妙な胸騒ぎがする。ただの杞憂で終わればどれだけいいだろうか。
嫌な予感を感じたのは昨日のこと。夕飯の少し前くらいだ。気のせいに思ったものの、イリヤも感じたのか、急に城に帰ると言い出した。確認しようにも、あまりに急に出て行くものだから、タイミングを逃してしまった。
気味が悪い。
いつものイリヤなら、何だかんだ言って士郎のそばを離れたがらない。それが、いつもの食卓で一言伝えただけだ。そして晩にはもう城に向かったらしい。
まぁ、イリヤの気ままな性格を考えれば、そんなこともあるかもしれない。
明確な根拠は何もない。いやそんなことはないか。聖杯戦争が終わったというのに、何かを忘れている気がするのだ。聖杯は確かに破壊したはずだというのに。
それが昨日おかしいと気付いたのは、自分の魔力が上昇しているからだ。
魔術の鍛錬の賜物なら喜ばしいことだが、何の前触れもない急激な上昇はあまりに不自然だ。魔力が妙にあり余っている。
イリヤももしかしたら、私のように感じたのを不自然に思ったのかもしれない。
ただそうなると、何の相談もなく急に城に帰ったのは素直に納得がいかない。
それにセイバーが何も気付いた様子がないのはおかしい。セイバーには一応確認してみたから間違いない。
仕方ないと、私は朝早くに自分の家に戻った。家にある文献に、何か残ってないか調べようと思った。
学校はサボることになるが、まぁ大丈夫なはずだ。
「ぅ……凄い埃(ほこり)」
地下に眠る書庫は、少し掃除を要すると思われる。
「まぁ最近来なかったしね」
幼い頃から、魔術師としての知識は頭に叩き込んである。実用できるものは完璧に記憶した。地上の書棚には残念ながらなかったのだから、あとは此処にあることを願うしかない。地下のものも、前に読んだことがあるのだから、文献があるのか望み薄だが、可能性はある。
調べ初めてどれくらい経ったのか、地下にいるとどうも時間の感覚が鈍る。
見ればもう夜のようだ。地下の文献も八割は済んだがそれらしいのがない。魔力の上昇には、必ず理由がある。何の意味もなく急激に上昇するのは有り得ない。
私の勘では、魔術師としての原則を悉く破ってくれた聖杯戦争が絡んでいる気がするが、そんな大層な文献があるはずがない。
気にする必要はないのかとも私は思った。
気のせいなら、それはそれで良い。遠坂凛の予感など当たらないほうがいい。
「きゃっ!?」
そんな折、凄い音が聞こえた。この家が少し揺れたほどだ。おかげで乱雑に高く重ねた文献に襲われる。
「くっ、何よいったい」
地震の揺れとはまた違う。言ってしまえば爆発があったかのようだ。私は急いで地上に向かった。書庫の扉をバンッと乱暴に開けて、駆け上がる。
「もうなにこの扉!」
爆発があったかと思われる一階の部屋の扉は、ひしゃげてしまい、開かなくなっている。
「あー! めんどくさい!」
いくらやっても開けられない扉に、私はイライラしてしまい蹴り壊して部屋に侵入した。
「前にもそうやって乱暴に入ってきたな。凛。まさかまた、このような半端な召還をされるとは夢にも思わなかったぞ」
「……!?」
そこには意外な奴がいた。そいつは前と同じように、偉そうにふんぞり返って座っていたのだ。褐色の肌。白い短髪。赤い外套が目に入る。
「黙ってもらっては困るのだが、一応確認しておきたい。君が私のマスターか? 凛」
見間違えるはずもないそいつは、当たり前のことを当たり前のように尋ねてきた。ならば私も同じように返す。
「……ええ、そうよ」
ふと自分の手を見れば、いつの間にか令呪が刻まれている。ついさっきまでなかったのは明白だった。
これはいったい何の冗談か。悪い夢なら早く覚めるべきだ。
私の魔力が急激に上昇したのも、サーヴァントを召還するためだったのだろうか。因果関係には納得がいったけど、この最悪な展開は何だ。破壊したはずの、聖杯の規定外さに笑ってしまう。
「突然の再会を喜ぶ前に、ついでだから私も確認しとくわ」
「何かな?」
余裕じみた態度は相変わらずのようだ。
「この状況は、聖杯戦争が再開されたって理解していいのかしらね。アーチャー」