それはまるで暗い暗い海の底。
陽の光などは届かず、もし此処に生物でもいればきっと奇っ怪な形となることは間違いないだろう。けれども、例え奇っ怪な形をしていようが、問題はないのだ。だって其処に陽の光は届かないのだから。光がなければ誰かに見られると言うことはない。自分だって自分の姿を見ることができない。
それならば、どんな形をしていようが問題はないのだ。
目が覚めて、最初に思ったことがそんな言い訳だった。言い訳だらけの道を歩んで来たのだし、それも仕方が無いと言うもの。
手、動く。
脚、動く。
痛いところもなく、五体満足な様子。それは幸せなことだと思うんだ。
しかし光がないせいで、自分が今どんな場所にいるのかはわからない。
さて、まずは状況確認が必要だ。
――光れ。
だから、そう念じてみた。
……うん、まぁ、光らないよね。そんな力なんてないもん。
無性に悲しくなった。
相変わらず、此処は暗い暗い海の底のまま。
けれど、少なくとも此処は海ではない。だって水とかないもん。
そうなると此処は何処だろうか? 土の中、建物の中、洞窟の中……何処かの中ではあると思う。でも、何処の中なのかはやっぱりわからない。
……う~む、考えてもわからないね。
そもそも寝る前は何処にいたんだっけかな? 長い時間寝てしまっていたせいか、そんなことも思い出せない。丈夫な体ではあるが、直ぐに眠くなってしまうこの体質。仕方が無いね。
「さて」
声は出た。うむ、良いことだ。
そして足に力を入れ、なんとか立ち上がってみる。
「あいたぁ」
しかし頭を何かにぶつけた。うむ、良いことではない。てか痛い……
けれども、立ち上がることもできた。
また頭をぶつけないよう少しだけ屈んでみる。
光がないせいで、視覚に頼った状況確認はどうやらできそうにない。仕方が無いから、2つある手を使ってペタペタと先程頭をぶつけてしまったものを確認。
「むぅ、こりゃあ硬いぞ」
硬かった。
これはちょいと困った。柔らかければどうにかすることはできる気がした。でも硬いのはダメだ。叩けば痛いし、なかなか壊せないのだから。
どうやら頭の上にあるのは硬いらしい。硬いのはちょっと手に負えないから、上は諦める。
身を屈ませながら、二つの腕を伸ばしながらちょっとずつ前へ進んでみる。
このまま此処で過ごすのも悪くはないが、せっかく起きたのだ。どうせならもっと広くて明るい場所へ行きたい。たぶん、直ぐに寝てしまうのだろうけれど、寝るまでは楽しみたいじゃないか。
一歩、二歩、ゆっくりゆっくりと歩を進めてみる。恐る恐る、自分の身を大切にしながら。
私は怖いのが嫌いだ。暗いのは別に良いのだ。暗いのは暗いだけで怖くはないのだから。でも急に『わぁっ!』とかやられるのがすごく苦手だ。それをやられるとビックリする。それがすごく嫌いだ。
はて、そうだとしたら私は怖いのが嫌いなのではなく、ビックリするのが嫌いなんじゃないだろうか? うむうむ、きっとそうだ。私は怖がりとか臆病じゃない。ビッがりだ。
またまた、そんな言い訳を考えながら私はゆっくりと歩いた。そして七歩目くらいだっただろうか。伸ばした二つの腕の先に何かが触れた。
けれども、私の腕の先が触れたそれはやっぱり硬かった。
「あらぁ」
ああ、困った。これは困ったぞ。この調子では私の周りは全部硬いかもしれない。それは困る。
もしかしたら柔らかい所もあったかもしれないが、私は諦めた。だって私の周りを全部調べて、それが全部硬かったら嫌だから。それなら、柔らかい所はあるかもしれないと思っていた方が良い。世の中、知らない方が良いことだってあるはずなのだ。
さて。
さてさて。
