転生者「神を本気で殴り飛ばす」 作:トマトル
男は気づけば不思議な空間に浮いていた。
そして、男の前には神を名乗る怪しげな老人が立っており、何事かを呟いていた。
神が言うには男は神の不手際で殺されたらしい。
男は愕然とした。それもそうだろう、自分が殺されたのだから。
だが、神は男の気持ちなど気に留める様子も無く呟き続けていく。
「お詫びとしてお主を転生させてやろう」
―――そんなことはどうでもいい。家族の元に帰らせてくれ。
心の中で呟くが神の耳には届かない。これが人であれば当然であろうが神であれば心の声程度、聞き取れないのは不自然だ。
男には家族がいた。不器用ながらも愛情深い父に優しい母。そして、自分よりも五つ下の目に入れても痛くない妹。
男の家庭は特別裕福であることもなく、特別貧乏でもなかった。
どこにでもある普通の家庭。そこで男は育ちこれからも生活していくつもりだった。
だが、神はそんなささやかな願いすら否定する。
「転生特典も付けてやろう。なに、安心しろ、チート能力で有名なワンパンマンのサイタマの力じゃ」
―――そんなものはいらない! 俺はみんながいればそれでいいんだ!
男の絶叫は響かない。どこまでも非情に、足掻くことすら許されない。
男には竹馬の友がいた。普段は無口だが誰よりも友を想って行動する者だった。
男には好きな女性がいた。明るく快活な女性に惹かれていた。
小さく当たり前であるが、掛け替えのない者達との関わり合いが好きだった。
それさえあれば他には何もいらないとさえ思える程、男は無欲だった。
平穏の素晴らしさを理解していた。だというのに神は―――
「それと、不手際のせいで―――お前の存在は全て者の記憶から消えた」
―――――っ!!
声にならない悲鳴が空間に響き渡る。新たな人生と引き換えに全てを奪われた者は絶望故に動かなかった体を動かすことに成功する。
だが、それを見ても神は特に表情を変えることもなく男を眺める事しかしない。
「原作に関わった方が楽しいじゃろうと思ってお前を主人公に憑依させてやるぞ。これでハーレムも作れるぞ」
―――黙れ……もう、何も聞きたくない。
男にとっては何もかもがどうでもよかった。
己の過去を知る者が消えるという事は自分の全てを否定されるに等しい。
生まれ変わった所で、絶望ですぐに自殺してしまうかもしれない。
だが、神にとってそれは想定の範囲内のであったのか、ただの悪趣味なのかは分からないが彼にもう一つの特典を与えた。
寿命以外で死ぬことは許されない。それがもう一つの
神は自分が言いたいことだけを言い終えると男を転生させる。
「では、よい来世をな」
男はうっすらと笑みを浮かべる神の顔を、憎しみを籠めた瞳に焼き付け意識を失った。
夕暮れ間近の公園で茶色の髪をした七歳の少年が明らかに年齢に似合わない哀愁の漂う背中を見せながら一人ベンチに座っていた。
少年の名前は“兵藤一誠”。本来であればある物語の主人公になるべく生まれる少年だ。
しかし、ここにいる少年の中身は変わってしまっていた。
中に居るのはかつての己の全てを否定され、死ぬことすら許されず神に踊らされる哀れな道化だ。
少年はこの七年間苦しみ続けてきた。
それも当然だろう。自身の全ての代わりに手に入れたのは神の言うチート能力と明るい未来を歩んでいくはずだった主人公の肉体と立場だけだった。
これを望む者は数多く居るであろうが少年にとってはどうでもいい物であった。
特別など望んでもいないのに無理やり特別にさせられた現状は苦痛でしかない。
それでも少年は生きていた。死ねないのもあるが何より自分が奪ってしまった彼の人生の分まで生きねばならないと強迫観念のように自分に言い聞かせていた。
もっとも、最初はそれ以外に自分が生きる意味を見いだせなかった為の行為だ。
だが、今は違う。少しではあるが生きる意味を見いだせるようになっている。
「イッセー君、そんなとこで座ってないで遊ぼうよ!」
