時賭 壱の國編   作:かめのこばっくまん

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第2話

「では、行くか。」

目の前には洞窟が口を開けている。出雲大洞窟と呼ばれるこの天然の迷宮は、この時代の探検家達の胸を躍らせた。無論、真司はそちらの方面にはまったく興味はなく、時賭が持つ時限の神の雫を探知する直感力を用いれば何度もやってくる分岐も迷うことなく進むことができる。

「はーい。」

とても重荷を背負わされているとは思えない口調で悠里が後ろに続く。この天真爛漫さは、王宮育ちの馬鹿なのか、それとも敵対者から身を守るために悠里が身につけた渡世術なのかは真司の知るところではない。

目下の所、単に大洞窟に入り、出てくるだけなら簡単に思えた。前述の通り、目的地までは迷うことなく進むことが出来そうだし、最奥までは50kmあるとはいえ、往復100kmと考えれば2日もあれば踏破できよう。すなわち残された問題は2つ、1つ目は他の時賭の存在。おそらく似たような時期に壱の國を出発したと思われる。洞窟は一本道、往復の間に出会う危険は非常に高い。相対すれば、場合によっては戦闘になる。例えば、こちらが手に入れた時限の神の雫を相手が奪おうとしてきたときなどがこれに当たる。その逆もありにはありだが、おそらく悠里が許しはすまい。悠里は真司に命令できる立場ではないが、戦いにおいて悠里の協力が得られないのは非常にまずい、このような旅の序盤で仲間割れをするわけにはいかなかった。何よりそのような盗賊まがいの行為をしてまで救国の英雄などと呼ばれたくはないという真司自身のプライドもあった。2つ目は神の雫を守る守護者の存在。時限の神が遣わしたその存在の力は現存する生物を大きく上回り(無論、竜王や霊王、不死者王、吸血鬼の始祖などは別であるが)、黒龍を抜かねば打倒は困難と思われた。しかし実は真司自身も黒龍の能力形態を全くもって知らず、守護者と相対しても彼我の戦力差を分析できない恐れがあった。野党など試し斬りをする相手はいくらでもいたが無駄に抜刀することによって、何処にいるかもわからない、他国の使い魔に情報が漏洩したり、つまらぬ相手のために能力を使う代償を払うのもためらっていた。

とにかく真司達は進まねばならないのだった。

「わあ、暗いですね。」

「たしかに暗いな。明るくしよう。」

ランタンに火をつけようとする。発見される恐れはあったが暗くて進めなくては意味がない。

「いや、いいですよ、よし、輝け。」

悠里は杖を取り出すと杖の先に明かりを灯した。王女の行為に真司は驚いた。この世界では魔法を使える者は非常に少ない。そもそも才能という芽がなければ魔法を唱えても意味がない。なぜこんな小娘が使えるのだ。

「なぜ魔法を使えるんだ、そんなこと俺は聞いていなかったぞ。」

「当たり前です、人前で使うのは初めてですから。有能だと王宮では生きづらいんです。ですがこんな日も来るかもしれないと思っていましたから、才能があると気づいてからは王宮の図書館で勉強していました。そこそこ戦力としても数えてもらって良いですよ。野党の4、5人なら一撃で吹き飛ばせると思います。」

「なぜ言い切れる、温室育ちのお姫様が実際に人様に魔法を使ったことがあるのか。」

「王位継承権が低いとは言え、王宮の中は魔窟です。国内、または国外からも刺客を差し向けられたことがあります。でも安心してください。相手が爆発系の道具を使ったあとに防御した上でぶっ放していたので、恐らく誰にも気付かれていないでしょう。」

「あんたを、少し見くびっていたよ。素直に謝罪する。それと敬語もやめてくれ。あんたと俺は一連托生なんだ。気を遣うのはおかしい。」

「わかったわ、真司さん、これからもよろしく」

とんでもない王女様がいたもんだ、真司は心の底から感心していた。能ある鷹は爪隠すと言うが、彼女がそうなのだろう。認めたからには彼女には最低限の敬意を払おう。そう真司は決めたのだった。

それから歩き始めてどれほど時が過ぎただろうか、5時間か、6時間か。少しばかり疲れて来ると200メートル程先に明かりが見える。真司は休憩を録にとらなかったことを後悔した。

