「ちっふー先生ー。準備オッケーすかー?」
「あぁ。いつでも大丈夫だ」
あれからきっちり30分後。時守と千冬はお互いのピットにて準備を完了させていた。
その二人のピットには彼ら以外に誰もおらず、一夏たちは全員簡易の観客席で戦いのゴングを今か今かと待ちわびていた。
「にしても、千冬姉がラファールか」
「意外に思うかもしれないがな、嫁よ。織斑先生もここ、黒ウサギ隊の教官をしていた時にはラファールが基本だったんだぞ?」
「え、そうなのか?」
「そりゃ、確かに意外ね。千冬さんって、武装も機体も何もかも日本製で揃えてるってイメージだったから」
「えっと…。確かに日本代表の時は暮桜と打鉄しか使ってなかったけど、IS学園で教えるようになってからは他のものにも慣れるようにしてるって…」
「へぇー。それって、日本代表チームでの話だよね?簪」
「うん…。今でもたまに、教えに来てくれるから…」
「その辺、IS学園の先生と同時進行ってのは結構厳しいかもな」
「そうですわね。代表では簪さんを贔屓しても、学園ではしてはいけませんもの」
ここに来て、改めて織斑千冬という人間がいかに高いスペックを誇っているかが知られる。
普段IS学園の講師としての激務をこなしつつも現在の日本国家代表のコーチも引き受け、そして普段は時守の指導にも当たっている。
そしてその全てを十全にこなしているのだ。多少、家事がアレでも許される程度には仕事面でのスペックが高いのだ。
「教官。時守国連代表。試合の準備が整いました」
「ん、サンキュークラリス」
「分かったクラリッサ」
黒ウサギ隊の中で唯一、管制室からアナウンスを担当しているクラリッサの声がアリーナと観客席に響く。
その声に、思わず観客席もテンションが上がる。
「い、いよいよか」
「うむ…。どれほどの戦いになるのか…」
「ら、ラウラ隊長でも分からない二人の実力…」
「ど、どんなものなのか気になります…!」
クラリッサとともにIS学園の面々を出迎えたネーナ、ファルケ、マチルダ、イヨの四人も一夏たちとともに観客席に座っている。
根っからの千冬ファンが多い黒ウサギ隊にいるだけあり、やはりこの四人も千冬の大ファンだ。
そのこともあって、千冬の本気の一部が見られるということに非常に興奮していた。
「ほな」
「あぁ」
時守からの短い掛け声に、同じく短く千冬が答える。
その数秒後。ピットから二機のISが飛び出した。
「おー。なんか久しぶりっすね。ちっふー先生のIS姿」
「そうか?ただラファールを使うことが少ないから、珍しいだけではないか?」
「そうっすかね?」
一機は、IS学園の生徒たちが見慣れた機体。
見慣れていると言っても、世界的に見れば一機しかない第三形態機。そしてその周りを存在だけで威圧してしまうような曇りのない金。
もう一機は、黒ウサギ隊が見慣れた機体。
と言っても、最近は倉庫に保管されているだけの代物で、誰も扱えないほどの化け物スペックを持った黒。
「んじゃ、いつでも?」
「そうだな、クラリッサ。お前のタイミングで始めてくれ」
「はっ!…それでは、試合――」
クラリッサの声色が張り詰めたものになると同時、時守と千冬から感じられるモノも同じく張り詰めていく。
「――始めっ!!」
「っらぁ!」
試合の開幕と同時。『雷動』と『完全同調・超過』を同時発動させた時守が千冬の背後に現れ、彼女の後頭部目掛けて飛び蹴りを放った。
「ふん」
「うぇ?」
しかしそれも、千冬がただ首を傾げるだけで躱されてしまい、その足首を片手で掴まれた。
「その攻めは私には通用せん。『雷動』を会得した時から想定の中にあった攻めだからな」
足首を掴まれ、前に思い切りぶん投げられた時守。
しかし、時守も投げられてそのままというわけではない。
「『雷鳴』」
「チッ…。目くらましか」
