賑やかな声。美味しそうな料理の香り。鼻の奥を抜けていく吟醸香。暗い空には鮮やかな弾幕が広がり、それは無数に瞬く星の代わりに輝いていた。
楽し気な雰囲気。
それが宴会。
「ふふん」
そんな空気の中にいるのだから、やっぱり私の口からは嬉しそうな声が出た。
良かった。間に合ったんだ。
周りを見渡せば、何処も彼処も楽しそうにお喋りをし料理を口に入れ、お酒を一口。そんな楽しそうな光景を見れば、私だって楽しくなる。
宴会なんて本当に久しぶりだ。以前の記憶は霞む程に遠く感じてしまう。
「遅かったわね。何をしていたのよ?」
博麗神社と呼ばれる場所の真ん中で、さてさて私はどうしようかと考えていたら聞き覚えのある声が私にかかってきた。
や、霊夢。二日振り。やっぱり今日も腋は出ているんだね。
「ボーっとしてたら遅れちゃった」
困ったものです。あと少しで間に合わなくなるところだった。けれどもどうにか間に合ったのだ。ギリギリセーフと言ったところ。
「ふふっ、何よソレ?」
私の返事に霊夢はそう言って笑った。クスクスとまるで人のことを小馬鹿にするように。
馬鹿にされたみたいだから、私はちょっと怒ってみようかとも思ったけれど、霊夢の笑顔を見てそんな気にはなれなかった。ふふん、今日のところは勘弁しておいてあげよう。
それに――
「霊夢は笑顔も素敵だね」
以前会った時はほとんどが仏頂面だったけれども、今はくすくすと笑ってくれている。あの時の霊夢も素敵ではあったけれども、やっぱり笑っていた方が素敵だと私は思うのです。
「っーー……」
そんな素敵な顔であったけれども、私が言葉にしたせいか霊夢はいつのも顔に戻ってしまった。
むぅ、もったいない。
「あいたぁ」
そして何故か頭をぺしりと叩かれた。何故叩いた。
叩かれた頭。けれども、どうしてなのやら気分は悪くない。おかしい。そう言う趣味はないはずなんだけどなぁ……もしかして私に秘められた力が覚醒でもしたのだろうか?
なんてことも思わないでもなかったけれど、そんな力は眠っていてもらいたいと思うのです。だって、なんか嫌だもん。
「ほら、浅葱も早くしないと料理やお酒がなくなるわよ?」
笑顔ではなくなってしまった霊夢。
けれどもその頬は僅かに赤く染まっているようにも見える。あらぁ、月や霧、建物だけじゃなくて、まさか人の頬まで赤くしてしまうとは……この世界も赤い色が随分と増えたじゃあないか。
しかしまぁ、仏頂面で頬を赤く染めた霊夢の顔も悪くはないと思った。
「あいたぁ」
そんなことをぽそりと口にしたせいか、やっぱり私の頭はぺしりと叩かれた。んもう、すぐ叩く。
愉快な仲間と談笑し、美味しい料理に舌つづみ。お酒を流して頬を染めるも悪くない。やっぱり宴会は良いものだね。
――――――――――
目の前には目一杯の料理を口に入れ、幸せそうな顔をしている奴が一人。ちょっと行儀が悪いけれども、今は宴会の場。それを咎める奴など誰もいない。
ボーっとしていたら遅れたとか言う、良くわからない理由で遅れ、それでも今は思う存分楽しんでいる様子。そんな様子を見ると、自然と顔が緩みそうにはなったけれども、先程の言葉を思い出しこの顔ばかりは変えるものかと変な意地を張った。
空から溢れ堕ちてくる弾幕をわーわー言って必死に逃げ、転ぶ。何やってんだコイツは。なんて思わなくもないけれど、コイツだから仕方無いのかななんて思ってしまう。
出会ってまだ二日。日は浅い。何者かもわからない。それでもコイツはそう言う奴なのだと理解した。
「そう言えば、浅葱はどうやって此処まで来たのよ?」
あの時は境内の真ん中へ急に現れたように見えた。飛んできた様子でもなかったし……
「知り合いが連れてきてくれた」
知り合い? 誰のことかしら? 浅葱が現れた時は一人だったと思うけれど。
「良い奴だけど、急にわぁっ! ってやるから、私は何度もびっくりさせられるんだ。それは好きじゃない」
「なによ、それ」
浅葱の言葉はわからないことが多い。もしかしたら、自分でもわかっていないんじゃなかって思うもの。
浅葱は人間ではない。しかしまるで幼子と話をしているようで、どうにも……。そんな奴なのにどうしても気になってしまうのは、そんな浅葱の性格のせいかしら? ほら、母性本能的な? いや、何を言っているんだ私は……
そんなものが目覚めるのはもっと先のことだろう。
「その知り合いのことは嫌いなの?」
「ううん、好きだよ。たまに優しくないけれど、ほとんどの時は優しいし」
