困っちゃうことに博麗神社の場所が私にはわからなかった。
来た道と同じ道を進めば帰ることはできるけれども、はて、私はどんな道を歩いてきたのだろうか? 何を考えるでもなくぽてぽてと歩いていたせいで、どのような道を通ってきたのかなんてわからない。
西の空は赤くなり始め、そろそろあの暗い時間が訪れるだろう。私はまだ眠くないから、今日もまだ寝ることはないだろうけれど、もし奇跡が起きて私が今から博麗神社へ帰ったとしても、其処はもう真っ暗な時間。真っ暗な時間となってしまうと普通は寝るものだから、やっぱり霊夢も寝てしまう。
それなら急いで帰る必要なんてないんじゃないかなぁ、って思うのです。
“わたし”や葉見ず花見ずたちが沢山いる場所を離れ、今は私の膝よりもやや低いくらいの名前もわからない草が伸びている草原の上。
もう直ぐ日、沈んじゃうね。
星明かりの下をぽてぽて歩くのも悪くはないかもしれない。けれども今日は、この名も知らない草の上に寝転がり、瞬く星々へ何かしらの想いを馳せてみることにしよう。
「さて」
そうと決まれば寝転がる準備をしなければいけない。
自分の周りの草たちをぺしぺしと叩いてどうにか横になってもらう。そしてぺしぺし、ぺしぺしと一生懸命叩いて自分が寝ころがることのできる場所を確保。
「よーし」
少しばかりしぶとい奴らではあったけれど、なんとか私のぺしぺしが勝ってくれたらしく、私の周りの草たちは皆横になってくれた。ふふん、この勝負は私の勝ちのようだな。
そんな準備をし、寝転がる頃にはあの暗い世界がもう直ぐ目の前にまで近づいてきていた。それでも私は間に合ったのだ。満足満足。さようなら太陽。また明日。
私のぺしぺしに負けた草たちの上へ寝転がると、奴らなりの抵抗なのか倒れた草が私の顔に攻撃を加えた。
こりゃあ、こそばゆいぞ。
そんな奴らの抵抗を上から叩き潰すように私はもう一度ぺしぺしと叩き、奴らが攻撃などできなように。ふむ、これでゆっくりできそうだ。
漸く見上げることができるようになった星空は、いつもと変わらぬそれが何処までも何処までも広がっていた。
もう何回この星空を見上げてきたのかわからない。けれどもこの星空は、いつまで経っても変わらない。季節によって見ることのできる場所は変わってしまうけれど、結局のところコイツらは変わらないのだ。
それはまるで私のようじゃあないか。なんて思ったけれど、コイツらは私のように汚れが集まった奴じゃないからやっぱり私とは違う。
詰まるところ、私は私だもの。多少似ているところがあったとしても違うものだ。
そんなようなことをうだうだ考えていると、また東の空は明るくなり始めた。さようなら星々。また明日。
そして、おはよう太陽。君も毎日大変だよね。以前岩穴の中へ引き篭ったこともあるけれど、それからは毎日地上を照らしているんでしょ? 私みたいな奴には絶対に真似できないことだ。お疲れ様。今日も一日頑張ってくれたまえ。
「それじゃ、行こっかな」
今日もまたお日様の下、ぽてぽてと歩くのだ。
――――――――――
食材を買いに人里へ行くとあの子がいた。それも長物を使った大道芸人の前に。
あの子の名前は……浅葱だったかしら? それは私の世界に唯一入ることのできる存在。けれども妖力や霊力はないらしく、何を考えているのかもわからない。そんな不思議な子。
あの宴会の日、お嬢様が紅魔館へ招待したのにも関わらず、今だうちに訪れたことはない。だからせっかくなのだしこれからうちへ来ないか誘ってみようかと思い、声をかけてみることにした。
幾らかの人がその大道芸を見ていたが、その中でも浅葱は芸人から一番近い場所に。ただ、どうしてなのかはわからないけれど、両手で自分の目を隠して。何をやっているのだコイツは。
そんな浅葱の様子を見てなのか、芸人も少々困惑気味。そりゃあそうだろう。自分から一番近い場所にいるのに、両手で目を隠してしまっている客がいたら困惑してしまう。だって何がしたいのかわからないもの。
結局浅葱は、芸が終わるまで自分の目を隠し続けた。芸なんて絶対に見えていないだろう。芸の内容自体は悪いものじゃなかった。私の方が上手くできるだろうけれど、決してつまらないものではない。そうだと言うのに……ホント、何がしたかったのかしら?
「久しぶりね。貴女は何をしていたの?」
少しばかりのお金を芸人に渡してから浅葱声かける。もっともっと精進しなさいな。
「あらぁ、確か紅魔館の人じゃあないか」
目を隠していた手を退かし、のんびりとした口調で浅葱は答えた。そう言えばこの子って何処に住んでいるのかしら?
