「ね、ねぇ霊夢? その手に持っている物は何だい?」
冬が終わり暖かくなりました。
雪は消え、地面は久しぶりに白の化粧を落としてくれた。寒さに耐え、じっと我慢していた桜たちも一斉にその花を開き、この世界へ新しい色を加えてくれている。
もうすっかり春ですね。
「何って……え~とほら、アレだ。浅葱のために作った装飾品よ」
待ちに待ったこの季節。さよなら冬。次に会うのがいつになるのかはわからないけれど、ゆっくり休んでくださいな。
久しぶり春。きっと君とは直ぐお別れになってしまうだろうけれど、ゆっくりしていってね。
「……ソレ首輪にしか見えない」
明日は皆でお花見だ。
きっと前みたく、沢山の人が訪れて皆で桜を見るのだろう。薄桃色づいたソレは私の心を掴んで放さない。それは皆だって同じなはず。
そんな素敵ものに見蕩れながら、お酒を飲んで美味しい料理に舌鼓。花が開けば会話が咲く。きっとそれはいつの時代だって同じことだと思うんだ。
「い、いや、違うわよ? 決して首輪なんかじゃなくてね。えと……ほら浅葱の首が寒そうだったから、温めてあげようかと」
人と花と料理とお酒と。
春の宴会は素敵なものが沢山だ。
そんな素敵なものたちのことを考えれば、やっぱり私の口からは嬉しそうな音が溢れた。
仕方無いね。楽しみなのだから。
「……じゃあ、もう一つの手に持っているその紐は?」
明日は皆で宴会。楽しみな楽しみな宴会。
そんな楽しそうなことを考えてしまえば、いつもの私なら確実に違う世界へ旅立っていたはず。そうだと言うのに、今回はこの世界へ留まり続けている。
だって、旅立っている場合じゃなくなったのだ。
「ああ、これはこの首輪に繋げようかと思って」
「やっぱり首輪じゃんか!」
いつもの縁側へ寝転がり、全身で春の日差しを受けていた時だった。暖かい季節になってくれたねぇ、としみじみ感じていた時だった。
ぴりりとなんだか嫌な予感がして、ちょっと億劫ではあったけれど顔を上げた。
そして其処には、右手に何かの皮で作られた首輪、左手に長く丈夫そうな紐を持った霊夢が立っていた。今まで見たことがないくらいの本当に良い笑顔だった。
突然の出来事に、最初は何が起きようとしているのかなんてわからなかったけれど、私にしては珍しく直ぐに理解することができた。こりゃあ素敵じゃないぞ、と。
「あっ、違うの。えと首輪じゃなくて――」
私は騙されやすい性格らしいけれども、流石にこれには騙されない。あれは首輪で、あの紐はそれに付けるためのものだ。それはマズいのです。だって私は畜生なんかじゃあないもの。
私じゃ霊夢に抵抗なんてできやしない。
だから決めたのだ。うむ、逃げよう、って。
速く動くのは好きじゃない私だけども、今回ばかりはちょっとだけ頑張ってぽてぽて逃げることにした。私の自由のために。
でもね、ダメでした。霊夢さんって超速いの。
逃げようとした私の腕を掴まれ、そのまま縁側へ押し倒されました。ああ、困った。これは困ったぞ。抵抗する力なんてない私には、こうなってしまったらもうどう仕様も無い。もうできることは一つしかないもの。
「ふふっ、捕まえた」
なんで霊夢はそんなに良い笑顔なの?
