「上手く紛れ込めたか。――ライバルに大した奴等は……」
走り屋の一人を抜き去り、ヘッドライトで眩しく照らされる車内でコルネリエが周囲を走る改造車達を見て呟く。
だが、トップを悠然と走る一台の車を見てコルネリエは言葉を詰まらせた。周囲のライバル達を近寄らせず、優雅に走るその車はあまりの外装変更を重ねているようでコルネリエの位置からでは車種を確定できなかった。
(やたら趣味悪いランボルギーニかぁ? に、しては音が違うよね。――アイツ、なんか別格だ)
オーラ、とでもいうべきなのだろうか? トップを独走するシルバーのその車両からは、その辺の走り屋とは違った雰囲気を明確に感じとる事が出来る。
これに闘争心を燃やしたコルネリエ。彼女は素早くシフトノブを操作してギアを上げると、床まで目一杯にアクセルを踏み込んで前へ出ようとする。
荒れた路面に濡れたアスファルトというバッドコンディションに、コルネリエの86は車輪を小さく浮かせながら懸命に走り続ける。
交差点をドリフトで駆け抜け、更に差を詰めるコルネリエだったが、問題が起きた。
『警察だ! 全員停まりなさい!』
警察の介入である。何処かを走っているもう一人の武偵とコルネリエの存在は警察側に渡っていない。
もう一人はともかく、コルネリエが仮に逮捕されるようなことになればこの騒動だけでなく、後の大規模作戦でキンジ達が不利な立場に立たされる。
突然現れたパトカーにライバル達が一台、また一台とスピンし囲まれ、追跡されるのはコルネリエを含めた三台のみとなる。無論、一台はトップだ。
先頭車両は卓越した技術の持ち主のようで、多少の路面のギャップで車がコントロールを失っても、まるで熊を優しく手懐けるように静かにリカバリーし、パトカーの道路封鎖を誰よりも早く回避する。
悔しいながら、コルネリエはそんなトップを走る車の流れるテールランプの軌跡を目印に追跡をかわしていた。
「ゴールはたぶん、その先の交差点通過!」
アクセルを足が震えるほどに強く踏み込む。トップを走る車の正体が、漸く判明した。
フロントウィンドウに映る巨大なリアウィング、車体をくるむように車幅を拡大し、リアへ空気を流すように作られたレース用フェンダーによって、遠目ではほぼ正体は解らなかったが、コルネリエはやっと理解する。
「フェアレディZ――32Zかよ!? あんなに速いの!? あの車――あぁ、やっべぇ!」
交差点を挟む用に停められたパトカー。間には車一台分の隙間が在るか無いか。その左右に抜け道はあるが、あまりの速度域から悩んでいる暇は無い。
フェアレディZのドライバーは、無謀にもパトカーの隙間を狙った。ならばコルネリエも負けてはいられない。
テールトゥノーズでピッタリと後ろにつけたコルネリエの86は、前方のフェアレディZの恩恵を受けながらパトカーのフロント部分を自車両サイドと掠めながら走り抜ける。
「抜けたぁ!」
生憎とレースは警察によって流れてしまったが、コルネリエはなんとか完走。
しかし事前に通達のあった武偵がどうなってしまったか、知る事は出来ない。とはいえ、ここまで圧倒的に実力差を見せ付けられてはコルネリエでなくとも、ある程度察する事はできるだろう。
『よう、コルネリエ。アタシだ、綴だよ。聴こえてるよなァ?』
86車内の無線に乗ってきた声は、
そんな声に、絶賛逃走中のコルネリエが反応できる訳もなく、無線からの声も、ただそれを理解したかのように何処か独り言めいていた。
『近くに――そうだなぁ、趣味の悪そうなフェアレディが居たらソイツについていけよ。向こうにもそうやって話通してる筈だから。――あー、具合わりぃ。妙な所からタバコ買うんじゃなかった。とにかく、ソイツに宜しく』
「なんだったんだよ……」
コルネリエの突っ込みもむなしく、無線からは送信側のノイズが流れて以降しんと音ひとつしなくなってしまった。
傍らを走るフェアレディZのドライバーに視線を移せば、相手はコルネリエを引き離しにも掛からない。