現在アリーナの中で時守をロックしているISは千冬のラファールのみ。
その千冬のハイパーセンサーを狂わせる単一仕様能力『雷鳴』により彼女が少しの間身動きを止めている隙に体勢を整える。
「ちっふー先生?本気っすよ?」
「分かっているさ。ただの、ウォーミングアップだ」
千冬仕様のこの改造ラファールには、遠・中距離武装としての銃は積まれていない。
近距離武装として元々備わっているラファール用の近接ブレードが容量いっぱいまで積まれているだけだ。
「今からが、本気だッ!」
「うおっと。まだ『雷鳴』効いてるはずですけど?」
「たとえ見えなくても、弟子の場所ぐらいは手に取るように分かる」
まだ千冬のハイパーセンサーが潰れていると安心しきっている時守目掛けて二重瞬時加速で一気に距離を詰め、ブレードを振るう。
場所は合っていた。しかし、流石に見えなかったというのが大きかったのかブレードを当てることはできなかった。
教えた通りの試合展開をしてくれていることに、千冬の口角が少しばかり上がる。
「それに」
「げっ」
なおも回避したことから油断が生まれている弟子がいる上を向く。
単一仕様能力『雷鳴』がハイパーセンサーを潰すのなら、そもそも使わなければいい。
ハイパーセンサーを一瞬だけ切ることでその目くらましをリセットし、かつその間に距離を詰める。
「ハイパーセンサーを数秒使えなくさせただけで油断するな。馬鹿者」
「油断はしてへんっすよ」
言われて、気付く。しかし遅かった。
千冬がハイパーセンサーから肉眼に切り替えたその瞬間に、時守は千冬の死角となっている二人の真下から千冬の背後に向けて、『ランペイジテール』を伸ばしていたのだ。
「くっ…」
避けようとしても間に合わず。胴体にそれをくくりつけられ、千冬はアリーナの地面に叩きつけられる形になった。
「いやー、流石っすわちっふー先生。ワンオフ3つ使っても、それらを囮にしたランペイジテールでやっとまともなダメージとは…」
「仮にも元世界最強だ。舐めるなよ?」
「そりゃもちろん。ちっふー先生の強さをよく知ってるからこその、この距離感っすよ」
(……我が弟子ながら、随分と強くなったものだ)
千冬を投げ飛ばした後の二人の位置関係は、時守が宙に浮き、千冬がアリーナに立っているというありきたりなものだ。
問題は、その距離。
いくら改造ラファールのスペックが高く二重瞬時加速が速いとはいえ、それよりも上のスペックで、なおかつ『雷動』という超高速移動手段を持っている時守には速さでは勝てない。
二人の距離は、丁度千冬がどうやっても不意打ちも先手も決められない距離にあった。
「間合い管理もしっかりと出来ているな」
「まあそのラファールも見たところかなり速そうですしね。念には念を、って感じっす」
「そうか。…はぁっ!」
不意打ちが決められないのなら、真正面から打ち破る。
千冬の現役時代の動きを彷彿とさせるような瞬時加速で時守の懐へと迫る。
「『雷轟』っ!」
しかし、時守もおいそれと千冬の接近を許すほどバカではない。
迫り来る千冬に向け、自身の持つ最速最強の攻撃で迎え撃つ。
「――え?」
その『雷轟』で、一撃で落とせなくとも、かなりのダメージは与えられると踏んでいた時守。
「ふっ。…時守、お前今、勝利を確信しただろう?」
その予想は、他でもない千冬の手によって覆されることになる。
「ぐ、あ…!」
「雷がなんだ。シールドエネルギーに守られているのだから、その程度突き抜けられる」
「そ、そんなんできんのちっふー先生ぐらいっすよ」
放たれた『雷動』は確かに千冬に命中した。
しかし千冬は、その雷の中を、ブレードで最小限守りながら瞬時加速で突き抜けてきたのだ。
勢いそのまま時守の眼前に飛び出した千冬は躊躇うことなく時守へとブレードを振り下ろし、今度は彼をアリーナに叩きつけ返した。
