くたりと横になり、もう動くことはないであろう一つの塊。
「君はどんな人だったんだい?」
私がそんな言葉をかけても、やはりその塊から返事はなかった。
きっと誰にも看取られることもなく、静かに静かにその生を終わらせたはず。
それはとても悲しいことで、でも私にはどうしようもないことだった。既にその御霊はあの“わたし”に導かれてしまっているはず。
廻り廻り輪廻の一部へと身を堕とし、また昇る。
――その感情は私にわからない。
理から外れ、回る回る輪廻へ入ることなどできもしない私にはわからない。
そんな私にできるのは君を食べることだけ。
だからそのできることを、精一杯やってみようと思うんだ。
一つ、感謝の詩を。
「たなつもの 百の木草も 天照す 日の大神の 恵えてこそ」
一つ、感謝の言葉を。
「いただきます」
そんな言葉をぽそりと落としてから、私は食べた。
でもやっぱり美味しくはない。それは仕方が無いこと。ただ、私は君を食べてしまったわけだから、やっぱりもう一度言葉を落とさなければいけない。
一つ、労いの詩を。
「朝宵に もの食うごとに 豊受けの 神の恵みを 思え世の人」
一つ、労いの言葉を。
「ごちそうさまでした」
どうか今ばかりは安らかに眠ってくださいな。
そして、君の授かる次の生が少しでも良くなってくれれば良いなぁ。なんて私は思うのです。
ぽてぽてと私は今日もあの妖怪の人に言われた“あの子たち”を探すために歩いていた。
何処を目指すでもなく、漫ろに。
そんな何の考えなしに歩いていたら、私はまたあの場所へ来ていた。
あの“わたし”がいた場所へ。
今の季節は夏だから葉見ず花見ずはそんなに咲いてはいない。でもやっぱりせっかちな奴がいて、ぽこぽこともうすぐの花を開かせようとしている奴はいた。
どうせだったら皆と一緒に開けば良いのにね。
はて、それにしてもどうして私は此処へ来てしまうんだろうか? 別に来たいと思っていたわけじゃあないんだけどなぁ……
この場所がどんな場所なのか私にはわからないけれど、此処はどことなく悲しげな空気が流れているから好きにはなれない。う~ん、そうだと言うのにどうして来てしまったのやら。
「此処はあの世に最も近いこの世です。そんな場所にどうして貴方が?」
開きかけの葉見ず花見ずをてしてしと叩いていたら、急にそんな声をかけられた。
急に声をかけられてしまったものだから、やっぱり私はびっくりしてしまって変な声が出た。だからね、声をかけるときは急にやるんじゃあなくてさ、もっとこう……どうすれば良いんだろうね?
「驚かせてしまったようですね。失礼しました」
そう言って謝られた。謝られたのだから、やっぱり私は許さなければいけない。
声をかけてきた方を向くと、其処には大きな帽子を被った緑髪の人がいた。
「君は?」
匂い的にたぶん何かの神だとは思うけれど、神なんて其処らじゅうに居るものだから、私にはこの人がどんな神なのかはわからない。
神の知り合いは多い方なんだけどなぁ。
「私はヤマザナドゥです」
「やざまなどぅ?」
「いえ、ヤマザナドゥです」
「ああ、やざまなどぅか」
なにそれ。
えと……変わった名前ですね。あっ、で、でも素敵な名前じゃないかなぁ。とも思わなくもないよ? 私はちょっと遠慮したいけれど、うんうん、個性溢れる名前だとは思うよ?
「……ヤマ」
「やま」
「ザナドゥ」
「ざなどぅ」
「ヤマザナドゥです」
「やざまなどぅだね!」
でも、なんだか随分と言いにくい名前じゃあないか。あの天津神たちにも呼びにくい名前は沢山いるけれどさ。きっと神ってのは変わった名前が好きなんだろう。
「……いや、もう良いです。四季映姫です」
うん? やざまなどぅではなかったの? ちょっと頭が混乱してきた。
ん~……良くわからないけれど、君は“やざまなどぅ”でもあり“映姫”でもあるんだね。そう言えばあの“わたし”だって“あたい”で“わたし”だった。
でもやざまなどぅってのは、どうにも舌がこんがらがってしまいそうになるから、映姫の方が私は助かる。だって舌を噛んでしまったら大変だもの。
「うんうん、了解したよ。それで映姫は何の神なの?」
「今は閻魔の役職についています」
ああ、閻魔王だったのか。
そりゃあ私が知らないはずだ。だって私と関わることは絶対にないのだし。むしろ、閻魔王にとって私は邪魔な存在なはず。
輪廻転生を許さず飲み込んでしまう私の力は、閻魔王にとってただただ邪魔なもの。
……あれ? じゃあ、今って結構ヤバいんじゃあないですか?
