「暑いぞ……」
夜の間はまだ良かった。
でも日が昇り昼間になってしまうともうダメ。超暑い。茹だる。焼ける……
いつもは屋根の下にいるから、屋根が太陽光から私を守ってくれる。でも今は屋根の上にいるせいで、太陽光から私の身を守ってくれる奴なんて誰もいない。だから私はひたすら太陽光に焼かれ続けた。夏になるとアイツは途端に元気になるから、ちょっと困る。
真っ黒な瓦は太陽の光をどんどんと吸収してしまって、とても暑い。そんな上へくたりと横になっているものだから、やっぱり暑かった。
実は熱くない瓦だってあるんじゃないかな。なんて思ってもそもそと違う瓦の上へ移動をしてみたけれど、移動した先の瓦もやっぱり熱い。
「暑いじゃんか、このやろぅ」
あまりにも暑いからちょっと怒ってみた。ちょっと怒ってみたから、ぺしぺしと瓦を叩いてみたけれど、やっぱり熱かった。
そりゃあそうだよね、私が怒ったところで君は冷たくなんてなってくれないもんね。
抵抗するのも諦めて、太陽光に焼かれることにした。ずっと焼かれてはいたけれど、今まで気持ちは焼かれていなかったのだ。でも、もう諦めました。どうとでもしてください。
「そんなに暑いなら、横になるのやめれば良いじゃん」
ふよふよと浮かんだ萃香が呆れ顔で私に言った。
ふふん、君はわかってないなぁ。仕方無いから私が教えてあげよう。
「良いかい、萃香。私がこうやって横になっているのはね。できるだけ太陽から離れるためなんだ。だって、立ったり浮かんだりしてしまったら、その分太陽へ近づいてしまうもの」
少しだけ誇らしげに教えてあげた。
まぁ、萃香はまだまだ若いからからね。そう言うことには気づいていないのだろう。でも私は、結構永い時間を生きてきたから色々なことを知っているのだ。
だから今回は特別に教えてあげよう。
「いや……うん。まぁ、そう、なのかな」
何処か納得していない様子の萃香。
まぁ、信じられないのも仕方無い。私ですらこのことに気づくには、かなりの時間がかかってしまったのだから。
「え、えと、でもね浅葱。私は太陽の光よりも、浅葱の下にある瓦の方が熱いと思うんだ。だから、太陽の光より瓦から離れた方が良い気がするよ?」
……うん? 萃香は何を言っているんだ? 瓦の方が熱い?
手を伸ばして、瓦に当ててみる。
「熱いぞ!」
「うん、でしょうね」
瓦から手を離してみる。
「熱くない!」
「そりゃあ良かった」
……ちょ、ちょっと待ってください。
あれ? これはおかしい。だって、この瓦を此処まで熱くしているのは、太陽の光なんだからそれから離れた方が……いやでも、瓦は熱かったし……
なるほど、わかりました。
いや、正直に言うとよくわかんないけど、わかったことにします。
「聞きたまえ、萃香」
「なにさ?」
まさか、此処に来てこんな発見があるとは思わなかった。
こりゃあ大発見だ。
「実はね、瓦から離れた方が暑くないんだよ」
「え、えと……ああ、うん、私もそうだと思う」
瓦からは離れた方が涼しい。それがわかれば私は勝ったも同然だ。
ふわりと身体を浮かしふよふよと瓦から離れる。
お? おおー、これはすごい。
「さっきより暑くない!」
「うん、良かったね……」
お酒を飲みながら、ぽそりと萃香が返事をしてくれた。
宴会まではあと一日と少し。楽しみだねぇ。
――――――――――
浅葱と一緒にいると時間の流れが遅く感じる。それはのんびりとした浅葱のあの性格が原因なんだろう。
いつの起きたのかは知らないけれど、どうせまた直ぐに寝てしまう。それはやっぱり少し寂しい。私の仲間は地底に居る。だから会おうと思えば会うことができるけれども、寝てしまった浅葱とはまた起きるまで会うことはできないのだから。
数百年振りの再会だった。けれども浅葱が変わるなんてことはなく、昔と同じまま。なんとも抜けているから、疲れることはあるけれど恨むことはない。不思議な奴だ。
浅葱は嘘をつかないし良い奴だ。ほとんどの場合が抜けているけれど、たま~に鋭い言葉を落とす。本当に不思議な奴。いったい何を考えているんだろうね?
