ごつごつとした岩肌が剥き出しの、秘密基地感満載の洞窟内。ある事情から追われる立場の彼女らは、秘密基地程度の一言で片付けられるような、そんなお粗末な場所を仮の家としていた。
そこの一角に貼り出されている当番表、一人の気怠げな女が焦点の合っているか定かでない瞳で見つめ、なんとはなしに目の前の現実をそのまま口にする
「今日はわしが当番…」
「えぇ、久し振りに余裕がありますから、今夜の食卓には、なんと、おかずが一品増えるんです!」
緑一色のジャージを着た女が当番表の前で佇む女に話し掛ける。それに女は抑揚を感じさせない間延びした声で応える。
「ほぉ、それは楽しみやね」
どこか他人事の様な反応を示すも、緑ジャージの女は気にせず、寧ろ語調を強くして捲し立てる。
「そうなんです!それに今日は一風違う、ミルク煮にしようかと思うんです!楽しみにしててくださいね!」
緑ジャージの女が輝くような笑みをするには理由がある。文字通り貧困を極めた極貧生活に喘ぐ彼女らにとっては、おかずが一品でも増えることはとても喜ばしいことである。しかし彼女の現在の喜び様からしてそれは違う。何と言ってもーーー
「せやな、もやしは至高やからな」
「あぁ、天にも昇る気持ちとは正にこの事。この気持ちを誰かと分かり合える日が来るなんて…今日は何て良い日なんでしょう!」
早く誰かとこの幸せを分かち合わなければ
そう言い残して緑ジャージの女は意気揚々とその場から去って行った。
そう、緑ジャージの女はもやしが大好きなのだ。それこそ彼女にとってはもやしは究極と言っても差し支えはない。つまり、もやしを食べられることに歓喜している。
「どうしたらそんなに好きになれるんやろか………わしにはようわからん」
結局何時ものように答えは出ないまま。気怠げな女は俯いていた顔を上げ、今日の
木洩れ日に目を細めて、生い茂る葉の天井の、微かな隙間から太陽の位置を確認する。
「今日は少しゆっくりしても大丈夫そうやなぁ」
土壌と緑の柔らかな匂いに、半開きにされた瞼が段々と重くなる。どうやら昼寝日和の今日。この機を逃す彼女ではなく、日が辺りを照らす草原に出るや否や、腰を降ろし、幹に背中を預けて目を瞑る。
「詠さんには言えへんけど、偶にはもやし以外も…」
言い終わるよりも早く、彼女は寝息を立て始めた。
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「うーん…」
背中に走る痛みにうめく。
「ねぇ、キミ」
唐突にかけられた声に女の意識は一気に覚醒し、反射的に回避行動に移る。
しなやかな体と俊敏さを生かし、後転しつつ、距離を取る。そのまま蛇が頭をもたげるように構え、目の前で固まる少女を睨み付ける。
「どこのモンや…」
「……ぁ、あぁ、ボクはヘスティア、女神さ!」
呆気にとられた少女はしかし、正気を取り戻し、声高に名乗りを上げる。
「女神?ふざけとるんか」
即答された。
考える余地のないからこその嘘偽りのない言葉は少女の心を抉る。
内心ショックを受けた事を隠し、ムッと顔を顰めた少女は聞き返す。
「キミこそこんな裏道で、大の字になって、挙げ句寝るだなんて、呑気が過ぎるんじゃないのかい?」
少女から意識は離さず、周りに目を向けた女はここで始めて気が付いた。
緑溢れる自然は何処にも存在せず、辺りは寂しく廃墟だけが佇んでいるという事実に。
「わし…もしかして、迷子?」
「まったく、こんな裏道で寝てたらボクたちか弱い女の子は危険な目に会うかもしれないんだ。そこんとこ、キミは分かって……どうしたんだい?」
周りを理解できないモノを見る目で見渡し始めた女に少女は説教を中断し、怪訝な目をして問い詰めた。
「なぁ、女神サマ」
「うん?どうしたんだい?」
急に女神呼ばわりされたことに驚きつつも、やっとわかってくれたかと言わんばかりに少女は笑顔になる。
一方で、少女を警戒している時すら表情筋を動かさなかった女は僅かに震える声で問いを投げかける。
「ここ…ドコ?」
「どこ……って、ここかい?」
漠然とした質問に首を傾げる。ココが何処なのか知らずに来たのか、言外にそう告げるも判断力を失った今の女にわかる筈もない。
「どこにここもそこもあるか、ここは何処や」
「キミね…少しは落ち着きなよ」
