目が覚めたら男の娘になってたるう子がユキにかわいがられるお話。
ちゅんちゅんと、雀の鳴く声がベランダの向こうから聞こえてきます。
ゆっくりまぶたを開けると、カーテンの隙間から射す陽の光が天井に線を伸ばしていました。
寝ぼけた頭で枕元の時計をたぐり寄せると、どうやらアラームよりいくらか早く目覚めてしまったようです。二度寝するには半端な時間だし、なんだか損したような気分でベッドから身を起こそうとして――、ふいに違和感。なんというか、股間に圧迫感があるのです。寝ている間にパンツがずれてしまったのかなと、わたしはズボンの中に右手を入れます。
本来なにもないはずの股間に、なにかがついている――? 瞬間、わたしはベッドから跳ね起きるとズボンとパンツを下ろしました。そこにあったのは――。
***
自室の姿見に、お気に入りのパジャマを着たわたし――、小湊るう子が映っていました。
顔は青ざめており、いつにもまして冴えない雰囲気に拍車をかけます。
おそるおそる視線を下ろすと――、ズボンの股間部分にあきらかな"ふくらみ"がありました。
絶望的な現実におもわずふらっと倒れそうになりましたが、どうにか踏みとどまります。
ここで倒れたらそれこそ面倒事です。できれば家族には知られたくありません。わたしは事なかれ主義なのです。静かに深呼吸すると、これからどうするか思考を巡らせます。
とにかく今日はいつも通りの生活を送ることにします。ひょっとしたら明日になれば元に戻ってるかもしれません。朝起きたらいきなり生えていたのなら、その逆があってもおかしくはない……。というかそうであってほしい。切実に。もしダメだったら……。深刻なレベルで死にたくなってきましたが、なんとか気持ちを奮い立たせてこれからのことを考えます。
なんにせよ学校に行かなければなりません。そのためには外見をどうにかしなければならない――、"ふくらみ"に関してはスカートを履けば隠せるはずです。あとはバレないように細心の注意を払うしかありません。ほかに問題は。
「きつい……」
女性用下着だと収まりきらないようで、さっきまでよりマシとはいえ圧迫感がすごいです。
元をたどれば違和感に気がついたのもこのせい……、いやおかげというべきなのでしょうか。
ともあれ今日一日この状態で過ごすのかと思うとたまったもんじゃありません。
「そうだ――、お兄ちゃんのパンツを借りればいいんだ!」
我ながら名案です。生まれて初めてお兄ちゃんがいてくれてよかったと思いました!
お兄ちゃんが台所でご飯を食べてるのをコッソリ確認すると、そのままお兄ちゃんの部屋へ飛び込みます。考えてみれば引っ越してからお兄ちゃんの部屋に入るのは初めてでした。家にいる時はいつも居間で寝転がっているから、用事があっても部屋を訪ねる必要がなかったんですよね。
そんなこんなで戸棚を開けると膝立ちになって衣装ケースの中を漁っていきます。
これはちがう。これもちがう。
「……これかな?」
両手で広げたそれはボクサーパンツというやつでしょうか。わたしの記憶にあるお兄ちゃんの下着はブリーフだったはず――。どうでもいいところで過ぎ去った日月を感じました。
ぴっちりした作りですこし窮屈そうでしたが、試しに股間の部分を指で押したら伸縮性があります。なるほどこういう作りなんですね。念のためくんくんとニオイも嗅いでみましたが洗剤のニオイしかしないので、これなら安心して履け……。
「なにしてるんだ、るう子……?」
ギギギと視線を右に向けると、そこには何故かお兄ちゃんが立っていました。
唖然とした表情で、ボクサーパンツを鼻先に近づけているわたしのことを見下ろしています。
性別が逆ならその場で通報されてもおかしくない状況でした。
「お、お兄ちゃん……。あの、これはね? その……」
しどろもどろになる私に、何故かお兄ちゃんはふっと笑いました。
「ま、るう子もお年ごろだもんな……」
「え?」
「するんだろ、それを使ってオ」
「せいっ!」
「ぶへっ!?」
わたしの腹パンでその場に崩れ落ちるクソ兄貴。