それに――
一呼吸おいて、浅葱は言葉を続けた。
「霊夢のことも好きだよ。優しいもの」
まただ。
浅葱はこうやって感情を隠そうともせず、直接ぶつけてくる。ひねくれ者が多いこの幻想郷にそう言う奴は少ない。そんな奴らに慣れてしまったせいで、どうにも対応に困ってしまう。
ほら、また私の頬が赤くなる。
自分の感情を曝け出すなんてことは、なかなかできるものじゃない。嘘や建前を何十にも重ね。自分の本心を隠す。それが普通。
しかし、浅葱は違う。ただ単にバカだから嘘や建前を言えないだけかもしれないが、コイツは自分の本心を隠そうともせず曝け出す。しかも、それが浅葱の本心だと此方もわかるように。
それが少しばかり怖い。
けれどもそれ以上に私の何かを掴んでくる。
厄介な相手を気に入ってしまったものだと、心の中で自分に言い訳をした。
しかしいくら相手の本心であろうと、それをぶつけられた私は恥ずかしい。
恥ずかしいものは恥ずかしい。
だから私はやっぱり浅葱の頭をぺしりと叩いた。
――ありがとう。私もあんたのことは嫌いじゃないよ。
そんな気持ちを隠すように。
――――――――
霊夢に三度も頭を叩かれた。
叩かれた頭は痛くはないけれど、急に頭を叩いてくるものだからやっぱり私はびっくりしてしまう。ビッがりな私はそれがどうにも苦手であったため、ぽてぽてと霊夢から逃げることとした。
それにせっかくの宴会なのだ。色々な人と話をしなければもったいない。
「あら、あの時の浅葱……だったかしら」
色々な人と話をしたいとは思ったもののやっぱり美味しい料理に誘われてしまい、結局舌鼓。決して私の意思が弱いとかそう言うことでは無く、美味しい料理が誘ってきたのだがいけないのだ。誘われてしまったものだから仕方無いね。
うむうむ、妖怪狼や赤い霧より人の作った料理は美味しいじゃあないか。なんて思いながら料理を口にしていると、あの吸血鬼さんが声をかけてきた。
「よ、レミリア。おっすおっす」
「はいはい、おっすおっす」
そんなレミリアの片手には赤色の液体。たぶん葡萄酒だろう。仄かな酸味とアルコールの香りがするもの。それにしてもホント君は赤色が好きだねぇ。
私は赤色の葡萄酒よりも、白色の葡萄酒の方が好きなんだけどなぁ……
「そう言えばさ。レミリア」
「なによ?」
ついでなのだし聞いておこう。たぶんレミリアにもレミリアなりの理由はあっただろうけれど、気になるもんね。もしかしたら答えてくれないかもしれない。でも、聞かなければそれすらわからないのだ。
「君、あの赤い霧消せたよね?」
あの時は私が食べてしまったけれど、レミリアならそんなこともせず消せたはず。けれどもレミリアは消せないと言った。それが少しだけ気になったんだ。
「……気づいていたの?」
「そりゃあ、気付くさ。私が食べたんだもの」
あの霧は妖力の味とレミリアの匂いがした。残念ながらもう食べてしまったから戻すことはできないけれど、あの霧はレミリアの一部の様な物だ。それに吸血鬼なら霧を操ることくらいは容易いことなはず。
「そっか。浅葱は気づいていたのかぁ……あの異変自体がね、私じゃない奴に元々計画されたものだったのよ。だからさ、何かしらの抵抗や悪あがきをしたいでしょ? だってあのまま私があの霧を消してしまったら、私はただ踊らされただけになるもの。まぁ、結局浅葱が食べてしまったのだから一緒なんだけどね」
片手に持ったグラスを傾け、レミリアはそっとあの真っ赤な葡萄酒に口をつけた。
うむうむ、なかなか素敵な光景じゃないか。
踊らされたとか、計画とか私にはよくわからない。しかし少なくとも、あの時のレミリアは楽しそうに見えた。それならそれで、良いんじゃないかな。
「踊るのは楽しいことだよ?」
君もそう思うでしょ? 幼き素敵な吸血鬼さん。
「フフっ、そうね」
うん、それで良いじゃないか。
踊ろうが踊らされようが、そんなの楽しんだ方が勝ちに決まっている。硬い顔しているのも悪くはないかもしれないけれど、私は硬いのがダメだ。柔らかい方が良い。
「また今度紅魔館に遊びへ来なさい。歓迎するわよ。浅葱」
あら、そりゃあ素敵なお誘いだ。誘われたのなら仕方が無い。
「うん、行かせてもらうよ」
其処にはきっと素敵な何かがあるのだろう。
美味しい料理。素敵な人々。楽しい宴会。
「良い世界になったねぇ」
そんなものを見つつ私は、誰に当てるでもない独り言をぽそりと落とした。