翠星のアイドル   作:神谷佑都

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6話

 復旧しつつある人間の街。その外れあたりにエレナさんの研究所兼住まい兼俺の居候先がある。そこで痛い音が響きわたる。痛そうなじゃない。実際痛かった。ミクが三日ほどして目を覚ましたのだ。

 

「いてぇ!」

「マスターじゃないって!? 私を騙したんですか?」

「騙したんじゃなくてお前が勝手に勘違いした……ぶへぇ!」

 

 少し予測出来たのだが、手が早すぎて避けられない。おまけに凄い威力だからいちいち吹っ飛ばされてしまう。

 

「問答無用!」

「わぁ~! エレナさん!」

「ミクちゃん待って待って」

「何ですか?」

 

 何でこのボーカロイドはエレナさんに対しては普通なんだ?

 理不尽すぎるだろ。

 

「騙す気はなかったの。ただちょっと誤解させてしまったみたい。ごめんね」

「む……ぅ」

 

 やれやれやっと収まったか。可愛い顔して恐ろしいな。

 

「何で貴方なんかがマスターとそっくりなんですか?」

 

 俺なんかときたか。おまけに口も悪い。俺だって訊きたいくらいだ。

 

「分かるわけないだろ。そのマスターがどんな奴なんか知らないのに。お前のほうが分かるんじゃないか?」

「お前じゃありません。私には初音ミクって名前があります」

 

 そっちだってちゃんと「バチ」だって名乗ったのにまだ一回も呼んでもらってないぞ。

 

「貴方なんかウニで十分です」

 

 ウニってこの髪の毛を言ってるのか。けっこう気にしてんだぞ。

 

「はいは~い。ラチが明かないからまずはミクちゃんに話を訊きたいんだけどぉ」

 

 エレナさんは生活がかかってるから英雄説の裏付けがほしいだけだな。確かに強いが、ミクが英雄ってのはあんまり認めたくない。

 ……そんななウニみたいだろうか。一応鏡で再確認だ。

 

「憶えてない?」

「はい。憶えてるのはマスターと自分の名前くらいで」

「そっかぁ……」

 

 あ、エレナさん落胆してるな。まあ有力な情報だと思ったのに何もなかったんだから仕方ないか。

 

「バチ君。ちょっとラボに顔を出してくる」

「へ……?」

「ミクちゃんのことお願い」

「ちょ、ちょっと……」

 

 エレナさんはフラフラと出ていった。エンジン音が聞こえたから単身バイクに乗っていったな。

 

「……」

「……」

 

 嫌な空気が漂っている。う~ん、どうしよう。出来れば俺もどっか行きたい。でも実際そうするわけにはいかないし。もう此処に他に乗り物がない。街に行くにしても歩いていくには何もかもが遠すぎだ。

 

「……えっと、何か飲む?」

「いらない」

 

 バッサリ斬られた。

 

「……ゲームでもするか?」

「やりたくない」

 

 再度バッサリ斬られた。どうしたものかと悩んでいると、ミクもまた立ち上がって外に出ようとする。

 

「あれ? 何処に行くんだ?」

「何処でもいいでしょ」

 

 そして無駄なほど勢いよく扉を閉める。おいおい、少し家が揺れたぞ。

 

 

§

 

 

 ミクには当てがない。記憶がなくなってしまい、自分が何者かさえ分からない。唯一憶えているのは、自分の名前と優しかったマスターだけ。

 

 思い描くのは、マスターマスターと寄り添う自分と、頭を撫でてくるマスター。いつもマスターと呼んでいたから、名前は思い出せない。でも、マスターが大好きだったのは何よりも憶えていた。

 

 だから、再び目覚めたとき、マスターがいたときは本当に嬉しかった。でも違った。自分の記憶では、マスターに間違いなかった。でも彼はマスターじゃない。あの優しかったマスターとは似ても似つかないと今では思う。マスターと間違って彼に抱きついてしまったのは不覚だった。これを一生の不覚って言うんだっけ。

 

「此処、何処なのかな」

 

 端的に憶えている風景もある。でも今いる場所とは全然違う。同じように野山が広がっているが、やっぱり全然違う。何処に向かえば行けるのか。随分久しぶりに起きた気がする今でも、その場所があるのかさえも分からない。

 

 会いたい。マスターに会いたい。

 

 ミクは強く願いながらただただ歩き続ける。何処に向かっているのか全く分からぬまま。ただ目の前の地を進んだ。

 

「あ……」

 

 気高い丘が見えた。そこに生えていた切株。不思議とその場所だけは、マスターと一緒にいた場所に似ている気がした。その随分大きな切株の上で、マスターと一緒に座って楽しくお話したことを憶えている。

 

「マスター……」

 

 ミクは丘に登って、あの時と同じ様に切株に座る。隣にはマスターがいてくれているような気がした。

 

「ミクは歌が巧いな」

 

 そう褒めてもらえたことが嬉しくて、何度もマスターに歌を聞かせたことがあったことをミクは思い出していた。

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