そんな良い笑顔の霊夢の顔もぼやけ始めた。私の二つの目にはじわりじわりと水滴が貯まって、もう直ぐにでもそれは溢れ始める。仕方無いね。貯めることなんてほとんどできないもの。
「大丈夫よ。怖がる必要なんてないから……ね?」
泣きました。
――――――――――
「なぁ、霊夢」
「うん? なによ魔理沙」
終わらない冬がいつの間にか終わった。近所に住む人形使いを伸して、さて上でも目指そうかと思っていたら急に暖かな風が吹き、春が訪れた。
詳しくはわからないが、どうやら今回の異変も霊夢と浅葱が解決してしまったらしい。つまり、私はまた先を越されてしまった。
まぁ、そんな終わってしまったことはもう良いのだ。異変の後は宴会。こんなにも綺麗な桜が咲いているのだから、騒がなきゃあもったいない。人間も人外も合わせて皆で騒ぎまくる。それが宴会ってものだろう。
そんな騒がしい宴会なはずなのに、ボーっとただただ満開となった桜を見つめている奴が一人いた。ソイツはこの異変を解決した主役の一人で、誰よりもこう言う騒がしいことが好きな奴なはず。
そうだと言うのに、ソイツは一人でボーっと桜を見つめていた。
「どうして浅葱は元気がないんだ?」
「さぁ? う~ん、少し意地悪し過ぎたかしら。でも、ああでもしないとまた危ない所へ……」
……ああ、うん。なんとなくわかった気がする。たぶん霊夢のせいだろう。何をしたのかわからないけれど、やめてあげろよ。そのうちアイツ逃げ出すぞ。
っと、アレはなんだ? 見覚えはないけどれ。
「浅葱って首にあんな首輪みたいな物を付けていたか?」
「昨日私が付けてあげたのよ。浅葱は泣いて嫌がったけど。でも良いの、そんな浅葱も可愛いから」
鬼か。
ホントに逃げ出すぞ。ああ、そのための首輪か。どうせただの首輪じゃないのだろう。完全に逃げ道を潰されている。
なんだかなぁ、確かに浅葱は面白い奴ではあるけれど、霊夢が此処まで入れ込んでしまうことが良くわからない。私も浅葱と一緒に生活してみればわかるだろうか?
さて、せっかくの楽しい宴会だと言うのに、あんな調子の奴がいては少々寂しい。いつもの調子に戻ってくれないかねぇ。
それにしても――
「浅葱も落ち込むことがあるんだな」
「そうね。いつもなら直ぐにあの笑顔をしてくれるのだけど……どうしてかしら?」
どう考えても首輪のせいだろ。外してあげれば良いのに。
はぁ、仕方無い。此処は魔理沙さんが浅葱のために頑張ってみようじゃないか。
「よぉ、どうしたんだ? 元気ないみたいだけど」
浅葱の所へまで行き声をかける。
なんとかいつもの調子に戻ってはくれないだろうか。
「おおー、魔理沙じゃあないか。おっすおっす」
いつも浅葱のセリフ。けれどもいつもと比べ、やはり元気がないように見える。首輪を付けられたことがよっぽどショックだったんだろうな……ペット扱いされるの嫌がってたし。
「おう、魔理沙だぜ。んで、浅葱はどうしたんだ?」
「今日はねぇ。宴会なんだ。だから色々な人が集まっているんだよ」
……うん、知ってる。てか、色々な人を集めたの私だし。
浅葱は独特なテンポで話す。それにイラつくことはないけれど、どうにも此方の調子を崩される。
「それでね、私は桜を見ていたんだ。やっぱり桜は咲いていた方が綺麗だねぇ」
「そりゃあ、そうだろ。でも今は宴会なんだ。一人で咲いた桜を見ているだけじゃあつまらないぜ?」
それに浅葱は此処に住んでいるのだから、桜なんていつでも見られるだろうに。けれども宴会を楽しむことができるのは今だけだ。それを楽しまないんじゃあもったいない。
「ううん。一人でじゃあないよ? 楽しくお喋りしたり、一緒にお酒を飲んだりしていたもの」
あら? いやどう見ても浅葱は一人だったが……何を言っているんだろうか。
ん~……浅葱は何を言っているのかわからないことが多い奴だしなぁ。今回もそういうことなのかな。それに私が勘違いしていただけで、浅葱も楽しんでいたのか? でも落ち込んでいたように見えたんだよなぁ。
「良くわからんが……まぁ、もう少し騒がしい方へ行こうぜ。料理だってなくなっちゃうしさ」
「おおー、そりゃあマズい。早く行かねば」
そう言ってから浅葱はぽてぽてと境内の中心へ走っていった。
なんだったんだ?
う~ん、良くわからないけれど、浅葱も元気っぽそうだし良しとしよう。
この時の私は気づくことができなかったけれど、どうやら次の異変兆候は既に見え始めていたらしい。
桜と酒の香りに紛れた一つの香り。薄く薄く広がっていたそれに気づいていたのは浅葱だけだった。