幻想小咄   作:殺多鴉

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「貴方は何の為に生きているの?」

「念の為にだよ」




蓬莱人と月下獣

 此処は三途の川と呼ばれる場所。霧で白く薄暗い河原には彼岸花と呼ばれる赤い花が咲き誇り、景色としては充分に綺麗だと言える。唯、そこを取り巻く雰囲気だけが、生きた人間をひたすらに遠ざけている。

 あたいは此処、三途の川で仕事をしている死神だ。と言っても人を殺したりするのでは無く、三途の川の岸から岸へと舟を渡す、所謂船頭という仕事をしている。

 いつもの様に絶え間無く湧き出る霧で視界が不明瞭なあたしの職場で、私は一人の少女と出逢った。地上の何処か、人は皆不気味さに恐怖し、恐れて近付かないこの場所で出逢った一人の少女にあたいは多少の興味を持った。

 そいつの第一印象は何だか面白いけど、面倒くさそうな奴、だった。

 あたいがそんな印象を抱くのにもそれ相応の理由が有り、その中でも最も大きいものは、そいつが発した一言だった。

 

「お前は、私を殺して、くれるのか……?」

 

 その言葉を聞いたときは驚いたものだった。死神に向かって「殺して欲しい」なんて言う奴はあたいは今迄聞いたこともなかったから。

 呆気に取られたあたいに向かって、そいつは構わずにこう続けてきた。

 

「殺してくれるのか。くれないのか。どっちなんだ?」

 

 答えなければ詰め寄って来そうな眼差しを見て、あたいはこう答えた。

 

「悪いけど、あたいはお迎えの仕事はしていないんだ。三途の川で死者の魂を運ぶのが専門でね」

 

 此処迄言うと彼女は、何故か真っ白の髪と頭を項垂れた。十四、五歳位の少女が殺して欲しいと頼む理由。

 それをあたいは少し知りたくなった。

 何より彼女には……。

 

「でも、いきなり『殺してくれるか』なんてどうしたんだい?」

 

 深くは突っ込んで聞かれたく無いのだろう。少女は勤めて素っ気なく死神に答えた。霧で顔を隠したままに。

 

「別にどうもしない。少し……生きるのに飽きただけだ」

 

 少女が言うには余りにも似つかわしくない台詞だ。あたいが、担いでいた鎌を軽く揺らして続きを促すと彼女は再び語り始めた。が、

 

「いや、いいんだ。お前が無理だって言うなら、しょうがないから、諦めるさ……」

 

 そのまま霧の中へと去ってしまいそうな彼女の背を、あたいは無意識に声を掛けて引き留めていた。

 

「ちょ、ちょっと待った! 良ければ……あんたと少し一緒に居てもいいかい? 行く宛も無い上に迷子になっててちょっと困ってたんだ」

 

 背を向けたそいつに何で嘘を吐いて迄そんな事を言ったのかは良く分からない。ただ、なんで彼女があんな事を言ったのか興味があったのと、何となく、放って於けない気がしたから、だった。

 

 此れは彼岸へと渡す死神と、死岸を彷徨う少女の話。

 

 

 

 

 モグモグモグモグ

 

「それで、さっきの話なんだけど」

 

 モグモグモグモグ

 

「あー、もうっ。ご飯を食べながら喋るな。ちゃんと飲み込んでから話せ」

 

 モグモグモグモグ

 

「、っ!?」

 

 少女の声に慌てて食べていたご飯を飲み込もうとして、赤い髪の死神はご飯を喉に詰まらせた。

 

「ったく世話が焼けるなぁ、ほら、お茶飲めお茶!」

 

 少女が器一杯に注いだお茶を死神は音を立てて勢い良く流し飲む。飲んでから水泳の息継ぎのような呼吸をして、死神は漸く落ち着きを取り戻した。

 

「死、死ぬかと思った……」

「お前……、食べ物喉に詰まらせて死ぬ死神とか洒落にもなってないぞ……」

「いやぁ、最高にカッコ付かないねぇ……。同僚から笑われちゃうよ」

 

 ヤハハと笑って死神は誤魔化そうとする。体を震わせて笑う度に豊満な胸がそれに合わせて動く。

 ……何かもう、いろいろ分からなくなってきてしまった。

 

「お前……、本当に死神なのか? ……え、えーっと……」

「小町。小野塚小町だよ」

 

 赤い髪の死神……小町は少女に軽く名前を教えた。

 

「お前、本当に死神なのか? 小町」

「そうだよ? 見ればわかるだろ? ほら、この鎌なんて、如何にも死神! って感じじゃないか!」

 

 見た目に重そうな鎌を片手でクルクルと回しながら小町は答える。

 鈍く鉄色に光るその鎌は何故か少し歪んでいて、鎌としての機能性よりも不気味さを真っ先に感じさせる。

 確に鎌に関してはそうかもしれないけど、肝心の小町がこれだから、結果的に違和感を増幅させているだけなのだ。

 

「如何にも過ぎて逆に胡散臭いんだよ。お前の場合」

「なんてこった……。良かれと思ってやってる事が裏目に出るなんて……」

 

 がっくりと少女の傷だらけの卓袱台に項垂れる小町。今二人は少女の家に居るのだ。お世辞にも綺麗とは言い難いあばら家。周囲を鬱蒼とした竹林に囲まれている事で、より一層その小屋の古さが目立つ。

 

「それに家に上がり込むと同時に、食事を(たか)る死神って云うのも、聞いたこと無いんだけど」

 

 少女にじとっとした目で睨めつけられて、小町は半ば引き攣った笑みと共に事情説明を始めた。最も、少女にそれは言い訳にしか聞こえていなかったが。

 

「そこは……、ほら。あたい朝から何も食べてなかったからさぁ。あ、ご飯お代わり頂戴!」

「遠慮ってものを知らないのか!お前は……」

 

