第六弾『眠らされた過去から未来への目覚めへ』
「なぁ。やっぱ、静かだよな……」
コルネリエの拉致事件から一月半が経過した武偵高。いつもの面子で昼食をとりに食堂へ訪れたキンジ達の面持ちは何処か暗かった。
そこに居る筈の“彼女”――まさにコルネリエ=フェルトマイアーその人の姿が無いのだ。
全ては遡ること一ヶ月半。まさに、彼女が拉致され脱出を図った事件での事だった。
◇
「――死の覚悟は出来たか」
冷たく凍てつくように吐き捨てたコルネリエ。彼女は砂を被った地面をじり、と踏みしめると刀を握り、唖然とするキンジ達が瞬き一つする間に刀を仕舞う。ゆっくりと息を吐き、全ての時を取り戻すかのように。
かちん――鞘と鍔がぶつかって、軽い金属音が広い空間に響き渡った刹那、彼女の持っていた刀が鞘ごと砕け散り、同時に背後では残っていた男達が切り刻まれ崩れ落ちる。
――武偵法九条には、こう定められている。『武偵の資格を持つものは、いつ如何なる状況に於いても人を殺傷してはならない』と。
更に、こんな言葉もある。“武偵三倍刑”。これは、武偵の犯す罪は大小問わず三倍になって処罰されるという事を意味する。
「コルネリエさん……」
白雪は自慢の刀を下ろし、仲間の明確な武偵法違反に声を震わせた。
それも単に殺しただけじゃない。何か、彼女に超常的な力が働いた上での犯罪行為。
皆が瞬き一つする間に、十人以上は居た敵を全て切り刻み、元の位置へ滑り込んで刀を仕舞う余裕まで見せるのは普通ではない。
「コルネリエ……。――残念だわ。コイツらを逮捕しに来たのに、まさかアンタを逮捕しなきゃならないなんて」
ハンドカフを握りしめ、開いたアリアは少しだけ寂しげにそう呟いた。
コルネリエからは特に何の反論も、抵抗も何もない。ただアリアに手錠を掛けられ、突入してきた武偵高生徒達に見送られながら連行された。
それが、彼女の居た一月半前の最後だった。下った判決は無論、死刑。それまでは禁固であった。
◇
「俺は、コルネリエについて何も知らない。お前ら、何か知ってるのか。前言ってたろ? 『コルネリエには九条を軽く破る力がある』だとか、さ」
重たい雰囲気では食も進まない。
キンジが皆へ問い掛けると、アリア達は斜を向いて黙り込んでしまう。
「正直言って、コルネリエの強さがおかしかったからそう考えただけ。――まさか、あんなデタラメ……ッ!」
「つまり、俺達は結局アイツについて深くは知らないってワケだ。コルネリエの殺人も、それを間近で見たのは俺達だけだった。――アイツに何があったのか、聞き出すまでは責められないよな」
音を立ててフォークと食器がぶつかりあって跳ねる。
アリアの苦し紛れな言葉にそう返したキンジではあったが、今、彼らはそれどころではない。
大規模窃盗団の登場により、警察が手を焼いている。助けを求めるのは無論武偵を総轄する武偵局であるが、武偵高にも当然のごとく任務が舞い込んでくる。
近々に大規模突入作戦を控えるキンジ達であったが、ここにコルネリエが居れば今の仲間達もずっと気が楽だったろう。
昼寝をしては怒られ、理子とはバカをやり騒がしい。そんな作戦会議になったかもしれない。
確かにそんな軽い雰囲気の作戦会議等馬鹿げているが、キンジ達にとって欠けて寂しい物なのは間違いなかった。
◇
場所は変わり、東京拘置所。本来ならコルネリエには会うことさえ叶わないのだが、一人の大女ともいうべき女性は構うこと無く手続きを済ませていく。
何故女性が、厳重なコルネリエへの面会を許されたのか。答えは単純だ。
女性の名は蘭豹――東京武偵高校強襲科顧問であり、名の通った武偵なのだから。
今日の拘置所は、どういう訳なのか騒がしい。蘭豹が通されたのは、受刑者を出入りさせる通路の外。
「フェルトマイアー」
手錠をされ、看守に引き連れられてきたコルネリエへ蘭豹はいつもの数割程度にまで声を絞って、言葉を掛ける。
「蘭豹先生。――あたしに司法取引持ち掛けて、半ば強引に死刑を先延ばしするなんて趣味悪いですね」
「確かに、今のお前は死刑囚や。せやけど、死刑囚の手も借りたい事件が起きとる。話は遠山らから聞いとるわ――強いんやろ?」
「流石に蘭豹先生には負けますね」
かちり、と音を立てて外れるコルネリエの手錠。
それを見た蘭豹は背中に背負った刀を引き抜き、上段から突如コルネリエへと斬りかかる。
だが、対する彼女はその凶刃を片手で止めてしまった。握り締めた刃がコルネリエの手へ食い込み、刃を伝って紅い血が地面へと滴る。
「――つッ! なんですか、先生自ら死刑を執行しにでも来たんですか?」