なにを口走ろうとしたのかはわかりませんが、ろくでもないことであることだけは気配でわかりました。黙らせるだけのつもりでしたが、足元のお兄ちゃんは完全に気絶しています。どうやらこの身体になったことで腕力も多少パワーアップしたみたいです。
でも体格や声は変わってないんですよね。元々成長が遅いから男の子になっても……まあいいです。今はとにかくパンツを履き替えちゃいましょう。その場でボクサーパンツに履き替えましたが(もちろん極力自分のあそこは見ないように)、しかし。
「きつい……」
さすがに今まで履いてた自分のパンツよりはマシなので我慢しますが。よくこんなの履いて日常生活を送れたものです。
わたしは脱いだ自分のパンツをお兄ちゃんの頭にかぶせると、スマホでその姿を写メってから部屋を出ました。
***
スカートを履いたことでふくらみが目立つことはなくなりました。何度も姿見で確認したのでバッチリです。念のためスカートの丈も長めに取ったので、誰かがスカートめくりでもしないかぎりバレることはないでしょう。制服を着たわたしは、どこからどうみてもいつものわたしです。なんだか泣けてきましたが、これなら大丈夫!
……と、理屈の上ではわかっていても、"万が一"を不安がってしまうのが人情というもの。わたしの正体が「実は男の娘だった」なんて噂が流れでもしたら、もう切腹するしかありません。こころなし前傾姿勢になり、いつもより早足で朝の通学路を歩くわたしがいました。
なんとか教室までたどり着きましたが、むしろこれからが本番です。夕方まで学校は続くのですから。身体の変化を周囲に悟られぬよう、なるべく席から動かないでいようと決意します。
(ま、どうせ話しかけてくれる友だちもいないし、楽勝だよね!)
朝の会も終わり、続く1時限目はあっさり乗り越えられました。今日は幸い体育もありませんし、無事にやり過ごせそうです。
2時限目の準備をしていると、ガタン! と背後からわたしの座っている椅子になにかがぶつかりました。勢い良くぶつかってきたため、そのまま椅子と自分の机に身体を挟まれてしまいました。ぐえっ、と悶えるわたし。
「でさー!」
「ぎゃははは!」
どうやら後ろの席で友達とじゃれあっている男子の机がぶつかったようです。
もちろんわたしに迷惑をかけたことなど気がついていません。
まったくこれだから男子は……。あれ、このセリフなんだかすごく女子中学生っぽい! 今日は早速いいことあったなと内心ニヤニヤしていると、ふいに教室がしんと静まり返りました。
「るう子」
冷水をぶっかけられた気分とは、まさにこのことでしょうか。
すっかり忘れていました。そうです。わたしにはひとりだけ声をかけてくる人間がいたのです。
顔をいやいや右に向けると、すぐ目の前にひとりの少女が立っています。
「……ユキ」
浦添ユキ。
灰色ロングヘアで切れ長の瞳、小さく端正な顔立ちは控えめに表現しても美少女です。
浮世離れした雰囲気はミステリアスといえなくもありません。スレンダーながらもスタイル抜群。わたしと並べば身長差もあって本当に同級生なのかと憂鬱になります。
もっとも、なにより憂鬱なのはそんなことじゃありませんが。
ユキはわたしにほほ笑みを送ると、すっと細めた眼を左――、わたしの背後に向けます。
なにを――、とわたしが声を挟む間もなくユキは口を開きました。
「ねえ、そこのあなた」
それは凍えるような声でした。後ろの席から緊張が伝わってきます。
「私はあなたに話しかけてるのよ。るう子の後ろの席に座ってる――、あなた。まさか、言葉を話せないわけではないでしょう」
瞬間、教室の温度が一段下がったような感覚がしました。教室のどこからか響く息を呑む声。
後ろの席の男子は、震えた声でかろうじてといった様子で返事をします。
「な、なんですか……?」
「自分がなにをやったのか、わかってるかしら」
教室の温度がさらに一段下がりました。教室のどこからかいよいよ女子のすすり泣きが聞こえてきます。言葉を失う男子。なにをいっているのかわからない顔……、というかわたしもユキがなにをいってるのかわかりません。
まさかひょっとして――、さっきわたしの椅子に机をぶつけたことを怒ってる?