 ぶつくさと文句を言いながらも、小町から茶碗を受け取り、少女はご飯をよそい始める。その様子を小町はニコニコしながら眺めていた。

 

「死神って体力勝負な所が有るからねぇ。食べられる内に食べて於かないと」

「その割には朝から何も食べてないとか、ついさっき言ってなかったか?」

「まぁ、それはそれ、これはこれと言うわけで」

「釈然としない……」

 

 ご飯をよそい終わった茶碗を小町に手渡して、少女は改めて小町に向き直った。

 小町は少女へと話しかける。

 

「それより、あんたの方こそ本気なのかい? も、……も……」

「藤原妹紅だ」

「おっと、そうだったね。それで? 妹紅。さっきのはどう言う意味だい? 生きるのに飽きたって」

 

 小町の目に先程までのお茶らけた雰囲気は無い。彼女の職業……死神としての目付きに変わっている。

 隙間風が何処からか入って来て冷たい音を立てる。その他の音が全て消え去ってしまったかの様に静かになった。

 小町の真っ直ぐな瞳に見つめられて、妹紅は目線を下に逸らしながら小町に答えた。

 

「言葉以上のどんな意味が有るって云うんだ」

 

 小さく妹紅が答えると、小町が何やら納得したように返事をした。

 

「つまり、あんたは飽きる程生きている、って訳だね。単刀直入に聞くけど、あんたは何者だい?」

「見ての通りの、人間だ」

 

 疑るような小町の目線を無視するように、妹紅は勤めて明るく答える。

 そんな様子の妹紅を見て、小町は不意に破顔した。

 

「それは有り得ない」

「……どうして、そう言い切れる」

 

 勿体ぶった小町の断定に少し苛立ちながら妹紅は返す。

 小町はそんなの何処吹く風とばかりに笑ったままだ。丁度、子供の悪戯を眺める親の様に。

 

「知らないのかい? 死神の眼にはそいつの寿命が見えるんだ。あたいの眼にはあんたの寿命が見えないんだよ、妹紅」

「それは唯単に、私が長生きってだけなんだろ?」

「だから、それが有り得ないんだって。寿命が見えない奴なんて幽霊か妖精位なもんだよ? それにあんた、見た目より随分長生きしてそうだし」

 

 小町が此処迄言い切ると、妹紅はお手挙げだとばかりに両手を上にあげた。その表情に先程までの一筋走った様な緊張は見受けられない。

 

「そんな事迄分かるのか、死神って奴は」

「まあね。寿命の半分と引換にあげようか?」

 

 小町はずいと妹紅へにじり寄る。妹紅はその全てを見通すかの様に透き通った濁った瞳に一瞬目を奪われた。

 

「冗談だよ。流石に寿命が見えない奴相手だと、半分ってのがどれ位なのか想像も付かないねぇ」

 

 先程までの真剣な表情を引っ込めて、再びおどけた様な雰囲気を出す小町。逆に妹紅の表情は段々と暗くなっていく。

 

「それで、お前は何が言いたいんだ? 私が普通の人間じゃないとしても、それはお前には関係無いだろう?」

「そうだね。あんたが生きるのに飽きたって云うのも、今の話にはあんまり関係無い。だからあたいに関係ある事は……取り敢えず……」

「取り敢えず?」

「暫く妹紅と一緒に行動したいって事ぐらいかな」

 

 はにかむ様に付け加えられた言葉に、妹紅はやれやれと溜息を吐いた。一息吐いてから、妹紅は頭を掻く。

 

「ぁ……。まぁ、行く宛も無い上に迷子になったって言ってたけど、正直私は他人とはあんまり関わり合いになりたく無いんだよ……」

「そこをなんとか! あたいを助けると思って! それにほら、こう家に上げてご飯を食べさせている時点で、色々と手遅れじゃないかなぁ? 手遅れじゃないかなぁ!」

 

 上目遣いであざとく尋ねてくる小町に、妹紅は怒りとも嬉しさとも分からない複雑な、それでいて不快ではない気持ちになった。

 でもそんな事は言の葉の端にも滲ませず、妹紅は小町に悪態を吐く。

 

「お前……。良くそんな事言えたなぁ! お前が勝手に着いて来て、お前が勝手に家に上がり込んで、お腹空いたって言い出した癖に!」

「や、そこはほら、妹紅が生きるのに飽きたって言ってたし? あたいが新鮮な刺激を与えてあげようかなぁ、とね」

「どこまでも自分を正当化しやがって……!」

 

 歯軋りさえしそうな表情の妹紅に対して、小町は笑顔だ。それも意識して人を食ってる類の。

 

「明るく元気で前向きなのが、あたいの良い所って良く言われるのよー」

「巻き込まれる方は溜まったもんじゃ無いんだが……?」

「ま、そこはほら、運の尽きだと諦めてもらえれば」

「今直ぐにでも蹴り出してやりたい……」

 

 仮にも死神の小町に対して酷い事を言う。

 それも小町が明るくフレンドリーで、何より優しい死神だからだろう。人から好かれる才能、とでも言い換えようか。

 笹が風に吹かれて音を立てる。その音が小屋の中を埋め尽くし、それが消えた所で、妹紅は諦めたように再び溜息を吐いた。

 

「仕方無いなぁ。野良犬にでも懐かれたと思って諦めておくよ」

「酷っ! 犬って! 野良犬って言われた!」

 

 小町は態とらしく如何にも傷付いていますみたいな表情を浮かべる。妹紅はそれに対して肩を軽く竦めるだけ。扱い方が分かってきたのか、緊張が解れてきたのか。それは妹紅本人にもわかっていなかった。

 

