俺は、物心付く頃から、姉の事が大好きだった。普段共働きで忙しい両親の代わりにほぼ面倒を見てくれた。そんな姉を慕い、敬い、姉もとても良くしてくれた。
夜とかに、母も父も帰りが遅くて。「さびしい」と言えば一緒に寝てくれた。寝つけるまで歌を歌ってもらった。一緒にお風呂だって入った。姉に頭を洗われる時が何とも形容し難いが、心地よく、心から笑えて幸せだった。雨の日で一緒に外で遊べない日は家で隠れんぼ、積み木を一緒にやってくれたり。そんな優しい姉の背をいつもちょこまかと一生懸命に追いかけていた。姉の友人も、俺の面倒をよく見てくれて、可愛がってくれた。
バレーボール。初めて聞く単語だ。飛雄は首をかしげた。
「バレーボールってなぁに?」
「んー?あ、ちょうど公園着いた。バレーボールはねー?あ、舞ちょっと後ろのリュックからバレーボールだしてくれる?」
「はーい」
話しながら歩いているうちにいつもの広場がある公園に到着した。子連れの母親達がジャングルジムで雑談している。舞は灯の背中のリュックのチャックを開けた。姉の頭ごしに見えたのは青、白、黄色のカラフルなボールだ。飛雄はそのボールに強く惹かれた。興味津々で見つめた。
「これがバレーボールだよ」
舞が飛雄にバレーボールを近づけた。
「おぉああぁ、でけぇ……!」
それは飛雄の頭とほぼ同サイズだった。
「まだトビオは5歳だからね〜、大きくなったら片手で持てるかもよ!?」
「これを片手で!?」
「男の子はでっかくなるからね〜。あ、トビオ。1回手に持ってみる?」
舞はそう言うと一旦ボールを灯に預けゆっくりと飛雄を地面におろした。
「バレーボール!バレーボール!」
「はいよッ、これがバレーボール!」
灯が飛雄の頭にボールを乗せた。飛雄は目を輝かせボールを手にとった。やはり5歳の少年には大きい。
「これでどうやって遊ぶの?」
「チッチッチ、トビオちゃ〜ん、遊びじゃないんだなぁ!ホンキよホンキ!オリンピックに出るんだから!私と舞でコンビ組めば最強っしょ!私がバーンッ!って打つ方!スパイクスパイク!!くぅー!カッコイイよねアレ!決まったらきもちよさそー!」
「お姉ちゃんは?」
「わたし?んー、私は…」
あまり考えた事なかった。舞は要領がよく、物覚えも早い。基本的何でもそつなくこなしていたので、これといって何かをやりたい、という思いはなかった。
「別になんでもい……」
「セッター!!舞は絶対セッター!」
ビシッっと指を舞につきつけ灯は叫んだ。
「えーっと、セッターってなんだったっけ?」
舞はまだルールを完全に覚えていない。灯に少しずつ教えてもらっているのだ。
「細かいことは置いといて、とにかくボールを上げる人のことだよ!」
「ふーん・・・?でも何で私がセッターなの?」
「さっきも話したっしょ!コンビ!つまり相棒だよ!野球で言うバッテリーみたいな!!舞が上げたボールを私がバンッって!!」
「なるほどぉ・・・。セッターかぁ」
「ねぇねぇバッテリーってなぁに姉ちゃん?ねぇねぇ、教えて」
話しについていけない飛雄が話題を逸そうと姉のズボンの裾を引っ張るが、反応してくれない。
「セッターもいいけど、やっぱり何そつなくこなせるようになりたいな・・・。そしたら、もっと灯を強く惹き立たせられるかもしれない」
「ねぇーねえちゃーん!!」
「わぁっ!ごめんトビオ!全然聞いてなかった!」
「ひどいよー!!!」
飛雄は拗ねて舞の足にしがみついてグルグルと回った。
「アンタ、ホントにお姉ちゃん好きなのねー」
灯はしゃがみ込み飛雄に視線を合わせるとからかうような口調で言った。しかし飛雄の返答は単純で、素直だ。
「・・・なんだよ・・・灯姉ちゃん・・・。好きじゃわるいのかよ・・・?」
口を尖らせてそっぽを向き、照れながら飛雄は言った。
「・・・・・・」
「お、おぉ・・・?ありがとうトビオ・・・?」
舞もてっきり「うるせぇ」だとか、「そんなんじゃねーし」と言うとばかり思っていたので少し面食らってしまった。
「ブハッ!かっわいー!!愛されてるんだねー舞は!」
こうも素直に返事が帰ってくるとは思わなかった。少しの間を開けた後、灯は吹き出して笑った。
「う、うるせーよもぉー!!」
飛雄は恥ずかしくなり、ずっと握りしめていたバレーボールを空へと思いっきり両手で放り投げた。
「!」
「!」
その時、舞と灯の雰囲気がキッと変わった。ゾワッッとする感覚が飛雄の中を駆け巡った。
「オーライオーライ!」
舞はすばやくボールの着地点に潜り込み、覚えたての見よう見まねで練習してきた事を実行した。手で三角形をつくって、少し膝も使って、ボールを包み込むように、そのままフワッと上に上げる感じで・・・。
トッ
山なりのとてもきれいなオーバーハンドパスが決まった。飛雄はそんな姉に見とれてしまった。
「・・・・・・ッ!」
「よっしゃ決めてやんよー!!!」
ハッした時、灯がビュンッと前を通り過ぎた。助走をつけ、強く足を踏み出し高くジャンプ。公園の砂利のすれる音が飛雄の耳をかすめる。
その時、灯の挙動すべてが飛雄にはスローモーションに見えた。
「はぁあぁぁあああっ!!」
ズバァン!!と音が鳴り、ボールが地面に叩きつけられた。砂利に痕をくっきりとつけ、ボールはバウンドしジャングルジムの方へと転がっていった。
飛雄は息を呑んだ。その見事なコンビネーションに。そして同時に理解した。
灯の言っていたスパイクとやらが決まる瞬間がカッコイイのと、最高に気持ちいいのだと。まだ幼い8歳の子供の遊びだと思って見ていた子連れ見張りの母親達は目を見開いた。アレが8歳のやる所業だろうか?
「いったーい!!めっちゃ痛い!!手赤くなった!死ぬ!!」
「うぅ・・・、私もまだヘタクソ・・・、なんか指滑る・・・」
当の本人たちは指をもんだり、さすったりしている。飛雄はもう、ポカーンとしてしまった。開いた口が塞がらない。ムキになってやけくそ気味に適当に上に投げたバレーボールが、目の前にいる姉さん達の手によってこんなにも変化し、迫力が出るのだと。そしてもう、次に言いたいセリフは言わずもがな。
「おれも・・・、おれもバレーやりたい!!!」
天性の才能に恵まれたが、決して奢ることはなく、ひたすら格上を尊敬し追い求める影山舞。
才能などなく、凡才ではあるが努力を惜しまなく、人生をバレーに捧げる覚悟でいる蝶野灯。
彼女達は成長するにつれいつしか蝶舞コンビと呼ばれるようになっていった。
”蝶のように舞い、蜂のように刺す”
セッターの多彩な攻撃パターン、そこから繰り出される強烈なスパイク。
影を明るく照らす
そしてそんな2人を幼いころからずっと見続けてきた少年が、バレーをしないわけがなかった。
自分も姉のようになりたい、姉と一緒にバレーをやり続けたい。飛雄のバレー漬け人生の幕開けだった。
幼いころの出来事って意外にも目に焼き付いて離れないモノとかありますよね・・・。