フリーワンライ企画のワンドロ小説です。
時間との戦いでした。
腱鞘炎待ったなし。
気が付くと僕は、いつも彼女を見ていた。
君はキラキラと光る、万華鏡のような人だった。
君に触れる度に違った一面が垣間見え、そのどれもが煌めいていて麗しい。
全校生徒の前で指揮を振って、行事をそつなくこなしていく君。
窓際の席に座って、涼しげに森鴎外を読む君。
友達と話しているふとした瞬間に、明後日の空を向いて哀愁を漂わせる君。
そして――。
「京介!」
「……おお」
「今日は一緒に帰ろうって言ったじゃないか! 今先に帰ろうとしてたよな?」
「……ああ」
敢えて素っ気ない返事をしてみる。
すると君は決まって、風船のように頬を膨らます。
――そう、そんな風に。
彼女がこんな顔をすることを、皆は知らない。
そんな小さな優越感に浸っていたら、いつの間にか……。
「もう……意地悪。ほら、行くぞ」
長い黒髪を翻して、僕の数歩先を闊歩する君。
そんな君の、少し後ろを歩くことが僕には心地良かった。
「明日は待ちに待った卒業式だ。絶対に成功させよう」
「……君なら大丈夫だよ」
「いや、京介が居なかったら此処まで来れなかった。君のおかげだ」
「……そう」
「楽しい時も、辛い時も。いつも君が隣に居てくれたから、私は会長として学校を束ねることが出来た」
思い出を反芻するかのように、緋色に染まる空に手を翳す君。
そんな彼女の、数歩後ろを歩く僕。
「ありがとう、京介」
紅蓮に燃える太陽が、輝かしい君を燦然と照らしている。
僕は眩しいから、ふと目を反らした。
――君の隣なんて、僕には。
「どうした? 何かあるのか?」
「なんでもない……」
打ち明けてしまったら、音を立てて崩れて去る気がして。
沈み行く太陽を、憎悪を込めて睨み据える。
「なあ、京介。君は卒業したら……どうするんだ?」
「……普通に大学に行く。君のおかげで受かったから」
「そうか。いや、大したことはしてない。あれは正真正銘京介の実力だ」
閑散とした生徒会室で、君が夜まで受験勉強に付き合ってくれたことが思い返される。
おかげで僕は、本来僕の学力では届き得ない大学への切符を手にした。
こんなことをしたって、君との距離は埋まらないのに。
「君は……」
声になってしまった言葉を、慌てて押し込める。
君の口からは二度と聞きたくない。
「ああ、私は暫しの間日本を出ようと思う。異文化交流というやつだな、ははっ」
おどけてみせる彼女に、堪え切れない苛立ちを感じた。
流石は生徒会長。
彼女が日本の大学に収まるような器でないことを、僕が一番良く知っている。
「京介はやりたいこととかないのか?」
「……やりたいことを見つけに大学に行くよ」
今の僕は、きっと酷い顔をしていると思う。
君がいない毎日に目標が見つかるわけがない。
「あ……」
「ほう、万華鏡か……。懐かしい」
帰り道の古びた書店の前に、積まれていたのは無数の万華鏡。
「綺麗だ……。古き良き美しさだな」
感動の声を漏らしながら、万華鏡を手に取る彼女。
僕は万華鏡を覗く振りをして、くるくると筒を動かす彼女を見つめていた。
「おっ、こっちの万華鏡も綺麗だぞ、京介!」
夕焼けに赤く塗られたアスファルトの上で、子どものようにはしゃいでいる彼女。
その姿を眺めることが出来るのも、もう……。
「京介、綺麗だな!」
「……ああ」
無邪気に微笑む彼女を見て、僕は言いようのない感情に駆られた。
これで終わりなんて。
僕は――それでいいのか。
後ろから彼女を眺めるだけなんて。
「京介……?」
僕が変われば、違う結果が待っているかもしれない。
ちょっと筒を動かせば、違う景色を見ることが出来るかもしれない。
僕は――。
「なあ……」
「ん?」
「さっきの話だけど、やりたいことが出来た」
「それは良いことじゃないか。是非聞かせてくれ」
「僕はこれからも君の隣に居たい」
万華鏡を動かす彼女の指が、ピタリと止まった。
そのまま僕に視線をずらして、艶めく黒髪を掻き上げる。
「……遅いぞ」
「ごめん」
「けれど、嬉しい。私で良ければ……隣に居て欲しい」
にっこりと頬を綻ばせてみせる君。
――僕が知らない、初めての彼女だった。
「万華鏡、欲しい?」
「そうだな……アメリカに持って行こう。きっと喜ばれる」
夕焼けが落ちるその前に。
僕は彼女の隣へと足を踏み出した。
…………。
……。