「でも、妹紅に興味があるってのも、一緒に居たい理由の一つなんだよ?」

「私に、か? 何で」

「そりゃそうさ。死神に逢って『殺せるか』なんて尋ねる奴なんて聞いたこともない。興味を持つなってのが無理な話さ」

 

 成程、と妹紅は思わず納得してしまった。

 

「しかし本当に物好きだな、お前」

「その物好きにご飯を食べさせる妹紅も、結構な物好きだと思うよ?」

 

 ニヤニヤしながら小町は妹紅を眺める。言い返されたのと、それが間違ってないのとで妹紅はぐうの音も出ない。

 

「という訳で!ご飯お代わりー!」

「はぁ!? 又か!?」

「へへへっ、お代わり!」

「あーっ! ったく……とんでもない奴に声掛けちまったよ……」

「ふふっ。まぁ、暫くよろしく。妹紅」

 

 ガチャンという音と共に、妹紅の手から雑に渡された茶碗には、ご飯が皮肉の様に山盛りになっていた。

 小町はそんな妹紅を見てもやっぱりケラケラと笑い、温かな湯気の出ているご飯を美味しそうに、幸せそうに頬張った。

 

 

 

 

 小町と呼ばれる死神と妹紅と呼ばれる少女が出逢ってから数日後の事になる。二人は人里と呼ばれる人間達の居住区迄食料品の調達に来ていた。木造の家屋が何件も立ち並び、着物の男性女性が闊歩する。武士と云う雰囲気でもない、町人と呼ばれる種類の人間達。

 天気は見事な快晴で、子供なら外で走り回って遊んでもいい位だ。

 

「いやー、今日は天気が良くて気持ちがいいね!散歩するには絶好の日だよ」

「……そうだな……」

「こーんな良い天気なのに、何でそんなに不機嫌なんだい? 妹紅」

 

 明らかにむっすりしている妹紅を見かねて小町は声を掛けた。実の所、小町にも心当たりが無かった訳ではないのだが、果たしてどうなのか。

 

「そりゃぁ、何処かの誰かが家の食糧を食い尽してくれたお陰で、こうして買い物しなくちゃいけなくなったからだろうなぁ!」

 

 やっぱりそれでした。

 

「へえー、そりゃまた災難だねぇー」

「その挙句、勝手に人の布団借りて、昼寝迄始めるし!」

「何処のどいつだー? そんなはた迷惑な奴はー」

「お前の事だよ!」

「あはははー、やっぱ、そうか。ごめんごめん」

 

 妹紅が何を言っても小町は適当に笑って相槌を返すだけだ。駄々を捏ねる子供を扱うかの様にあしらわれて、妹紅はムッとした。でも嫌じゃないんだ。妹紅は自分でも知らず知らずの内に話相手を、友達を求めていたのかもしれない。

 

「でもさ? 幾ら一人で暮らしているからって幾ら何でも食糧が少な過ぎやしないかい?」

「私は小食だから……、良いんだよ」

 

 妹紅は答えるが小町の疑問はそれだけに留まらない。

 

「それに布団もあんな煎餅蒲団が一枚だけってどうかと思うんだけどさ?」

「その煎餅蒲団でグースカ寝て於きながら良くそんな事が言えたもんだよお前は!」

「あたいほら、何処でもぐっすり眠れるタイプだから」

 

 自分を指差してニィーっと笑う。良くコロコロと表情を変える死神だな、なんて妹紅は思って、

 何だか少し羨ましかった。

 

「でも、妹紅は普段どうやって寝ているんだ? あの布団も何時も使ってる訳じゃ無いんだろ?押し入れの奥の方に押し込んであったし」

「……どうだっていいだろ、そんな事」

 

 妹紅は素っ気なく返す。あんまり触れられたくないと云う気持ちがうっかり妹紅の表に表れる。

 小町も妹紅の心情を察して、それ以上深くは尋ねなかった。

 

「それより、お前の為に買い出しに来てるんだから、ちゃんと手伝えよな?」

「それはもうバッチリと。それで、今は何処へ向かっているんだい?」

「知り合いの所だよ。この辺に来たら寄る様にしてるんだ」

 

 妹紅が知り合いに逢いに行くと言うと、小町は少し驚いた。

 

「へぇ、意外に律儀な所もあるんだねえ」

「いや、まぁ……。顔を出して於かないと後々面倒な事になるから…」

「え、もしかして怖かったりするの?あたい、そういうのは上司だけで充分だよ……?」

「その辺は実際に見てもらった方が早いんだけど……」

 

 妹紅は脳裏にその友人の姿を描いて、苦笑いする。妹紅はそいつにとても好かれているのだ。

 比喩に非ず。訂正は無い。

 

「それより、上司? 死神の上司なんて居るのか?」

「居るよ?閻魔様」

「嘘を吐いたら舌を引っこ抜かれるって云う、アレか」

「人間の間ではそう云う噂が有るっぽいね」

 

 ふむふむと頷きながら小町は妹紅へ返す。次の瞬間には小町はゲンナリとした表情を浮かべていたが。

 

「でも、あたいの上司は御説教が凄いんだ……。あたいも今迄何度御説教された事か……」

「それなのにその性格って、凄いな。お前……」

「いやぁ! それ程でも無いけどさ!」

「全く褒めてないんだが……」

 

 妹紅は一軒の建物の前で足を止めた。より正確に描写するならば、その建物の裏口と言う方が正しいが。

 辺りの建物より二回り位大きな建物。木製の大きな扉の上には看板が一つ。大きく【学】の文字が描かれていた。

「さてと。着いたぞ。此処だ」

「此処は……寺子屋? 寺子屋ってあれだろ? 勉強教えたりする所」

「何だ。意外と詳しいんだな」

「こっちの事には興味有るからね。妹紅の知り合いって先生なんだぁ……。へぇー」

 

