それに気が付いたのはあれから半月後だった。
アルゴに入手した情報を売りつけようとメッセージを送ろうとフレンド連を開いたとき、≪月夜の黒猫団≫の全員がログアウト状態になっていた。
言うまでもないがこの世界のログアウトすなわち死を表している。
つまり、≪月夜の黒猫団≫全員が死んだということ。
思い出すのはついこの間サチと話したこと。
彼女はこうなる事が分かっていたのだろうか。
次に思い出すのは一ヶ月半前にキリトと話したこと。
あいつが今どうしているのかとか何を考えているのかは知らないが今すぐぶん殴ってやりたい気分だった。
それはさて置き、一度おいておいて、≪黒鉄宮≫にある≪生命の碑≫に向かうことにした。
気分を落ち着かせるためにも一度深呼吸をする。
感情を殺し、冷静であろうと努める。
そうでもしないと今すぐ泣き出してしまいそうだったから。
久しぶりに≪はじまりの街≫に足を踏み入れても別段なんとも思わなかったし何も思い出さなかった。
それほどまでに≪剣士に碑≫に急いだいたかと言うとそうでもない。
ただ単に、何も考えたくなかっただけだ。
いまだに≪月夜の黒猫団≫のみんなが死んだことを信じ切れていない。
だからこうして確認しに来ているのだ。
けどきっとどこかで確信している。
それでも、もしかしたらという誘惑に負けてこんなところまで来てしまった。
足を止める。
顔を上げた先にあるのは大きな黒いモニュメント。
そこにはSAOにログインした一万人のプレイヤーネームが刻まれている。
真っ先に目に入るのは≪Maki≫の文字。
そしてアルファベット順に並んでいる名前を上から眺めていき、≪月夜の黒猫団≫のメンバーの名前を確認する。
見つけることは簡単にできた。
ただ、それら全てに赤い横線が引かれていた。
そして、次に目を向けたのは≪Kirito≫の文字。
そこには横線は引かれておらず、まだ生きていることを表している。
それを見た瞬間、俺の中の何かが音を立てて崩れていった。
呆然とそれを見ること数十秒。
思考が追いついたときにはもう止められなかった。
今すぐ、キリトを殺しに行こうと思った。
あいつ一人だけ生き残ったことが許せなかった。
ゆらりと、力の抜けた体で振り返る。
視線は下げ、ゆっくりとした動作で歩き出す。
これは燃えるような怒りではない。
むしろ、極限まで冷え切った冷たい怒りだ。
しかし、それはほんのわずかなことで爆発してしまうほどだった。
足を動かし前に進む。
大丈夫。俺ならできる。
きっとキリトを殺せる。
あいつは最近攻略に参加していないから勘が鈍っているだろうし、レベル差だってそんなにない。
俺が根拠のない確信をした時、誰かの声が聞こえた。
「どこにいくんですか?」
その声は少女のものだった。
俺は驚く。
このゲームにこんな年端もいかない少女が巻き込まれていることに―――ではない。
その声に、感情というものが全くなかったからだ。
顔を上げてその姿を確認する。
歳は10歳ほどで髪は黒く、背中まで届いており、白いワンピースを着ている。
その少女は無表情でこちらを見据えている。
たったそれだけなのに背筋が凍る。
例えるならば自分じゃ絶対に敵わないてきと対峙した時のようだ。
「あなたじゃ、キリトさんには勝てません」
その根拠はどこから来るものかは分からないが、どこか確信をもっている様に聞こえる。
少女は続ける。
まるで俺に言い聞かせているかのように
「ホントは気づいているんじゃないですか?今のあなたじゃ無理だって」
この少女が何者なのか、なぜここにいるのか、どうして俺の考えていることが分かったのか、疑問はいくらでも浮かぶがそんなことに割ける思考はなかった。
だから反射的に答えてしまった。
「……そんなの…やってみなきゃわかんないだろ……!」
「いいえわかります。あなたとキリトさんのステータス、所有スキル、戦闘傾向、その他15の項目を考慮に入れて100のシチュエーションで戦闘シミュレーションした結果、あなたの18勝59敗23引き分けとなりました」
「……は?」
何を言っているのだろうか。
言葉に思考が追いつかない。
なんで俺やキリトのステータスを見れるのかとか、戦闘シミュレーションとかわけのわからないことはたくさんあるがそもそも――――
目の前の少女は一体何者なのか
「申し遅れました。私は
メンタルヘルス………?
「普段はプレイヤーへの接触はマスターにより禁止されていますが今回は特例で許可されました。カーディナルはあなたを今後のアップデートに有効に活用できると判断したようです」
カーディナル……?アップデートに有効……?