「あなたごときちっぽけな存在が、どんな理由があって私の愛するるう子に迷惑をかけたのか。返答次第では――、殺すわよ」
ユキの目は本気でした。まるでナイフのように研ぎ澄まされた殺気がこめられています。
射すくめられた男子の顔が気の毒なくらい急速に青ざめていくのがわかります。
「ゆ、ユキ! ちょっとこっち来て!」
わたしは席を立ってユキの手をぐいっと掴むと、教室から引っ張り出します。すれ違ったクラスメイトの誰もが、わたしたちから視線を逸らすようにうつむくのが無性にやるせなかった。
***
学校の裏庭。
校舎が影を落とすこんな場所に好き好んでくるのは、せいぜいこっそりタバコでも吸いに来るヤンキーくらいでしょう。この学校でその生息が確認されたのは8年前が最後という話ですから、今はもう誰も来ないということです。
人のいないところいないところを走ってきたら――、こんなところまで来てしまいました。たった10分しかない休み時間はとっくに終わってしまいましたが、この場合は緊急避難です。そういうことにしましょう。
ぜーぜーと、急な運動で乱れた息を整えるわたし。すぐとなりにはユキ。いっしょに走ってきたはずなのに何であっちは息を切らしてないんでしょうか。
「今日のるう子は情熱的ね。2時限目をサボって私とこんなところで逢引きだなんて……」
このアマ――。怒鳴りつけたい気持ちを深呼吸して押さえつけると、キッとユキの目を見据えます。
「あの!」
大声を出してからはっと口を押さえます。
せっかくひと気のないところまでやってきたのに、大声なんか上げて目立ったら意味がありません。一方のユキはあいも変わらず泰然自若を絵に描いたようなすまし顔です。
「なにかしら」
「……もう、わたしの教室に来るのやめてくれないかな?」
「どうして?」
「ユキが来ると、みんな緊張しちゃうし……」
「さっきのことなら――、あの男子が悪いのよ。あなたが気にすることじゃないわ」
「そうかもしれないけど……。あれくらいであんなに怒らなくてもいいと思うの」
「やさしいのね、るう子は。そういうところも愛してるわ」
ふわりと笑うユキ。絶望的にわたしと噛み合ってません。
どこの世界にあれだけのことで同級生に殺気をぶつける中学生がいるんですか。
そりゃクラスだって違うし、心臓が鉄か何かで出来てるユキはいいっぱなしで結構でしょうが。
「クラスでのわたしの立場とか、もうちょっと考えてほしいなっていうか……」
「有象無象の凡夫の目なんて、気にしなければいいわ」
「るうは気にするの! 周りからドン引かれてるのに気づいてないの!? すこしは世間の目ってものを気にしなよこの電波女!」
口にしてからはっとしました。
自分のことを"るう"と呼ぶのはやめようと思ってるのに、またやってしまった。
「こうしてだれかに怒られたのって、るう子が初めてだわ。そうやって、いつだってあなたはわたしの初めてを奪っていくのね……」
うっとりとした表情を浮かべるユキ。ムダに艶やかでドキドキするのが腹立ちます。
今思い出したんですが、ユキにはイオナという双子の妹がいるらしいです。そちらはちがう学校に通っているそうですが、たぶんこの女と関わり合いになるのがイヤだったんでしょう。
「さすが前世でわたしをウィクロスで破った唯一の娘……。運命の輪から解放してくれた、愛しい人……」
ふだんからこのように、わたしのことを前世から結ばれた愛しい人なのだと公言してはばかりません。ウィクロスってなんだよ。最初はただの邪気眼な人だと思っていたんですが、毎日付きまとわれるうちにどうやらガチな人だと判明。
『ユキって名前は、あなたからもらったようなものなのよ』
こんなことを情感たっぷりにいわれれば誰だってヤバいと思うに決まってます。
同級生だろお前。
わたしたちが通う学校は小市民気質の気弱な生徒ばかり集まっており、ただでさえ美人すぎるユキは敬遠されがちなのに――。
この性格も加わって、もはや校内では完全にアンタッチャブルな存在になっています。
