二人はジムにある闘技場へと移動した。ヤマブキジムは少し薄暗いフィールドだ。エスパー、ゴースト、悪タイプのポケモンが得意なフィールドとなっている。移動している間にルールは決めておいた。といっても、正式なジム戦でもない。マチス戦と同様のルールを用いる。使用ポケモンは1匹だけのガチンコ勝負である。そしてさらには……。
「私にもいるぞ。ロケット団復活の時のためのとっておきが」
「それを今使うってこと?」
「そうだが、怖いか? 」
「冗談。むしろそれでないと借りを返せないだろ」
「ふふ、それじゃあ始めるとしよう」
掛け声と共にボールを投げる。ボールから出て来たのは、エスパータイプを得意とするナツメの相棒、フーディンだった。
くるくると器用にスプーンを回す。まるでナイフ使いが、ナイフを巧みに操るようにスプーンを器用に扱う。ウォーミングアップみたいなものだろうか。パシッと型通りに持ち直すと、フーディンの眼光が青白く光る。と同時に、両手のスプーンも青白く灯った。
「やっぱり、フーディンか」
「予想通りって感じだけど、セピアは何で来るのかしらね」
「借りを返すんだから、当然こいつだよ」
セピアもボールを投げた。エスパー相手に有利なタイプは当然悪タイプだ。ゴーストや虫もエスパーの弱点ではあるが、エスパー技を無効化してしまうことを考えれば悪タイプが断然有利だろう。セピアには手持ちにブラッキーがいる。ナツメも当然ブラッキーだと予測したものだが、出て来たのはそうではなかった。ボールが割れたというのに、何も出て来ないように一瞬思われる。
「まさかそれで来るとは……」
実際にはちゃんと存在している。ナツメが気付くと同時に、ゆっくりと地面から浮き出るようにそいつは姿を現した。大きな赤い眼が光り、大きく裂けた口は弧を描く。不気味な笑い声が部屋中に響いた。
「意外だったか?」
「ブラッキーではないのだから、意外といえば意外ね」
存在していないように見えたのは、部屋が薄暗く、またポケモン自身が影と一体化していたためだ。
「まさか、ゲンガーで来るなんてね」
「まだゴーストの時にはコテンパンにやられてたからな。ゲンガーとなった今、こいつで勝ってみたくなった」
ナツメはエスパー専門のジムリーダーでもある。悪タイプの対策は当然ある。セピアに限らず、ブラッキーへの対策も充分だったはずだ。相手の不意を突く意味では間違いではない。だが当然、虫やゴーストへの対策もあるはずだ。そしてゲンガーのタイプはゴーストと毒。仮に、フーディンが得意なサイコキネシスを喰らえば効果は抜群だ。ゲンガーの耐久力では数発も喰らえば瀕死になるだろう。
ブラッキーを選ばずゲンガーを選んだ結果が、吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。
「やれフーディン」
フーディンは当然サイコキネシスを撃つ。フーディンの体が、スプーンが不気味に青白く光る。そして波動を放つ。
「ゲンガー」
慌てた様子もなく、ゲンガーは眼を光らせる。ゲンガーの体が赤く光ると、フーディンのサイコキネシスを相殺した。ゲンガーも同様にサイコキネシスをぶつけたのだろう。流れるような一連の動きである。ナツメは、ゲンガーを改めて見据える。以前圧倒したゴーストとは、その名の通り別物だと見抜く。
「シャドーボール!」
すかさず反撃するゲンガー。フーディンもゴーストタイプの攻撃は大打撃である。フーディンは念でシャドーボールの起動を修正しようとするが、それは叶わない。寸前で、スプーンでシャドーボールを弾く。弾き飛んだ暗黒の球は天井にぶち当たる。その破壊力から威力は申し分ない。パラパラと天井が崩れたのを確認すると、ナツメはふふっといつものように笑みを浮かべた。
「なるほど。以前と同じと見てるとこっちが痛い目に遭うわね」
「ああ、本気で来た方がいいぞ」
自然に、セピアは敵と対する口振りになる。ナツメの表情、眼光が既にそれとなったからだ。
「フーディン!」
ふわりと宙に浮いたフーディンは、スプーンをナイフのようにくるくると遊んでから持ち直した。気を引き締めたのだろう。
ナツメの声に反応した後、フーディンは宙に浮いたままゲンガーとの距離を縮めた。凄まじいスピードだ。並の者からすれば反応出来ずに終わるだろう。
寸前まで迫ったフーディンは、ゲンガーに向けてスプーンを振るう。ゲンガーは口角を吊り上げた表情のまま、瞬時に後ろへと跳ぶ。距離を開けたのだ。
本来ゴーストタイプであるゲンガーには物理技は利かない。それはナツメも承知の上だろう。故に、何かしら意味のある攻撃に違いない。ゴーストポケモンと言えど、無効化出来る技にも限りはある。不用意に攻撃を受けるなど愚の骨頂。ゲンガーはフーディンに負けずとも劣らないスピードで撹乱した。
「影分身っ!?」
マチス戦では苦戦を強いられた戦法を、今度はセピアのゲンガ―を実践する。もともと素早い動きのゲンガ―が行う影分身は、通常以上の威力を誇る。フーディンの周囲に、上下左右とゲンガ―の分身が二十はいるだろう数を見せた。
「……!?」
フーディンが一瞬固まる。どれが本物か見失った。その一瞬の隙をセピアは見逃さない。逆に増殖したゲンガ―が、一斉にシャドーボールの構えを取る。
「終わりだ」