諦めたとは言うものの、それは自分の周りを調べるのを諦めただけで、広く明るい場所へ行くのを諦めたわけじゃあない。
此処が何処かはわからないが、なんともジメジメしたこの空気は好きじゃないのだ。私が蛞蝓とかだったらこの場所にいれば良いが、私は蛞蝓ではない。じゃあお前はなんだと聞かれたらちょっと困っちゃうけど、少なくとも此処よりも好きな場所はある。
「うむ」
一つ声を出し、気合を入れてみる。
一つしか声を出さなかったからあんまり気合は入らなかったけど、それでも頑張ろうかな。と思えるくらいの気合は入った。
私の周りは硬い。硬いやつを叩けば痛い。でも、此処から出るためにはこの硬いやつをなんとかしないといけない。だから気合を入れて、その痛いのがなんとかなってくれないかなぁ。とか思うのだ。
それでもビッがりな私だったから、やっぱり気合だけじゃちょっと足りなくて、硬いやつを叩く気にはなれなかった。
でも大丈夫――そんな私には慣れているから。
だから私は想像した。この硬いやつを叩いた先にあるものを。
きっと其処には明るくて、広いのが待っている。こんなジメジメした暗い暗い海の底みたいな世界じゃない、素敵な世界が待っているんだ。
そんなことを考えて、なんとか自分を騙せないものかとやってみた。
また気合が入った。
ふふん、騙されたな愚か者め。流石は私だ。自分を騙すことなど容易いものさ。
……なんかちょっとおかしい気もしたけれど、気合はちゃんと入ってくれたから問題ない。終わりが良ければなんだって許されるんだ。
そんな言い訳。
言い訳だらけの私にはそんな生き方しかできないけれど、そんな生き方は嫌いじゃあない。
少しだけ右手に力を入れてみる。
少しだけ腕を引く。
「えいっ」
そして、そんな声を出しながら硬いやつを叩いた。
一生懸命気合を入れたおかげか、ドゴドゴとなんとも怖そうな音をたてながら硬いやつが崩れた。ジメジメとしたあの空気とは違う、サラサラとした空気も暗い暗いこの場所へ。
ようこそ、いらっしゃい。私はもう行っちゃうけどゆっくりしていってね。
そして、暗い暗いこの場所へ光が差し込んだ。
残念なことに、その光は太陽から直接出ているやつじゃなくて一度反射したやつだったけれど、陽の光には違いない。なるほど、外は夜だったのか。
夜は昼間と比べるとちょっと怖い。暗く見辛いせいで、昼間より『わぁっ!』ってやられる。そんなビッがりな私ではあるけれど、夜は嫌いじゃないのだ。数え切ることのできない輝きたちが空を彩ってくれるから。私はあの光も好きなのだ。
思っていたより明るくはなかったけれど、きっと広い世界が待っている。待ってくれているのなら急いだ方が良い。だから私はのそのそと砕けてしまった硬いやつを退かしながら、あの暗い暗い場所から外へ出た。
外の世界は暗く、どうにも周りの景色は見え難かった。仕方無いね。夜だもの。
サラサラと流れる風。木についた葉々の擦れる音。小さな虫たちの合唱。そのどれもがなんとも心地良い。うむ、やはりあの場所から出て正解だったらしい。
これが私の望んでいた世界なのだから。
「でもなぁ」
残念ながら私の記憶力は乏しい。すぐ忘れちゃう。
けれどもだ。そんな私でも覚えていることはある。流石にこれは間違いではないと思う。と、なるとだ。きっと私が寝ている間に、この世界が少し変わってしまったのだろう。
「なんだか随分と紅い世界になっちゃったね」
久方ぶりに出た外の世界。
地上には真っ赤な霧が、空には真っ赤な月が輝いていた。
他の方の作品を読んでいて、よーし私も書こうかなと思い書いてみることに
ですが、やっぱり難しいものですね