少し早口気味になる女。わかりづらくはあるものの、少女は目の前の彼女が子羊であることを瞬時に理解し、女神パワーを働かせ、この短い間に女の心情を汲み取った。
「……」
初見で己の心情が看破された。鉄面皮が当たり前の女にとってはソレはとても大きな事であり、決して無視できるモノではない。なればこそ、目の前の少女を見定めようと、彼女の言葉に耳を傾けんと意識を向ける。
「急に落ち着け…ってのも無理な話しみたいだね。少しで良いから肩の力を抜いてごらんよ」
強張っていた体を自覚し、自分が相当に混乱しているのか、少女の観察眼が優れているのか、それすらもわからない。
「まぁ、ゆっくりとでも良いから、自分の気持ちに整理をつけたらいいさ。しかしここでたむろするのも良くない。ウチで話さないかい?すぐ近くだし、悪いようにはしないよ」
さりげなく誘導されている。女は少女が取る行動全てに裏がある様に思え、疑いは一向に晴れない。
けれど周りが廃墟のココで他に人がいる気配もない。
今の切迫した女の心境ではまともな判断は下せそうにない。自らをそう評した女は盛大に溜め息を吐き、言う。
「わかった」
「うん、よろしい!」
返事を聞くと少女は女に背を向け歩き始める。無防備で小さな背中は良く知る仲間のようだった。重なって見えた仲間の姿に安堵し、女は少女の後をついていく。
「さぁて、ここだよ」
隣にあるボロボロの教会の内部を進むと少女は急に立ち止まる。
「ホンとに近いんやな」
「近いって言ったろう?」
ポツリと漏らされる言葉にしたり顔で答える少女。その際にも少女は手を動かし、そして床に地下へと下る階段が現れる。
少女は地下へと降りて行くが、足音が自分の分しかないことに気付き、女の方へ振り向くと、女から声がかけられた。
「まさか地下が拠点なんか?」
「そうだけど?」
そう返答すると
「わしって貧乏臭いのに縁があるんかいな…」
そう一人ごちて少女の後ろにつく、耳聡くはっきり聞こえた少女の首筋に冷や汗が流れた。
気まずい沈黙が流れていると感じる少女ヘスティアと、ソレを気にも止めない女は扉を開けて中へ入る。
「ほぉ~、本格的やなぁ」
「そうかい?そんなでもないと思うけど」
「なんか…ダンジョンって感じやな」
ここが何処だかわからないみたいだけど、ダンジョンは知ってる。冒険者志望かな…もしそうだとしたら…あわよくば…
そんな邪な発想に黒く笑みをたたえる姿も何処となく仲間に似ている。
(未来みたいにコロコロ表情が変わるやっちゃな)
じっと見つめられていることに気付いた少女は少し慌てるも、一つ咳払いをして精一杯に告げる。
「ようこそ!フェスティア・ファミリアへ!」
「邪魔するでー」
渾身の歓迎の言葉もむなしくヘスティアの横を通り抜けて部屋を練り歩く女。
少女は肩透かしを食らって肩を落とした。
「おー、
「そ、そうかい?」
思いもよらぬ言葉に、少女は瞬く間に復帰する。
そのまま女に室内をしようとすると、女は奥の部屋へと続く扉を開けて硬直する。
何時までも動かない少女が気になって女の脇を潜り抜けて表情を伺うと
「日影ちゃんダーイブ!」
跳んだ
目にも止まらぬ速さで突っ込んだ女の先にはベッドが。それはそれはとても柔らかそうなベッドが。
女はベッドにぼふんと音をたてて、全身で離さんとばかりにしがみつく。
表情は結局見れずしまいだったものの、突然の奇行に思考が追い付かず、マヌケの様に少女は口を開けることしかできない。
「わし…」
しかし、ソレは女の言葉によって中断される。
「ん?」
「ここに住むわ」
くぐもった声だが、はっきりと聞こえる。
「えぇ?」
唐突な宣言にさっきの光景を引き摺って困惑したような返事しか出ないが、裏にある思いは喜び一色である。
「あかんか…?」
潤んだ瞳で此方を訴える女。表情筋は動かずとも、瞳が雄弁に語っているのが女神ヘスティアにはわかる。
これは迷える子羊の目だと。
こんな目をした子羊を見捨てて良いものか、いや、ない
「良いよ」
了承は得たと言わんばかりに、再びベッドに無言で全身を埋める女。
「ただし」
だがしかし、タダで折れては女神として立つ瀬がない
「ファミリアに入ってくれないかな」
勇気を振り絞った言葉は
「…………」
「ボクは家主、キミは入居者、居候は…わかるね?」
「やるで」
「よろしい」
受け入れられた。
(続か)ないです
因みに日影はファミリアがなんだか良く分かってません