マスターに届くかな。そんな風に思ったミクは、切株に座り、あの頃に戻ったように歌を唄う。
「綺麗な歌声だ。ぜひ皆にも聞かせてやるといい」
またそう褒めてもらえるような気がして、ミクは一生懸命に歌い上げる。自分は此処にいると。マスターに気付いてほしいと願って。
「ふぅ」
マスターと一緒に作った大好きな歌を唄い終える。マスターに届いただろうか。それは分からない。きっと届いたと。そう信じるしかなかった。
「歌、巧いんだな」
「……!?」
心臓が飛び出るかと思った。いきなり背後から声をかけられた。しかもどうやら聞かれてしまったらしい。おそるおそる振り向くと、マスターの偽物がいた。不覚だ。一生の不覚だ。歌を聞かれた。恥ずかしい。顔が真っ赤なのが分かる。間違って抱きついちゃったと分かった時も恥ずかしかった。
「歌が巧いってのも憶えてるんじゃないか」
「……っ」
何を考えたのか。偽物は隣に座ってきた。真っ赤になった顔を見られまいとミクは顔を背ける。
「あ~悪かった。その、騙す気はホントになかったんだ。だからまぁマスターとは違うけどさ。その、少しは仲良くしてくれないか」
「……!?」
と、頭に優しく手が置かれるのをミクは感じた。
「ミクはミクだよ。誰でもないんだから」
マスターと同じ。優しく撫でられる。不思議と心地ゆく感じた。
「や、止めてください」
不覚にも少しの間、されるがままになっていた。こいつはマスターじゃないんだから。立ち上がって撫でられる手を振りほどいた。
「私に関わらないでください」
「ちょっと待てって」
ガシッと腕を捕まれる。
「離してください」
「……ってぇ!」
これでもかってくらい、拳を振るう。勢い余って偽マスターはけっこう飛んだ。その隙にミクはこの場を去った。
「……いったぁ!」
顔がめり込んだかと思った。いや実際喰らった瞬間はめり込んだと思う。鼻血が出なかっただけよしとしよう。もう少し手加減してくれてもいいだろうに。随分嫌われたもんだ。せっかくこっちから謝ってるのに。
やっぱり頭を撫でてみたのが悪かったのか。エレナさんならすぐに喜んで怒りが収まるだが。……もしかして女の子共通じゃなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら走って追い掛けるわけだが、ミクが速すぎる。もう見えなくなってしまった。
「ハァ、ハァ……ったく、さすがボーカロイドっとこか……」
仕方なくラボに戻って待った。先に帰ってきたのはエレナさんだ。
「ってぇ!」
ミクの所在を訊かれたので答えたところ、口を開く前に手が飛んできた。
「何処に行ったか分からない? 何で追い掛けなかったの」
「追い付けなかったんですよ。エレナさんがバイク乗っていくから」
「あ……」
今気付いたな。今更てへってなんて笑っても遅い。こっちは殴られ損じゃないか。
「じゃあ探してきますから」
「待って私も行くから」
行くからというから待ってたんだが、エレナさんはかなり準備に手間取っていた。探しに行くんだから早くしてもらいたいもんだ。
バイクに乗って走り出すと、エレナさんは訝しげに話す。
「バチ君。時間かかったから私のことお荷物だと思ってるでしょ」
「いやいや思ってませんから」
さすがのエレナさんでも気付いてしまうらしい。
「ヒュ~、ヒュ~」
「バチ君バチ君、全然吹けてないから」
口笛で誤魔化したかったんだが、まだまだ練習不足だったか。
「それよりね。ほらこれミクちゃん探知機~」
「……」
横目で見てみるがあまり期待しない方が気がする。
「爆発で壊れてしまった探知機より少し劣るけどね。多分これでミクちゃんの居場所が分かるはずよ」
本当ならそれは助かる。俺はさっそく指示を仰いだ。
「左斜め方向行って」
「了解です」
アクセルを入れてスピードを上げた。
ん? いやちょっと待てよ。
「エレナさん、こっち崖なんすけど」
「え? あれ~~? お、おかしいな。ちょっと待ってね」
「分かるまで適当に走っときますよ」
「あ、お願い。ちょっと待っててね」
五分くらい経った後だろうか。やっとエレナさんが次の指示を出した。
「バチ君、回れ右」
「えぇ? 逆なんですか?」