そしてこんな女に好かれ、休み時間のたびに付きまとわれているわたしの扱いはいうまでもありません。さっきみたいにちょっとしたことで周囲を威圧するせいで、友だちどころか知人すらいない絶望的な状況です。ああもう。転校早々こんなキ○ガイに絡まれて、それこそ前世でなにかやらかしたのかと不安になってくるよ……。
っていやいやいやいや。ダメ。その発想はダメだよるう子。前世なんてないし死ねば人間は無になるだけで魔法も奇跡もウィクロスもないんだよ。
「あなたの言いたいことはわかったわ。それじゃあ――、私の家に行きましょうか」
「え?」
「学校がダメなら私の家で愛を語らい合えばいいのよ」
ユキは名案だとばかりにわたしの手を取りました。
それをさり気なく振り払うと、頭痛をこらえながら最大限言葉を選びます。
「あのね、ユキ――。学校はサボっちゃダメなんだよ? わるい娘になっちゃうよ?」
「そう……。残念だけど、あなたのそういう真面目なところも好きよ」
わたしが真面目なんじゃなくて、お前が非常識なだけだ。
頭痛はますますひどくなる一方です。
「ねえ、るう子」
「……なに?」
「女性にとって、もっとも相性のいい男性の見つけ方を知ってるかしら」
「また脈絡のない……。っていうかまさかの恋バナ……?!」
「身体のニオイを嗅いだときに、『いいニオイだ』と感じられる男性だそうよ」
「あ、それ知ってるよ。本能的に自分と遺伝子が遠い人を嗅ぎ分けてるとか……」
「その通りよ。自分と遠い遺伝子を掛け合わせ、より免疫力の高い子どもを作りなさいと本能が命じているの……。いわば遺伝子によって仕組まれた、運命」
「はあ……」
すこしは色っぽい話になるのを期待したのに、結局いつものところに落ち着いてしまいました。
つくづく――、前世や運命とかそういう因縁めいた単語が好きな人です。
もちろんるうはそんなもの信じません。信じてたまるか!
「ねえ、るう子」
そういって――、ユキはきわめて自然な動作でわたしの首元に顔を寄せました。
とっさに後退りましたが背後は壁。逃げ場をうしなったわたしは、いよいよユキのされるがままです。左手で長髪をかきあげ、身長差からすこしだけ屈むような形でくんくんと鼻を鳴らしています。わけもなくドキドキする自分を叱咤するように、わたしは声をあげます。
「な……、なに? いきなりどうしたの?」
ユキはそっとわたしの耳元に顔を寄せます。シャンプーのニオイ。ささやくように口を開きました。
「今日のあなた――、すごくいいニオイがするわ」
***
天井を見上げると、大きなプロペラがくるくる回っています。
部屋の中にはデスクと本棚と、本当に必要最低限の家具しか置いてありません。
わたしはベッドに腰かけ、ユキの部屋で所在なさげにたたずんでいます。
(ユキのお家は、高級住宅街にあるガレージがついた大きな一軒家でした)
なんとなくそんな気配はしていましたが、やっぱりそれなりにお嬢様だったようです。
どうしてそんな娘が公立の中学にいるのか不思議ですが、あまり深入りすべき事柄ではないのでしょう。つーかあんな痴女の事情なんてどうでもいいです。
「……るう、なんでこんなところにいるんだろ」
記憶を反芻します。そう、あれからユキが家に帰ると主張したんです。
『こんなに服が汚れてしまったら、もう教室にはもどれないわね』
それについては改めて同意です。
結構臭いが強かったですし、おそらく男性教師にはすぐバレてしまうでしょう。
『あなたにはかけた責任があるのだから、家まで送るべきだと思うわ』
あの時は混乱しててほいほい同意してしまいましたが、冷静に考えたらああなったの全部ユキのせいじゃないですか! よわよわしい抵抗しかしなかったわたしも悪かったとは思いますが……。それも家まで送ったことでチャラになったはずです。今からでも遅くありません、わたしだけでも学校に戻りましょう。ユキがシャワーを浴びている今のうちに!
