転生者「神を本気で殴り飛ばす」 作:トマトル
―――ドッジボール。
それは小学生、中学生にとっては馴染みの深いスポーツだ。
運動の得意な子にとっては楽しい時間であろうが、運動の苦手な子供にとっては憂鬱な時間となる。
とにもかくにも、ここ日本の学生にとってはメジャーなスポーツだということが分かるだろう。
そんなスポーツを前にして少年は頭を抱えていた。
少年は運動が苦手という事は無い。寧ろ得意だ。
なら、なぜ頭を抱えているのかというと運動が得意過ぎるからだ。
中学生に成長した少年の身体能力はさらに増していた。かつて石を軽く投げただけでクレーターを作りだした腕力だ。
成長した今となってはボールを本気で投げるだけで級友を汚い花火に変えてしまいかねない。
そのために、出来るだけこういった事には関わらないようにしてきたが今回ばかりは逃げられなかった。
少年はこんなことを悩まなくてならなくなった原因である神を絶対に殴り飛ばすと改めて決意を固めながらドッジボールに挑んでいくのだった。
(まあ、適度に避けて迷惑が掛からないところで当たらせてもらえばいいだろう)
そんな明るい考えを抱いていた少年だったがほんの十分後に自分の認識が甘すぎたことに気づかされることになる。
「何で俺一人が残るはめになるんだ……」
自陣に一人しかいなくなり、挟み撃ち状態に合いながら少年は一人ぼやく。
少年は自身の動体視力を舐めすぎていた。少年は自分に明らかに当たらないであろう玉は避けて当たりそうな玉に当たろうと漠然と考えていた。
しかし、弾丸に対して余裕を持ってマ○リックスまがいの事が出来るようになってしまった少年にとっては当たりそうな玉と捉えられるものはなく気づけば四面楚歌の状況に陥っていたのである。
溜息が知らず知らずのうちに零れてくるが今回は自業自得なので誰も恨めない。
気を取り直して、逆に言えばこの状況なら当たっても誰にも怪しまれないと考えるがまたしても少年に
挟み撃ちをしていた相手の一人がボールを取り損ねて少年の陣へと落としてしまったのである。
普通に考えればチャンスであるが少年にとってはボールを投げなければならないというピンチだった。
(何で、落とすんだ。しっかりと掴むのが基本だろう。こうなったら、出来るだけ手加減をして……いや、外に居る仲間に渡せば良いはずだ。そうだ、仲間を生還させるのも立派な作戦だ。何も俺が投げる必要はない。そうと決まれば)
一筋の希望を見出した少年はボールを素早く拾い外に居る仲間達に渡そうとするが―――
「イッセー! 俺の仇を取ってくれー!」
「頑張ってー、イッセー君!」
絶望が少年を襲った。
仇を討てと級友の元浜が叫び、イリナがエールを贈る。
空気があっという間に少年が投げねばならない状況に変化する。
おまけに元浜を当てた松田がどっしりと受け止める構えを見せて挑発をする。
思わず天を仰いでしまいたくなるが、そんなことが出来るわけもなく死んだような目で松田を見つめる。
(……もう、俺は知らん。どうなっても責任はとれないからな。悪く思うなよ、松田)
少年は若干やけくそ気味になりながらも出来るだけ力を抑えて玉を放り投げる。
その五分後、腹部を押えながら保健室に運ばれていく松田の姿を多くの学生が目撃した。
「いい加減、この体にもうんざりしてきたな」
学校も終わり家に帰り、その疲労を示すような大きなため息を吐きベッドに倒れ込む。
少年は現状に辟易していた。強大な力を隠すために常に注意を払わねばならずに、自分の限界まで力を出すことも出来ない。
ハッキリ言って息苦しいだけだ。
少年は新たな友人にも恵まれている。家族にも恵まれた。
だが、少年の心が本当の意味で満たされることは無い。
全てを失った空虚にどこかしらの虚しさが加わっていた。
目標への道筋も決められずに心も曇っていた。
せめて自分の力が存分に振るえるものが欲しいと願いながら少年は瞳を閉じ夢の中に落ちていった。
夢の中で少年は誰かが自分を呼ぶ声を聞いた。
その声に反応して少年が目を開けるとそこにはこの世の物とは思えない存在がいた。
空間全てを覆うかのような巨体にどこまでも赤い鱗。
伝説にしか登場しない超上存在―――ドラゴン。
「ドラゴン……?」
「まずは、始めましただな。今代の宿主」
「宿主?」
「ああ、お前は俺をその身に封印した
ドラゴンの発言に現実味が湧かずに呆けた顔をしてしまうがすぐに自分が物語の主人公であることを思い出して思考を再始動させる。