「ええ、十六夜咲夜よ。それで浅葱は何をしていたの?」
「ん~……何か面白そうなことをやっていたから、それに誘われちゃったんだ。でも私は刃物とか怖い物が嫌いだから目を瞑っていたのさ」
意味がわからなかった。何言ってんだコイツ。
紅魔館の前にある湖にはちょっと頭の残念な氷精が現れる。浅葱はそれと何処か似ている。まぁ、ようはバカなんだろう。もしかしたら浅葱とあの氷精は気が合うかもしれない。あの氷精と浅葱がどんな会話になるのか少し見てみたいかも。
「なるほど、そうだったのね。浅葱はこの後予定とかあるの?」
「んとね、何もないよ。ああ、でもできれば紅魔館へ行きたいなぁ。場所がわからないから行けるかわからないけど」
いやいや、お前あの時紅魔館にいたじゃん。なんて言葉が出かかったけれど、そんなことはぐっと自分の中へ押し込んだ。たぶん浅葱はそう言う奴なのだろう。
「そう、それなら私が案内しましょうか?」
「うん? 何処へ?」
紅魔館に決まっているでしょうが。何故わからない。
はぁ、どうしてこんな残念な子が私の世界へ入ることができるのかしら? あの異変の時に感じた底知れなさが今は全く感じない。
「紅魔館へ、よ。私はこれから紅魔館へ帰るのだけど……どう? 一緒に来る?」
「おおー、実はね。私は紅魔館へ行きたかったんだ」
ああ、うん。それはさっき聞いた。
なんだろう……この子と話しているとすごく疲れる。私が急ぎすぎなのかしら?
浅葱との会話はお嬢様がふっかけてくる無理難題よりよっぽど疲れる。
「そかそか、それじゃあお願いしようかな」
「はぁ、やっとか……それじゃ行きましょうか」
いくら時間は無限にあるとは言え、流石にゆっくりし過ぎたわね。さて、お嬢様が起きてしまう前に行くとしましょうか。
人里の中で飛んでしまうと悪目立ちしてしまうため、人里の外までは歩いていくことにした。ただ、そのせいか浅葱は色々な物に誘われてしまい、外へ出るだけでも相当な時間がかかってしまう。
それが面倒で浅葱も私の世界へ入れるため時間を止めてみたが、泣きそうな顔をされたため直ぐに戻した。いや、あの顔はずるい。
「うーん、もう直ぐ一番涼しい季節も終わりだねぇ」
人里を出て、さて飛ぼうかと思ったら浅葱はそんなことを呟いた。
涼しい季節? むしろ一番暑い季節でしょ?
「ええ、夏も終わりね。でもこれからもっと涼しくなるわよ?」
「うん、そうだね。でもそれは違うんだ。確かに夏は暑い季節だけど、一番涼しい季節だもの。でもそれも、もう直ぐ終わり」
……ああ、そう言うことか。今までの言葉と比べて随分詩的なことを言う。
「じゃあ冬は一番暖かい季節ね」
独特な浅葱の考えにくすりと笑いながら言葉を落としてみた。確かに夏は一番涼しく、冬は一番暖かい。
「えっ? そうなの?」
違うんかい! ぶっ飛ばすぞこのやろー。
「う~ん……確かにそうかも。そっかぁ、冬は暖かいのかぁ。でも……なんだか君は冷たい人だね」
純粋で、真っ直ぐな物言い。そんな浅葱の言葉にチクリと何処かが痛んだ。
「ナイフに血はないもの。冷たくもなるわ」
「ううん、人は物にはなれないよ。そうなろうとしているだけ。確かに刃物は冷たい。だから私は刃物が嫌い。でも咲夜は違う。刃物じゃないもの」
なろうとしているだけ……そう、なのかしら?
そんなことは考えたこともなかった。
「それにさ、私は咲夜が好きだよ。確かに君は冷たいけれども、今は暖かいもの。そんな優しい人は好き。それに冷たい冬が一番暖かいというのなら――きっと君は一番暖かい」
……よくもまぁ、曇り一つ無い笑顔でそんなセリフを言えるものだ。聞いているこっちの方が恥ずかしい。
けれども、まぁ、悪い気分ではない……かな。
「さてさて、それじゃあ行くとしようか。きっと素敵な何かが待ってくれているのだから」
「……ええ、そうね。行きましょうか」
どうやら私はこの時、浅葱を気に入ってしまったらしい。
そんなことに気付いたのは、ずっとずっと後になってからだった。
おろ、なんだか物語が進みませんね
のんびりし過ぎかしら?
まぁ、ゆっくり書いていきます