「いい湯だったわ」
遅かった。
ガチャリと扉を開いて、ユキが部屋に戻ってきてしまいました。
やってきたユキはワイシャツ一枚という格好でした。身体にぴっちりフィットしており体型が丸わかりです。色白でスレンダー、けれど出るところは出ている、まるでグラビアモデルのようなスタイル。第3ボタンまで開かれた胸元からはブラジャーが覗き、短い裾はギリギリパンツを隠しきれていません。ちなみに下着は上下共に黒です。そこはかとなくユキからただようインモラルな雰囲気を全力で強調していました。あまりの格好に唖然と口を開きます。
「ユキ、その格好は……」
「家着よ」
絶対ウソです。
だいたいそのワイシャツ外出着じゃないですか。この前の休日にふたりで出かけた時、ユキが着ていたことをわたしはしっかり覚えています。下着だって普段着用しているのは白い色気の欠片もないものです。体育の授業はユキのクラスと合同なので、いつもいっしょに着替えているから知っています。まるで欲望をかくそうともしないユキに内心ドン引きです。
「隣、しつれいするわ」
「……うん」
ギシッとベッドに音を立て、ユキはわたしの隣に座りました。わたしの情欲をかき立ててふたたび手玉に取ろうって肚でしょうが、そうは問屋がおろしません。
人は本能によって生きるにあらず。理性の力を積極的に信じて生きたい所存です。
「なんだか今日は暑いわね」
「それは湯上がりだからじゃ……、って!?」
ツッコミを入れるべく視線をユキにやれば、やおら左手でワイシャツの胸元を開きました。右手でパタパタと仰ぎます。胸の谷間へ吸い込まれていくわたしの瞳。ブラジャーで寄せてあげてるのはわかっていても、おもわず生唾を飲み込んでしまいます。これはマズイと理性が叫び、とっさに視線を下にずらすと今度は引き締まった太ももが目に入りました。ほどよく肉感的で、こちらもまた生唾ものです。さっきから自分のキャラが急速に崩壊しつつあることを実感しています。
げに恐ろしきはユキの容姿。同性から見ても美人だとはおもっていましたが、異性の肉体になったらここまで凶悪な存在になるなんて……。
「あーあついわー。あついからぬいじゃおうかしらー」
あからさまな棒読みと共に、いよいよ第4ボタンまで外しました。もうほとんどブラジャー丸出しです。全力でわたしのこと誘ってやがりますよこの痴女ったら。
わたしは誘惑を断ち切るように、右隣りのユキからおもいっきり斜め左上に顔を向けました。ふう、これで一安心……。
「ひゃう!?」
いきなり下半身に刺激が走りました。
ふたたび視線を向ければ、わたしの太ももにユキが左手を乗せています。
肩と肩がくっつくくらいに密着し、顔を寄せてきました。
「ねえ、るう子」
顔が近い! いやそれより胸が近いです!
