12月31日。
ついに年越しを迎えるこの日。
「一夏っ!そっちはいけてるか!」
「任せろ、もうちょっとで次にいける!」
時守と一夏は、最大の敵とも言っていいものに直面していた。
国連から帰ってきて、部屋や寮の大掃除、年末年始に備えての買い物などを粗方やり終えたIS学園生徒達。
しかし、大事なものが抜けていることに、昨日の深夜に時守が気づいたのだ。
それが―
「っしゃ、かずのこ終わり」
「こっちも、黒豆終わったぜ」
―おせちだった。
『確かに年末年始だけどわざわざおせちなんて作らないよねー』という女子生徒、教師の発言に唖然とした一夏と時守。
毎年千冬との二人分のおせちを作っていた一夏と店の手伝いでおせちを作っていた時守にとって、ありえない発言だった。
「いやー。凄いね二人とも。手際がすごい」
「全くだ。使ったことのないキッチンなのにねぇ…」
「そう言うお二人は邪魔ですよ」
「さっ。おせちの準備をするので出ていってください」
二人の作業場所は更識家のキッチン。
さすがにIS学園生全員の分を作るのは無理なのでいつもの人数分+更識、布仏家の分となり、それらを一夏、時守、更識、布仏の妻達で作っていたのだ。
「ごめんなさいね、織斑くん、剣くん。特に剣くんは今日誕生日なのに」
「いえいえ。そのためにお部屋使わせて貰うんですからおせち手伝うぐらいは当然っすよ」
「それにしても、鯛の尾頭付きを持ってくるとは思わなかったわ〜」
「良いでしょアレ。今日の朝市で買うて来たんです。今日の晩にでも」
「あら、良いわね〜」
時守としては生きたフグが良いと思っていたのだが、生憎フグ調理の免許を持っていなかったので、知り合いのツテで参加させてもらった朝市で無事に鯛を入手。
クーラーボックスに氷と共にぶち込んで持ってきたのだ。
「他のみんなは?」
「誕生日パーティーの準備だよ」
「へぇ…。そんなたいそうなことせんでええのに」
時守の誕生日パーティーは関西にいた時は例年菓子をつまみながらひたすらゲームをして終わり、というものだった。
それが今回は、女子の専用機持ちたちが更識家の一室を借り、そこを飾り付けを施すという豪勢なものになっているらしい。
「ま、楽しむためにもはよ作り終わらなあかんな」
「だな」
「そうね」
「おばちゃんたちにも頼っていいのよ?」
布仏、更識家の分と織斑家、そして時守や鈴、箒などの専用機持ちたちの分のおせちを仕上げるべく、四人の動く速度が上がった。
一方、時守の誕生日パーティーのメインとなるであろう一室の和室では―
「うんっ。こんなところかしら」
「あら、いいですわね」
「んー。あいつがどんなことして遊ぶのがいいのか分かんないわね…」
「……剣はいつも、ゲームしながら遊んでるって…」
「あたしテレビゲーム苦手なのよねー」
―女子陣が和気藹々と団欒しながら作業をしていた。
「シャルロットちゃん、苺ある?」
「はいっ」
「そ、そんなに大きいケーキ、食べて大丈夫なんですか?その、代表として」
「今日ぐらいは何も気にしなくていいって言われたらしいよ?それに、剣曰くちょっと動いたら大丈夫って」
「……羨ましいな」
「全くだ」
楯無とシャルロットが作っているのは、大きな大きなホールケーキ。
たっぷりと生クリームを使われたそれをいくら食べても大して太らない、というのは、箒が漏らした通り女性陣にとっては羨ましいこと限りなかった。
「それはそうとさ、あんた達誕プレとか何にした?」
「…そ、それは、剣に渡す時のお楽しみだ」
「私もだ」
鈴が聞いたのは、何もプレゼントが被っているかが気になったわけではない。
ただ単に、あいつに何を渡すのかが気になっただけなのだ。
「うーい。お待たー」
「あっ、お疲れ様、剣くん。おせちは大丈夫?」
「おう。台所にみんなの分置いてるで」
「ありがと、ホント助かるわ」
「うむ。感謝するぞ、剣」
準備が終わったその部屋に、おせちを作り終えた時守と一夏が合流する。
