―パリ 大通り―
朝から街は大盛り上がり。解放されたフランス。その首都では、今まさに解放記念パレードが執り行われようとしていた。日本をはじめ、各国から使節団が派遣されている。講和の、裏の平和と言える一大イベントだった。
斉藤も亀井と共にパリ市街を見物している。
「日本からは陛下の弟君の秩父宮様を中心とする使節団です。アメリカはマッカーサー大将を中心とする使節団。両者の記念パレード前の話し合いは歴史的話し合いとして後世に記憶されるでしょう。」
フランス解放記念パレードに、両軍も行進することとなった。アメリカと日本との話し合いで日本軍が先頭で行進することとなり、その話し合いは内容こそ大したことはないが、睨み合いをしていた国家同士とは思えない柔軟な話し合いで、各国を驚かせた。
「もう戦争は終わったんだ。これからは外交力が必要だよ。それぐらいの話し合い、できて当然なのだよ。」
「全体進め!!」
足並みを揃え、フランス軍が大通りを行進し始める。MAS36小銃を手で持ち、行進する様は腐っても軍隊。迫力はある。その後方を行進するB1重戦車、D2中戦車、S35騎兵戦車なども様になっている。
「軍楽隊も演奏していますね。」
軍楽隊は行進曲『サンブル・エ・ミューズ連隊行進曲』を演奏し、一層解放されたと言う意識を駆り立てられる。
「あ、日本軍とアメリカ軍ですよ。」
その後ろには解放記念式典に来ている日本軍とアメリカ軍が行進している。軍楽隊は演奏曲を『陸軍分列行進曲』の一番を演奏し、続いて『星条旗よ永遠なれ』が演奏される。
「亀井、日本とアメリカ。これからもこんな関係が保たれると思うか?」
「分かりません。しかし、今のままでは難しいでしょう。」
「そうだろう。しかし、だからと言って講和の譲歩を認めるわけにはいかない。認めると、際限なく譲歩しなくてはいけなくなる。」
今の日本の様に、譲歩し続けて際限なく責任を被せられ、落ちぶれて行った国は未来永劫存在しないだろう。
「大アジア同盟。大東亜共栄圏の確立はもう確定しているでしょう。朝鮮と日本とを結ぶ海底トンネルも既に設計が始まっています。」
レシプロエンジン音が行進している部隊の上を通り過ぎていく。フランス軍戦闘機MB155c1だ。
更に大きな飛行音が鳴ったかと思いきや、上空を巨人機が飛び去る。
「あれが、チャールズ・リンドバーグが戦前に発注したっていう。」
チャールズ・リンドバーグ。1927年にスピリット・オブ・セントルイス号でニューヨーク・パリ間を無給油で飛行し、大西洋単独無着陸飛行に成功した。結婚後、6人の子供を授かったが、長男が誘拐されて殺されたのも有名な話だろう。
アナウンスが流れ
「現在上空を飛行しているのは地球一周航空機『軌天』です。戦前、チャールズ・リンドバーグ氏が日本へ世界一周機の設計を依頼し、三菱重工、中島飛行機、川崎重工の三社共同で生産された唯一無二の超長距離航空機です。」
上記三社は新型機の開発と並行してこの地球一周機の軌天を生産していた。敵国の依頼だから本来は断るべきなのだが、黎明島の工場のお陰で各社の生産力の低下を恐れた。そこで、戦後の提供を条件に生産許可を軍部が下したのだ。
「フランス解放記念に乗りつけたのか。後年は世界一周も行われるだろう。」
斉藤は上空を飛行するチャールズ・リンドバーグ氏本人が操縦する軌天を見る。日本で本格的な双胴機は初であり、生産は試行錯誤の繰り返しだった。そして、それと並行して地球を一周できるだけの燃料を積むにはどうしたらいいなど、課題は山ほどあった。
解決策として、操縦席以外のほぼ全てを燃料タンクにし、重量に対する離陸に必要な推進力を得るためにエンジンは富嶽シリーズに見られる串刺し型エンジン。馬力は一基あたり2500は最低限必要とされた。プロペラは通常の推進方法の他に、震電に見られる後部推進式方法も採用された。
「リンドバーグ氏の快挙はフランス人は忘れることが無いだろう。」
「フランスは、今日ここに正式なる解放がなされたと私は感じています。」
演説を行うフランス政府首相のシャルル・ド・ゴールは列席する各国使節団、そして出席したすべての兵士、見物人に高々と宣言した。
「思えば短いようで長い日々だった。最初、独逸機甲師団の奇襲を受け、我が戦車隊は壊滅させられ、フランスの首都パリは敵の手に落ちた時、私はどうすればいいか悩んだ。」
一呼吸分の間が空き
「しかし、私は自由フランス政府を組織し、占領しているドイツ軍に徹底抗戦の道を選んだ。南部にて、ドイツ傀儡政権のヴィシーフランス政府も、私は国家政府として認めることはなかった。」
見物人は拍手喝采。
「そして、今。再び我が祖国。フランスの首都に舞い戻ってきた。私が、今現在味わっている喜びは今までの人生で聞かされてきた朗報を全て掛け合わせた喜びよりも勝るだろう。」
再び拍手が巻き起こる。
「ドイツはフランスから撤退。全ての権限を自由フランス政府に委任すると申し出が出たとき、私の心境は疑いの念でいっぱいだった。しかし、それは真実だった。全ての権限が返され、ドイツは一切の内政に干渉してくることはない。フランスは、真の独立を果たすことが出来たのだ!!。」
その瞬間、全員が近くの人と抱き合ったり、喜び合ったりしている。中には万歳をしている者まで居るくらいだ。
1944年 1月17日。 自由フランス政府は正式にフランス政府となった。即ち、フランスは正式に独立をすることが出来た。