身長差の関係で、どうしても顔より胸の方がわたしの顔に近くなってしまうのです。
ユキからただよう甘い匂いに、わけもなく心をかきみだされるのがわかります。
「どうして私から目をそらそうとするの」
「それは……」
「もしかして――、ここが関係しているのかしら?」
「ひぅ!?」
ユキは左手を動かし、太ももからスカート越しにわたしのあそこへ指を這わせました。
わたしの耳元で、ささやくように言葉を紡ぎます。これまで聞いたことのないような甘い声。
「かわいいかおして、こんないやらしいモノを生やして……」
「や、やめ……」
「私に触られて、こんなに大っきくしてる……」
ユキが細い指をさわさわ動かすたび、背筋に走るゾクゾクとした感覚。
ゆっくりとしたもどかしい動きが、わたしの理性をガリガリ削っていきます。
「気持ちいい? るう子」
「……っ」
「そう」
すこしでも抵抗の意を示そうと黙るわたし。
けれどユキの声は、まるでなにもかも見透かしているようでした。
「ふふ、学校サボってこんなことしてるなんて知ったら、ご家族の方はどう思うかしらね?」
「そ、それはユキが……っ」
なけなしの気力を振り絞り、抗弁しようとしたら耳に『ふっ』と息をかけられて遮られました。ピクンと跳ねる肩。
「わるい娘ね、るう子は……」
「う、うう……」
文字通り、わたしはユキの掌の上でした。
生かさず殺さずの絶妙なタッチで送られてくる刺激に、わたしは抵抗することもできません。
まずい。これは非常にまずいです。このままではさっきの裏庭での二の舞いです。
それどころか状況はさらに悪化しています。こんな密室にふたりきりじゃ、何をされても助けなんて呼べません。
なんでもっと早くこのことに気がつかなかったのでしょうか。内心ほぞを噛みます。
このまま何も出来ず、ユキのいいようにされてしまうのでしょうか。
最悪の未来予想図に絶望しかけるわたしでしたが――、ふとあることに気が付きました。
(このまま何もできない……、ほんとうに?)
たしかに元の身体であれば――、るうがユキに勝てるところなんてひとつもありません。
容姿も家柄も学力も体力も、あらゆる面においてユキは突出しています。
これで性格がまともでさえあれば、望めばなんだって手に入れることが出来るでしょう。
けれど今のわたしは、まったくもって不本意ながら男の子の身体をしているのです。
ギシリとベッドの軋む音が室内に響きます。眼下にはわたしに押し倒されたユキがいました。
「い、いまのるうは男の子なんだよ? ユキなんかより、ずっと力があるの!」
「それで――、これからどうするつもりかしら」
「どう、って」
たじろぐわたし。
その際に右手をすこし動かしたら、掴んでいた部分が赤くなっていることに気がつきました。
ユキの白い肌はちょっと力を入れるだけでも赤く痕が残ってしまうようです。
ふいに、組み敷いたユキの女体になまなましい存在感をおぼえました。
むわっとした甘いニオイがたちこめ、くらくらする頭。理性や感情を塗りつぶそうとする強烈な何かに、わたしはただただ困惑します。
すっ、とユキは右手を伸ばしてわたしの頬に触れました。
「ねえ、るう子」
脳がとろけてしまいそうな甘いささやき。視界には靄がかかり、眼下のユキしか見えません。
「あなたが望むことなら、私はなんでもやってあげる」
まるで壊れ物をあつかうように、指先でわたしの頬をやさしく撫でながら続けます。
「なん……でも……?」
「ええ。あなたが望むなら、なんでも……、ね?」
ユキの瞳が近づいてきます。いえちがいます。わたしが堕ちているのです。
気がついたらわたしは身体を全力で引き起こしていました。だめです! こんなのは――、だめです! 未だ仰向けのユキに背を向けて、ベッドの端に腰かけ頭を両手で抱えます。
「だめ……! こんなのだめだよ……! 欲望に流されて! 友だちのユキにひどいことするなんて! こんなの!」
「あなたは、私のことを友だちだといってくれるのね」
