カーテンを退かし、貸し渡されたタオルで水気を帯びた頭を拭く。
髪を短くして良かったとこんな時、実感する。
ときとんぼなしに春香さんから女をほかすなと言われとるから肩程度にまでは伸ばしとるけども、短さを維持するのに逆に苦労してあほくさく思ってきよる。でも続けとるんは否定しない。まぁ、春香さんの事やし、これも折り込みずみなんやろうな。
町並みからして古臭くて心配やったけどそれはそれ、これはこれ。ちゃんとシャワーがあった。しかも温かい、水浴びでも十分やけどこれは病み付きになる。
ふと肌がピリつく。敵意が混じった視線。開け放たれたカーテンの向こう、考えられるんは1人、リューさんか。
「なんや、気になるモンでもあるんか」
「…貴女、何歳ですか」
「18やけど、何か?」
「いえ得には」
「さよか」
「…くっ」
ギリィと歯を食い縛る音がする。人の体見てなんちゅう反応しとるんや。
「そう言うリューさんは幾つなんや」
「……」
突如全身を駆け抜け、脱力を強制する冷気。ソレは心臓を縮み、震え上がらせる殺気。
もー、難儀やな、どうにかせんとしばき倒されてしまう。よう言わんわ、どないしよ。
「あほ。リューさんにはリューさんの良さがある。」
「では、例えば」
…誤魔化したら誤魔化したらであれこれ言われそうやな
「せやかて、リューさん。わしにはあんたがべっぴんさんて事しかわからんのや。そこいらはぼちぼち見つけて行けば良いとちゃうんか」
「…そうですね」
タオルをバスケットに投げ入れ、これまた貸してもらった服を着る。
目線を下げると布で覆われた丘が二ツ。わしも女神サマの事言えへんな。
大分窮屈やし
女神サマの、ジャガ丸くん二ツ岩を思い出していると、ドタドタとあちこちを駆け回る足音が耳につく。おそらく起きたであろう猫娘に感付かれるよりも前に、ドアノブにリューさんが手を掛けた所に待ったをかける。
「何でしょうか?」
「もう起きてきよった」
地を這うようにして耳を地面に付ける。足音が…二ツ?念のためリューさんには扉から離れてもらう。
近付いてくる足音に意識を傾けていると、扉が再びバァン!と勢い良く開く
「に″ャーア″ッ!?」
不意に正面の、猫娘の悲壮感溢れる双眸と目があう。すると猫娘の瞳が横へブラウンの尾を引き、奇妙な声をあげて消えた。
「アーニャ、もうおねむの時間だよ」
「待つニャ!待って!」
直後、がぃん、と鈍器の類いで人を殴った音が辺りにわんわんと反響する。そっと扉の影から覗き見ると、気付いたら目の前には
「話は聞いてる。アンタが新しい娘だね、ミア・グランドだよ。宜しく」
「ハイ、お世話にならはります。日影です」
「そんな畏まらなくても良いんだよ、母さんと呼んでおくれ」
「そっちは間に合わはります。ご心配なく」
快活に笑いながら肩に手を置かれる。女神サマとは別ベクトルの…あぁ、オカンか
「まぁ、続きは明日。夜も遅いからもう寝るんだよ!」
少し名残惜しそうな顔をして、ミアのオカンは猫娘の部屋へと去っていった。勿論、件の猫娘を担いで。
彼女の手元を探ると武器は無かった。代わりに戦槌の様にごっつ逞しい腕が。
腕っぷしと言い、性格と言い、迫力と言いーーー
「あれが世に聞くオカンか」
「母さんです。あれが地なの、気にしないで」
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奇怪な小鳥が奇怪に囀ずる。聞き慣れないソレはわしにようわからん場所で、今日も一日を過ごす事を否応なしに自覚させる。
凝り固まった体をそのままに、静かに扉を開けて左に進む。突き当たりにあるスロープ付きの階段を下りる途中、一階と思しき酒場の方へ首を動かす。
人影は一つもない、静寂に満ちた空間は凡そ酒場らしくない。されど活気が確かにそこには在って、薄く朝日が射し込む光景は幻想的だった。
年を経て崩壊が進んだわけではない、だが使い込まれた事が窺える酒場の調度品の一つ一つ、そして木の温もりと辺りに漂う木造建築特有の匂いが自然に還りつつある廃墟を思わせる。
「ファンタジー…か?」
バキバキと全身の関節を鳴らし、それらを無感動にぶち壊す。食いの足しにもならんからな。
ギシギシと階段を下り、迷わず厨房に入る。既視感があると思っとったらリューさんが突っ込んだ酒場やった。キョロキョロと見回すと、そこには黙々と料理の下準備をするオカンが。
「もうかりまっか」
「まぁ、ぼちぼち…ん?」
挨拶すると返ってくる。通じるって素晴らしいわ。