「明かり消します」

悠里は短く言うと、杖の明かりを消した。しかし視界は先程と大して変わらない。悠里が暗視の魔法をかけたのだろう。単純に明かりを灯すだけより、2人分の眼球に暗視の魔法をかける方が魔力消費が激しいため、敵を発見するまでは明かりをつけていくことにした。幸い敵に発見されていないようだ。黒龍の探知能力に引っかかっていない。悠里の魔法、真司の黒龍の能力、これらを駆使すれば洞窟内での闘いもかなり有利に進められると思われた。

「戦闘を仕掛けますか、50mくらいまで近づけば私の魔法で一方的に吹き飛ばすことも可能かもしれません。もし防がれたときは反動が大きいので援護が必要ですが」

頭から悠里の思念が流れ込んでくる。意外なことに彼女は非常に好戦的のようだ。悠里の方から戦闘を持ちかけてくるとは。

「いや待て、あんたの魔法の威力はよく知らないが、敵が時賭ならそう簡単には殺らせてはくれないだろ。あれが神の雫という可能性だってある。それを破壊してしまった場合、時限の神の機嫌を損ねて絶望とやらが俺らを襲う可能性たってある。いまは接近して正体を見極めるんだ。」

2人は近づいた。ゆっくりと…

そしてそこには…人間らしき者がいた。

「あはぁ…ラスティアさまぁ…私、頂いたこの宝石を、守らせて頂きますぅ。いっしょうけんめいぃ…はぁ…」

女の様だった。長い舌で愛おしそうに水晶を舐めまわしていた。それは7つあった。ということは水晶が神の雫、女は守護者ということで概ね合っているだろう。

「そこで見ている子たちぃぃ…きづいてますよー。でてらっしゃーい。出てこないとー…」

女が軽く腕を振ると、悠里の目の前の岩壁が砕け散った。投石だった。悠里の表情が戦慄に引きつる。命中すれば死は免れないだろう。しかし…

「我が神イシュバルトよ、今こそ私の信仰を全霊で捧げます。我が敵を貫く力を授けたまえ。雷光蒼連槍‼︎」

悠里の持つ中では中の上程の力を持つ魔法を放つ。常人であれば、7.8人程なら一撃で感電死させられる。円形の雷撃が檻状に謎の女を包み込み、女を中心に徐々に小さくなっていく。檻が小さくなるにつれて、女の表情が引きつりを増す。守護者であれば常人を遥かにしのぐ身体能力を持っている。しかし、それを持ってしても悠里の一撃は耐え難いものであった。

「ぐあぁ…殺すぞおんなあぁ!」

自分の力が守護者にも通用するのは悠里としては当然の結果だった。いままでどんな敵も一撃で屠ってきた悠里の魔法なのだから。しかしダメージは与えても、致命傷にはなっていないらしい。女は消えたかと思うと、一瞬で間合いが詰まる、悠里は死を覚悟する。その速さは次の詠唱を許してくれそうにない。自分は馬鹿だと思った。最初から必殺の消滅魔法を全身全霊で放つべきだったのだ。

だが2人の間に真司が割って入る。そこで初の黒龍、抜刀。

「なんでいきなりぶっ放すんだ、普通前衛が先に仕掛けて、その後後衛が止めだろ、好戦的過ぎだぞ、お姫さん‼︎」

黒龍の異能を使う、文字通り真司の命をかけて。時賭は自分の寿命を己の武器に込めて戦う。当然、賭ける寿命が多ければ多いほど得られる力は増す。しかし、だいたいのフィーリングでしか代償の量は決められない。とりあえず寿命の1カ月分をくらいを黒龍に込める。瞬間…

「どあぁ‼︎」

真司は壁に激突した。一歩踏み出したつもりが、20m程先に移動していたのだ。寿命をかけた身体強化により、真司の身体能力は吸血鬼などの超越者と呼ばれる者達を更に超越していた。

「全然使いこなせてないんじゃん、あんた達ここで死んじゃうよ?」

女が迫る、しかし先程とは違い真司には完全に女の動きが見えている。黒龍を女に突き出す。すると黒龍の刀身はゆるりと揺らぎ、四つ又の槍となって女に襲いかかる。使い方など教わっていない。しかし、最善の選択が頭の中に流れ込んでくる。これが時賭の使う武器の特殊性なのか。黒龍が女を貫く。そしてさらに背負ったもう一本の大剣で女の胴を薙ぎはらう。だが、何故か女の体に刃は通らない。しかし大剣の威力で女は吹き飛ぶ。