「あたりまえだよ!」
「そう――、それが聞けただけでも充分だわ」
肩を引っ張られたと思ったら、わたしはベッドの上でユキに組み敷かれていました。
「え……、え?」
さっきとはまるで正反対のポジションです。わたしを見下ろすユキの頬は欲望に火照りきっており、本能に抗う意思などまるで感じられません。
そうです。こいつはそういう女だったのです。わたしは一体、なにを日和っていたのか。
「初めてはるう子のほうから迫ってきてほしかったのだけれど――、今はさっきの言葉だけで我慢するわ」
なーにが我慢ですか。あんた最初からなにひとつとして我慢する気なんかないでしょう! どうにか拘束から抜けだそうと身動ぎしますが、ユキに押さえつけられた身体はまったく動きません。ふたたびユキの瞳が近づいてきます。今度は堕ちるなんて生やさしいものではありません。これは――、捕食。
「友だちといってくれて、うれしかった。愛してるわ――、るう子」
***
チーン、という音とともにマンションのエレベーターのドアが開きました。わたしはエレベーターから出ると、ふらふらと自宅へつづく通路を歩いていきます。一歩一歩が重たい。
まったく――、今日はさんざんでした。
『どうせなら泊まっていけばいいわ。私の家――、今日はだれも帰ってこないから』
ユキ家のベッドの上。ぐったりとしているわたしの横で、ひとりツヤツヤした裸のユキがしゃあしゃあとのたまいましたが、もちろんNOです。
一晩中いいようにされる未来しか思い描けません。ほとんど這うようにしてユキ家から脱出すると、ここまでなんとか歩いてきました。
「……着いた」
ようやく自宅前にたどり着くと、カバンから取り出した鍵で扉を開いて中に入ります。
自宅にたどり着いた安堵感からでしょうか、ますます重たくなる身体。それでもなけなしの気力を振り絞って自室へ向かいます。
(はやく寝よう。そしてさっさとわすれるんだ、今日のことは……)
すべて悪い夢だった。そういうことにして処理するのが正解でしょう。
正直もうなにも考えたくありません。さんざん搾り取られたせいか倦怠感がひどいのです。
自室の扉を開くと、そこには衣装ケースを漁ってるお兄ちゃんがいました。わたしの姿を見て目を見開くお兄ちゃん。右手には白い布――、わたしのパンツが握られています。
ぴしりと、なにかがひび割れる音がしました。
「お、帰ってきたのかるう子。どうした、そんなこわい顔して近寄ってきて……。お、おい? お前、なんか勘違してな……」
「ふんっ!」
「ぐふぇ!?」
わたしの右アッパーで顎を打ちぬかれたクソ兄貴は、盛大にきりもみ回転しながら上昇したのち床にぐしゃっと落下しました。
ひらりと落ちたパンツは、よく見るとわたしが今朝頭にかぶせといたヤツでした。どうやら返しにやってきただけだったようです。まぎらわしい。
カバンをその場に放り投げ、床で倒れて気絶しているお兄ちゃんの背中を踏み越えると、そのままベッドにダイブしました。
このまま寝たら制服にシワが――、という懸念が一瞬だけ脳裏によぎりましたが、三大欲求には敵いません。おやすみZzz...。
***
結局あれから朝まで眠ってしまいました。
制服は寝汗に加えてしわくちゃになってたので、学校には運動部でもないのにやむなくジャージで登校することになりますが――。そんなのは些細なこと。
なぜなら身体が元に戻っていたのですから!
嗚呼! あるかなきかの小さなおっぱいも今では愛おしい! おもわず両手で揉んでしまいます! ひゃー! 女の子の身体ってやわらかいんですね!
自室ベッドの上で狂喜乱舞するわたしでしたが――、この時はまだ何も知らなかったのです。
今回の事態が、これから始まる騒動の序章に過ぎなかったことに――。
るう子が通う中学校。その校門の前に、制服を着た少女がひとり立っている。
口元に笑みを浮かべると、誰ともなくつぶやいた。
「待っててね――、るう」
ふわりと風。少女のツインテールが、揺れた。