聖杯戦争。マスターと呼ばれる魔術師が、どんな願いも叶うという聖杯を手にするために、サーヴァントを使役して殺し合う。
サーヴァントはかつて英雄と呼ばれ、それぞれ七つのクラスに分けられる。
ここ、第五次聖杯戦争が行われた冬木市で、再び聖杯を巡る戦いが始まろうとしていた。
「―ついてこれるか」
よく覚えている。数ヶ月前、聖杯なんてものをかけて戦ったことを。サーヴァントとして召喚したセイバーと共に戦い抜いたあの日々を。
そして、セイギのミカタを、理想を追い求めてようやく辿り着いた自分。誰かを守るために戦いの中に身を置き、摩耗していった赤き弓兵を、忘れるはずもなかった。
「………」
むぅ。どうやらまたやってしまったらしい。
昨夜も鍛錬していてそのまま眠りこけたようだ。間違っても此処は俺の、衛宮士郎の部屋じゃない。窓から差す朝日が、夜が明けていることを教えてくれている。またセイバーに小言を言われそうだ。
あ、今何時だろう。早く朝食を作らないとセイバーの機嫌はさらに悪くなること間違いなしだ。
散らかったままなのは後にして、俺はいち早く向かった。
戸を開けて出てみれば、日射加減からして、いつもの時間よりは遅い感じだ。これはますます急がないといけない。
そう懸念していたんだが、台所へと向かう途中に、セイバーと出くわした。誠に運が悪い。
「おはようセイバー。ぐっすり眠れたか?」
「おはようございますシロウ。ええ十分に疲れはとりました。ですがシロウはまだ疲れが残っているようですが?」
どうやらセイバーには既にバレているらしい。此処は誤魔化さないほうが懸命だと俺の経験が語っている。
「あっ……と、すまないセイバー。また少し寝てしまったみたいだ」
するとセイバーは呆れたような表情をつくった。いや多分実際に呆れているんだと思う。
「やはりまたですか。最近シロウは聖杯戦争も終わって少し弛(たる)んでいるようですね」
「いや、そんなことはないぞ」
「そうですか。まぁそれは私との鍛錬で分かることでしょうね」
聖杯戦争を終えたあとも、身体能力向上としてセイバーに稽古をつけてもらっている。あくまで道場でセイバーと剣道をやり合うわけだが、その一戦毎が命にかかわりそうになる。今日のところは、一層ハードになりそうだ。
「ん、まぁいつまでもセイバーにやられっ放しというのも尺だし、そろそろ勝たせてもらうぞ」
そう言うとセイバーは、一瞬驚いてみせて嬉しそうに話す。
「それは楽しみです。そろそろ、二割くらいは力を出したいと思っていました」
「……ぅ、そうか」
「あ、そろそろ桜が朝食を作ってくれているはずなので。行きますよシロウ」
「ああ」
そうか、二割も出してないのか。さすがにショックだった。
食卓に着いてみれば、既に多様な献立が並んでいる。
「先輩おはようございます」
「おはよう桜。悪いな今日も」
エプロン姿の桜がせわしなく動き回っていたところに出くわす。俺が教えていた頃に比べれば格段な上達ぶりだった。これは抜かされるのもかなり近い。
「いいえ。私が好きでやっていることですから、先輩は気にしないでください」
「そうか? とにかく感謝してる」
「シロウ早く席に」
と、セイバーはいち早くテーブル席にスタンバイしている。無表情を装い、礼儀正しく座るその姿は美しいとさえ思わせる。だが残念だぞセイバー。涎が垂れていて台無しだ。
「とりあえず腹ぺこなセイバーの相手は大変なんだ。助かった桜」
俺がセイバーには聞こえないように耳打ちすると、桜は小さく笑みを零した。
「しかし今日は少ないな。珍しく藤ねえはいないけど、どこ行ったんだ?」
いつもならセイバーと同様、真っ先に朝食をたかりにくるはずだが今日は姿が見えない。
「先生なら朝早くから学校に向かいましたよ」
「そうなのか。イリヤも遠坂もいないみたいだけど」
朝食を食べているのはつまり、セイバーと桜と俺の三人しかいない。
「イリヤは用事が出来たとかで城に戻っています。凛も同じで昨日のうちに家に戻っていますよ。二人ともちゃんと、昨日シロウに言っていたと思うのですが」
「あれ? そうだったか。全く覚えてない。その時に寝ぼけてたのか」
「やはり疲れているようだったから昨日は休みにしましたが、一気に気が緩んでしまったようですね。帰ってきたら今日はトコトンやりましょうか」
「ま、まぁほどほどにな」
昨日のことも記憶にないあたり、自分でも気付かないくらい弛(たる)んでいるかもしれない。学校から帰ってきたら、セイバーと気合いを入れ直さないといけないだろう。
――理想は遠い。
アーチャーの域までには、まだまだ頑張らないといけないな。