「カナ。明日の朝ごはん期待しときや」
「それって、クーラーボックスに入ってたお魚?」
「せや。今はまだ内緒やけどなー」
お嬢様たちであるセシリアや刀奈、簪、そしてシャルロットも流石に鯛の尾頭付きはそう見たことはないだろう思い、今は内緒にしておく。
明日の朝ごはんのことよりも、今日のことなのだ。
「ささ、立ってないで座ってよ、剣」
「ん」
シャルロットに促されて座る。
手作りのケーキを筆頭に、軽く作っていた惣菜や買っていたお菓子などが机を埋め尽くしており、いかにも誕生日パーティーという雰囲気になっていた。
「あれ、そういや虚さんとかは?」
「もう少ししたら…って、噂をすればなんとやら、ね」
「お待たせしました」
「やっほ〜」
遅れてやってきたのは、この更識家の屋敷に住んでいる布仏姉妹。
専用機持ち達…つまりはいつものメンツでの集まりを邪魔していいのか、と虚が遠慮していた所、人数が多い方がおもろいでしょ。という時守の言葉で参戦が決定したのだ。
「では」
「誕生日パーティーの」
「始まりだぁー!」
一夏の時に時守がぶっぱなしたバズーカ型のクラッカーは誰も持ってきていなかった。
だがそれでも、計10人の手から放たれるクラッカーというのは衝撃的だった。
「…俺も16か……」
「30目前のおっさんみたいな反応すんなよ」
「まだ後4年も成人するまでかかるのだぞ」
「合法酒遠すぎやろ…」
「海外に行くしかありませんわねっ」
千冬が聞けば色んな意味でブチ切れそうな会話をしながら時守の誕生日パーティーがスタートした。
クラッカーを回収し終え、刀奈がケーキを切り分ける。
「じゃあ…今のうちに。…剣。誕生日、おめでとう」
「簪…っ!」
彼女の一人にプレゼントを手渡され、いきなり泣きそうになる時守。
簪が差し出した小さな紙袋の中にはメガネケースが入っていた。
「メガネ?…俺視力ええで?」
「うん。だからこれは、ブルーライトカット加工してあるものを選んだの。金色の調整とか、パソコンで資料見るのにどうかなって思って、作ってみたの」
「ありがとう……えっ、作った?」
「うん」
「すっげぇ…」
身近にすでにとんでもない
驚く時守に畳み掛けるかのように、誕生日プレゼントが手渡される。
「剣、私からはこれだ。何が良いのかと迷ったのだが、これにした!」
「…ん、服?」
「あぁ。着物を仕立ててもらったんだ」
「高かったんちゃうん」
「お得意先が剣のファンでな。誕生日プレゼントだと言ったら割り引いてくれたんだ」
「ほえ〜。ありがとう。ちょくちょく着るようにするわ」
箒が手渡してきたのは紺色をメインに使った着物。
素人目に見ても明らかに高そうなそれに、感嘆の声を上げるしかなかった。
「じゃ、あたしはこれよ」
「お?なんやこれ」
「電動マッサージ器よっ!」
「アウトオオオオオオッ!」
「えっ、な、なんで…?」
「…いや、何でもない。普通に使えばええだけやからな」
鈴が良かれと思って時守のために用意したのは、電動マッサージ器。
筋肉痛で良く身体がバキバキになっているということを思い出し、家電量販店で買ってきたのだ。
「普通じゃない使い方って何よ」
「…一夏に聞け。ありがとう、大事に使わせてもらうわ」
「ねぇ一夏。電動マッサージ器の普通じゃない使い方って?」
「……グ〇グル先生に聞いてくれ」
鈴の純粋な疑問の目から顔を背けながら、今度は一夏が袋を手渡してきた。
「なんやこれ」
「……女子のいない所で開けてくれ」
「…おう。さんきゅ」
中身が何かは分からない。
しかし、女子の目に晒していいものではないものなのだと察したのだ。
「では師匠。次は私だ」
「ん。…え?」
「シャルロットがお揃いのパジャマがいいと私に言っていたのを思い出してな。流石に師匠がうさぎというのはあれだからライオンにしておいたぞ」
「ちょっとラウラッ!?」
「ナイスラウラ。ありがとう」
