「ごちそうさまでした」
けふっと一息。
赤く染まってしまった霧は美味しく……はなかったけれどいただきました。霧を赤くするのも止めてくれるみたいだし、これでもうあの不気味な霧を見ることはなさそうだ。
赤かった世界も私の知っているような普通の夜の世界へと戻ってくれた。空にはまだ真っ赤な月が浮かんではいるけれど、アレは私じゃどう仕様も無い。
「浅葱……貴方、何者なの?」
ポカンと口を開け、そんな質問を霊夢がしてきた。
私が何者なのか、ねぇ。
そんなの――
「私が知りたいよ……」
「えっ? 今、なんて?」
ぽそりと落とした独り言は霊夢の耳へまでは届かなかったらしい。
随分と永い時を過ごしてきたけれど、結局私は何のために存在し、何のために生きているのかわかりやしなかった。そもそも私を生物と呼んで良いのかもわからない。ただ生物じゃないってのはちょっと悲しいから、私は自分が生きていると思っている。
別に生きる意味を探しているとか、そんなカッコイイことは思わない。でも、どうせだったら楽しみたいよね。私はそう思うんだ。
「ううん、大丈夫。私は私だよ」
「…………?」
こてりと首を傾げられてしまった。だってねぇ、私だってよくわかっていないんだもの。
月に行ってしまった綺麗好きなアイツらなら、私が何なのかわかるだろうか?
空に浮かんだ赤い月を見ながら、そんなことを思った。
「ああ、そうだ。レミリア……だったかしら? こんな異変を起こしたのだし、この後ちゃんとやりなさいよ? 場所は博麗神社で良いから」
「はぁ、わかっているわよ。全く、これじゃあ本当にあの妖怪に踊らされただけみたいね……二日後の夜で良い?」
なんのお話だろうか。異変? 二日後? 私はまだ目が覚めてから二日ほどした経っていないから、今の状況が良くわからない。
楽しい話なら良いなぁ。
「ねぇねぇ霊夢。何の話?」
「異変を起こした後は、起こした奴が宴会を開くことになっているのよ。宴会を開くから恨み辛みは無しにしましょってこと。浅葱もちゃんと来なさいよ? 二日後の夜の博麗神社でやるから」
宴会……宴会!
なんと、そんな素敵なものがあるのですか。宴会と言えば美味しい料理と美味しいお酒。そして何よりあの楽し気な雰囲気。私はそんな宴会が大好きです。
「うん、行く! 行かせていただきます」
こりゃあ二日後が楽しみだ。
そんな楽しみな宴会のことを考えると、ふふんと楽しそうな声が出た。
――――――――
真っ赤な霧を食べてからのことはよく覚えていない。
宴会なんて言う素敵なことがあることを聞かされて、私は嬉しくなってしまった。嬉しくなってしまうと、私はそのことばかりを考えてしまうせいで、どうにも私は別の世界へ行ってしまうらしい。
霊夢や、レミリアと呼ばれた吸血鬼さんと何かの会話をした気もするけれど、やっぱり何の会話をしたのかは覚えていない。宴会、楽しみだもんね。仕方無いね
それからは確か二人と別れて、二日後の宴会に想いを馳せながら、またぽてぽてと歩き出した。
宛も無く、漫ろに。
そんな私の性格。こればっかりは変わってくれそうもない。
私の名前が決まった時も、やっぱり今と同じくらい嬉しくなってしまって、別の世界へ行ってしまったけれども、あの時は美鈴が私を元の世界へ戻してくれた。
しかし、今回は美鈴がいない。
私を元の世界へ戻してくれる人がいない。
そんなんだから、私は自分の力だけで元の世界へ戻らなければいけなかった。
そして私が元の世界へと戻ったのは、あの赤い霧が消えて二日後の夜だった。
「う~ん」
元の世界へ戻ると、其処は見たこともない場所。
私が自分で此処まで来たのだから、見たことない場所と言うのはおかしいけれど、私は違う世界へ行っていたからやっぱり此処は見たことない場所だ。
たぶん今の季節は夏。暖かいもんね。
そして私の周りには、ちょいと他の奴らと比べてせっかちな葉見ず花見ずがその花を開いていた。彼岸まではまだ時間があるだろうに、君たちはせっかちさんだねぇ。
