転生者「神を本気で殴り飛ばす」 作:トマトル
一切の明かりの無い暗闇の中。少年は風のように町の中を駆け回っていた。
この風のようにというのは比喩抜きで普通の人間から見れば風にしか見えないのだ。
それにしても、なぜこのような時間帯に少年が走っているのかと言うとだ。
昼間では全力でトレーニングをすることが出来ないからだ。人に見られれば通報されかねずに困るというのは勿論のことだが、それ以外にも不便な点はある。
何かと言うと、それは人通りが多い時間帯に高速で走っていると人や車を轢いてしまうからだ。
何を馬鹿な、と思うかもしれないが少年は大真面目だ。以前に少しボーっとして歩いていた時にトラックにぶつかったことがある。
その時の事故現場を一言で表すと凄惨だった。
主に……ぶつかってきたトラックが無残な亡骸と成り果てたせいで。
考えても見て欲しい。トラックにぶつかられて無傷どころかぶつかってきた相手を粉砕する肉体が新幹線も真っ青な速度で移動する恐ろしさを。
その肉体がもし、歩行者や自動車にぶつかってしまったらどうなるのかを。
(歩行者は間違いなく死ぬだろうな。運が良くても全身複雑骨折と内臓破裂は免れないな。自動車も数百メートル先に吹き飛ばせるだろう。……全く持って不便な体だ)
転生してから何度目かも分からない溜息を吐きながらも少年の足は止まらない。
強すぎる肉体は普通に暮らす上では不便でしかない。
しかし、少年はその肉体をさらに鍛えるかのように毎日欠かさずに走っている。
わざわざ、この世界での親にばれない様に二人が寝静まるのを待つという苦労をしてまでも。
何故かというと理由は単純で今よりも強くなるためだ。
だが、何故自らが強くあることを恨んでいるにもかかわらずなぜ少年はさらに力を求めるのか。
その理由は至極簡単だ。全ては―――神より強くなるためだ。
少年は神を本気で殴るためには神より強くならねばならないと考えた。
今ある力は神が自分に与えた物。すなわち神の力。
それに頼っている以上は与えた張本人である神に勝てるわけがない。
だから、少年は己自身の力を磨くことした。だからこそ、今こうして一切の加減をせずに走っているのである。
(と、言ってもどこにいるかも分からない相手を殴るためというのは正直に言うと辛くなる。目標が明確じゃないからな。だからこそ、俺が大きな目標に辿り着くためには小さなことを積み上げる必要がある。あの神は言った。原作に関わらせてやると。そんな神の言う事など俺が聞く義理は無い。反抗の意志を明確にするために俺は―――原作を壊す)
少年は神を殴ることともう一つ決めていることがあった。それはこの物語を壊すという事である。
しかし、少年は俗に言う原作知識など持ち合わせていない。神が主人公に憑依させてやると言ったので自分がどこかの物語に飛ばされたのだと分かっているだけだ。
それでも可能な限りあの神の思い通りにならないように動いてやろうと固く決めていた。
走りながら長らくそんな思考にふけっていたがそろそろ折り返し地点に近づいて来ていたので気を取り直して走ろうとするがふと耳に甲高い金属音が聞こえてきた。
はじめはよっぱらいが蹴飛ばした石がガードレールにでもぶつかったのだろうと思っていたが、何度も同じように聞こえてくるので不思議に思い覗きに行ってみる。
すると、少年の目の前には非現実的な光景が広がっていた。
(なんだ、あれは? ただのコスプレ集団じゃないな……)
少年の目の先にあったのは一組の男女が神父服を着た集団としのぎを削っている光景だった。
しかも、手に光輝く剣を持った者や拳銃を握った者がいる。
極めつけには追われている女性は手から光線の様な物を飛ばして攻撃している。
明らかに現実離れした光景にしばらく呆然としていた少年だったが不意にある可能性に気づく。
(物語の主人公なら非日常に巻き込まれるといった形で原作に入っていくんじゃないか? そうだとするならあれがそうだという可能性はないのか)
少年は少しの間、思案する。あれに関わることが原作の始まりになる可能性がある。
しかし、そうではない可能性も十分にある。
関わるべきか関わらないべきかを主人公がしないであろう行動を元に考える。
そして、結論を出す。
(少しだけ介入して、見つからないように逃げるか)
それが少年の出した答えだった。普通の主人公であれば、あれに介入して発見されるか見なかった物として気づかれずに逃げ去るだろう。
ただの子供であればどちらか片方しかこなせる。
しかし、少年は両方をこなせる力を
故に恐らく原作と被らないであろうそれを選んだ。足元に落ちている石を自然な動作で拾い上げ、争いあっている集団の丁度境目に向けて軽く投げる。
投げられた石は空気摩擦で起きた熱で眩い光を発しながら目にも止まらないスピードで地面に衝突し―――小さなクレーターを生み出した。
突如として意識の外から放たれた攻撃に驚き両者は距離を取る。