さりげなくシャルロットが時守とお揃いのパジャマを着たいということを暴露しつつ、うさぎとライオンというとんでもない組み合わせを実現させたラウラに、時守は思わず食い気味に反応してしまった。
「あら、いいわねそれ。ねぇ簪ちゃん、セシリアちゃん。私たちもあんなパジャマ買わない?」
「それでしたら、わんちゃんが良いですわね」
「も、もうっ!楯無さん、セシリアまで!」
その結果、ライオンに食べられるネコ2匹とうさぎと犬が1匹ずつという光景がいずれ完成することとなった。
「…こほん。じゃあ、僕からはこれ」
「どれどれ…。べ、ベルト?」
「うんっ。普段使ってるのもそろそろ傷ついてきてるし、IS学園の制服の時にしか使わないってなると余計に痛みやすいでしょ?」
「おー。よう見てんな、シャル。ありがとう、早速明日から使わせてもらうわ」
「えへへ…」
シャルロットが選んだのは、ベルトだった。
普段時守が身につけるのはもちろんIS学園の制服。それとセットになるかのように、ベルトも同じものをするのがほとんどだった。
それゆえに入学当時に比べればボロボロになっており、そろそろ買い換えようかと考えていた時の彼女からのプレゼント。
使わない理由が無かった。
「では、わたくしからはこれを」
「コート…。…これって」
「えぇ。結局、イギリスでは渡せなかったので、どうせならば誕生日プレゼントにいい物を、と思いましたの!」
「ほへー、ありがとう。…うん、大切に着るわ」
セシリアからのプレゼントは黒いコートだった。
箒の着物と同じく素人目に見ても高そうな、というよりも明らかに高いコート。
気合いで多少の寒さを凌いできた時守にとっては、嬉しい代物となった。
「ふふっ。じゃあ私からはこれね」
「…ん?これ、腕時計?」
「そうよ。流石に簪ちゃんみたいに手作りって訳にはいかなかったけど、それなりに良い物を選んだの。…ちなみに、色は違うけどお揃いよ?」
「カナ…!」
そろそろ少しはオシャレな腕時計が欲しいと思っていた時にまさかの彼女から、デザインがお揃いの物をプレゼントされ、思わず涙する時守であった。
「じゃあじゃあ〜、私からはこれを〜」
「…お菓子?」
「いぇ〜す!みんなで食べよぉ〜!」
「それが目的かい!…ま、せやな。みんなで食べよか。ありがとうなのほほん」
どこで買ってきたのだろうか、大きな袋にパンパンに詰められたお菓子のセットを渡す本音。
それを渡してきた本音の頭を撫でる。
「えへへ〜」
「ゆるキャラみたいやな」
「あまり甘やかさないでください、剣くん」
本音のふわふわとした雰囲気を楽しんでいると、この場にいる最後の一人である虚が話しかけてきた。
「あっ、虚さん」
「甘やかせば、もっと色々と強請ってくるので」
「むぅ〜。そんなことしないよぉ〜」
「大丈夫っす。飴と鞭っすよ」
「後で何されるの!?」
さりげなく本音を甘やかさないことを明言した時守。
そんな彼に、虚が小さな袋を手渡す。
「お誕生日おめでとうございます。私からは、これを」
「おっ、ありがとうございます。…ん?名刺と…名刺入れ?」
「はい。IS学園の技術班に入れてもらえることが決まったので私の名刺と、剣くんの名刺入れです。あった方が便利かと」
「ちゃっかりしてるなー…」
袋に入っていたのは、金属製の名刺入れ。
そしてその中には1枚だけ、虚の名前が入った名刺が入っていた。
「ふふふ。…将来仕える主としても、また技術班としてもパイプは持っておきたいですから…」
「物騒な言い方やめてくださいよ」
誕生日プレゼントで国連代表とのコネを露骨に得ようとする虚に、時守もただただ笑うしか無かった。
「…さて、と。それじゃあ、食べちゃいましょっか」
「せやな」
ゆったりと、時守の誕生日パーティーは始まったのだ。
◇
「…ゲッ。もうこんな時間かよ」
「えっ、もう!?早いわね〜」
数時間後。辺りはすっかり暗くなり、時刻は一夏や鈴が帰る時間になっていた。
「流石にそろそろ帰った方がいいだろう」