「『雷動』、『雷鳴』、『雷轟』、『完全同調・超過』…。どれもこれも、今のままでは私を倒す決定打にはならんな」
「……まあ、言い訳とか嘘に聞こえるかもしれないっすけど、奥の手ならもう準備してるんすけどね。今ここでは使わんときます」
「ほお?全力で、っと言っておきながらか?」
「今は出せへんってだけっすよ。今は、この4つのワンオフと『オールラウンド』で戦います」
同級生相手には無類の強さだという印象を植え付けている時守の単一仕様能力たち。
それすらも、千冬の圧倒的な実力の前ではやや霞んでしまう。
それでも―
「ほっ」
「チッ!厄介な組み合わせを…!」
―そのほぼ全てを同時使用することで、流石の千冬でも完璧に対処することは難しくなってくる。
『完全同調・超過』で全ての性能を100%引き出せるようにし、その上で『雷動』で動き、『雷鳴』で目を眩まし、『雷轟』で少しずつ追い詰めていく。
「『雷ご――」
「はぁっ!」
光速で動く時守の右手が千冬の胴体を捉えようとした時、今度はその手が近接ブレードによって弾きあげられた。
「……え?」
「甘いっ!」
「ごふっ!」
無様に胴体をさらけ出した時守のそこを右足で思い切り蹴り飛ばす。
元々『雷動』で動いていた分の速度も加わってしまったせいで、凄まじいほどのエネルギーが時守の腹部に襲いかかる。
「っ、げほっ、げほっ…!えっぐぅ…」
「まあ、そんなあからさまに弱点が見えている単一仕様能力を連発するからだ」
「…確かに手のひらからしか出せへんのは弱点っすけど、光速っすよ?」
「そんなもの、肉眼では捉えられんがハイパーセンサーを使えばある程度は予測できる」
千冬はこう言っているが、もちろんそんな芸当ができるのは世界で千冬ぐらいのものだ。
IS学園でトップクラスにハイパーセンサーの使い方が上手いラウラ、簪、そして国家代表である楯無ですら、雷の進行方向を予測することはできない。
「…やっぱ、おかしくないっすか?いろいろ」
「そんなもの、弟子入りした時に分からなかったか?」
「いや分かってましたけど…」
叩きつけられたアリーナの壁から起き上がる。
食らった攻撃はわずか2撃。それでも威力が高い千冬の攻撃は、時守のシールドエネルギーを削るには十分であり、気がつけばあと少しで二桁になろうというところまで減っていた。
「減りすぎやろ流石に…」
「私が零落白夜の火力だけに頼っていたと思うのか?」
「いいえ?ただ、凄いなって」
「小学生か。まぁ、この蹴りなどを使っていく戦法はお前から学んだものだ」
「それでも凄いっすよ」
アリーナの壁際から、中央に佇む千冬を見上げる。
ほんの僅か。それでいて分厚い壁が、未だ時守と千冬の間には確かにあった。
「勝ちたいっすねぇ…」
「簡単には勝たせん。でなければ、お前の師匠など名乗れんからな」
「弟子冥利に尽きますわ。ホンマ」
互いに再び構える。
千冬はしっかりと近接ブレードを。時守は脱力し、ただ千冬を見上げる形で。
「ここじゃちょっと狭すぎて奥の手の一個使えませんけど、最後まで粘らせてもらいますわ」
「あぁ。楽しみにしている」
瞬間。千冬の視界から時守が消える。
と言っても、先ほどと同じく動く場所、そしてその先は千冬には見えている。
(――左、か)
その予想通り『雷動』で飛び込んできた時守が左に動く。
出方を一旦伺うために少しだけ溜めを作り、待った。次の瞬間。
「なっ!?」
またも、時守の姿が消えた。
「取ったぁっ!」
「っ―、下…!」
声のした自分の真下を見てみると、時守が千冬まであと少しというところまで迫ってきていた。
あの千冬が左に振り向いたほんの一瞬に、『雷鳴』を発動させていたため気付けなかったのだ。
「『雷動』ッ!」
それでも、この攻撃を受けるわけにはいかない。
ただでさえ、あと一撃で沈めることができる圏内に入っているのだ。それが、この攻撃を受けてしまえば形勢逆転してしまうかもしれないのだ。
