夜の風が心地良い。冬であれば寒いかもしれないが、今の季節ひんやりとした空気は悪くなかった。
「久しいものだな。あまり時間の経過は感じないはずだが、そんな感じがする」
と、横にいるサーヴァントはそんなことを言って夜の街を眺めている。その鷹の目には何が見えているのか、私には到底魔術を使役したところで届かない領域だ。
「で? どうしてまたここに来たのよ」
ビルの屋上だ。聖杯戦争の時に訪れた場所と同じだった。
「なに。これから起こり得る戦いの場を確認したかったまでだ。あまり変わっていないみたいだが、些細な変化も重要だからな」
得意気に語るその表情は、確かにアーチャーに間違いない。変わっていないのは自分自身のほうだと教えてやりたくなる。けどそれより先に、アーチャーはさらに続けた。
「しかし前さほど変わっていないのは有り難い。今度はどんなサーヴァントが相手か知らないが、負ける気がしないな」
「私にとっては、あんたの記憶がちゃんとあることが有り難いわよ」
以前は記憶が曖昧だと、素性を隠されたことを皮肉として口にした。今はもう、私もアーチャーの真名は知っているし、そんな必要は当然ない。
「そうだな。君にも迷惑をかけた」
「バカ。冗談よ」
急にしおらしくなってしまったアーチャーを見ると、逆に調子が悪くなってしまう。
「聖杯戦争が再開されたって理解していいのかしらね。アーチャー」
私の問い掛けに、アーチャーは得意気に答えていた。
「私がサーヴァントとして召還されたうえに、その手にある令呪が全ての答だろう?」
まぁそうだろうとは思ったわけだが、やはり間違いないか。問題は何故再び聖杯戦争が始まったのか。聖杯が存在しているのも気に食わないが、周期もおかしいし、あまりに唐突すぎる。大体勝手にサーヴァントが召喚されるというのはいかがなもんか。
「はぁ……」
とりあえず現状把握を急いで、勝ち抜くしかない。マスターがどんな奴かは例によって分からないが、問答無用で殺しにかかる奴がいるかもしれない。先を思って溜め息をつけば、アーチャーはこう言った。
「私はもう前に目的を果たした。だから、凛。今度こそ君を勝たせてやろう」
「……ふんっ。そんなの当たり前でしょうが。次に裏切ったら、とっておきの宝石を撃ち込んでやるわ」
「それは怖いな」
鼻で笑うアーチャー。そしてすっと、立ち上がった。
「さて、まずは此処を片付けて紅茶でも入れようか」
言うが早いか、アーチャーはせっせと片付け始めていく。手際がいい。まぁこの前までいたんだから、当然か。その時にふと思った。
ああ、本当にこいつは帰ってきたんだ、と。
「君は部屋に戻っているといい。すぐに向かう」
「あ、うん。アーチャー……」
「何かな?」
呼ばれたアーチャーが顔を向ける。
「……おかえり」
「ああ、ただいま」
……何であんなこと言ってしまったのか。今思い出しても何だか恥ずかしくなる。アーチャーは別に気にしてないみたいなんだけど。
「凛」
「……っ。な、何よ急に」
「いや、さっきから呼んでいたんだが」
呼ばれた覚えは全くない。本当なのかと疑う。
「何?」
「これからどうする? 敵も誰で何処にいるのか分からないからな」
「いいえ。一応敵なら分かっているわ。とりあえずそこへ行きましょ」
「了解した」
私が何故分かるのか不思議そうではあったが、まだ教えてやらなかった。アーチャーにとっては、やはり会いたくない相手だろうから。けれど、無視出来る相手じゃないのは確かだ。最優のサーヴァントだと称されるセイバーを従える、前の聖杯戦争の勝者なのだ。
「凛」
姿を消して途中まで大人しくついてきたアーチャーだが、やはり予測出来たのか私を呼ぶ。
「何? アーチャー」
すぅっと姿を表したアーチャーは、その明らかに嫌そうな表情を露わにした。
「いや。この方向には覚えがある。ついさっきまでそれだけはないことを願っていたが」
「多分その予測は当たってるわね。自分と会うのが嫌なのは解るけど、ちゃんと付いてきなさいよ」
「む。マスターの命令なら仕方あるまい」
渋々といった様子だが、アーチャーが折れる。アーチャーには悪いが、士郎というか、セイバーの見解を聞いておきたい。
現界していたサーヴァントであるセイバーなら、聖杯戦争が開始されたとなると何か感付いたことがあるのではないかと私は睨んでいた。それにセイバーの動向も気になる。聖杯戦争のセオリーならセイバーとは敵同士となるが、今度も同盟も組んでくれるのか否か。まず確認しておきたいと思った。