男は跪いていた。跪く先には老いた王とあどけなさの残る姫、脇には神官と政治家達、男の鼓動は昂ぶっていた。
「国とあなたに、私のすべてを」
そう男が口にすると、差し出した手には剣が置かれる。「黒龍」と呼ばれたその剣の鞘は1m程の長さがあったが、その長さとは裏腹に全くという程重さがなかった。刀の性質上当たり前ではあるのだが、男は少しばかり拍子抜けする。
「近衛兵士、國崎真司、私のために生きなさい。そうすれば貴方には第七王女、出雲悠里の名にかけて、最高の名誉と満足した死を与えましょう」
真司は表情に出さぬように気をつけながら哀れな女だと心の中で呟いた。これから赴く旅は通常ならば異性の2人1組で行動する。その理由は様々であるが簡単に言ってしまえば男の方が力が強く、女が長生きだからである。更に言えば、同行する女は男の性を発散する場として使われることもあった。「壱の國」と呼ばれ、この世界では最大の面積、及び人口を誇る国を統べる出雲王家としては、国を代表する戦士を送り出すため、王家も尽力するというポーズを民に示しつつも、王家の血が汚れることは許されないために、傷物になっても構わない、おおよそ王位を継承することがない悠里を半ば戦士のための生贄として差し出したのだろう。浅はかな考えだと真司は思う。たしかに悠里の年齢は20歳であり、女性が人生の中で最も美しくなる齢ではある。更に言えば、女に疎い真司をして、かなりの美貌だと評するに値する。しかし、だからと言って1人の女性を好き放題出来る程、國崎真司は外道ではなかったし、正直に言えば、同行するのは美人でなくてもいいから、悠里の隣にいる王が来ている国宝級と呼ばれる鎧が欲しかった。
「國崎、明日、発て。退席を許す。これで出立式は閉じる。」
王が短く言った。それを聞くと、真司は王に背を向け退席する。王が下がる前に退くなど罰当たりだと罵る神官の声が聞こえる。しかし真司は気にしない。真司が幼い頃、飢え死にしそうだったとき、迷いこんだ教会の神官は薄汚い野良犬を見るような目で真司を一瞥すると、食い物を恵むどころか、汚い童が居付かぬように、蹴り飛ばし、罵声を浴びせた。この国の教会組織など、その程度である。もしかすると、真の意味で善なる教会など、この国はおろか、この世界全体を見渡してもないのではないかと真司は思っていた。
その日の夜、ひとしきり自分の部屋を片付け、真司はベッドに横になった。
「俺はどこで死ぬのだろう」
真司は自分が死ぬことを知っていた。それどころがこれからの旅がどれほど過酷になるのかも概ね把握していた。だか絶望はしなかった。別に生きる希望があったわけではない。ただただ、運が悪ければボロ雑巾のように暗い路地で死んでいたであろう自分が、救国の英雄として国命を背負って死ねるのだ。むしろ上出来であろうと考えていた。剣を持てば1人で壱の国の誇る自分以外の近衛兵全200人を全滅させられるとさえ自負しているのだ、まあそこそこ死ぬまいとも思っていた。とにかく真司は絶望していなかったのだ。
瞼を閉じると急に眠気に襲われる。戦士は夢に引きずり込まれる。無双の男も疲労には勝てないのだった。