 何に感心したのかは知らないが小町は感慨気な声を漏らす。妹紅はそんな小町の声すら聞こえない程に何やら緊張しているみたいだった。

 

「いいか? 何が有っても私を置いて逃げたりするなよ? いいな?」

「へ……? う……うん。それは良いけど」

「よし。それじゃあ、行くぞ……」

 

 妹紅は入口の扉を横へと開く。ガラガラという重そうな音と共に扉が開かれ、日本家屋特有の木の香りが鼻を通る。

 

「おーい、慧音……居るかー?」

「わぁぁ! 妹紅───────!!!」

「グハッ!?」

 

 玄関の奥から謎の女性が全力疾走して来た。女性はその勢いのまま妹紅目掛けてジャンプして、妹紅に飛び付いた。

 いやぁ、微笑ましい微笑ましい(棒)

 

「久し振りだなぁ! まさかお前の方から来てくれるなんて! さては私が恋しくなったか? 愛しくなったか!? そうだろう? そうだろう!?」

「違うってば……いいから離せぇー!」

 

 ケイネと呼ばれた女性は妹紅を逃さないとばかりに抱きしめ、妹紅はそこから何とか逃げ出そうと藻掻いている。傍目には二匹の子猫が戯れ合っている様に見えなくもない。

 

「いやぁ、出会い頭にいきなり飛びついてくるなんて、元気のいい知り合いだなぁ」

「お前、見てないで助けろよぉ!」

「いやぁ、お邪魔したら悪いかなぁ、って思って」

「そうだ! 邪魔したらいけないぞ! 素晴らしい気遣いだ!」

「ほら、こう言ってるし。それじゃぁあたいは此処で……」

「待て待て! 帰るな! さっき何が有っても私を置いて行ったり逃げたりしないって約束したばっかりだろう!?」

 

 怒涛の勢いで展開される二人の会話に、小町は引き攣った笑みを浮かべる事しか出来なかった。

 

「っていうか慧音! 好い加減離れろ! 幾ら慧音でもそろそろ焼くぞ!」

「おっと……。幾ら私が妹紅に思い焦がれているからって、体迄こんがり焼かれる訳にはいかないな……」

 

 何やら満足した、ホクホクした表情を浮かべて慧音は妹紅から離れる。やりたい放題何時も通りの慧音にとは対照的に、妹紅は苦々しい表情をする。

 

「これだから顔を出したくなかったんだよぉ……でも来ないと後々三倍位になって返ってくるし……」

「あー、うん。妹紅も色々大変なんだなぁ……しっかしパワフルだねぇ。妹紅とはどう云う関係なんだい?」

 

 小町は妹紅に尋ねる。それに妹紅が答えるより早く、慧音がその回答権を掻っ攫った。

 

「恋人だ!」

「違うって! 知人だろ!」

「え? 愛人?」

 

 きょとんとした顔を作って首を傾げる慧音。妹紅は頭痛でもするのか片手を頭に当てて項垂れている。小町はそれを見ては腹を抱えて大笑いしていた。

 

「あー、もう……。友人だ友人。これならいいだろう?」

「ふふ。妹紅は照れ屋だなぁ。まぁそういう事にして於こう」

「えっと……つまり、唯ならぬ仲って奴なんだね!」

「違う!」

「唯ならぬ仲……。良い響きだな!」

「慧音も乗っかるんじゃない!」

 

 妹紅は全力で否定するが、小町は冗談で話に乗っかっている。慧音だって冗談半分に妹紅の相手をしている。……残りの半分が何かは言う迄も無いだろう。

 

「しかし……妹紅が誰か連れてくるとは珍しいな……。この辺で見かける顔じゃないし……。とうとう妹紅も私以外の友人を作る気になったか! ……もしかして、浮気か!?」

「一旦落ち着いたと見せかけて、静かに暴走するのは止めてくれ……」

「しかし、最終的に私の所へ戻ってきてくれるのなら、全然問題無いぞ!」

「おー、懐が深いねぇ。良い奥さんっぷりだ」

「くっそ……こいつら全員纏めて竹林に埋めてやりたい……」

 

 もう諦めすら感じられるような表情と雰囲気を従えて、妹紅はがっくりと肩を落とす。

 それから頭を軽く振って妹紅は小町に話し掛けた。

 

「ともあれだな、こいつは、まぁ。色々あって、一緒に居るだけだ」

「成る程……。行きずりの関係って奴だな……」

「違うって言ってんだろ!」

 

 漫才をやり始めた二人を軽くあしらいながら、赤毛の死神は後を引き継ぐ。

 

「あたいは死神の小野塚小町。妹紅にちょっと興味があるんで、ちょいと観察させて貰っているよ」

「私は上白沢慧音だ。よろしく、小町」

「よろしく、慧音」

 

 二人の自己紹介が終わったのを見計らって、妹紅は固まっていた体を解す様に背伸びをした。

 気付かない間にけっこう長居してしまっていたらしい。太陽は既に来た時とは別の場所へと光を移している。

 

「それじゃあ慧音。私はちょっと買い物に行ってくるから、その間適当に小町の相手をしてやってくれないか?」

「あれ?あたいは手伝わなくてもいいのかい?」

「小町と一緒に買い物するより、一人で買い物した方が気が楽なんだよ」

「そう云う事なら任された。楽しんでくるといい」

「ああ、そうする。じゃあな、小町。また後で」

「あいよー」

 

 ガラガラと扉を鳴らして妹紅は出て行く。

 慧音は妹紅が出て行った方角を眺めて感慨深げに呟いた。

 

「それにしても、まさか妹紅が自分以外の面倒をあんなに見るなんてな……」

「やっぱり珍しいのかい?」

「ああ、とてもな。しかしその相手が死神というのも気になるが……」

 

 慧音は何やら言いたげに唇を震わせて、止める。

 それが次に動いた時に出た声は、まるで別人の様に小さく、不安気だった。

 