「よってこれから起こるであろうあなたの死を未然に防ぐためにあなたの精神をケアしに来ました」
ちょっと待って欲しい。
理解できない。
「どうです?意味不明なことを言われて少しは落ち着いたんじゃないですか?」
そういって目の前の少女――ユイは無表情でそう言った。
言われてみればすこしばかり気持ちは軽くなったような気がする。
何というか、こう眠る直前みたいに頭が軽く……
「まぁナーブギアから落ち着く様な脳内分泌物の生成を促進させたのですから当然です」
……なに怖いことしてくれちゃってんの?てかそれって危なくないの?
ただ、先ほどまでの怒りはもうない。
これなら落ち着いて話ができそうだ。
「…それで?一体何がしたいの?」
「あなたは人の話を聞いていないんですか?私の目的は先ほど言った通りあなたの死を回避することです」
いや俺の死って言われても……
「実感が湧きませんか?あなたなら分かると思いますが」
「俺はキリトと戦ったって引き分けることぐらいならできるぞ」
「先ほどまでのあなたの感情のままで、ですか?」
そういわれると痛い。
話題を変えるためにユイに疑問を投げかけることにした。
「そ、そういえばユイ……でいいよな。ユイって…メンタルヘルス……」
「メンタルヘルスカウンセリングプログラムです」
「そうそうそれそれ。それってなんなんの?」
「文字通りプレイヤーの精神面をケアするために作られた人工知能です」
精神面をケアねぇ……
本来なら人の手でやるんだろうけど、デスゲームになることを見越してか茅場晶彦はこんなプログラムを作ったってわけか
「その通りだと思います。人の手でやったらどうしてもデスゲームは崩壊してしまいますから」
「あの…さっきからナチュラルに人の思考覗くのやめてもらえる」
「わかりました。プレイヤー・マキのメンタル状態のモニタリングを終了します」
ユイは瞳を閉じ、一瞬全身の力が抜けた様に見えた。
まるで再起動するかのように。
というかホントに読んでたのかよ…
はぁ…、とため息を吐く。
するとユイは年相応の不思議そうな顔でに首を傾げて言った。
「どうしたんですか?ため息なんて吐いて」
何をどうしたのかわ知らんが、ユイの表情や話し方―――わかりやすく言うなら性格が変わったようだ。
「お前思考読まないと何考えてるか全然わかんないんだな」
ユイはむっとした表情を作って
「そんなことありません。私には感情模倣プログラムが与えられていますから人の感情は理解できます」
ホントかぁ……
「何ですかその疑うような目は……」
ユイは少し拗ねるような表情をみせた。
出来ることを出来ないと思われたのが癪に障ったのだろう。
「いいでしょう。ならさっきのため息の理由をこたえましょう」
ユイはこちらに歩いてくる。
俺と一メートルくらいまで近づいてから言った。
「おそらくマキさんは感情が一転したため息を用いて明確な区切りをつけたのでしょう」
どうだ、と言わんばかりのドヤ顔で胸を張る。
「残念ハズレ」
「な、じゃあ答えはなんですか!」
ムキになって聞いてくる。
なんとなく、シリカとは気が合いそうだなーとか考える。
「答えは呆れたんだよ」
一つ伸びをする。
ユイの言葉じゃないがどうやら感情を一転させるには体力を使うらしい。
ユイは呆れたって何ですかー!とか言っているがその頭を撫で≪黒鉄宮≫の出口へと向かう。
「とりあえず帰るよ。攻略って気分でもなくなっちゃったし」
歩きながら言う。
「あの!」
途中、ユイに呼び止められた。
振り返って言葉の続きを促す。
「なんでマキさんは私を人として接するんですか?」
それは先ほど俺の頭の中を覗いたから分かったのだろう。俺に自信はプログラムだと言った時に何も感じなかったことに。
そしてそれは、おそらくそれはユイが最も聞きたかったことだろう。
プログラムである自分にどうして人間と同等に扱うのか、と
その答えは簡単だ。
「人と同じように行動できるなら、それは人と変わらないだろ。特にこの世界では」
笑いかけながら言う。
それを聞いたユイはぽかんとした表情をしていた。
そしてユイの返答はというと、
「そう考えるのはマキさんだけです」
「そう考えるのもユイだけかもよ」
するとユイはまた拗ねたように言った。
「屁理屈です…そんなの」
まったくもってその通りだ。
俺は背中を見せて歩きながら言う。
「考え方なんて人それぞれだろ」
たぶん、もうユイと合うことはないだろう。
茅場晶彦がシステム側との接触を見過ごすはずがない。
そんの少ししか話をしていないけど、確かにこの命を救ってくれた。
そこには彼女なりの理由があるのだろうけど、それでも俺が救われた事実は変わらない。
だから、せめてこの命は大切に扱おう。
それが、俺に唯一できる恩返しだから。
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