仁の運転で夕闇に染まり出した東京の街並みを眺めながら、コルネリエはやはり眠る。結局、一時的にテンションが上がっただけなのか――それはコルネリエにも判らなかった。
メカ解説
トカレフTT-33改
新しくコルネリエが知り合うこととなった稲生理佐から、代用として渡された銃。
ベース、使用弾薬こそかの有名な「トカレフ」で在るものの、外装含めあらゆる部分が現代化された上に適切な調整を受け、万人に馴染むオールラウンドなハンドガンへと様変わりしていた。
コルネリエにさえ、なぜ単なるトカレフにこんなカスタムをしたのか疑問に思わせるほどの最早別な銃であり、理佐の腕前を窺わせる一挺。
刀
理佐の妹、稲生司の持つ刀。名前は特にない。
ソリッドブラックの鞘に、輝きを放つことのないカーボン地の腹(樋から小鎬に及ぶ)にサンドされる形で比較的重量のあるチタン製刀身を配置し、刃が飛び出している。
一度鞘から抜けば、刃のみが不気味に煌めく現代刀となるようなデザインだ。
鞘には特に仕掛けはなく、納刀時は普通の日本刀を思わせる外観に仕上がっている。