「小町は妹紅を迎えに来たのか?」

 

 対照的な小町の子供を宥める様に暖かく朗らかな声。

 

「違うよ。あたいはお迎え担当の死神じゃないからね。ちょいと仕事をサボ……ゲフンゲフン。休暇でウロウロしていた時に、偶然妹紅と出逢ったってだけさ」

「それで妹紅に興味を持って観察中、と云う訳か」

「そう云う訳さー。信じてもらえるかは分からないけどね」

「信じるさ。嘘を吐く事の怖さは、閻魔の部下である死神のお前が、良く分かっているだろうから」

「そ、そうだね……。身に染みて分かってるよ…御説教、スゴクコワイ」

 

 話が少し脱線し始めているように感じた慧音は話題の方向修正を試みる。

 

「それでどうだい?妹紅を観察してみて」

「んーっと、良く分からないってのが本音だね」

 

 慧音には上手く伝わらなかったようだ。目線で詳しい解説を求めると、小町はもう少し詳しく話してくれた。

 

「他人を拒絶するような事を言うものの、面倒見が良かったりするし。ただ、見ていて不器用そうな感じがするし、見ていて放って於けない気持ちになるのは確かだよ」

「ああ。私も最初はそうだった。けど、今は共感出来る部分もそれなりにあるし」

「共感、かぁ」

「私もアイツも、説明するのが少し面倒な身の上だからな……」

「それは何となくわかるよ。死神の眼は特別製だからね」

 

 小町は自分の紅い眼を指差してニッコリ笑う。

 

「なぁ、小町。これも何かの縁と云う事で、これからも妹紅と仲良くしてやってくれないか?」

 

 『人間は忘れるから幸せになれる。

 いずれは歴史になってしまう私の事も、

 背負う位なら忘れて良いんだぞ?』

 

「そいつは勿論。だけど、あたいで良いのかい?」

 

 『忘れないよ。

 例え忘れても、またきっと思い出す。

 月が満ちる度に、空に満月が訪れる度に、

 何度でも、何度でも』

 

「ああ。お前は私よりずっと長生きだろうからな。私ではいずれ……」

 

 『お前の事を最期迄受け入れてくれる人は

 きっと必ず現れるから。

 私はお前が幸せになれるなら

 幸せになってほしいんだ』

 

「成程。そう云う事か。わかったよ、慧音」

 

 『此れは私が好きでやる事だから。

 だから、貴女の歴史は

 覚えていても良いだろ……慧音』

 

「ありがとな、小町」

「気にしなさんなって」

 

 今回、死神は笑わなかった。

 半獣は死神に感謝した。

 

 

 ○

 

 

 人里から帰り、夕暮れと呼べる時間が終わりに近付いた頃。再び妹紅のあばら家迄戻って来てからの事になる。

 妹紅お手製の晩御飯を食べ終わると、小町は徳利とお猪口片手にフラフラと出掛けてしまったのだ。

 小町の妖力を捜すと、其処迄遠い所には居ない様だ。

 竹林付近の妖怪の中には気性が荒い者も多々存在する。妹紅はちょっと考えてから小町を迎えに行くことにした。玄関を開けて、取り敢えず呼び掛けてみる。

 

「小町ー?」

「あいよー?」

 

 小町は妹紅の家の屋根に姿勢を崩して座り、月と夜空を仰いでいた。妹紅も飛んで小町に近付き、小町の横に片膝を立てて座る。

 ……屋根から不吉な音が聞こえた気がするが、多分幻聴だろう。

 

「居た居た。何してるんだ? こんな所で」

「今夜は月が綺麗だから、一人で月見酒さ」

 

 月と云う単語を聞いて、妹紅の脳裏に浮かぶのは、昔昔の御伽噺。

 月から来たお姫様。自分の父に恥を掻かせて、自害に迄追い込んだ張本人。

 そのお姫様は満月の夜に突然姿を暗ました。

 不老不死になれる薬があるらしい。

 帝の部下を殺して迄手に入れた。

 『命を棄ててでも復讐する』と誓って飲んだ、蓬莱の薬……。

 

「月ねぇ。何がそんなに面白いのやら」

「月は満ち欠けをして姿を変えるのに、いっつも同じ面を、あたい達に向けているんだ。それってなんか不思議じゃないかい?」

 

 言って小町はお猪口を傾ける。自分も呑もうと妹紅がお猪口を取りに行こうとした所で、横から酒が注がれたお猪口が手渡される。

 

「ありがと」

「ねえ妹紅。一つ聞いてもいいかい?」

「ん?何だ?」

 

 小町は目線を輝く月に固定したまま妹紅へ尋ねた。まるで何でも無さそうに、とても重大な事を。

 

「不老不死になるって、どんな気持ちなんだい?」

 

 小町の問い掛けに妹紅は一瞬動きを止める。それから、ゆっくりとお猪口を口に付ける。

 

「……流石に気付くか」

「まあね。死神の眼でも寿命が見えない人間なんて、考えられるのはその位さ。不老不死ならそもそも寿命が存在しないから、見える筈も無い。他にも、殆ど使われていない布団や、少ない食料。つまり妹紅はそういうのが必要無い人間って事になる」

「そう考えたら私が不老不死って答えしかない、か。説明するのが面倒だから、自分からは話したくなかったんだ」

「そうだろうねぇ。生活するのだって一苦労だろうし。幻想郷に辿り着くまでに色々あったって事位は、わかるよ」

「まあな。此処だと妖怪やらがたくさん居るから、目立たないかもしれないけど、それでもずっと姿が変わらないまま、人の中で生きるってのは、大変な事さ」

 

 妹紅は徳利の首を持って左右に軽く振った。水面を叩く様なピチャピチャと云う音を立ててから、それをゆっくりとお猪口に注いでいく。

 