神父服を着た集団は自分達が狙う側から狙われる側になったのか、それとも相手が仕掛けた罠なのかを図りかね一瞬動きを止め、石が飛んできたであろう方向を見渡すが何も見つからない。
その行動が一瞬の隙を生み出してしまい、機と見た男女がリーダー格らしき者に攻撃を仕掛けてはね飛ばす。そして、振り向くことなく逃げ出していった。
男女は初めから逃げる事にだけ意識を置いておいたので少年の攻撃に惑わされることがなかったのである。
その後、神父服の集団はリーダー格がやられたためにどう行動するかを悩んだ末に謎の敵が潜んでいるかもしれないという危険性も考慮し警戒しながらもリーダー格の治療の為に撤退して行った。
少年はその様子を、石を投げた方角とは逆の方角にある家の屋根の上から確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
少年は石を投げた次の瞬間に大きく迂回して屋根の上で身を潜めていたのである。
(これで目的は達成出来たな。一人傷ついた者がいるようだが……無事だといいんだがな。まあ、邪魔をした俺が言える筋合いはないんだがな)
少年は一人そんな事を考えながら他人からは視認できない速度で家に帰っていくのだった。
イリナの父親が事故で入院した。
謎の集団を発見した翌日に母親が近所での立ち話を終えて帰ってきた時に心配そうな顔で少年に告げられたことだ。
家も近所なのでそういった話が出てくるのは何も可笑しくはない。
だが、前日に非日常に巻き込まれかけた少年からすれば聖職者であるイリナの父親が 昨日の神父服の集団と何か関係があるのではないかと疑うには十分な理由だった。
とにもかくにもお見舞いに行くべきだと判断した少年はその旨を母親に伝えて母親と共に果物を片手にイリナの父親、紫藤トウジが入院する病院に向かうのだった。
「あ! イッセー君、来てくれたんだ!」
「イリナ、病院では静かにしろと言われなかったのか?」
「うぅぅ……何でイッセー君もそんなこと言うの」
「マナーだからだ」
紫藤トウジは丁度、家族と面会していたらしくイリナもそこに来ていた。
自身の不注意を咎められたイリナは唇を尖らせながら文句を言うが少年はそれをピシャリと抑える。
二人の母親はそんな子供達の様子を何やら楽しげに見つめながら世間話に花を咲かしており、本来中心となるべき患者であるトウジは置き去りにされどこか居心地の悪そうな顔で娘と同じ髪の色の髪を掻いていた。
少年はトウジの困ったような様子に気づき話しかける。
「傷の具合はどうですか? トウジさん」
「ああ、しばらくの間は激しい運動は出来ないけど大人しくしていればすぐに退院できるらしいよ」
「そうですか、それは良かったです」
なるべく出来る大人として対応したかったのかトウジは優しくゆったりとした声で答える。
トウジは少年の事を気に入っていた。活発な娘の友達にしては大人びている、悪く言えば消極的な少年は傍から見ると娘とは良いコンビだった。
聖職者の身でありながら俗世に
まあ、いわゆる仕事モードに切り替えているのである。
「ところでどんな事故に遭ったんですか?」
「ん? あー、それは……そう、ちょっと自動車にはねられてね」
「そう……ですか」
少し歯切れが悪く答えるトウジに訝しげな視線を向ける少年。
トウジは表面上では冷静に装っているが内心では冷や汗ものである。実は彼は嘘をついている。
トウジは、はねられたもののそれは車ではなく以前の部下と悪魔の女性であった。
本心ではやりたくはなかったが悪魔と恋に落ちた部下の粛清をするために昨日の夜に同僚とともに、二人の殺害を試みたのであるが不意を突かれて負傷してしまったのである。
そのため、今回の粛清からは外されてしばらく療養するように上から言いつけられてしまったのだ。
因みに二人の行方があれ以来掴めていないことに内心安堵していたりする。
一方の少年はそんな彼の様子に内心で複雑な想いを抱く。
(まさか本当にトウジさんがあの時の神父なのか? だとしたら俺はイリナから父親を奪ってしまうところだった……。俺は原作を崩壊させられてよかったがそのせいで不幸になる人間を出すのはいいことなのか? いや、良いはずがない。理不尽に幸せを奪われるのは俺だけで十分だ。しかし……)
少年は表情を出すことなく思い悩む。原作を崩壊させて神への報復の意志を示すというのは確かに魅力的だ。
だが、そのせいで今回の様な不幸を引き起こすのは正直に言って気が引けた。
精神は普通の人間である少年にとっては辛いことだ。
しかしながら、神の足取りなどまるで掴めない現状ではそれ以外に明確に為すべきことが見つからない。
しばらく考えていたが結局、満足のいく答えは出ずに溜息を吐いて思考を中断する。
(まあ、今考えても仕方がない。しばらくは相手から俺にちょっかいを掛けてきたら対応してそれ以外は基本的には無視の方針でいこう)
少年はそう結論付けて意識を何もすることがなく退屈そうにしているイリナに向けてやるのだった。
―――今代の宿主は面白そうだな……ククク。
自身の依代となった主人公が宿す者の声に気づくこともなく。