ドラゴンをその身に宿すという特異性はいかにも主人公らしい特性だと言えるだろう。
おまけに
十中八九で原作絡みの物だと少年は判断した。
そして目の前のドラゴンの存在は恐らくは伝説級の物で相当に強い者だというのは疑いようがないだろう。
だからこそ、少年は試したくなってしまった。
己の強さは今どのぐらいなのかを。
「悪いが、少し付き合って貰うぞ」
「クックック、今まで様々な宿主に会って来たがいきなり勝負を挑んで来たのはお前が初めてだぞ」
「だろうな」
少年は了承を得ると悠然と構えるドラゴンの元に一気に踏み込んでいく。
何も少年は力試しをしたいだけが目的ではない。
原作崩壊を狙う目論見もある。しかし、何も今ここでドラゴンを殺してしまおうと考えているわけではない。
確かにそれが出来るならこれ以上無い原作崩壊になるだろうが少年にその気はない。
相手側から危害を加えて来たわけでもないのに殺すのは流石に気が引けるのだ。
今回は原作に無いであろう展開を創り出すことだけに抑える。
もっとも、相手側から危害を加えて来た場合は容赦する気はない。
それに、家族や友人が傷つけられればいかなる理由があろうと助けに入るつもりだ。
「胸を借りさせてもらうぞ」
「ああ、いいだろう」
武術の心得などないのでただ単純に右足に力を溜め、そこから体重移動を行い、腰を回転させることで力を左半身に伝え、繰り出す拳の威力を七割程度まで高める。
最初は準備運動感覚でやるつもりだった。明らかに強そうなこのドラゴンならば当然堪えてくるだろうと思っていた。が―――
「ぬぉぉおおおっ!?」
予想外の事に赤いドラゴンは情けない声を出しながらワンパンで吹き飛んでしまった。
見上げるのにも疲れる巨体が今日の松田と同じように吹き飛んでいく様を少年はしばらくの間、茫然と眺めていたがハッとして慌てて吹き飛んで倒れ伏すドラゴンの元に駆けよっていくのだった。
「まさか、神をも屠ると言われるウェルシュドラゴンである俺がワンパンでやられるとは……」
目を醒まして自身がワンパンで吹き飛ばされたことにかなりショックを受けた状態で語るドラゴン。
だが、少年が反応したのはワンパンでもなければウェルシュドラゴンというイギリスの伝承に登場する御大層な名前でもなかった。
「今……“神”と言ったか?」
射抜くような目でそう尋ねる少年の変わりようにドラゴンは驚きを覚えるが表には出さずに頷き返す。
少年はさらにこの世界には本当に神が実在するのかとも尋ねる。
ドラゴンが複数存在すると答えると少年の口の端がつり上がる。
ようやく足がかりを掴めたのだ。自身の全てを奪った神の所在を知るための。
「俺の夢は知っているか? 俺の夢は―――神を本気で殴り飛ばすことだ!」
およそ普通の人間が抱く様なものではない夢に面を食らうドラゴンだったが。
普段の少年からは想像のつかないような強い意志の籠った眼を見てドラゴンはその言葉が真実であることを悟る。
そして、今回の自分の宿主が他のどの宿主とも違うということを本当の意味で理解し大きな笑い声を上げる。
―――これ以上変わった宿主はまたといない。
今回は楽しくなりそうだと思いながらドラゴンは自分が名乗っていなかったことに気づく。
「お前が今回の“相棒”で嬉しいぞ。俺の名前はドライグだ」
「俺の名前は……■■■■だ。よろしくな、ドライグ」
少年は悩んだ末に常に傍に居るドライグには自身に起きたことを全て話そうと考え、今は自分以外に誰も覚えていない名前を告げる。
告げられた名に訝しげな表情を浮かべるドライグに簡潔に説明をして今後の事を話し合う。
該当しそうな神を探し出して情報を聞き出す。白なら放置で黒なら殴り飛ばす。
非常にシンプルな作戦だ。だからこそ、穴も少ない。
もっとも、海外の神に関してはどうしても海外に行く必要があるので今すぐに行動に移すことは出来ない。
それに、前世で親孝行できなかったこともあり、しっかりと親孝行をしたいという気持ちも強いので実際に動き出せるのはもっと後になるだろう。
だが、することが決まったことで少年の心は大分晴れた。それこそが今回の収穫だろう。
「それじゃあ、これからよろしく頼むな。ドライグ」
「ああ、よろしくな。相棒」
一人と一頭は友愛の印に小気味の良い音を響かせてハイタッチをした。
……その際、少年が力加減を間違えたせいで再びドライグが吹き飛んだのは余談である。
次回は原作開始時期まで飛びます。