「竹林の中なんて、こんな場所に一人で住んでいるのも、それが理由かい?」

「今迄の習慣みたいなのは確かにあるけどな……。まあ、唯単に、人の中に混じった生活なんて、如何すれば好いのか、分からないだけだ」

「何て云うか、難儀な物だね」

「こればっかりはな。此処に来るまでに積み重ねた時間が、流石に長過ぎる」

 

 妹紅はお猪口の酒に月の姿を映してから、それを一息に煽る。

 小町は対照的、月を見たままにちびちびと酒を呑んでいた。

 

「……中身は普通の人間と全然変わらないって云うのにね」

「そうか?」

「そうだよ。人と係わる事を避けている癖に、あたいみたいな自分勝手に転がり込んで来た奴の面倒看るし。かと思えば、慧音みたいなストレートな奴には斜に構えて。こう一つ一つ並べていくと、面倒くさい奴だろう?」

「……ああ。そうかもな……」

「そういう行動や葛藤をするのが、人間の証拠ってやつだよ」

 

 小町は徳利から新たな酒を、お猪口の中程迄注ぐ。

 月の光は冷たく、温かい。風が吹いて笹が揺れる。

 

「妖怪は迷ったりしないからね。自分の判断基準に従って生きている。迷うのは人間の弱さで或り、特権だ。……ってまあ、これは受け売りなんだけどね」

「人間の弱さで或り、特権、か……。そうかもな。私は、迷っているのかもしれないな。本当に自分が変われるのかどうか。変わってもいいのか、どうか」

「変われるのかどうか?」

 

 小町の疑問に妹紅は月から目を離さずに、声だけで小町に尋ねた。

 

「小町は、生きている事と死なない事は、同じだと思うか?」

「うーん……何か哲学的な問いだね。あたいが相手するのは全部死んだ後の人間だから、ちょっと難しいけど……。死んでなきゃ、生きているんじゃないか?」

「そうか……。私は、違うと思う。いや、知った……かな」

「知った?」

 

 妹紅は既に空になったお猪口を片手で弄びながら答える。

 

「例えば、年を取ったり、体を壊したり、怪我をしたり。人は生きている限り、変わっていくものだ」

 

 妹紅が不意に持っていたお猪口から手を離す。空のお猪口は屋根に落ち、そのまま転がって屋根から落下して、地面に叩き付けられて、

 砕けた。

 

「私はな、小町。変わらないんだ。年は取らないし、体調も崩さない。怪我もしないし、死んだりもしない。ありとあらゆる変化を拒絶して、何も変わらない。死なない代わりに、生きてもいない。そんな存在なんだ」

「不老不死ってのは、そう云う事なのか……」

「ああ。笑えるだろ? そんな奴が、変わりたいだなんて思ってるんだ。散々時間を重ねて、自分が変われないって事を自覚した上でな」

 

 小町は妹紅が初めて逢った時に言った発言の理由を知った。

 

「それじゃあ、あたいと初めて逢った時、『殺せるか』って聞いたのも、そう云う事かい?」

「……気の迷いみたいなもんだ。それが出来ない事だって事位、私も分かっていた。人間も妖怪も、いずれは死ぬ。死んで、何も変わらない私だけが残り続ける。そう云う道しか無いって、とっくに悟ってた筈なのにな……」

 

 先のお猪口が落ちていった方向をぼんやり見詰めながら妹紅は呟いた。恐らくは自分自身に言い聞かせる為の言葉を。

 

「でも、やっぱり迷ってるんだろ?」

「ああ。女々しい話だ……」

「あたいはそうは思わないけどね? でも、うん。大体分かった気がする」

「何が、だ?」

「あたいがやりたい事、だよ。妹紅、あんたは変われないなんて事は無い」

「えっ……」

 

 よっという声と共に小町は立ち上がる。月を背中に妹紅を見る目は、死神とは思えない程に優しかった。

 

「さて、それじゃちょっと出掛けようか」

「出掛けるって何処にだよ」

「切っ掛けを掴みにさ。ほら、立って立って!」

 

 小町は妹紅の手を取って立ち上がらせる。呑み掛けの徳利が勢いで倒れ、中の液体が屋根へと零れ出した。

 

「ほら行くよ! 立ったら歩く。歩くなら走る。ほら、行くよ!」

 

 

 

 

「ほら、着いたよ」

「着いたって、此処……」

「そう、慧音の寺子屋」

 

 小町は何でも無い事のように言う。

 対して妹紅は小町の考えを徐々に察すると同時に慌てだした。

 

「お前ひょっとして、慧音に逢わせるつもりか!?」

「それ以外の何があるって云うんだ」

「いや、待て、待て!」

「待てって、どうしたんだい?」

「如何したも斯うしたも…何で私が慧音と話さなきゃならないんだ」

「そりゃあ、あれだよ。素直な気持ちを伝えるって事だよ。何時も有難う、とか、そう云うの。あるだろう?」

「いや…。じゃなくて! 何でこう云う事になってるんだって話だ!」

「うーん……そうだねぇ。普段はあたいの仕事じゃ無いんだけど、……今日だけは見よう見まねでやってみようか」

 

 小町は自分の上司を思い浮かべる。

 何時も呆れる程に愚直で、真っ直ぐな。

 叱りもするが褒めもする。

 不器用な優しさしか見せられない、大切な上司を。

 

「変化を望みながら、自分から一歩踏み込む事も無く、また伸ばされた手を掴む事も無い。あんたは少し受け入れすぎているのさ」

「私が、受け入れすぎている?」

「自分の過去と現在を受け入れて、自分の行いをちゃんと省みて、活用するのは大事だよ? 自分の過去にまるで目を瞑ってしまうのに比べれば雲泥の差さ。だけど、妹紅はそこで省みずに受け入れて、そこで終わっているんだ」