「さて」
そんなせっかちな葉見ず花見ずは良いのだ。だって私、この花はそんなに好きじゃないないし。
だから本当に問題なのは違うこと。
あの赤い霧が無くなった日からもう二日。そして今は夜。そうなのだ。つまり博麗神社と言う場所で宴会の時間なのだ。
「でもなぁ」
宴会は楽しみだった。きっと宴会は楽しいものだから。けれども困ったことが一つ。
宴会がある場所は博麗神社。そんな場所。
「博麗神社って、何処?」
ああ、困った。これは困ったぞ。
楽しい宴会が開かれる。私もその宴会に誘ってもらえた。でもその場所がわからない。ホント、困っちゃうね。
そもそも此処が何処だろうか? 二日もぽてぽて歩いていたのだ、きっとあの赤い建物からだってかなり離れている。周りに人もいない。
正直、今にも泣きそうだ。
美味しい料理、美味しいお酒、楽しい会話、素敵な雰囲気。そんなものが待っている。けれども私はその待ってくれている場所がわからない。
ああ、ああ……どうしてこうも上手くいかないのだろうか。
そしてそれは、途方に暮れ、遣る瀬無く、八つ当たりのように葉見ず花見ずに手をかけた時だった。
「久しぶりね、お寝坊さん。よろしければ私が神社まで連れて行ってあげましょうか?」
いつの間にか私の目の前に、日傘を刺したあの金髪の妖怪が立っていた。
――――――――――
賑やかな声が今日も境内に広がっていた。
地上には楽しげな声、空には色鮮やかな弾幕、美味しそうな料理とお酒の香り。異変に関わった奴も関わって無い奴も含めた宴会。
人外ばかりではあるけれど、それはこの際気にしても仕様が無い。そりゃあ私だってこの神社にもっと多くの人間が訪れてくれた方が良いと思っている。そして、あのお賽銭箱にお金を入れてくれたらなお良い。
けれども、此処へ訪れる人間などあの白黒の魔法使いくらいだ。人間なんてほとんど訪れない。それならもういっそなんて思う自分もいる。
妖怪に妖精に少しの人間。それが今の神社にいる奴ら。
けれども、一人足りない。あの紅い館であった。アイツがいない。多くの妖精に追われわーわー言いながら必死に逃げていたアイツが此処にはいなかった。
「あれだけ楽しみにしていたのに、どうしたのかしら?」
宴会があると聞いたとたん、此方も嬉しくなってしまうような純粋な笑顔を作り、嬉しそうに行くと言ったアイツ。
最初に見たときは何の力も無い奴が、どうしてあんな場所にと思ったし、実際に話してみても危なっかしく何を考えているのかわからない奴だった。
けれどもアイツ――浅葱はあの異変を解決した人物の一人に違いはない。此処にいなければいけない人物だ。それなのに……
浅葱は人間ではない。かと言って妖怪や妖精でもないと思う。だから私は何者なのか聞いた。けれども、納得のできる答えは出てこなかった。
浅葱はよく言えば純粋。悪く言えばバカだ。けれどもどうしても放っておけない奴。あの純粋な性格は何処か……う~ん、考えすぎかしら?
「はぁ、早く来なさいよね」
このままだと料理もお酒もなくなってしまう。何より宴会が終わってしまう。
私の話が耳へ届かないほど楽しみにしていたんだ。それなのに、何故? それに私も浅葱とはもう少し話をしたかった。
――お前は他人に興味を持たないな。
なんて魔理沙から言われたこともあるこの性格。私はそんな性格なのに、浅葱には何故かやたらに……それがどうしてなのかはやっぱりわからない。
そんなことを思いつつ器に入ったお酒をそっと口の中へ入れると、ふわりとあの香りが広がった。
早く来ないと宴会、終わっちゃうわよ?
「うわぁ! わーっ……あ? おっ、おおー。此処か? 此処が博麗神社なの?」
喧しい声が神社の真ん中から響いた。
全く今まで何をしていたのやら……ふふっ、いらしゃい。
境内の真ん中であたふたしている浅葱を見て、今日も美味しくお酒を飲めそうだなんて、そんなことを思った。