いまのきみはほんとうにじぶんのなりたかったじぶんに、じぶんのしたかったことをできるじぶんになれているかい?
ひとはとらうまをわすれない
いまのきみはほんとうにとらうまをのりこえられているのかい?
突然だけどさ人ってさ、面白いよね。
人って何を考えて、何を感じているんだろうね。
きっとそこには大層な理由があるのだろうし、逆に言えばなにもない流れるだけの思考もあるんだろうね。
感情思考情動表現はいくらでもある。
人が思うこと考えることってのはどこで行われているのだろうか。
脳科学者はそりゃ脳だって言うだろうし、心理学者に言わせればそれは心理状態なんて曖昧なものが関わってくる。
心ってなんだろう。
思考には色がある。
淡々とした思考には淡々とした色が。
直情的な思考には直情的な色が。
それはきっと考えるとかそういう何かを超越した何かで、きっと人がまだわかりきれてないなにかで、きっといつまでもわかりきれないもので。
きっと自分だけのものだ。
そこに他者は介在せず、自分ですらも理解できない何かがその何か故に答えをはじき出すんだ。
人ってのは十人十色だ。
深慮遠謀短慮軽率、人それぞれ考え方だって違うし、もっぱら感情においてはもっと違う。
心ってなんだろう。
感情とは思考とは、思う故に我有り、人は考える葦である。
心ってどこにあるんだろう。
脳? 心臓? はたまた下腹部?
本能って、理性って、なんだろう。
思考する前に動く体は本能に従っているの? それは感情とどう違うの? 理性的な判断には感情は絡まないの?
わからない。
わからないわからないわからない。
わかるもんじゃない。
双子ですら生まれた時から違うんだ。
この世に同じ人間なんて一人としていやしない。
人の頭の中なんて覗けるわけもない。
自分のことですらわからないのにいわんや他人をや。
人ってわかりあえるのかな。
君の目の前にいる人は本当に君と同じで思考し、怒り、喜べる人間なのかい?
そこにいるのは君とは似ているけれど、全く違うなにかではないのか?
君は彼あるいは彼女を理解できるかい?
本当にそれは理解できているのかい?
君は彼あるいは彼女に理解されているかい?
そこに勘違いはないと君は言い切れるのかい?
本当に言葉は伝わっているのだろうか、伝わるとしたらそれは何をもって伝わったというのだろうか。
言葉そのままの意味だけを感情抜きに理解することは伝わったとは言わないのではないか。
伝えるって本当は難しいことなんじゃないのか。
伝えて伝わることなんてこの世に本当にあるのかな。
愛ってのはいつも一方的で、優しさってのはいつも受動的で。
この世に相互に作用する何かが本当にあると、君たちは信じていられるのかい?