「おおおぉ!」
時守が展開したオールラウンドで千冬に突きを放つ。
下から上に。その攻撃に対して千冬は―
「はあぁっ!」
―近接ブレードで突き返す。
オールラウンドと近接ブレードの衝突。
その接戦を制したのは―
「――ふっ!」
―上からの重力も加わっていた、千冬だった。
「これで…」
時守のオールラウンドの軌道を反らすと同時に、時守の肩に切っ先を突き立てる。
「終わりだっ!」
そして、すれ違いざまに時守の胴を切り払う。
切り上げられた形になった時守の、シールドエネルギーが尽きた。
「……はー。やっぱあきませんでしたか」
「まだ、な。確実に善戦はできるようにはなってきている。…おい、クラリッサ」
「は、はいっ!し、試合終了!勝者、織斑千冬!」
勝ったのは、師匠だった。
◇
「あー…。クッソ悔しい」
「さて、反省会だ。時守」
「へーい」
模擬戦の後。時守と千冬、クラリッサと観客席にいた全ての人間は、オペレーション・ルームに戻ってきていた。
「まず―」
「ぶふっ!?」
開幕早々、千冬が時守の頭を叩いた。
「ちゃんと本気を出せ。常に『完全同調・超過』を使っていれば、接近戦でのまともな戦いができただろう」
「言うたやないですか。ワンオフの調整って。その上でちょっと本気出したんすよ」
「むっ…。そうか。ならいい」
時守は今回、単一仕様能力の調整程度に千冬を倒せれば儲けもんや、程度に挑んでいた。
もちろんぶっ飛ばすつもりではいたが、それで調整がおろそかになってしまっては、国連代表の名が廃る。
「てかちっふー先生も俺のワンオフが競技向きちゃうの知ってるでしょ?」
「まあな」
時守のワンオフたちは、以前に京都での戦いで露呈してしまったように、広範囲への攻撃が多く、またそれらの威力が他のISに比べて段違いに高いという弱点があるのだ。
ここで文字通り時守が全開の出力でワンオフを使ってしまえば、アリーナのシールドを破りシステムダウンが起きたかもしれない。
それほどに、規格外なのだ。
「やから今回は『完全同調・超過』をメインにって考えてたんすけどねぇ…」
「まだまだ精進が足りんな」
「精進、なんすかねぇ…」
果たして、まだ誰にも言っていない秘密を隠し持ち、今回もそれを使わなかった自分に成長する資格などあるのかと、時守は自分に問う。
「時守。たまには、相手と相手のISを信じろ。お前のちょっとやそっとの攻撃で死ぬほど、ISは柔に作られていない」
「……うっす」
千冬には、時守が全力で攻撃できない理由が分かっていた。
もとより、高火力の単一仕様能力を使う機会がそれほどなかった時守。使う相手の代表例になってしまったのが『ゴーレム』なのだ。
そのため、生きている人間に向ける恐怖心が生まれてしまっているのだ。
「武器を人に向けることを恐れるのはいいことだ。少なくとも、慣れるよりかはな」
「努力しますわ。…今度戦う時は、文字通り全力で戦えるようにします」
「あぁ、期待している」
時守と千冬。二人の総評が終わり、あとは二手に分かれてイギリスを目指すだけとなった。
「ふーっ…。全力、か」
千冬の話に集中する他の者を見て、思う。
―果たして、自分がモンド・グロッソに出場した時に、同級生たちに向かって自分は本気を出せるのか。
(まあワンサマとかには大丈夫やろうけど、セシリーたちには…)
自分でも、凄まじいものを操っているという自覚はある。
雷。生身に当たればそれこそ即死してしまう代物だ。
(ま。その辺もこれから一緒に頑張ってこか、金ちゃん)
右手中指の指輪が淡く光る。
主人の呼びかけに、愛機はしっかりと答えた。
二人の模擬戦に対する他のメンバーの感想などは、次話で…
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