「嘘だろ、その体何でできてんだよ?、この剣はサラマンダーすら一撃で真っ二つにするんだぞ。」

よろよろと女は立ち上がる。

「なるぽど、強いわ。時賭ってすごい。だけど追撃するなら普通の剣じゃなくて、そっちの黒い方にするべきだったわね。守護者クラスに普通の武器を向けるのは大して効かない上に侮辱に値するわよ。でもまぁ人間みたいな糞生物の命でも、全身全霊をかければ素の私に対抗できるくらいにはなるのね。

…決めたわ。私、命賭けちゃいます。」

そう言うと、女の頭に光の輪が浮かぶ。そしてさらにその中から刀身の長さだけで真司程はあろうかという槍を取り出す。

「さらに、こうしちゃう。」

女は指をくるりとまわすと、女は黄金のオーラに包まれる。それを見た悠里が絶句する。

「馬鹿な。真司、あれは始祖たる者の衣です。あれはあの女がいままで吸い取ってきた生命エネルギーを剣や盾にするのです。しかしたった1つの命では瞬き1つくらいの時間しか展開できません。恐らくは都市1つ丸々食い尽くすくらいの命を吸ったのでしょう。あの衣の前ではいかなる物理攻撃、魔法攻撃も意味を成しません。さらに、あれは敵対する物に触れたときその物質を消滅させてしまいます。」

「それって勝ち目ないだろ。どうすりゃいいんだ?」

「逃走するべきでしょ、黒龍もかなり強いようですが、あれを出されてはその力も霞んでしまうわ。無論、相手が許せばですが。」

女は不気味に笑う。

「うーん、別にいいよ?シャスティア様に去る者は追うなって言われてるんだ。言っても私第1関門だから、守護者の中でも強い方ではないし、私に勝てないようじゃあなた達たかが知れてるけど。ちなみにここでのあなた達の課題は、私を滅ぼすこと。私を殺したら誰も通れなくなるかもって?大丈夫、私始祖だから。50回くらいなら致命傷を受けても平気だよ?だから正確には1回分私を滅ぼせばいいってことなんだ。」

真司は悩んだ。こんなことを言って後ろから襲われたらたまらない。しかし女の申し出が本当なら願っても無いことだった。

「男の子の方は疑り深いんだね。慎重なことはいいことだよ。でも単純な頭脳なら女の子の方が上かな。瞬時に私の行動の真意を見抜いたね。わざと攻撃を受けたのは私に有効な攻撃手段を示すため。あるいは無効な攻撃示すためだよ。そして、始祖たる者の衣を見せることで圧倒的な守護者の力を見せつけて、時賭達が変に寿命を残すとか考えないようにするため。シャスティア様は本気の人間が本気で戦って、無様に死んだり、栄光を掴んでも残りの寿命の少なさに絶望したりするところが見たいんだからさ。だから本気じゃなきゃ意味ないの。で、どうする?」

「悠里、撤退だ。現状でこいつの光の衣を突破できるイメージが全く湧かない。」

「賛成です。真司。ここは撤退しましょう。次こそは必ず。」

真司は苦渋を噛み締めた。自分に並ぶ者はいないと思っていた。しかし、とんだ井の中の蛙だったのだろう。目の前の女の戦力は、自分の残りの寿命全てを賭けても敵わぬかもしれない。明確な敗北だった。いや敗北ですらない。真司は碌に戦ってすらいないのだ。ただ品定めをされて、その結果つまらぬと判断された。それだけだ。

「1度、地上に戻る。」

「はい、さいなら。」

帰りの足取りは早かった、行きの3分の2程であったろう。真司はそれほどここに長居したくなかったのだ。

暗い気持ちを抱えたまま地上に出ると哀れな姫は言った。

「真司、あなたが自分の剣を信じるように、私は私の剣であるあなたを信じるわ。」

「とんだ鉄くずでないことを祈っていてくれ。」

「たとえ鉄くずだったとしても大丈夫。振るう剣士の腕はそれなりよ。」

「そうか、こんな鉄くずでもまだ役に立てるなら、たとえ刃こぼれしてでも、あんたの敵を切って見せる」

「そうね、とりあえず今日は休みましょう」

その夜、戦士は瞼を閉じた。次こそは主人の敵を叩き切る自分を想像しながら。


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