「早いね」
「飢えに堪えかねて起きてしもた」
「ハハ、新しい娘は食いしん坊、か。なら一足早く朝食でも作るかね…そうだ、調度良い。手伝いな」
「なんでっしゃろ」
「得意な料理はあるかい?」
手招きされたので歩み寄ると、フライパンを手渡される。
「得意って程でもない…けど、せやな、鍋物とたこ焼きやな、後は…綿あめぐらいやろか」
そう言えば何時も鍋物、時々もやしか春香さんの実験場やったな。
「何れも聞いたことはないね…まぁ、百聞は一見にしかず。やってみな、サニーサイドアップだよ。上手く出来たら増量だ」
「よっしゃ」
袖を捲って、エプロンを身に付ける。
フライパンをコンロ染みたナニかの上に置いて…へてから…へてから…アレ?どないしよ
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ご褒美を前にわしの目は眩んでいた。
フライパンはさしたる問題ではない、けども火加減、油、卵、使う物の勝手が全て違った。ミスを犯して焦がしてしまったものの、温情で結局は増し増しにしてもらった。ミアさんええ人、さすがオカンやわ。
「うま、うま」
「…」
静かに咀嚼し、味が無くなるまでソレを続け、消化の速度を速め、栄養の吸収を促す。遅いようでその実、地味に早い。何といっても味わえる。
手元に目を戻すとそこにはベーコンエッグとトースト、そしてスープ。
更に
まぁ、それは兎も角として、美味い、めちゃ美味い。筋ばった安物の肉が高嶺の花にさえ思えたあの頃では考えられへんわ。
わし、ここにいない皆の分も沢山食べてやらんとな。
順調に食べ進めていると視線を感じる。パスタをフォークでぐるぐる巻きつつ、横を見やればミアさんがテーブルに頬杖を付いて、好奇の視線を此方に向けていた。
「わしに興味でもあるんかいな」
「そうさね、平らげた料理の行方が特に。全く、飽きさせない食べっぷりだよ」
半分呆れ、半分感心。そんな感じやろか。久方振りに頭に血が行き渡り始めて思考が良く回る。
暫くして、カチャカチャとだけ響く伴奏に、ギィギィと木を踏み締める不規則な演奏が上から加わる。ソレは間隔が短く、あっちこっちとさ迷っている。
多分リューさんがわしを探しとるんやな、行かねば。えらい事になるんはご免やし
「かなんなぁ」
「どうしたのさ、急に立ったりして」
「こいさんを迎えに行かねばあかんのや、すぐなおしに戻る」
「
よいしょ、よいしょと階段を上る。二回の床がスロープを支える細い柱が隙間から見えてきた頃、階段の幅に気を付け、俯いて上っていたわしは、そこで自分に覆い被さる影に気付く。
上を向けば予想通りリューさんがおった。
「お早う」
「……!」
試しに笑顔を象ってみる。上出来なんじゃないやろか。
瞬間、全身のさぶいぼが出た。
咄嗟に腰を捻って上半身をスロープ側に寄せると
貫手が元いた場所で空を切っていた。
ソレに呆然としていると、目の前を、外した貫手に連られて落ちていくリューさんがーーー
「あほ!」
片手でリューさんの腕を掴み
もう片方の腕を腹に回し
両足で踏んじばって引き寄せる
「ーーはァ…」
心臓が止まるかと思ったわ。
何時になってもこれは慣れへんな。
「…ッ、触れるな!」
意識が吹き飛ぶような衝撃に視界が明滅する。
顔に肘を入れられたと気付いたのは階段の角に背中を打ち付けてからやった。
挙げ句に跨がられ、両足の腿で両腕を押さえつけられる。
なんや、わしが何をしたんや
「ぃっつ…」
「吐け!一体何をし、た…」
またも唐突に、リューさんの鬼の貌はなりを潜め、茹でダコの様に真っ赤に染まっていく。
「なんや、朝食を食べてただけやんか…」
「……も」
「申し訳無い!直ぐに手当てします!」
首と膝裏に手を回されて持ち上げられる。
モゴモゴと口内の怪我の確認をすると
「あっ」
「大丈夫ですか!」
「親知らずが取れただけや、心配せんでええ」
そこまで言い切ると、今度は横のドアの隙間から声が掛かる。
「ニュフフ、初日からお姫様抱っこなんてリューも大胆だニャ」
「初っ端から激しいわね…」
冷やかしが多分に含まれた挨拶に、リューさんが俯く。まぁ、当然わしと顔を突き合わせる事になった。熟れたリンゴの様に真っ赤になっとったリューさんは、されど無表情のままやった。随分と器用な真似をしよる。
ふい、と前を向きなおしたリューさんが呟いた
「貴女が悪いんですよ」
なんでや
ヒント:パスタはパスタでもミートソース