リビア砂漠、某所
太陽の日が燦々と照りつけ、その光と熱を地面が反射するこの地を訪れていた時守は、右手で端末を操作しながらある場所を目指していた。
「えーっと、この辺か?」
端末の画面はレーダーのようになっており、自分の現在地と目的地が赤い印で示されている。その2つの印が重なった地点、そこで時守は立ち止まった。
「おわっ!?な、なんや?」
時守が止まって数秒、前方1mほどの地面が機械的にスライドし、穴が開いた。
中は真っ暗で何も見えず、相当な深さがあることが分かる。
「これか?ってかこれ以外ありえへんよな」
時守は迷わず、その穴に飛び込んだ。
◇
「たーちゃん凄いよな。着地地点に減速装置普通に作ってるなんて」
「はっはっはー!大天才束さんには出来ないことなど無いのだー!あっ、減速装置はね、ISを持ってる人にだけ反応するんだよ!もちろん束さんが登録してるコアだけだけどね?白式とか紅椿とか」
「…ちっふー先生は?IS持ってないっすよね?」
「15mぐらいなら生身で飛び降りてもなんの問題もない」
「ま、束さんもちーちゃんも50mぐらいまでなら余裕だよ?」
「マジで人間かアンタら!?」
束の施設型ラボの中はまさしく近未来そのもの…ということはなく、ごく普通のSFに出てくるようなラボだ。
中を見渡せば最新鋭の篠ノ之束製のIS関連機器が所狭しと置かれている。
「失礼だなー、剣ちゃん。ちゃんと束さんもちーちゃんも人間で日本人だよ……ね?」
「なぜそこで疑問形になって私の方を見るのだ束。心配しなくてもお前は日本産のとち狂った天災兎で私はただの元世界最強……だよな?」
「疑問形で回されたやつをさらに回さんといてください」
「…ま、まあ今はそんなこと置いといて。ささっ、ちーちゃんも剣ちゃんも束さん唯一の固定型ラボへようこそー!」
金属なのかガラスなのか、はたまた束が創り出した未知の物質なのかよく分からない床を3人で歩いていると、千冬が学園では滅多に使わないような柔らかい口調で束に話しかけた。
「束、お前はいつもここに寝泊りしているのか?」
「ふぇ?…あ、あぁ…うん。そうだけど?」
「ならちょうどいい。私と時守もここに泊めろ。ホテルに泊まる金が無駄なのでな」
「えぇ!?ちょちょちょちょちょ!!ダメ!死んじゃうよ!?」
「何があるのかは知らんが、お前が死んでいないなら私も死なん」
「いや俺は!?…ってかたーちゃんがそんなに焦るなんて珍しいな。なんかヤバいモンでもあんの?」
「ギクッ。ナ、ナゼソレヲ…」
「…束、言ってみろ」
最初は優しく、ただ親友と話す、ごく普通の女性のような雰囲気の千冬だったが、『ヤバいモン』があるのかどうかを聞かれた束が答えを返せずにいると、その雰囲気は一変。雰囲気だけで小動物なら気絶させられる元世界最強へと戻った。
対する束は普通に焦っていた。現在、『吾輩は猫である』に娘(仮)を留守番させているため、こちらは束一人なのだ。そのこと自体に問題がある。
「えっ、いや…その…ちょっとだけ、ちょーっとだけ長い間掃除してなかったなーって」
「ほう…。お前がそんなことに気を使うとは…変わったな束。で?どれぐらい掃除していないんだ?」
「…3年?」
「…よくそんな所に寝泊りできるな、お前は」
「ち、ちーちゃんだって同じようなもんじゃん!」
「し、失礼な!一夏と時守の指導のお陰で人並みには掃除ぐらいは出来ているはずだ!!…多分」
「多分って何さ!束さんも思い立ったらちゃんとたまにだけど机の上だけ掃除してるんだよ!?」
「掃除言うてもどうせ2人とも夜な夜な誰にも見つからへんとこでISの荷電粒子砲で燃えるゴミも燃やせないゴミもまとめて消し飛ばしてるだけやろ?」
「「…」」
「…マジかよ…」
時守が適当に言ったゴミ処理方法を見事に2人共が取っていた。
実際、束は太平洋の日付変更線上で1年に一回、特大荷電粒子砲『フハハハ、見ろ!人がゴミのようだ!!』でゴミを消し飛ばしてる。そして千冬も、部屋から異臭が漂いかける前に学園のラファールをこっそり持ち出し、束同様、荷電粒子砲でゴミをまとめて消し飛ばしてる。
「…たーちゃん、ちっふー先生、とりあえずここにいる間、掃除と料理、洗濯の練習な」
「えぇ!?なんで束さんが!?」
「なぜ私もなんだ!学園でそれなりにはできるようになってきただろう!?」
「じゃあたーちゃん今部屋に俺ら入れれる?後ちっふー先生、それなりにって言ってますけどあれまだ男子中学生レベルですからね?」
「「うぐっ…」」
時守の言葉に見事に撃沈する2人。家事関係では日本のどこにでもいるような男子高校生にも負けている2人は、家事がほぼ完璧にできる時守と一夏にはそっち方面で反論できないのだ。
「さーさー、たーちゃん。はよ部屋案内してやー」
「…はい」
従うしか無かった。今この関西人に何を言っても無駄なのだろう。そして何より自分が天才で、さらに先ほど出来ないことなど無いと言ってしまったばかり。しかもすぐ隣には親友である世界最強の千冬がいる。…束、詰みである。