「そうだな。千冬姉が呑んだくれてないか心配だし」
「はぁ〜…炬燵から出たくない〜」
「うむ、分かるぞ鈴。日本には、こんなに素晴らしいものがあったのか…」
テキパキと帰る支度をする一夏と箒に対し、炬燵でぐだぐだでしている鈴とラウラ。
「炬燵ん中で屁こくぞ」
「もう、やめてよ剣くん」
「僕達も被害受けるんだよ?」
「…ですが、確かに鈴さんやラウラさんの言う通り、出たくないのは分かりますわ…」
「…んぅ…」
一人ぐでっと寝転ぶセシリアと、その隣で座るシャルロット。
そして、時守の右隣に座る楯無とその時守の膝を借りて眠る簪。
彼らは、ここ更識家に泊まるのだ。
「簪ーかわええのー」
「んー…」
「簪ちゃん、剣くんの身体を枕にするの好きよね」
「…うるさい、おねーちゃん」
「ふふふ、可愛い妹ね」
「可愛い彼女やわ」
「う〜…」
耳を赤くしながらの簪の反撃は、楯無と時守にあっさりと捌かれたのだった。
「じゃあ、楯無さん、簪、シャルロット、セシリア、剣。お邪魔しました」
「皆、良いお年を」
「はいはーい、来年もよろしくねー」
「…年賀状、出したから」
「良いお年を、一夏、箒」
「良いお年をですわ。…鈴さん、ラウラさんは?」
「寝とるんちゃうんこいつら」
すぐさま準備を終えた一夏と箒が、部屋を出ようとする。
しかし、鈴とラウラは未だ炬燵に入ったままだった。
「お前らにおせちやらんぞー」
「…はぁ。起きるわよ、ラウラ」
「むぅ。仕方なし、か」
ずりずりと這い出るように炬燵からでた鈴とラウラ。
その気になればすぐに帰り支度を終えられる二人は、出たら早かった。
「さぶっ。早く帰りましょ」
「そうだな。こんな日は、早く帰るのがいい」
「じゃあねみんな。良いお年を」
鈴とラウラが揃い、4人は別れを告げて帰っていった。
「さてと」
「も、もうっ!剣くん!」
「えっ、何?」
「…あの、その…。姫納めでも、するのかと…」
「それは後で。刀奈のえっちー」
「なっ…!」
4人だけになり、早速刀奈が自爆した。
「虚さんとのほほんは?」
「二人は、離れの個室で過ごすって。…なんか、気を使わせちゃったみたいね」
「んー。虚さんやったら、『これくらい、更識家のメイドとして当然ですっ』とか言いそうやけどな」
「確かに言いそうだけど、絶望的に似てないわ」
「似てへんよな」
またも炸裂する時守の似てないモノマネを華麗にスルーする刀奈。
テレビでは既に、年末恒例のバラエティ番組が始まっていた。
「えーいっ」
「おわっ。どした?」
「えへへ〜」
簪の頭を撫でながらテレビを見ていた時守の上半身を押し倒して、その上にのしかかった刀奈。
「年末だもん。いいじゃない、剣くん」
「せやな。うん、せやわ」
年末であり誕生日という謎の理屈で刀奈に言いくるめられ、そのまま仰向けの状態で彼女を抱きしめる。
「楯無さん、ズルいですっ!」
「そうですわっ!」
「わぷっ…」
右腕に刀奈、そして顔の近くにシャルロットとセシリア、足に簪を乗せ、寝転がる。
「うっへっへ…。ええ匂いやのぉ…」
「でしょ?この前、セシリアにいい香水教えてもらったんだ」
「わたくしは、シャルロットさんにボディソープを教えてもらいましたの」
「ほへ〜。…ん?」
「……ねぇ、剣?」
近くに来たシャルロットとセシリアの二人と話しているとふと、股間に柔らかい感触があった。
「さっき後でって言ったけど……剣のココ、もう準備万端だよ?」
「おい簪」
モノが、揉まれていたのだ。
「あら、我慢は良くないわよ剣くん」
「今日は剣の誕生日なんだから、我慢しなくていいんだよ?」
「剣さんがしたいことを、何でも言ってくださいまし」
「え?何でもしてええの?」
「もちろんっ」
彼女たち四人の声が重なる。
時守と彼女たちの、姫納めが始まった。
次回はお正月です!
簪を膝枕したかった…!
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