「え、えと、あのね。そりゃあ私は食べちゃうけれど、別に見境なく食べているわけじゃあなくてね。さっきだってちゃんと御霊が送られていることを確認してから……」
どうにも怒られるような気がしたから、一生懸命言い訳をしてみる。
じゃあ食べなければ良いんじゃない? とか言われるとちょっと困っちゃうけれど、一生懸命言い訳をしてみる。だって私にはそれしかできないから。怒られたらきっと私は泣いちゃうから。
「何を慌てているのかわかりませんが……別に私は貴方を咎める様なことはしませんよ? そもそも私ごときが貴方に言えるわけもありませんし」
あらぁ、そうなの? よくわからないけれど、つまり私は怒られないってことなのかな。そりゃあ良かったよ。私も怒られるのは好きじゃあないからさ。
「……申し訳ありません」
また謝られた。
でも今度はどうして謝られたのか私にはわからなかった。だって映姫は悪いことなんて何もしていないから。
どうして謝られたのかわからない。だから私も許すことはできなかった。
「私では貴方を救うことができません」
そりゃあそうだろう。君たち神々は生き物を救うためにいるんだ。でも、私を救うためにいるわけじゃあないし、そもそも私は生き物じゃあない。
「この世界には未だ多くの穢れが残っています」
「うん、知ってるよ。でもそれは仕様が無いことなんだ。だって生きるってのはそう言うことなんだもの。だから私がいる。君たちがどう仕様もなくなった時のために私がいる」
君たちは私と違ってすごくすごく強い。
すごくすごく強い。だから――弱い。
私は神じゃあないから君たちを救うことはできない。消すことしかできない。頑張ってはいるけれど、私には力がないから仕方無いのです。
それにね、穢れだって悪いことばかりじゃあないんだ。穢れているからこそ、素敵で、格好よくて、魅力的なんだ。そんな穢れの残っているこの世界はやっぱり素敵だ。
「私は君たちを恨んだことなんてないよ。一度も。そりゃあ、意地悪されれば怒っちゃったり泣いちゃったりするけれど、君たちを恨むわけじゃあない。だからね、君が謝る必要なんてないんだ」
それに君たちは素敵だもの。
ごつごつばかりの時や、真っ白な氷で覆われた時は今よりもずっと穢れが少なかった。でもあの世界は全然素敵じゃあない。
草に木に虫に魚に動物に人間に妖精に妖怪に神がいる今の方がずっとずっと素敵なんだ。
「……やはり貴方は強いですね」
「私は弱いよ。君たちよりもずっと」
そんな存在だもの。
どうして私ができたのかなんてわからない。だって誰も教えてくれなかったから。だから私は私の勝手に生きるのだ。世界が素敵になってくれれば良いなぁ。なんて思いながら生きるのだ。
「ああ、そう言えばさ。聞きたいことがあるんだ」
なんだか難しい話になりそうだから、話題を変えてみる。難しいことは苦手だし。
「なんでしょうか?」
「私はね、あの子たちを探しに来たんだ。それで、あの子たちが誰なのか君は知っているかい?」
私が映姫にそう聞くと、映姫はう~んと考えるような仕草をしてから、言葉を落とした。
「そうですね……今の季節は夏です。その夏を探してみてはどうでしょうか? きっと其処にその子たちもいるでしょう」
ん~……夏を探すの? そりゃあなんとも素敵じゃあないか。
「そかそか、うん、じゃあちょっと探してみるよ。それじゃあ私はもう行くとしようかな」
夏……夏かぁ。
夏と言えば……なんだろう? うむ、今の私にはわからないけれど、きっとぽてぽてと歩いていれば考えの一つくらいは浮かんでくれるはず。
「はい、どうか貴方の歩む道が少しでも良いようになってくれることを願っています」
おお、願ってくれるのかい? そりゃあ嬉しいよ。
神だって願われるばかりじゃあなく、願うことだってしたいもんね。ふふん、それなら私はその願いが叶うよう頑張ってみようじゃあないか。
さてさて、それじゃあ行くとしようか。う~ん、夏が終わってしまう前に会えれば良いんだけどなぁ。
私は急ぐことなんてできやしないから、のんびり行かせてもらおう。
アイツ視点にすると途端にふわふわとしてしまいますね
どうかうだうだとその意味を考えながら読んでみてください
きっと私にも見えない何かが見えるかもしれません
では、次話でお会いしましょう