セピアが驚くのも無理はない。怒りに燃えるエレブーの姿が揺らいだ。その歪みは大きくなってゆく。そして、エレブーは二つに分かれた。
「こいつは……」
努めて冷静になる。見慣れた技の筈だが、まさかエレブーが覚えるものとは思わなかった。
かげぶんしん。自身の分身を作り出し、相手を惑わす技だ。セピアもこの技には精通している。ある程度の対処は出来る。だが問題は、インファイターのエレブーが用いてしまったことだ。
「こいつのとっておきだ。この技を出させたことは褒めてやる。だがここまでだ」
「ちっ……」
セピアが想定する最悪の事態。近距離戦を得意とするエレブーは、当然ながらニドキングの元へと距離を縮めた。二匹のエレブーともに電光を発する。だが、構えは全く違っていた。
どっちが本物だ。見た目は一緒だ。判別など出来るわけがない。迷う間に、エレブーたちはもう迫っていた。
「右だニドキング」
見分けることなんか出来ない。何もせず、ただ敵の攻撃を待つくらいなら、こっちから仕掛ける方が良い。セピアは咄嗟の勘で指示を出した。セピアの命に従い、ニドキングは右にいるエレブー目掛けてれいとうビームを撃ち込む。
「残念だったな」
氷のエネルギーが圧縮された光線は、エレブーをかき消して、フィールドの外へと飛んでゆく。外れた。こいつは偽物だ。ならば本物は、今目の前に迫るこいつか。
腕を伸ばしたままの、攻撃を終えたニドキングの視界には、拳を振り上げるエレブーが迫る。
「みきりだ!」
ニドキングより速い相手が、既に攻撃態勢に入っている。咄嗟に、守りに徹するしかない。迅速な判断ではあるが、ニドキングがエレブーの腕を受け止めたその時、エレブーの姿は再び、二つに分かれることとなる。受け止めたエレブーの姿は消え失せ、ニドキングの脇から本物のエレブーが拳を撃ち込む。致命傷を狙う氷の拳だ。
見切りの体勢に入っていたことが功を為し、ニドキングは辛うじてダメージを抑える。まずい状況ではあるが、まだ負けたわけじゃない。すぐさま体勢を立て直す。
「……!?」
だが反撃の意思を秘めたニドキングの目には、三体のエレブーを留める。
「くそっ!?」
「今度は三体だ。どんどん行くぜ」
雷、炎、氷の拳をそれぞれのエレブーが繰り出す。タイプが違う分、対処は各々変わってくる。本物はどれか一体であるが、判別は難しい上に、そんな暇はない。見切りを繰り返し、ギリギリのところで耐える。この戦いの中で、ニドキングはエレブーのスピード、動きに慣れ始めていたのが幸いした。しかし、守りに徹しているせいでニドキングは攻撃に移れない。
「思ったより耐えるな。じゃあ、こいつはどうだ?」
エレブーはさらに分身を増やす。合計五体のエレブーが、ニドキングの周囲を囲む。みきりで対処するのも限界だった。
「此処にきて、とんでもない隠し玉だな」
「前にお前にも教えてやったはずだ。奥の手は最後まで見せるな」
「見せるのは、敵を確実に仕留める時だけだ、か。よぉく知ってるよ」
マチスの言葉に合わせて、セピアも呟く。聞き飽きたと言わんばかりに、セピアは頬を緩ませた。
周りを取り囲むエレブーが、一斉にニドキングに襲いかかる。右、左、背後、前方に二体、バチバチと弾けながら接近した時、セピアは此処ぞとばかりに指示を出す。
「じしんだ!」
事前に分かっていたかのように、ニドキングはセピアの声に迅速に反応した。絶望の差中、眼を見開いて地を踏み締める足に力を込める。
地を走る、分身を含めたエレブーはその衝撃に足を取られる。
「今更遅ぇよ!」
マチスの咆哮の通り、エレブーが怯んだのはほんの一瞬である。分身も消えてはいなかった。
「フルパワーだぁ!」
ニドキングは吠えると同時に、エネルギーを放出する。浮かせた片足を思いっきり踏み締めた。耳を塞ぐくらいの大きな音が弾ける。トレーナーまでもが足を取られ、転倒する程に衝撃が起こる。そして、ニドキングを中心に、フィールドの地面がうねりを上げて大きく割れる。中心が沈み、外の地面が蕾のように持ち上がった。
「何だとっ!」
ジムのフィールドは壊滅し、元々地面技に弱いエレブーの分身は、割れた地盤により消え失せる。エレブー本体は、まだ戦闘を続行出来る状態だ。一方ニドキングは、せり上がった地面の死角に隠れたようだ。
「エレブー。まだ生きてるはずだ。探せ」
了承したエレブーは、大きな地盤の上に乗ってニドキングを上から探す。バチバチと電光を発し、見つけ次第攻撃を仕掛けるだろう。
セピアはその様子をぐっと見守る。このままエレブーの隙を突く為、ニドキングが先に見つかる事態は避けなければならない。素早い動きで探索する間、妙に静かな時間が流れる。長く思われた時間であるが、その終わりは実にあっさりと訪れた。