『ベストプレイス』   作:victory

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それでも彼女は平素と変わらず振る舞い続ける

俺は一歩先に進む一色の背中を直ぐには追う事が出来なかった。

 

一色の言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡り、まるで自分だけ時間が止まってしまったかのような錯覚に陥ってしまう。

 

一色はなんて言った?クラスで居場所がない

 

クラスってのはなんかよく知らんがプログラミングの概念の一つであるあのクラスではなく、学年内でのクラスだよな。

 

校内カーストの最底辺に属し日常的に居場所が少なく今やプロのぼっち、ぼっちマスターともいえる俺はともかく、あの一色が?一年生で生徒会長を務め、葉山や雪ノ下、由比ヶ浜達と同様の校内屈指のトップカーストに属している一色。処世術が上手い一色。猫被りな一色。確かに一色本人が言っていたが、女子生徒からの受けは良くないそうだが・・・それは居場所がないと感じるまでのものなのだろうか?

 

「先輩?どうかしましたかー?」

 

少し先に進んでいた一色が立ち止まっていた俺を気にして振り返る。

 

「いや・・・なんでもねぇ」

 

そう返答しようやく俺は一色の後を追うがその足取りは重く中々前には進まない。

 

「先輩、早く行きますよー」

 

一色は俺の元に駆け寄ると袖を掴み、くいっくいと引っ張り、早く早くと言わんばかりに前に促す。

いつも通りのあざとさを見せる一色を見て俺は苦笑いするしかなく、一色に引っ張られるように館内を歩き始めた。

 

 

『・・・冗談です』

 

最後に言った一色の言葉、願わくばその言葉が真実であれ・・・そんな事を祈りながら。

 

 

 