ただ変化があったのは、警察の追跡がなくなったということだ。綴の無線から、パッタリと。サイレンこそまだ遠くに聴こえるが、少なくともコルネリエ達の元に向かうものではなかった。
近くの狭い空き地に車を乗り入れたコルネリエとフェアレディZのドライバー。エンジンを切り、シートの隙間から刀を抜き取ってドライバーの登場を待つ。
遮音材の音も何も感じさせない、金属の鋼板が叩き付けられるような音を上げてドアを閉めたのは女性だった。
清楚にも見え、その何処かに明らかな殺気とオーラを持った、黒いタイトスカートのスーツにブロンドのロングヘアーで美しく決めた、モデルのような女性。少なくとも、コルネリエを苛立たせるには充分すぎる容姿だったのは間違いない。
「あんたが、Rランクの武偵ですか……ってか」
鞘の空圧抜刀スイッチに指を掛けながら、女性へ問うコルネリエ。その眼は左目を前髪で隠しながらも、しっかりと女性を睨んでいる。
対する女性は送り続けられるプレッシャー等まるで気にしないかのように、手元で拳銃をくるりと回して答える。
「あまり敵視されると哀しいわ。東京武偵局、Rランクのリューディア=アヴェイル。貴女と同じドイツ人」
「へぇ。じゃ、あたしが過去に何されたかもわかるってわけだ」
「いえ、それが判ったらこっちも苦労しないわよ――」
くるっと人差し指を軸にリューディアの手の中で一回転した拳銃はホルスターに戻され、それから彼女はお手上げだと云わんばかりに肩をすくませる。
リューディアは何も知らないという。では、このレースには何か意味があったのだろうか? コルネリエは頭の中で、ふつふつと何かが沸き上がるような感覚を覚える。
「苛立つのは判るけれど、ベルリンの武偵局にも情報はなかったのよ。解って頂戴。今回は、蘭豹たちが仕組んだ、私達の顔合わせみたいね。――食べる? ベルギーワッフル。買ったのよ、土産屋で」
差し出された洋菓子に、コルネリエはしばらくリューディアを睨む。コルネリエの異常な身体能力は主に脳の処理から発生している。
睡眠は大前提に、更に出来るだけの糖分も彼女には必要だ。今回も力は使わなかったとはいえ、集中はした。そんな時にはやはり糖分だ。
「ありがと」
「どういたしまして。思ってたより素直で、上手くやっていけそうだわ。それじゃあ私は行くけど、まだお友達には会わないようにね。蘭豹にも言われたでしょ?」
車に乗り込む直前にそう言い残し、エンジンを掛けて走り去っていくリューディア。
ベルギーワッフルを片手に、コルネリエは86のドアに寄り掛かって呟く。
「蘭豹め……。
ものの見事に骨の折れる茶番に巻き込まれていたと知り、思わず口汚い言葉を夜空に垂れ流すコルネリエ。
しかし、Rランクの武偵が互いの故郷であるドイツはベルリンの武偵局を調べても情報がない、ということには違和感を覚える。
自身にされた事が明らかに常軌を逸したものだ、という自信はコルネリエにもあるのだ。あの事件で『覚醒』してしまって以降は、段々と自分が“元の”バケモノに戻っていくのを日々感じている。
「……やるしかないよね。元に戻りたいとかじゃなくて、真実は知りたい」
ワッフルを口に押し込んで、車に乗り込んだコルネリエはキンジたちを思いつつキーを捻る。
面倒くさそうに付き合っていても、彼らはコルネリエにとって数少ない友人だ。自分が妙な事件に巻き込まれた、と言っても鼻で笑うような面子でもない。
出来るなら、キンジ達とも真相を探りたいと願うコルネリエをメーターパネルのイルミネーションが照らす。
リューディアが、蘭豹達が、武偵局が何を考えるかはコルネリエにはまだ判らない。だが、味方と信用できなくとも敵でない以上、付いていってみようと彼女は考えつつ、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
チャンネルを変えたラジオからは、売り出し中のアイドルの声が聴こえてくる。
『皆さんどーも! 皆のあいらーにゃ、アイラ――』
「うるさっ」
瞬時にミュートし、学園島を目指すコルネリエ。キンジ達の突入作戦まで、そう日は遠くない。