「それは……」

「もっと言うと、諦めすら受け入れてしまっている。人が迷うのは、より良い道を選ぶ為さ。だけど妹紅。あんたは良い道が見えているのに、それに踏み出していない。既に起こっている過去を受け入れすぎている所為で、これから起こるかもしれない未来を受け入れられて居ないのさ」

 

 一息に言い切ってから、小町はヤハハと何処か恥ずかしげに笑った。

 似合わない事をしていたと云う自覚があるのだろう。

 

「……なーんて、あたいの上司なら、そう言うだろうね」

 

 妹紅は小町の言っている事は理解出来ている。ただ納得が出来ないだけだ。

 人間の心はそれほど強くない。その心のままに数百年も一人で生き続ける事がどれだけ辛く苦しく、寂しかった事か……。

 

「好き勝手言って……。一歩踏み出した所で、どういう未来が来るかなんて、わかりきって居るんだよ……。変わろうとして、一歩踏み込んだ所で、何も変わらない私は、置いて行かれるだけだ」

「だけど、遠くで見ていても結局同じじゃないか。別れって云う結果は確定していても、そこに至る迄の過程を変えることは出来るだろう?」

「過程が変わったからって、何が違うって云うんだ!」

 

 妹紅は叫ぶ。人の気配のしない夜の人里に妹紅の怒号が響き渡る。

 寝ていた鳥が驚いた様に飛び立つのが羽音で分かった。

 小町は淡々と、事実を述べているだけの様に妹紅へ怒号の返答をする。

 

「後悔の量が違う」

「後悔……?」

 

 妹紅は分からないといった表情。

 小町は続ける。

 

「まぁ、これでも一応は死神なんで、死んだ人間の魂はたくさん見てきたんだけどね。後悔を抱えたまま死んだ魂ってのは、それはもう見ていられないもんだよ。……着かず離れずの距離をとったまま別れて、後悔しないって言えるのかい?」

「私は……。分からない」

「じゃあ、慧音に後悔させないって言えるかい?」

「慧音に……?」

 

 考えもしていなかった人の名前を挙げられて、妹紅はその顔を思い浮かべる。

 自分にとても良くしてくれた、自分の友人。

 彼女に後悔させてしまう?

 上手く言葉には出来ないが、何かとても、嫌だ。

 

「ああ。たぶん妹紅は後悔しまくるにしてもだ。妹紅に関わった人達を後悔させない事は出来ると思うんだ。妹紅なら、そっちの方がやり易いんじゃないか? 面倒見良いから」

「それは……考えた事が無かった……」

「じゃあ、やってみよう! 別に思っても見ない事を言えってわけじゃない。何でも受け入れるんじゃなくて、嫌なものは嫌、好きなものは好きだって。正直に自分の気持ちをぶつけるだけで良いんだよ」

「私のする事は変わらないって事か……」

「そうだね。でも自分の為じゃなくて、相手の為だって考えると少しは違うだろう?」

 

 小町に上手く言い包められた様な気しかしない。妹紅は何か反論しようとして、何も思いつかなかった。それだけ小町の言には説得力があったし、なにより小町は間違っていなかった。

 

「お前は……、本当に勝手な事言ってくれるよ……」

「その自覚はあるよ。あたいは自分勝手さ。だから、自分勝手な事すらも出来ないで、悩んでいる奴を見逃せなかったんだろうね」

「本当に、何でお前みたいな奴に声掛けたんだよ……」

「さあねえ。自分では気の迷いだって言ってたじゃないか」

「お陰で、碌でも無い奴に出くわした。……まあ、感謝位はしてやる。しょうがないから」

 

 妹紅は何かを切り替えられたのだろう。先迄の物憂げな表情は何処へ、今は晴れ晴れとした表情をしている。なら小町はそれを笑って送り出すだけだ。

 

「じゃあ、行って来る」

「あいよ。言ってらっしゃい」

 

 妹紅は慧音の家の扉を叩く。叩きながら妹紅は慧音の名前を繰り返して呼ぶ。

 木製の厚い扉を十回は叩いただろうか。慧音が眠そうな表情で玄関に出てきた。慧音は最初、尋ねて来たのが誰だか分らなかった様だが、眠気が覚めてくると共に妹紅だと分かった様だ。慧音は驚いた様に妹紅に話し掛ける。

 

「妹紅か。どうしたんだ、こんな時間に」

「いや、何と云うか、その……改めて言うのも、難だけど……」

「言いたくないなら無理に言葉にしなくてもいいぞ? 私は何時迄も待つから」

「いや、今此処で無理矢理にでも言葉にしないと駄目なんだ。だから、その……」

 

 思いは言葉にしなければ伝わらない。思っているだけでは何も伝わらない。

 自分は思っているから、理解しているから。そこで停滞してしまう関係性の何と虚しい事か。変わりたい。

 妹紅は乾いた口で唾を呑み、決心した様に慧音へ言った。

 

「何時もありがとうな、慧音」

「妹紅……」

 

 改めて口にすると恥ずかしい。妹紅はたちまち真っ赤になる。

 慧音も妹紅と同様に頬を染めていた。

 

「本当に、改めて言うのも、難だな」

「まぁ、な。凄く、……困る」

「だよな……。どういたしましてだ、妹紅。少し驚いたけど、嬉しいぞ」

 

 でも慧音には不安があった。改めて感謝の言葉を口にした事で、改めて認識させられてしまった、慧音と妹紅の決定的な違い。

 気持ちを認識すればこそ、何れは必ず来てしまうその時が辛くなる。

 

「でも、いいのか?」

「何がだ?」

「いや、私の好意は、妹紅にとって重くないか? 私とお前は、何時か……」

「後悔、したくないだろ? お互いに。だから……その……なんだ。私もその、素直になる、と言うかだな……」

 