   ~~~~~~マリンピア内~~~~~~

 

館内を歩き始めるとやはり主婦やら学生やらでガヤガヤと賑わっており、生来人通りの多い場所を避けてきた俺のテンションは彼等のテンションと反比例して下がり始めていた。

 

一色のいう買い物は品数こそそこそこあるものの雑貨屋2店舗も回れば事足りるらしく、時間もそれほど掛かる事もないとの話だ。あまり長い買い物は好ましくなく人の多い所が苦手な俺としても早く終わるのは大歓迎である。

さっさと終わらせようぜ、と先程まで立ち止まっていた時間を取り戻すように歩を進めていたのだが、ふと隣を見るとそこにいたはずの一色の姿はなかった。

 

こりゃ事件の臭いがしなくもなくないな・・・つまりはしない。後ろを振り向くと、当人は何やらファッションショップの店頭に並ぶワンピースやらスカートやらを物色しているのだから。

 

そんな様子の一色を見て溜息を一つ吐くと一色の元に向かう。

 

「何やってんの?お前」

 

言外に『油売ってないで早く雑貨屋行こうぜ!』と込めてみるのだが、意に介していないのかあるいは気づいてないのか、一色は俺の言葉を気にした素振りを見せる事なく、きゃるん♪といった笑顔を浮かべ店頭に並ぶワンピースを一枚手にとって見せる。

 

「先輩先輩、このワンピースヤバくないですか!?」

 

一色が見せたのは黒いシンプルなニットワンピースなのだが、ヤバいってどうヤバいんだよ・・・

 

 

「そうか、ヤバいのか」

 

「えぇ!ヤバいです。ビビっときました。ビビっと」

 

やや興奮気味の様子の一色なのだが、ビビっときたと言われても男の俺にはさっぱり分からないんだが・・・さっきから曖昧な情報しか伝わってこないんだけど?

 

 

というか興奮している所に水を差すのもなんだが、今日って生徒会の備品を買いに来たんじゃないの?まさかいろはすってば忘れてる?忘れてないよね?

 

「うーん、こっちの白のも捨てがたいし・・・」

 

そんな俺の懸念は露知らず、一色はうんうん唸りながら二色を見比べたり身体に合わせたりと忙しなく動いている。

 

いやもういいけどさ・・・薄々こんな流れになると思っていたし、小町や由比ヶ浜と買い物にいった時もこういう寄り道はあった訳だし。小町曰く女の子にとって買い物は潤いであり、見て回るだけでも楽しいらしい。なんとなく分からんでもないが小町や一色の年頃の女の子が潤いを求めるのはどうなの?そんなのは俺の心ばりに乾いてからにしてほしいまである。

 

等と考えていると一色がトントンと肩を突く。後ろを振り向くと、一色は二色のニットワンピを見せつけるように持っている。

 

「先輩先輩、どっちが私に似合うと思います?私に!」

 

最後の言葉を強調するように言うと一色は上目遣いこちらを伺ってくる。この後輩は一々あざとさを挟まないとダメなの?

しかし、『どちらが良いと思うか』ではなく『どちらが私に似合うか』ときたか・・・

 

「どっちでもいいんじゃね?」

 

「アウト」

 

言うと平素より鋭く低めの声音の一色はムッとした表情で俺を睨む。

 

「先輩、『女の子にどっちでもいい』はNGです」

 

あれ?この手の質問ってアレじゃないの?

『そっちがいいんじゃないか?』と答えて『えぇー、私はこっちだと思うんだけどー』みたいな感じになるってTVで見たぞ?いや、実際経験した訳じゃないから知らんが・・・多分そうだろう。多分な

 

しかしいろはす的には俺の返答はNGらしい。

 

「で、白と黒どちらが似合うと思いますか?私に!」

 

先程よりもぐいぐいと二色の服ニットワンピを見せつけ促してくる一色。

いや、正直どっちが似合うかと聞かれてもどっちも似合うと思うんだが、性格はともかく可愛さもあるし、スタイルも良い方だと思うし・・・別にいやらしい眼で見てた訳じゃないけどさ・・・何でも卒無く着こなしそうなんだがどっちでもいいはNGらしいし・・・どちらかといえば・・・

                                        

「どちらかっていうと黒じゃねーか?なんとなくだけどさ」

 

「なんとなくっていうのが気になりますが、先輩は私に黒のニットワンピを着て欲しいんですか」

 

言うと一色は再度思案するように二色を真剣な表情で見比べ始める。

 

いや、黒か白かで聞かれたらなんとなく黒の方が似合うと思ったからそう答えただけで・・・ほら、一色って黒いしさ。でも着て欲しいなんて一言も言ってないんだけど、どういう解釈の末にそうなったのかは分からないんだが・・・どうなってんのいろはすの思考回路は

 

「・・・よし」

 

一色はそう呟き手に持っていた白を元あった位置に戻すと微笑を浮かべる。

 

「ではでは、先輩が着て欲しいと言っている黒いニットワンピにしますね!私的にもビビっときたのは黒い方ですしね!」

 

いや、だから着て欲しいとは言ってないんだけど・・・ていうか今更だがそれ買うのかよ・・・

 

「期待しておいて下さいね!」

 

「あぁ・・・って何を?」

 

「秘密でーす」

 

言うと一色は黒いニットワンピを丁寧に畳むと小脇に抱えレジに向かう。その足取りは軽くどこかウキウキした様子にも見える。そんな平素と変わらない様子の一色を見て少しだが、ホッとしている俺がいた。

 

暫くすると一色は精算が終わったのか、ててっと小走りでこちらに戻ってくる。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「いや、言いたい事は色々あるんだが・・・もういいわ。そろそろ行こうぜ」

 

「はい!」

 

そうして一色の私的な買い物も終わったようなので、俺と彼女は賑わう館内を進み雑貨屋を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

    ~~~~~~駅前~~~~~~     

 

その後つつがなく・・・いや、一色の寄り道もとい、いろはすショッピングを挟みながらだからつつがなくないが、なんとか本来の目的である生徒会の買い物を果たした俺と一色は今は駅前にいる。

 

本来の目的の為の買い物より一色の私的な買い物(ワンピースやらマフラーやら)の方が多いのは何故だろうか?

というか・・・生徒会関連の荷物って多くないよな?

一色一人でも軽く持てちゃうくらいだ。

一色はもしかして最初からこのつもりだったのだろうか・・・

 

 

なんて訝しげに一色を見ていると当の一色が恭しく口を開く。

 

「先輩、今日はありがとうございました。」

 

そんな恭しい様子の一色を見ていると彼女を訝しんでいた俺が悪い事をした気になるのは何故だろうか?いや、俺は悪くないはず・・・だよね?なんか不安になってきたんだが・・・

 

「いや、まぁ、なんだ。疲れたけど気にするな」

 

予定していた時間より遅くなってしまったのは俺の予定的にアレだが、なんだかんだで俺も楽しんでいた気がするしな・・・嫌なら途中で『トイレ行くわ』とか言ってそのままフェードアウトしていたまである。いや、そこまで無責任な事はしないけどさ。まぁ、それほどの気概って事だ。

 

「その一言がなければ少しは先輩にときめいていたんですけどね・・・疲れたとか言わないでくださいよ・・・」

 

一色はいつものようにあざとく、ぷくっと頬を膨らませ不満気に口を尖らせるが、何か可笑しいな事があったのか尖らせていた口を緩めるとふっと笑みを浮かべる。その笑みにあざとさは感じられず、素の彼女が垣間見れた気がした。

 

「でも・・・疲れたとか言いつつなんだかんだでここまで付き合ってくれた辺り先輩はズルいというかあざといですね」

 

あざとマスターの一色からあざといと言われる日がくるとは・・・近い将来あざといぼっちマスターに昇格するのかもしれないな・・・あざといぼっちってなんだよ・・・ウケる!いや折本ですらウケないな。少なくともあざといのは俺ではなく一色と小町で十分事足りる。

 

「あざとくねぇから・・・素だから・・・ってか大丈夫か?」

 

改札口にある電光掲示板を見ると一色が乗るであろう電車の到着時刻が迫っている。

 

「へ?あぁ~、そろそろ行かないとですね。先輩は名残惜しくて堪らないとは思いますが」

 

「いや、別に」

 

「むっ、相変わらずつれないですね先輩は」

 

むっとした表情だが、どこか楽しそうに言うと一色は改札口に向かって歩き始める。

 

「ではでは、また明日学校で」

 

「あいよ、明日な。気をつけてな」

 

ばいばーいと言わんばかりに手を振ると一色は改札口を通りホームに向かう。そんな彼女の背中が見えなくなるまで見送ると、俺は家路に向けてペダルを踏み込み駅を後にした。

 

 

 

 

 

夜の街並みを進む。

 

そんな中思い返したのは

 

 

 

 

 

『明日からお昼ご一緒してもいいですか?』

 

 

 

『クラスで居場所がないのは私も同じですから』

 

 

 

 

 

『・・・冗談です』

 

 

 

 

 

 

 

 

皆が変わらない日常を過ごす中であった彼女の微かな変化・・・   

 

今心身ともに寒さを感じるのは冬の夜のせいだろうか・・・ 

 

そんな事を思いつつ家路に向けて独り夜道を進みのであった。

 

 

続く


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