「ちゃうわ、アホ。まずこっちとしても前代未聞の手を回して、アンタを外に出した。そして事件解決に手を貸してもらう。もう一つ、ドイツでお前が何をされたのか聞かせてもらう――それを約束する事を条件に、今から暫くアンタは自由や」
看守から離れ、蘭豹に手を取られたコルネリエは黙ったまま拘置所を後にし、駐車場へと引き連れられてきた。
そこにあったのは、紅いトヨタ86。ボルト留めで拡大された車幅は、彼女が嘗て乗っていた240SXのような趣もある。
「……よし。もう監視もあらへんな。芝居ご苦労さんやな、フェルトマイアー」
「全くですね。アリアに逮捕されてから、判決も何もかも“空っぽ”。武偵局は何を企んでるんですかね?」
「大方、お前が過去に何らかの事件に巻き込まれた――以降、グレード19の超偵となっている自分が制御不能になるのを見越して手ェ回しとったみたいやけど、良く“堪えたな”」
実はコルネリエの死刑宣告には何の意味もなかった。
アリアに逮捕され、確かに彼女は武偵三倍刑で拘置所送りにはなった。だが、それ以外は全て武偵局とコルネリエの口裏合わせ。
彼女は過去に生まれ故郷のドイツで、何らかの事件に巻き込まれた。以降、超能力武偵『超偵』となったコルネリエは力を制御できず、暴走する危険性を孕んだ爆弾であった。
武偵局はそれを危惧していたのだろう。警察組織上層部に手を回し、一月半前の事件でコルネリエに死刑宣告をさせ、一度ドイツを油断させてから彼女に手を加えた犯罪組織を追い詰める算段だった。
「ま、腕一本落とされた奴等は何人か居ったけど命に別状はない。――結果として、ギリギリで九条は守ったっちゅーことやな」
「かなり危うい橋でしたけど」
呆れ気味に話すコルネリエ。
今回の事案は警察上層部しか知らない。その辺りの看守に話せば、情報が漏れかねないだろう。
だからこそ、あそこまで迫真懸かった茶番を演じたのだ。流石に手を切られる事は想定外だったが。
更に幸運だったのは、件の部分をキンジ達以外に見た人間がいなかったこと。お陰で、学校では『何故コルネリエか逮捕されたか』の話題で持ちきりになった。
「学校じゃあ有名人やで、自分。――お?」
追加メーターやカーボン地のパネルに交換され、雰囲気を変えた86の車内でセンターコンソールに備えられた無線機がノイズと共に音を上げる。
『……全警察官へ。足立区綾瀬、みずは銀行綾瀬支店にて銀行強盗発生。付近を警ら中の警察官は――』
「綾瀬のみずは銀行って、ギリで葛飾じゃなかったでしたっけ?」
「どーでもええわ。一丁、ウチらでかちこんでやろうやないか。イケるか、フェルトマイアー」
助手席の蘭豹が問うと、コルネリエはオーディオのスイッチを入れる。
流れたのはスピード感溢れるユーロビート。トランス染みたリズムに合わせ集中力を高めるコルネリエを見て、蘭豹は屋根へ赤色回転灯を張り付けた。
これで車は緊急車両扱いだ。蘭豹は既にコルネリエの86を『武偵用車両』として登録しており、違反にはならない。
「ブッ飛ばすッ!」
目にも留まらぬスピードでシフトノブを操作し、ギアを落としたコルネリエ。86のエンジンは限界付近まで回転し、同時にリアタイヤを激しくスライドさせる。
幅の広い交差点を、一般車の隙間を縫うようにスライドして走り抜ける様はまるでハリウッド映画の撮影だ。
クラッチを切り、回転を上げてからギアアップ。リアタイヤが小さく鳴き声を上げ、コルネリエと蘭豹をシートへ押し付ける程のGを伴った加速を見せ付ける86。
凄まじいまでの集中力は、コルネリエの視界には最早スローモーション同然に見えている。前の一般車がどうかわすか、自分がどう動けば無駄がないのか――端から見れば一瞬の出来事だが、コルネリエには数十秒も同然。
「よし。飛ばせ飛ばせェ! 警察より先に手柄立てるんや!」
ブレーキランプの軌跡を残し走り去る86。
二人は一路、みずは銀行へと向かう。
謎の多いコルネリエ――その謎は、これから彼女自信で解き明かす。仲間を信じ、仲間を助けながら世界へ飛躍する。
この芝居が、その第一歩だ。
メカ解説
Toyota/86
トヨタ自動車がかつて製造した名車『スプリンタートレノ/カローラレビン』のAE86型を、現代に蘇らせるという願いの元開発された車両。
故に、名称もずばり『86』である。中身はかなり変わってしまい、今でも賛否両論のある車ではあるが、公式に幅広いカスタマイズをサポートしており、チューニングベースへの採用が多い。
逮捕され、240SXを失ったコルネリエへ蘭豹が用意した新車であり、ロケットバニー製v2.0ワイドボディキットを装着する。
ファットに改造された車体は、元のイメージさえ容易く変える。