今だって、浮くの疲れたとか言って結局屋根の上に寝ている。それでいてまた暑いとか言ってぐったりなってるし……なにやってんだろ。
次の宴会まであと一日以上もある。萃めて今日開かせちゃおうかとも思ったけれど、それはやめておいた。だってアイツら体力ないし。
だから浅葱を攫ったのは正解だったらしい。私一人だけじゃ暇だもの。
宴会に参加した奴らはどうにかして、私を探し出そうとはしているけど、どいつもこいつも的外ればかり。吸血鬼の場所へ行ったり、亡霊姫の場所へ行ったりと……私はずっと此処に居ると言うのに、情けないねぇ。
浅葱はあの博麗の巫女なら私を見つけると言っていたけれど、そうとは思えなかった。今だって縁側に座ってただただお茶を飲んでいるだけだし。実力はそれなりにあるみたいだけど、やはり人間。私を見つけることはできないらしい。
でも、どうして私はあの巫女を攫うことができなかったんだろうか? 私だって未熟な方ではないんだけどなぁ。
あの亡霊姫のせいで、今年の春は短くなってしまった。その結果、毎年よりもずっと宴会の数も減っちゃった。それが嫌だったから、私は萃めて宴会を開かせた。それに気づいた奴はほとんどいない。
このまま……このまま宴会が続いてくれれば、アイツらだって戻ってくれるんじゃないかなぁ。そうだと良いなぁ。
結局その日も、私を見つけることができる奴は誰もいなかった。
そして次の日。つまり宴会が開かれる日。
変わらず今日もあの巫女は縁側に座り、お茶を飲んでいた。よくそんなにお茶を飲めるよね。お酒ならずっと飲んでいられるけど、お茶はちょっと遠慮したい。
「ねぇ萃香。宴会の時って私はどうしていれば良いの?」
ああ、そう言えば何にも考えていなかった。
う~ん、どうしようか。日が沈めば宴会が始まる。それにどうせアイツらじゃ私のことをまだ気づけないだろうし……
「そうだねぇ。せっかくの宴会なんだ。浅葱は楽しんできなよ」
アレだけ楽しみにしていたもの。ずっと屋根の上にいたままじゃ、楽しむことも難しい。
まぁ、私は此処に居させてもらうけど。
「……萃香は?」
「私は此処に居るよ。大丈夫、此処でも十分楽しめるから」
私がそう答えると、浅葱は少しだけ悲しそうな顔をした。
いつだって優しいね、浅葱は。
きっと浅葱にはバレてしまっている。どうして私がこの宴会を開かせているのか。それをわかっていながらもこうやって私の我が儘に付き合ってくれているんだ。思うことだって色々あるだろうに。
もっと良い方法があったことくらいわかっている。
でも私はそんな器用な性格をしているわけじゃあないから、こんな方法しかすることができなかった。
あ~あ、浅葱みたいにもう少し素直な性格だったら良かったのにさ。
「皆は君を受け入れてくれるよ?」
わかっているよ。ずっと見てきたもの。それに此処は、どんなモノでも受け入れてくれるのだろう?
けれども、もう此処までやってしまったんだ。今更引くことはできない。
だから最後まで躍らせてもらおうじゃないか。それが私の選んだ道なのだから。
「ねぇ、浅葱」
「うん?」
う~ん、どうにもこそばゆい。
そんなモヤモヤとしたものが嫌だったから、なんとなく浅葱へぶつけてみることにした。
「自分の手のひらが顔より大きいと、幸せになれるんだって」
「そうなの?」
ペトリと自分の右手を顔に当てる浅葱。
そして、私はその右手をパンっと叩いた。
いわゆる騙し討ち。人間たちが使った私たちの最も嫌う技。
……うん、これはやっぱり良い気分にはなれない。
「痛い……」
ごめんね。もうやらないよ。
本当にただの八つ当たり。何をやっているのだか。
「わ、わたしはね。こ、こういうのはね……」
……マズい。
浅葱の目に涙が貯まり始めている。これはどう考えても私が悪い。
と、とにかく謝らねば。これで浅葱に嫌われてしまったら、流石にヤバい。
「ご、ごめんよ。ほら悪かったからどうか泣かないで……」
そんな私の言葉が届く前に浅葱は泣き始めてしまった。
ああ、もう。悪かった。本当にごめん。だからほら、どうか泣き止んでおくれ。
わーわーと泣き始めた浅葱をどうにか宥めようとはやってみたが、わたわたとしてしまうばかりでどう仕様も無い。
そんな時だった。明確な敵意が私へ突き刺さった。
慌てながらも敵意を飛ばしてきた方を向く。誰だ?
其処には此方を真っ直ぐに睨みつけているあの巫女の姿。
「そう……其処に居たの」
静かな声が届いた。
嘘……でしょ? もしかして私のこと見えてる? いや、そんなはずが……だって私はまだ薄くなったままなのに。
「近くに居るとは思っていたけれど、屋根の上ってのはわからなかった」
ゆっくり、ゆっくりと此方に近づいて来る巫女。
ヤバい、ちょっとコイツヤバい。
嫌な汗が吹き出す。こんなの幾年振りの感覚か。
「宴会の時まで待っていろとは言われたけれど、それはダメ。それは許さない」
なんで? どうしてこの巫女は私のことが見える?
い、いや待て。まだ私が見えていると決まったわけじゃない。ただ浅葱の泣く声に反応しただけってことも……
「私の浅葱を泣かせたのあんた?」
私の方をしっかりと向いたまま巫女が言った。
確かに私が悪い。浅葱を泣かせたのも、この巫女を舐めていたのも全部私のせいだ。
でもさ――
……ホント、勘弁してよ。
萃夢想終わりませんでした
仕方無いね
でもきっと次話では終わります
では、次話でお会いしましょう