「ああ……そうだな。それで何をするんだ、イリナ?」
「鬼ごっこ!」
少年は短かく切り揃えられた茶髪に紫色の目が特徴的な少女に手を引かれて子供達の輪の中に入っていく。
少女の名前は紫藤イリナ。元気が良すぎてよく男の子と間違われる子だ。
全てに絶望して何をすることもなくただ生きていた少年を無理矢理に外まで引きずり出した張本人でもある。
本人は特に考えることなくただ単に遊び相手がいないのでそうしただけであるが、少年にとっては必要とされたことが何よりも嬉しかった。
全てを奪われた自分にも出来ることがあったのだと分かり僅かながらではあるが希望を取り戻した。
「げっ! イッセーが鬼かよ」
「イッセー君は足が速いからねぇ」
「そう言われてもな……」
自慢する気にもなれないが少年の身体能力は特典の影響で非常に高い。
それこそ本気を出せば今の年齢で世界記録を軽々と塗り替えれる程に。
だが、実際にそんな馬鹿げた力を持たされた少年にしてみれば邪魔でしかなかった。
少年は出来ないことや苦手なことを努力して克服することが好きだった。
しかし、この体では努力する意味がない。始めから出来るのだ。
そのくせ力が以上過ぎて全力を出すこともできない。何事も惰性でこなせるというのは苦痛でしかない。
もっとも、幸いなことに頭脳に関してはチートではないため学問などは楽しめる。
だが、元来動くことが好きだった少年に対しては余り慰めにならない。
(まあ……妹と遊んでいると思えば全力を出せないのは苦痛ではないんだが)
幸いなことに妹がいた少年にとっては意識して手を抜くことは難しくはなかった。
だが、遊びにおいて本当の意味で心が満たされることはないだろう。こういったことは全力でやるからこそ楽しいのだ。
知らず知らずのうちに溜め息を吐きながら少年は早く追い詰めすぎないように他の子供達を追って行くのだった。
「ねえ、イッセー君。イッセー君には何か夢がある?」
「どうしたんだいきなり?」
日が暮れてきたために家へと向かうその帰り道の途中にイリナが思い出したように聞いてきたので少年は訝しげに眉をひそめる。
そんな少年にイリナは宿題と短く答える。合点がいったのか少年は頷いて宿題の内容を思い出す。クラスは違うが同じような宿題が出されていたのだ。
今年から小学生になった二人には『しょうらいの ゆめを かんがえよう』という宿題が出されていたのだ。
少年は二回目の小学校生活であるがよくある『強くてニューゲーム』状態にはなっていない。
勿論、国語や算数などでは常に高得点であるが図工や音楽などの活動に関しては本来、子供が持っているべき柔軟な発想が出来ずに苦労していたりする。
それに、教師がどういった工夫を凝らしているのかという視点で見れば授業時間がつまらないという事もないので授業中に寝たりなどもしない。
第三者から見れば少年は、知識はあるが発想力の無い頭の硬い子に見えるだろう。
「私はたくさんあるよ。例えばケーキ屋さんになりたいとか。お嫁さんになりたいとか!」
少年はキラキラとした目で語るイリナの様子にもう自分の事を覚えてすらいない妹もこんな感じだったなとどこか遠くを見つめる様に思考にふける。
そんな少年の様子に聞いていないと勘違いしたイリナが軽く少年の頭を小突きながら注意を向けさせる。
少年は怒ったように頬を膨らませるイリナに外見に似合わない苦笑いを浮かべて平謝りする。
「それにしても夢……か。夢と言うべきかは分からないが絶対にこれだけはしたいことはあるな」
「なんなの? それ」
興味津々といった様子で自分の顔を覗き込んでくるイリナにも全く意識を向けずに少年は抑揚のない声で生まれ変わった短い人生の中で唯一目標にしていることを告げた。
「神を本気で殴り飛ばす」
復讐とも呼べぬほど純粋な怒りこそが今の彼の生きる活力である。
この後、少年は敬虔なプロテスタントであるイリナに思いっきり頭を叩かれるという理不尽を受けました。