 ガシガシと白い頭を掻きながら、恥ずかしそうに妹紅は言った。

 

「これからも、仲良くしてくれ」

「ありがとう、妹紅。もちろんだ」

 

 辺りの家から物音がし始める。人里の人間の収入の大半は農業なので、結果的に早起きする人口も多い。よく見れば確かに東の空が明るくなり始めている。

 

「しかしわざわざそんな事を言いに来たのか? 一体どうしたんだ?」

「いや、その、小町が……」

 

 妹紅は小町と話していた場所を振り返る。しかしそこには既に小町の姿は無かった。草を踏んだ様な足跡が二人分、そこの地面に残っているだけだ。

 

「小町がどうかしたのか?」

「いや、さっき迄居たんだけど……」

 

 妹紅と慧音の話が待てずに帰ったのか、もう自分は居なくても大丈夫だと判断したのか。

 いずれにしても、小町は言うだけ言ってふらりと消えてしまった様だ。

 

「本当に、自分勝手な奴だよ、あいつは」

 

 今頃小町は幻想郷の何処かを鼻歌交じりに歩いている事だろう。それが山か湖か地底か妹紅には分からないけど。

 

「また何処かでな、我儘な死神」

 

 

 

 

 変わらなければ悲しみは生まれない。たとえ何も生まれなかったとしてもマイナスの要素が出ないのなら、それは生き方として決して間違いではない。

 だから小町は変わらないことを否定しないし、無理に変わらせようともしない。全ては悠久の流れのままに。岸に咲く彼岸花のように。

 けれど、どんなものだっていつかは変わる。

万物が流転し世界が変わり続けるなら。周囲が、環境が、隣に立つ人が変わるなら。

 見られ方や捉えられ方、評価のされ方はきっと変わる。

 それが良い結果を生むか、悪い結果を生むか迄は小町にもわからないけど。

 妹紅は変わって良かったんじゃないかな……。

 

「それにしても、良いことをした後ってのは気分がいいねぇ。足取りも思わず軽くなっちゃうよぅ」

 

 適当な鼻歌を歌いながらいつもの仕事場、彼岸を小町はぶらついていた。

 霧で白く薄暗い河原には彼岸花と呼ばれる赤い花が咲き誇り、景色としては充分に綺麗だと言える。唯、そこを取り巻く雰囲気だけが、生きた人間をひたすらに遠ざけている。

 

「こんなに気持ちがいいのなら、趣味で人助けをするってのも悪くないかもなぁ」

「ほぉ……。そんなに気分がいいのですか?」

「それはもう! 今なら仕事もバリバリこなせそうな感じですよ!」

「なるほど……。それは良い事を聞きました……」

「え゙っ」

 

 小町の動きがピタッと止まる。今あたいは誰と喋っていた?

 油の切れたロボットのようにギギギと後ろを振り返る。そこには如何にも怒ってますな表情をして小町を見上げる自分の上司が。

 

「貴女がそんなに仕事熱心になってくれて……。私は嬉しいですよ」

「し、四季様!?」

「まったく……持ち場を離れて何処へ行って居たのかと思えば……」

 

 四季は怒ると言うより最早呆れたような表情さえ浮かべている。手に持ってる杓は内心の怒りを表すように真っ黒に染まっていたが。

 

「それで? 何やら善行を積んできた様ですが?」

「ええ。ツンデレを直してきました!」

「まぁ、素直じゃなさすぎる、というのもあまり褒められたものではありませんね」

「ですよねぇ」

 

 ここで小町はふと疑問に思った事を口にする。小町は知らないが閻魔の四季なら何か知っているかもしれない。

 

「そういえば四季様。お尋ねしたい事があるのですが」

「何でしょう」

「あたいみたいな死神や、四季様みたいな閻魔様も、死んじゃう事ってあるんですか?」

 

 四季は小町の質問にちょっと驚いた様な表情を浮かべてから、顎に手を当てて考え始めた。気が付けば二人の足は既に止まっている。

 

「一般的に人間が使う『死』と言うものとは少し違いますが、いずれ終わりは訪れます。この世界に於いて終わりがない物など、ごく一部を除いて存在しません」

「そうですか……やっぱり終わっちゃいますか」

「尤も、我々に終わりが訪れるのは、気が遠くなるほど先の事ですが」

 

 四季はSっ気のある笑顔を小町に浮かべる。小町の背筋が冷たくなったのは、彼岸の低い気温の所為だけではあるまい。

 

「ですから、それまではたっぷりと仕事が出来ますよ」

「やはは……。それは大変嬉しいお話ですね……」

 

 小町はがっくりと肩を落とす。四季も小町もこんな何気ない掛け合いを、それこそ気が遠くなるほど続けてきた。

 

「そういえば、あたい四季様に言いたい事があるんですよ」

「休暇申請以外なら受け付けますよ」

「いや、そういうのじゃなくて……」

 

 小町は四季の不意をつこうと敢えて平坦な声と調子で四季に告白した。

 

「あたい、四季様の事。好きですよ」

「こっ……、小町!?急に何を言い出すんですか!?」

「いえ、折角だったので。普段あんまり言えない事を言おうと思いまして」

「折角だからって……。一体どうしました?」

「まぁ、ちょっと色々ありまして……まぁ、戻ったらお話しますよ」

 

 あたいは此処、三途の川で仕事をしている死神だ。と言っても人を殺したりするのでは無く、三途の川の岸から岸へと舟を渡す、所謂船頭という仕事をしている。

 いつもの様に絶え間無く湧き出る霧で視界が不明瞭なあたしの職場で、私は一人の少女と出逢った。

 

「死岸を彷徨い続ける、新しい友達の話を」

 

此れは彼岸へと渡す死神と、死岸を彷徨う少女の昔話。

 

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