「…ここだよ…」
「……なにかカサカサ聞こえるんだが?」
「完全防音ちゃうん?」
「そうなんだけど…。また出たんだね…やつ。…生物の大先輩はね、いくら束さんが本気出しても絶滅してくれないんだ」
「……黒い…あいつなのか?」
「う、ぅん…」
「いやはよ開けーや…ってまさか。あー、そゆこと」
束の部屋の扉の前で立ち止まった3人。すぐに入るかと思いきや、大人2人組が部屋の中から聞こえる音に完全に動きを停止させてしまった。そしてその会話から、ある1つの事実が判明した。
「2人共ゴキ・ブリ子ちゃん怖いんか」
「怖いというより気持ち悪い、だ!!というよりなぜお前はそんな名前でやつのことを呼ぶんだ!?」
「そうだよ剣ちゃん!もし出てきたらどうするの!?」
「殺したらええやん」
「潰れるだろうが!ぐちゃって!黄色と…なんか、こう…よく分からない色が混ざって…」
「いっつも潰す時にやりすぎて中身と羽がミックスされて……うぷっ…」
「束!?吐くなよ!絶対吐くなよ!?…って吐くなぁぁぁぁ!!!」
オエエエェ…と床に盛大に吐く束と、吐いた人の介抱の経験があまりなく、焦る千冬を尻目に、時守は1人動いた。
「なーるへそ、2人共力強すぎんねんなぁ…んじゃ俺が処理してくるか」
その後涙目になりながら黒光りするやつに怯える束と、縮こまっている束の背中をしゃがんでさする千冬から離れるように、時守は部屋へと入っていった。
〜20分後〜
「うーい、終わったでー」
「嘘だ!あいつらがそんなすぐに全滅するわけないもん!」
「嘘はダメだぞ、時守。やつらは四肢や触覚をもぎ取られても身体が半分になっても動き続けるようなやつらだからな」
「いやまず物理で殺そうとすんのが間違えてんねん」
「な、なん…」
「だと…?じゃあどうやって…っ!」
「たーちゃんの部屋のもん全部一旦テキトーに片付けてからな?床にそこら辺にあった液体窒素ぶちまけた」
「そ、そんなんで…?」
「ブリ子ちゃん達ってさ、産んだ卵が死んでたらもうそこには産まへんらしいで?ゴッキーの卵って凍らせたら一発らしいし」
「も、もしまた出てきたらどうするんだ?」
「そん時はそん時で。…ってかそんな嫌っすか?」
「「嫌だっ!」」
年甲斐もなく、そして乙女のように声を上げる大人女子(人外)。
そこに絶望の手を差し伸べる者が1人。
「あ、ゴキブリ」
「「きゃあああああああ!!!!」」
年甲斐もなく、そしていつもの雰囲気を全く感じさせない1オクターブ程高い、まるで女子のような悲鳴を上げ、飛び退く2人。
対面するように立っている時守から指さされた自分たちの後ろから、立ち幅跳びのように跳躍した2人は、そこにあったちょうど掴まりやすいものに抱きついた。
「…2人とも。嘘やから、な?離れて?俺彼女持ち(4股)」
「やだぁ!」
「いやだ!」
「…まさかここまで幼児退行するとは…あ、おもろいから写メ取っとこ」
ガクガクブルブルと震えながら、コアラのように時守の身体に抱きつく2人だったが、ピロリン、という電子音で我に返った。
「はっ!け、消せ時守!!消すぞ!!」
「何その新しい脅迫の仕方!?」
「ほ、箒ちゃんには見せちゃダメだよ!?」
「あっ、たーちゃんは保存しててもええ派なんや」
「うん、別に剣ちゃんならいいや。あっ!そだそだ。全自動掃除マシン作ろーっと」
目にも止まらぬ速さで時守から飛び退くと、千冬は顔を赤くし、束は先ほど思いついた機械の制作に取り掛かった。
「時守、貴様がその写真を誰にも見せないと神に誓うのなら朗報を教えてやってもいいぞ?」
「じゃあ誓いますわ。神さまー俺誓ったでー」
「…まあいい。で、その朗報だが、二学期から全生徒との模擬戦が解禁される」
「マジで!?」
「あぁ。基本、クラス代表の一夏や凰、更識妹の機会が増えるが、実演等の場合はお前にも積極的に参加してもらうからな」
「へーい!やったー!負けんですむー!」
「そこまで負けてたか?」
「…ちっふー先生、主にあなたにです」
「…そう、だったな。…すまん」
「いや、俺が雑魚いから…」
「……」
千冬の何気ない一言が時守のメンタルをゴリゴリと抉り、その事実に気づいた千冬も、どう慰めれば良いのか分からず、俯いてしまう。
「あれ?何この葬式みたいな雰囲気。誰か死んだの?」
「いや別に?」
「そうだな、基本話を聞かんお前には関係の無いことだ」
「酷いっ!?」
が、ボケでも天災なのか、絶妙なタイミングで割り込んできた束により、その悪い雰囲気は払拭され、
「…とまあ、おふざけはここまでにして、だ」
ピリピリとした、まるで刺すような雰囲気へと変わる。
「…時守、束。準備はいいか?」
「おっけーだよ、ちーちゃん。剣ちゃんは?」
「はっ、俺も金夜叉もずっと絶好調や」
「分かった。では外へ出よう。…始めるぞ」
たった3人だけの、そして世界でもほんの一握りの人物しか知らない、『完全同調』の極秘実験・第二段階がスタートする―